episode10
大森林は平原と比べて難易度の高いフィールドとなっている。
陽を遮る木々により視界不良、常に葉が擦れる音や、何処から聞こえる獣の唸声、虫の羽音。泥の臭いが鼻につき、皮膚に感じる生暖かい風があまりに不快だ。戦闘を行う立場であるのならこの条件はそれなりに考えなければいけないだろう。
反面、きのこがそこら中に生えており、木には蜂の巣、草場の影には薬草やら毒草やらが所狭しと並んでいる。戦うには面倒な場所だが、その分採取ではメリットが多いらしい。ただし、戦闘職以外の者からすればステータス的な意味も含めて採取だけだなんて気楽に来れない場所らしく、見通しの悪いこの場では急襲なんて当たり前だとか。そのせいで採取に来たくても、高い金を払って護衛を雇うくらいしか生粋の生産職はこの場に来るのが難しいらしい。……とは言っても、レベルが上がればその限りではないのだが。
しかしまあ、今回はその生粋の生産職のトップランカー、残念すぎる生産特化な友人であるセンナの阿呆がこれ幸いとるーと私に目をつけて、せっかくだから無料で採取の旅に行こうじゃないかと画策したのが私が仕事で後輩達相手に指導をしていた真昼間のことらしい。
そうして現在、───その森の入口を進んだ途中の木々の隙間から、とあるモンスターの姿を見かけて思わず飛び出しそうになった馬鹿を引き止めて、るーと二人でアレをどうするかを相談していた。
「その、私も勉強とかがあるのでそこまでレベルが高くないんですが、どうしますか?」
「いや、なんというか。アレが敵には見えないんだが、……でもアレは敵なんだよな?」
「ええっと、そもそも私にはアレが敵に見えない理由がよく分からないんですが」
そこには巨大な緑色の肌をした奇妙な生き物がいる。背丈はおよそ3メートル程、背中に瘤があり、大きな鉤鼻が特徴的、灰色のジャケットと、真っ赤なとんがり帽子を被ったモンスター。割と手先が器用なのか、丁寧に薬草らしきものを摘んでは、それを腰当についている小さな籠の中へと放り込んでいる。顔はよく見れば愛嬌があるのだが、しかしよく見なければそれなりに怖いと感じる者がいるかもしれない。
ファンタジーの定番といえばゴブリン、オーク、コボルト、オーガ。色々いるがこの名も聴き慣れているのではないだろうか。巨人でもあり、妖精でもある伝説の存在───トロルの名を。
トロルと聞けば大抵思い浮かべるのは好戦的でタフなモンスターだろう。しかし、それは一説によれば巨人の末裔であるから、という点を強調された姿でもあると言う。トロルは妖精としての側面もあり、そちらは騒がしさを嫌い、友好関係となる事も出来る存在とされている。仮に彼──彼と仮定させてもらう──が妖精説である場合、この森の案内人として私達を富に導いてくれる可能性すらある。
その事を二人に話してみるが、少しばかり反応が悪い。どうにも過去に痛い目にあっているらしく、おまけにセンナに至っては倒した際に低確率で手に入るというアイテムに御執心らしい。お前さんははちみつ採取が目的なのだから欲張るなと、とりあえず適当な場所でエウクレイアに変化してもらった縄で縛り付けておいた。
なので問題はセンナではなくるーだろう。この娘は一度こうと決めた事をそう簡単に覆さない。言ってしまえば頑固者で、融通が効かない。その為倒す気満々なのがどうにかならないかと悩むのだが、考えるのも面倒だと、口元を抑えた状態で尻尾を握って持ち上げた後、アイテムボックスから取り出した狂鶏卵を縦にして無理矢理噛ませて口に詰め、その場にある植物の蔓を利用して逆エビ縛りのまま固定した。力を入れれば卵を割ることはできるだろうが、この状態で割れたら喉に行くので結局喋る事は出来ないだろう。いや、下手したら気道が塞がって死ぬか。その場合殻も中身と同時に入るだろうから苦行どころではないだろう。
「うわっ、えげつない」
バカが何を呟いた気がするがとりあえずエウクレイアにより即座に首を絞められて黙り込んでいるので良しとする。指を立ててエウクレイアを褒めると、縄の一部から腕と顔だけ出して同じことをしたので少しほっこりした。
まあ、茶番はともかく───さて、対面の時間だ。
わざと音を立てるようにトロルに近づいていく。その音に気がついたらしいトロルがのっそりと此方に振り返ると、首を傾げながら頭を掻いている。この様子だけ見るとどう見ても敵意らしい物は内ないよう思うのだが、さて。
警戒させないように一定以上の距離を保ちつつ、とりあえず敵意はないと両手を広げて笑いかけるが、───何故か警戒されているような気がするのは、気のせいだよな?
「うううぅぅ、がっ、ぼああぁ?」
「おう、いい天気だな。お前さんも何かを取りに来たのかい?」
「うおぁ、ああぅあ、ほふむぅ」
「すまん、私はお前さんの言葉が理解できないんだよ」
「ふぇあ、うぉあいぃ」
一歩づつ近づくが襲われる様子はない。
互の距離が1メートルと言ったところで立ち止まり、とりあえず右手を差し出してみる。
「言葉はわからねえから態度で示す。俺はジョージ、吸血鬼のジョージだ。友人にならねえかトロル」
「ふぼぁ、くうぇあいや? おおぅ、かもくふしゅぃ」
疑問符を浮かべて首を傾げる姿に、握手の文化がないのかもしれないと理解する。
ならばどうすればいいのか、そう考えたとき、そう言えばと、甘露を取り出した。説明文によれば精霊、妖精が好んで食すものらしい。餌で釣るようで本来は行いたくないのだが、しかしこういう目に見えた形での誠意という物も大切であるのは確かだ。
手に持つ小瓶をぼけっとしているトロルに向かって伸ばすと、不思議そうにそれを手に取り、途端に嬉しそうに唸り声を上げていた。これでこちらの言っていた言葉が理解できたのならありがたいのだが。
「ほぅえ、ぼぐぅいりゅ、あらんふぇ! あひゅ、ぎヴぁるしゅえぅ!」
私の肩を叩きながら、しまいには軽々と持ち上げてその場で振り回される。
地味にダメージを受けているのだが、これが友好的な証だと信じたい。いや、信じるしかない。
興奮が落ち着いたらしいトロルがようやく体を手放したのはそれからしばらくしてのこと。HPは既に1割なくなっている。あのまま続けられたら何らかの状態異常でも発生していたかもしれない。
手放した後も、肩をそのたくましい腕で何度もバンバンと叩いてくるので更にHPが削られるのだが、何この程度。川遊びの際、思い切り飛び込もうとして苔で足を滑らせて背中から三メートル以上の高さで水面に叩き付けられた時と比べればなんてこともない。
ともかく、これで友好関係は築けた、ということにしておこう。
エウクレイアは既に変幻を解いており、センナはどこか疲れきった表情で拘束から解放されている。そんなセンナをトロルに放り投げて任せるとして、とりあえず吊るされている妹分を何度か左右に揺らしたあと、目を回して居るソレを地面へとおろした。ついでに卵は割れていなかったので回収しておいた。もちろん処分する。人の口にあったものを食べたいと思うほど酔狂ではない。ちなみに処分方法は攻撃アイテムに使用するつもりだ。
「……もう、お嫁にい」「もうさ、このゲームいい加減にしろよって感じだよね。と言うかさ、なんで開始してそこまで経ってないのにこんなに隠し要素的な物を発見するのさジョージは?」
「むしろ確かめない方が不思議なんだが? そこら中に隠し要素やら攻略情報が適当に散らばってんのがゲームの醍醐味だろうに。最近のゲームばっかりやってからそんな言葉が出てくるんだよ」
ちなみに俺がやったことがあるゲームなど父親が後生大事に持っていたファミコンを筆頭に、スーパーファミコン、セガサターン、プレイステイションの初代とパソコンゲームを少しくらいのものだ。それも時代から取り残された旧時代の代物ばかりで、当時販売されていたゲームと比べるとあらゆる意味で劣っていたと言っても過言ではない。ただし、ゲームの内容やプレイヤーに努力を強いる難易度の高さは現在のなんでもやってくれるゲームと比べるとやりがいがあったが。当時の隠し要素など今と比べればどれほど多い事か。それに比べればこのゲームの隠し要素などスタッフの遊び心のようなものでしかない。某スニーキングゲームのスタッフのユニーク度と比べれば遥かに可愛らしいと思うんだが、……そう言えば、最近ではあれも知らない物が増えたなあ。
「ごぼぃうおふぃゆ、あみゅふぇあ?」
「あん、別にそれなら食っていいぞ?」
「おい護衛役! その発言は色々とまずいだろう!?」
「うぃごばるへぇ、いうぐぎゃふひぃりゅ!」
「すまん、ソレを食ったら腹を壊すな」
「なんで私無視してそんなに和やかに話してんの? お前等実は私のこと嫌いか!?」
「───その、私のことは誰も気にしてくれないんですか」
「よしよし、拗ねるなよるー。ほら、高いたかーい」
「泣きますよ、泣きましたよ、泣いちゃったんですからね!」
「おう、そんだけ元気なら大丈夫だな」
「うう、なんでこんな人の事を、……はぁ」
草場の影で体操座りを行っている妹分を腕で持ち上げたあと、昔のように肩車してあやしながら、センナを同じようにしながらぼけっとしているトロルには森の案内を頼む。それに対してセンナがはちみつの場所は私が知ってるよといったので、とりあえずはそこまであんなにしてもらうことにしたのだが、
「いたっ、痛いって! ちょ、枝ぁ! ひぎぃ!」
先行するトロルの頭上で枝に顔面を叩きつけながら、何度も悲鳴を上げる友人の姿にこっそりと笑みを浮かべていたのだが、頭にしがみついた妹分の趣味が悪いという一言と、その隙間にいつの間にか座り込んでいた相棒が、柏手を打って目の前の事故を賞賛しているのに気がついて流石に酷かったかと振り返ったのだが、しかしまあ、センナだから別にいいかとすぐさま気にしない事にした。
◇◆◇ ◇◆◇
道中、どういうわけか魔物に襲われない。
ソレを喜ぶ友人とは裏腹に、妹分は盛大に落ち込んでいた。何故ならその道中に仕掛けていた寄せ餌には虫一匹止まっておらず、悲しげに尻尾を揺らして耳はショボンとしていた。思わずエウクレイアから許可をもらって甘露をひと舐めさせたが、まあ、機嫌が直ったようで何よりだ。
「こりゃ、本格的に私がこの場にいる理由がないな」
「そうだね、なんというか、予想外だったよ」
「そうですね、普段なら3分歩けば一度はモンスターが群れで現れますからね」
「……それは色々とまずくないか?」
普段起きない事が起きていると言うのは現実では十二分にやばい。
ゲームだとどうなのかは知らないが、少なくともまともな状況じゃないのなら何らかの面倒事が発生している可能性はあるだろう。むしろ、面倒事に向かっていると仮定したほうがいい。
「えいちああぅい、おおぉぐばぁる」
「……あー、トロル言語とか取得できねえかな」
ずんずんと進むトロルは不安など感じていないらしい。
それが頼もしいと言えば頼もしいのだが、しかし虫の知らせは鳴り止まない。
案外臆病者なのかね、とため息を吐いていると、少し開けた場所へとたどり着いた。
中央に巨大な木が立っているだだっ広い空間。人の手が入っていないのに自然とそうなったらしいその広場には、川が近くに流れているのか、水の流れる音が響いている。同時に木の周辺に密集した大量、それこそ木の輪郭が見れない程大量に集まった蜂がブンブンと音を立てて巣──木の洞──の周辺を飛び回っている。
ただし、それが問題と言うわけではない。何故ならあそこに突撃するのはセンナ一人だからだ。私の役目はあの蜂を相手にすることではなく、それ以外のモンスターと遭遇した場合の戦闘だ。むしろあの蜂はセンナが対処法を持っているので余計なことをすると面倒なことになりかねない。
「それじゃ行ってくるね。ということで行くよトロル」
「あぃう、があぁ」
さりげなく知り合ったばかりのトロルをこき使う友人に呆れつつ、お手並拝見とエウクレイアを元の粘液状に戻し、周囲に薄く広がってもらう。元々粘液の量は圧縮して存在しているのか、掌の収まる程度の水球だと言うのに、実際はこの広場程度なら十二分に拡がれる程だ。……こうして考えると、変幻の限界がどの程度なのかが気になるところだ。今のところ、鉈や身の丈を超える大剣と言った武器や、食器くらいにしか変化させていないが、しかしこうも変幻可能だとどこまで可能か気になるのは仕方ないだろう。流石はレア度が高い、と言うべきか。……いや、子供相手にそういう物言いはやめておこう。なんともまあ、自慢の相棒だ。
「───で、あいつは何をやってるんだ?」
「まあ、見てればわかりますよ」
センナを遠目で見守りながら、その行動には疑問符を浮かべざるを得ない。
両手に別々のアイテムを取り出している。一つは常に煙を発している奇妙な小箱、もう一つは試験管に入った薄水色の液体。その二つを空中に放り投げると同時に、その二つを空中で固定する蒼い光円、複雑怪奇な魔法陣がその二つを粒子へと変換し、そして中心に集めている。それが完全な形になったのは、一瞬ほど。光が収まると同時に落ちてきた小さなキャンドル。薄水色のその奇妙なアイテムを、コルト・バイソンに似た銃のような奇妙な装置へと入れている。ソレを巣へと向け、───音もなく弾が発射される。
着弾とともに充満する乳白色の煙。それに触れた途端蜂は抵抗もできず墜落していき、トロルも立ったまま眼を閉じている。鼻から提灯が膨らんでいるので、まあ、寝ているのだろう。つまりアレは状態異常《睡眠》を発生させるアイテムで、あの装置はアイテムを射出させると言う目的の武器モドキなのだろう。戦闘職を有していないセンナが使用できるところを見るとメンテナンスさえ十分なら永続的に使用できる代物なのだろう。
全員が寝たのを確認したのか、一切の躊躇なく巣の中へと手を叩き込む。引き抜かれた時にはそれなりのサイズの瓶が握られており、目的の物が手に入ったのか、満足げに戻ってきた。
「よしよし、これでアレが作れるや」
「そいつは良かったが、とりあえずアレは起こしてこい」
「アレ? ……あ、忘れてた。ごめん、行ってきて」
「チッ、しょうがねえな」
煙が晴れたのを確認して、未だに寝ているトロルを起こすために声を掛けるが反応がない。これはしょうがないと自分に言い聞かせ、とりあえず大口を開いている口の中に狂鶏肉を放り込む。このままだと呼吸困難で死ぬと思うのだが、しかしそこは人間とトロルの違いだ。寝ながら完食してあくびを掻いている。ならばと腐りきった肉をとりだして、ソレを鼻を塞ぐように放置して、そのまま巣へと向かう。寝ている蜂達を起こさないように気をつけてながら巣の内部へと手を伸ばして、先ほどのようにその蜜へと手を突き入れ、
【アイテム】黄金色の蜂蜜(消費アイテム)
大森林に生息する「コレクト・ビー」の巣から採取可能な蜂蜜。黄金林檎から蜜を集めた巣からのみ採れるが、しかし黄金林檎の樹には高確率で「コレクト・ビー」の天敵である「???」が存在しているため採れる量は少ない。喉に非常に良く、歌を嗜む者は市場を探す事もある。「???」の好物であるため、所持している最中に出くわすと執拗に襲われるという危険性があり、ブラッディ・ハニーと言う別称がある。尚、蜂蜜酒を作成成功例はない。満腹度1回復。30分「美声」発動。所持中「???」との遭遇率30%上昇、遭遇時逃走不可能(追跡行動)。
早速インベントリに放り込み、ひらがっているエウクレイアを回収する。手のひらに収まる水球上のエウクレイアを蜜の中に入れると、小さな袋に包まれたキャンディを手だけ変幻させて握っていた。
【アイテム】蜂蜜のど飴(消費アイテム)
蜂蜜を使用したのど飴。自然な甘みと蜂蜜の風味が人気なのど飴。風邪の際に回復を早めるという噂があるが、喉を潤す効果があるのであながち間違いではない。舐めている最中5秒間にMP1回復、「美声」発動、状態異常《沈黙》防止。日中2時間で「蜂蜜のど飴(溶)」に変化。
そのまま水球に手は引っ込み、少しして袋だけ吐き出される。それを見てゴミを捨てるなと叱ると、少しだけ泣きそうな顔して、袋を手に渡してきたので、まあ、よしとしよう。
そうして、そろそろ起きただろうとトロルの方を見ると、肉がない。しかしトロルは立ち上がって何かを咀嚼している。……食べやがった。あの腐敗臭漂う緑色の肉を。まあ、元々モンスターに分類されるトロルが腐肉食べた程度で腹を壊すとは思わないが、しかし食べるとは思わなかった、思いたくもなかった。
「うぃおおう、はうりゃい」
「いやまあ、美味かったんなら別にいいんだが」
「うおぉういぃ」
「ああ、そうかい。そいつはよかったよ」
表情とオーバーリアクションで何が言いたいかはよく分かる。
ともかくトロルと共に二人の元に移動する。そんな私達を迎え入れる二人はどこか呆れ顔であり、何かを諦めたような表情をしている。まあ、これだけフリーダムに行動したら仕方がないかと頬を書きながら向かう途中で、───不意に二人の表情が凍りついた。
なんだと首を傾げた途端、トロルの隣に黒い人影が見える。その人影はトロルに何かしたのか、ピクリとも動かないトロルの脇を通って、ゆったりとした動作で此方に顔を見せて、
「───女?」
八頭身の、外国人らしき中性的な女性。執事を思わせるタキシードの袖から覗く手は白手袋で上品に隠しながら、右手は針が狂ったように回り続けている時計を握り締めている。小さなシルクハットは紐で縛られているのか、慣性の法則などものともしない角度で固定されている。その真っ赤な目に感情は見えず、笑のように歪めた口元は何処か気味が悪い。上等な容姿をしているが、それを台無しにする何かを持っていた。
「───逃げろジョージ!」
声が掛かるよりも先に身体は背後へと飛んでいく。
自分の意志じゃない。ただ純粋に強烈な一撃を食らってぶっ飛んだのだ。
HPを見ればその一撃で九割九部削られている。状態異常《鈍痛》《骨折》《呼吸困難》が発生しており、少しばかり身体が動かしづらい。
何が起きているのか理解できないが、このままだとまずいとインベントリにから人工血液を取り出して、一気に飲み干す。するとHPが4割程回復するが、しかしそれだけだ。状態異常は続行で、相手もまだこちらを見つめている。むしろ楽しげにこちらを眺めているというのが正しい。
そして、ひとつだけ分かる事がある。この女は錆色騎士より強い。アレは技量があると言う意味で強いが、目の前の女は能力的に強い。それも圧倒的に。エウクレイアは既に怯えきってインベントリの中に逃げ込んでいる程だ。
視界の端で二人が慌てて逃げる準備と、私を助ける為の算段をつけているのが見えて、思わずにやりと口角が上がる。視線をセンナに向け、同時に電話機能でこっそりと指示を出す。───そもそも私がこの場にいる意義は護衛だ。護衛対象に守られるなど笑い話にもなりはしない。なので早々に逃げてもらい、その後悠々と帰還する。そんな事を伝えて、最後に邪魔だと締めくくり、拳を握り締めた。
「よう、いきなりご挨拶じゃねえか。何のようだコラ」
駄々を捏ねる妹分をアイテムで眠らせて、小さな石を叩きつけると同時に展開される魔法陣で蒼い光弾へと変化し、そのまま消失する二人を見送りながら、私は敵対者につばを吐く。
武器は使用しない。相手の速度は咄嗟に反応できない程、なら最低限現実に近い形で対峙したい。その方がまだ、というよりも、その方が私は俺は戦いやすいのだから。




