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おだまき  作者: 藍乃
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第壱章

「空の様子はどうじゃ?」


 何度その言葉を言われたか分からない。


 苛立ちながらも源九郎義経は、チラリと天を仰ぎ、同じ言葉を繰り返す。


「未だ雨雲見えず」


 簾の奥から嘆く声がする。

 これも散々繰り返された物だった。


「僧達の読経も届かぬのか・・・」


 簾の前には、百人もの高僧と呼ばれる者達が並び、襲い掛かる砂塵に噎びながらも、必死の思いで雨乞いの読経を繰り返している。


 ここ三年程続く、日照りは深刻を極めていた。


 日照りの為、作物は育たず、口にする物の無い弱い者から、容赦無く神は天上へと導いて行く。


 一歩外に出れば、幾つもの行き倒れの骸を目にする。


「何が何でも雨を降らせるのじゃ」


 嘆きいきり立つ簾の奥の人物、後白河上皇に義経は静かに目線を向ける。


 上等な着物を纏い、宮中奥に住まう者に、昨今の世の中がどれ程分かっているのかと、嘲る気持ちが湧く。


(己の威光の為に、必死になっているに過ぎん。)


 そう考えるも、宇治川の戦いで、京より木曽義仲を追い落とし、幽閉されていた後白河上皇に政権を戻したのは、自分であり、その後の一ノ谷の戦いで、平氏に崖からの逆落としの奇襲をかけ、大敗をきさせたのも自分だ。


 嘲りながらも、後白河上皇の為に働き、佐衛門少尉、検非違使(判官)と言う任を頂戴している。


 そして、その事により実の兄である源頼朝に疎まれ、やっと会えたと言うのに、二人の間には亀裂が生じ初めていた。


 義経は、血の繋がった兄弟でありながら、別々に育った境遇を悔やむ。


 幼き頃より共に過ごしてさえ居れば、今よりも遥かに固い信頼と肉親の情で結びついていただろうにと。


(俺は、ただ平氏を倒す為に、起兵した兄じゃの役に立ちたかっただけだ。兄じゃの言うとおりに働いただけだ。)


 言い知れぬ理不尽さと虚しさに拳を固める。


 その時、簾の中から激昂した声がする。


「もう良い。僧達を下がらせよ。白拍子を呼ぶのじゃ」


 巻き上がる砂塵の中、朝から読経を続けていた僧達が、疲労困憊した様子で去って行く。


 それもそのはずで、太陽は一番高い位置を過ぎようとしている。


 ボロボロな僧に入れ代わり、華やかな一団が姿を見せる。


 雨乞いの舞を舞わせる為、古今東西から集められた御目麗しい白拍子達、百人だ。


 義経は興味は無いと、目を伏せた。


 白拍子の艶やかな歌声は、義経を記憶の渦へと誘う。


 あれは十一歳の時だった。


 母の再婚にあたり、優しかった母のもとより鞍馬寺に預けられ、稚児名を遮那王とつけられた。


 まだまだ母の恋しい年頃で、人知れず夜になれば布団に潜り涙を流した。


 自分も二人の兄、今若、乙若のように僧になるものだと思っていた。


 だがある日、住職が話して居るのを聞いてしまう。


「あの子は、源氏の子だ・・・」


 幼いながら自分の中で何かが変わった。母、常盤に対する疑念が生まれたと共に、


(俺は、僧に等なっている場合では無い。武芸を身に付け、来るべき時に備える事こそが、俺のすべき事だ)


 それからと言うもの、鞍馬山を駆け回り、一人武者修業に励んだ。

 夜な夜な街に出て、誰かまわず喧嘩を吹っ掛ける事もあった。


 そんなある日だった。


 何時ものように鞍馬山を駆け回り、鬱蒼としげる巨木相手に、剣術の稽古をしていた義経の目の端に、人影が映った。


 そこは人など分け入る事の無い場所。


 不信に思い、気付かれないよう距離を取り、後をつけた。


 だが、いくらもしないうちにその姿を見失う。


 暫く辺りを探したが、その姿を見付ける事は出来なかった。


 諦め、来た所を戻り始めた矢先、カサリと義経の前の茂みが揺れ、真赤な顔をした大きな男が立ち上がった。


「てっ、天狗・・・」


 義経は面食らい、瞬きする事さえ忘れたかのように、動く事が出来なかった。


「坊主、名を何と言う。何故儂の後を着けた?」


 抑揚の無い低い声につられるように義経は答える。


「俺の名は、遮那王・・・」


 天狗は、遮那王と口の中で呟くと、義経の手の届かないギリギリの所まで進み出る。


 近くで見れば、それは天狗では無く、天狗の面をかぶった人だと分かる。


「遮那王、お前は何故、毎日剣術の稽古をしている」


「何故そんな事を知っている」


「フッ、儂はこの山の天狗ぞ。この山の事なら何でも知っておる。お前の名が牛若だと言う事もな。で、何故剣術の稽古をしている?」


 義経は、生まれた時に名付けられた牛若と言う名を、鞍馬山の天狗と名乗る男に言い当てられ、驚きで目を見開く。


「・・・何時か、源氏は京に帰ってくる。その時の為だ・・・」


 義経の言葉を聞き、鞍馬山の天狗は愉快そうに笑った。


「ならば、儂が剣術を教えてやろう。明日からこの時間、毎日此処へ来い。それと儂の事は誰にも言うでないぞ」


 そう言い残し、天狗は去って行った。


 次の日から、義経と天狗の剣術の稽古が始まった。


 天狗の稽古は、それは厳しいものだった。


 幼い義経に対し、容赦無く木の棒を叩き込み、義経の身体から痣やすり傷が絶える事はなかった。


 稽古が終わると、満身創痍、歩く事もままならない事等、日常茶飯事、天狗に担がれ鞍馬寺の近くまで運ばれる事もあった。





 ガッ ドカッ


「立て、牛若!」


 天狗の声が山に響く。


 ボロボロになった身体を、引き摺るように義経は起こす。


「何度言えば分かる。お前のような小兵が、力で挑んでも跳ね返されるだけだ。お前の強みは何だ? 考えろ、頭を使え」


 慈悲の無い言葉が義経に降り掛かる。


(俺の強み・・・?)


 自問自答の葛藤の日々が続く。


 義経は、その夜から刀狩の盗賊を探し、京の街を目立つようにと、笛を吹きながら彷徨い歩いた。


 数日が経ち、五条天神社近くの橋を渡っている時だった。


「そこの坊主。俺とその腰にある刀を賭けて、一つ手合わせといこうじゃないか」


 暗闇から大入道とも言うべき男が姿を表した。


 白い頭巾に大玉の数珠を首からかけ、僧兵姿の大男は愉しげに笑いながら義経との間合いを詰めた。


 義経は望むところだと、笛を懐にしまう。


(まさしく、力で勝てる相手では無いな)


 義経が一歩引いた瞬間、男の持つ大薙刀が空を裂く。


 二手三手と繰り出される薙刀を、ヒラリヒラリと橋の欄干を利用して避ける。


 何度となく繰り返している内に、痺れを切らした大男が唸る。


「逃げてばかりでは、勝負にならんぞ」


 義経はこの時を待っていた。


 苛立てば、苛立つだけそれが剣にでる。


 知らぬ間に太刀筋は雑になり、それが隙となって表れる。


 義経は不敵な笑みを大男に向けると挑発する。


「そんななまくらな太刀で俺が捕らえれるか!」


「何!」


 挑発にのり、大振りした大薙刀が義経に迫る。


 義経は乗っていた欄干を力の限り蹴り、高く舞い上がる。


 その落下の勢いのまま大男の薙刀の柄を蹴り飛ばし、懐に入り込むと、男の喉元に刀を突き付けた。


「勝負あったな」


「坊主、名は何と言う」


「遮那王、またの名を牛若」


「遮那王か。負けたよ、俺の刀千本狩りの悲願、最後の一振りで負けた。俺に勝ったのは、遮那王が初めてだ、俺はお前の忠実な家来となろう」


「お前の名は?」


「武蔵坊弁慶」


 こうして義経は、一生涯の家臣となる弁慶と出会った。









 数日後、義経は弁慶をつれ、天狗の下を訪ねる。


「良い従者に出会ったな。牛若、儂に教えてやれる事はもう無い。この先、お前はどうする?」


「俺は、力が欲しい」


「ならば、奥州平泉の藤原秀衡を訪ねるが良かろう。お前の母、常磐の再婚相手の遠縁にあたる。平氏や朝廷とも上手く渡り合っておる、賢く豪胆な男だ。きっと助けになってくれるだろう」




 天狗を訪れた夜、義経は鞍馬寺を出奔し、奥州平泉に向け旅立った。


 途中、父・源義朝の最期の地「尾張国」で、弁慶の見守る中、自ら元服し名を義経とした。


 義経と弁慶は、無事平泉にたどり着き、藤原秀衡の庇護のもと、不自由無く武芸に励む日々を送った。


 数年経ち、治承四年(1180年)伊豆国で、異母兄弟の兄、源頼朝が平氏打倒の狼煙を挙げた。


 その知らせを聞き、義経の心は逸る。


(ついにこの時が来た)







「秀衡殿、今迄の恩決して忘れはしません。私、義経と弁慶は、兄・頼朝の助けとなるべく、東国へと向かう所存です」


「そう言うと思って居りました。では、この者達をお連れ下さい」


 静かに二つの影が近寄る。


 佐藤継信・忠信兄弟だった。


 この者達とは、常日頃から共に武芸に精を出し、気心の知れた仲であった。


「かたじけない限り。お心遣いいたみいります」


 義経が頭を下げると、佐藤兄弟はクックッと笑いを溢した。


「義経殿に、そのような改まった態度は、似合わぬ。存分に暴れてやりましょう」


「あぁ、腕がなります」


 こうして義経は、弁慶を始め佐藤兄弟と、秀衡の使わせた数十騎と平泉を後にした。










 その後、義経は富士川の戦いで平維盛に勝利したばかりの兄・頼朝の黄瀬川の陣に馳せ参じたのだった。


「お会いしとうございました。頼朝の兄じゃ。私は、源九郎義経。父を源義朝、母を常磐と致します。頼朝の兄じゃの弟でございます」


「お前が、牛若なのか? 話では、鞍馬寺から出奔し平泉におると聞いていたが・・・」


「はい、平泉に居りましたところ、兄じゃが挙兵されたと聞き、微力ながら馳せ参じました」


「それは心強い。血の繋がりは何より強いと聞く。どうか助けになって、存分に働いておくれ・・・」


 感極まり、これ以上言葉の出ない二人だった。








 義経との再開後、頼朝は東国の安泰を計る為、義経ともう一人の弟、範頼に平氏討伐を任せ鎌倉へと引き上げて行った。


 戦いに続く戦い、月日は矢のように過ぎた。


 頼朝と兄弟の名乗りを上げて、三年程経った頃、兄弟の従兄弟となる木曽義仲が、平氏を都より追い落とし入京を果たす。


 しかし、頼朝と義仲の間には大きなしこりがあった。


 源氏の頭領の地位固めに拘った頼朝と、平氏を討つ事を優先し、地位などにとらわれなかった義仲の考え方の違いに始まり、頼朝が追放した源行家らを、義仲が庇護した事が原因だった。


 まして頼朝は、義仲の子・義高を娘・大姫の婿にすると言う形で、人質にしていた。


 そして、義仲は都において、大きな失敗と身をわきまえない暴挙をおかす。


 義仲は、飢饉に苦しみ、平氏の悪政で乱れた都の治安の安泰を任される。


 しかし、義仲と共に入京した大勢の兵士の為、都の食糧事情は悪化するばかり。


 仕舞には、兵士自体が強奪まがいの事をしはじめた。


 その上、後白河上皇が平氏との交渉の結果、高倉上皇の二人の息子のいずれかを後継者に擁立する事を決めたにも関わらず、平氏を都落ちさせた大功は、義仲が推載してきた北陸宮の力だとし、北陸宮の即位を求め、皇位継承問題にまで口を挟みだした。


 これにより、義仲は後白河上皇や公家等から疎まれる存在となった。


 この事をいち早く察した義仲は、信用回復の為、平氏追討に出陣する。


 義仲が不在となった朝廷は、頼朝に上洛の要請を出す。


 しかし、頼朝はこの要請を受けなかった。

 いや、受ける事が出来なかった。


 理由は二つ。


 都の食糧事情と、頼朝が鎌倉を不在にする事で、奥州藤原氏等が攻めてくる可能性があったからだ。


 朝廷はこれを受け、頼朝の朝廷での位を回復し、東海道・東山道の所領を本所に戻し、その地域の年貢等を頼朝が進上、従わない者の裁きを、頼朝が行う事を認める宣旨が下された。


 これにより、鎌倉政権は朝廷に認められる事となった。


 その事に、満足した頼朝は、義経、範頼を京に向かわせる。


 一方、義仲は平氏との戦に負けると、頼朝の上洛を恐れ急ぎ都に引き返した。


 しかし、義経や範頼らが都に迫ると、西国の平氏と挟まれた形になり、義仲はまたもや暴挙に出た。


 義仲は後白河上皇を、頼朝に下した宣旨の事と、自分を差し置いて頼朝に上洛を求めた事を抗議し幽閉。


 頼朝討伐の宣旨を取り付ける。


 しかし、義経らの働きにより、義仲は宇治川の戦いで破れ、粟津の戦いで命を落とした。


 結局、義経が、鎌倉政権が後白河上皇を救出した形となった。


 その後、義経は一ノ谷の戦いで平氏本陣に奇襲をかけ大勝を得る。


 京に戻った義経は、頼朝の指示に従い、治安維持の為に残留する事になった。


 元暦元年(1184年)これまでの働きから、頼朝の推挙により、朝廷から範頼ら三名が国司に任じられるが、その中に義経は入って居なかった。


 義経には、平氏追討の西国行きが予定されていたが、出陣間際に義仲に追われ伊賀等に潜伏していた、平氏の残党が突如蜂起する。


 これにより義経の西国への出陣は取り止めとなり、代わりに範頼が平氏追討に向かった。


 その間、義経は伊賀等の平氏の討伐に当たり、それを平定する。


 後白河上皇は義経の働きに対し、佐衛門少尉、検非違使の任を与えた。


 しかし、これを頼朝の許可なく義経が受けたことから、兄弟の間に歪みが生じ始めたのだ。





(俺は、本当に兄じゃの役に立ちたかっただけなんだ・・・)






 これまで、武家社会とは無縁の世界にいた義経には、頼朝の考えが分かって居なかった。


 その上、後白河上皇の謀略にも気がつかなかった。


 そして義経は、幼い頃より寺に預けられ、肉親の愛情に飢えていた。


 自分ですら気付かない内に、誉めて貰いたい、必要とされたいと言う思いが強くなっていたのだ。


 それが、義経を今後追い詰めて行く。









 義経が長い物思いに耽っていると、悲痛な後白河上皇の声がする。


「次の者で最後か?雨雲はまだか?」


 義経は繰り返してきた言葉を告げる。


「未だ雨雲は見えず」


 縋るように念仏を唱える声が耳に届く。


 義経はため息を噛み殺し、最後の一人となった白拍子に目を向ける。


 そこには天女が舞い降りたのかと思わせる美女が居た。


「何と美しい・・・」


 美しい白拍子は、静かに歌い舞う。


 義経は、一時たりと目が離せない。


 舞も中盤にさしかかった頃、俄かに茜色に染まっていた空に雲が立ち込め、辺りを暗くする。


「おぉ・・・」


 白拍子に魅入っていた、全ての者が声をあげた時、待ちに待った滴が一つ、また一つと落ちてくる。


 白拍子は、雨霞の向こうで舞い続ける。


 その姿は神々しく、息を止めて義経は見つめる。


舞終わった時には、雨は強さを増して白拍子に降り注いでいた。


 義経は、場所もわきまえず白拍子に駆け寄る。


 その頼りなげな細い身体に、雨がかからないように自分の袖を差し掛ける。


「あぁ、恐れ多い。濡れてしまいます。どうぞ、お戻り下さいませ」


 白拍子の心地よい声が、義経を揺らす。


「良い。雨を呼んだ功労者を濡らし、風邪等引かせては申し訳が立たぬ」


 間近で見る白拍子は、本当に人なのかと疑う程に美しい。


 上皇の覚えめでたく、その容姿にも恵まれ、言い寄ってくる女達と数々浮き名を流している義経さえ息を飲む。


 そこへ、後白河上皇の声がかかる。


「義経、憎い計らいだのう。まさに、美男美女じゃ。白拍子、名を何と申す」


「静にございます」


「静御前か。よくぞ雨を呼んでくれた。誉めてつかわす。義経、都一の白拍子じゃ、丁重にもてなせ」


 衣擦れの音と共に、後白河上皇の気配が遠ざかる。


 義経は頭を上げると、静御前に向き直る。


「静御前、拙宅で宴の用意をさせましょう。共に来てはもらえぬか」


「勿体ないお言葉、いたみいりますが、私のような者に、そのようなお気遣いは無用にございます」


 義経は、焦る。


 ここで帰しては、二度と会えない気がしたのだ。


「そのような事を申されるな。このまま帰しては、私が帝にお叱りを受ける。助けると思って、来てはもらえぬか」


 こうまで言われると、義経の申し出に従うより他の無い静だ。


「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」







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