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雪と残火  作者: シキカン
1/1

タイトル未定2026/05/24 10:40



「蛍雪の功ですね」

障子が閉まる音ともに灯弥が云った。

「…ただの仕事だよ」

横目で灯弥を見やり、また視線を帳面に向けた。

灯弥が囲炉裏で湯を沸かし、薄い茶を私の側に置いた。

「無理をすると、体に毒ですよ。」

その言葉で閉じ込めていた記憶の蓋が開いたようだった。

「…ありがとう。わかってる。」

そう言って、私はまた記帳を続けた。



数十年前ーー。


「おかえりなさい。炎魄様。」

「ただいま。」

彼女の名は雪乃。

名の通り、雪のように肌が白い女性だった。

病弱なところは気掛かりだったが、気立てが良く、献身的で、いつも私を支えてくれていた。

「最近遅いですね。お忙しいのですか?」

私の羽織を脱がせながら、雪乃はか細い声で聞く。

「あぁ…。賊が頻出してるそうだから、君もくれぐれも気をつけるんだよ。」

「わかりました。炎魄様もお気をつけて。

 無理をすると、体に毒ですから。」

「ありがとう。」


夜が明け、また仕事へ向かう用意を終え、出て行こうとすると雪乃が走ってきた。

「炎魄様、これを。我が家に代々伝わる魔除けの石です。なんだか今朝から嫌な予感がして…。

今日はこれを持って行ってください。」

そう云って、私の掌に小さな石を握らせた。

「君が持っていればよかろう?私はなんとかなる。」

「いえ。私は家から出ないので。お願いします。」

普段なら私の云うことに突っぱねることはほぼないのだが、今日はいつもと違って引っ込まない。

「はぁ…。わかったよ。持っていくから。君もいつも以上に気をつけるんだよ。」

「わかりました。いってらっしゃいませ。」

「いってくるよ。」

私はこの時、振り返りもせず、歩を進めた。


仕事が終わり、家に近づくと、一寸の灯も感じられない。

いつもと様子が違うので、不穏な気持ちを抱えながら、戸を開けると、そこには二人の賊らしき男どもが家の中を物色し、血塗れの雪乃が倒れていた。

「雪乃!!!」

私が雪乃に駆け寄り、何度も名を呼ぶ。

すると賊どもが私に気付き、

「しまった!逃げろ!」と叫びながら襲い掛かろうとした。

その瞬間、私は奴らを一瞬で火達磨にし、業火の中、断末魔だけが響いていた。

私の腕に横たわる彼女はみるみる冷たくなっていき、もう虫の息だ。

「…雪乃…」とか細い声で名を呼ぶと、一瞬だけ目を開き、雪乃の血塗れの手を私の頬に添えた。

「お怪我はないですか?」

今にも消え入りそうな声で、私に問いかける。

私は涙を流しながら大きく頷くことしか出来なかった。

すると彼女は優しく微笑み、添えられた手がだらんと落ちた。

私は氷のように固く冷たくなった彼女の身体を力強く抱きしめながら、世が明けるまで泣き叫び続けた。



「…さま。炎魄様。炎魄様!」

ハッと我に返り、灯弥の話にまた耳を傾ける。

あれ以降、頻繁に雪乃を思い出して、ろくに夜も眠れなかった。

睡眠不足と疲れで足元が覚束なくなり、通りすがりの誰かにぶつかってしまった。

「きゃっ!」と声をあげ、相手は尻餅をついてしまった。

と同時に、相手も私もあの時の同じ石を落とした。

「失礼」と私が手を差し伸べ、恐る恐る相手の顔を見ると、そこにはあの頃の彼女と同じ顔の女性が、私を見つめていた。

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