召喚
「召喚に応じてくださりありがとうございます、地球のタイピスト。まずはこの場の全員を代表して御礼申し上げます」
パソコンの画面がやけに眩しくなり、目が痛い、と思ったら、何がなんやらわからない言葉が聞こえてきた。日本語ではあるようだが、いまいち意図がつかめないし、視界もいまだにもやもやとしている。
何度か瞬きをして目の渇きを潤すと、ようやく眼球が機能を取り戻した。目の前に女性が一人、白と青を基調とした清潔な室内、きょろきょろと辺りを見渡すとその女性以外にも人がいて、拍手をしたり、こちらをじっと見つめたりしている。
「えっと……これ明晰夢ってやつ?」
「いいえ、夢ではありません。あなたは私たちが召喚しました。あの広告で」
「広告……? あっ」
私はひたすら己の指を鍛え、スピードを求める、極めてエキサイティングでストイックなゲーム、競技タイピングに幼い頃から魅了され続けている。そして、初めてキーボードに触れたその日から、修行僧の如く、記録更新を求めてタイピングゲームを日課としている。
今日も勿論そうしていた……とはいえ、一晩中打っているわけにもいかず、そろそろやめるかとマウスに手を伸ばしたそのとき……ゲーム上部に表示され続けている広告を誤クリック。瞬間、液晶が太陽になったかのように……世界の全てが真っ白になるほど輝いた! たしか広告の内容は……
『ピグイタン王国にて勇者募集中。福利厚生も充実! アットホームなお国柄!』
「理解が追いつかないんだけど、あの変な広告だったら、間違えてクリックしちゃっただけなんだよね」
「とはいえ、あなたは現にここにいらしています。ピグイタン王国へ」
「今までタイピングしながら寝落ちしたことはないんだけどなぁ」
「ですから、夢オチではありません」
目の前の女性が、はぁ、とため息をつく。
「いいですか、強引にお呼びだてして申し訳ございませんが……あなたには使命があります」
「使命?」
まずいな、異世界転生ラノベは読んだことがない。でも『インセプション』なら観たことがある。ここが夢なら……私が今日飲んだ頭痛薬が強力な鎮静剤に置き換わっていたら……この世界でうまく立ち回らないと、虚無から戻ってこられないのかも。
明晰夢とは全く恐ろしい。普段は夢を見るタイプではないのが、尚更私の不安を煽る。私は何をすれば良いのだろう? 夢だとしても、夢の中にいる私には現実のように感じるのだから、あまり変なことはごめん被りたい。
「あなたは……」
生唾を飲み、目の前の女性を見つめた。至って真剣そうな顔だ。服装は、なんというか……RPGの神官っぽい。顔立ちは整っていて、カリスマ性が感じられる。
何を求められるのだろうか。ドラゴン退治? お姫様の救済? 27歳、タイピング以外にさして趣味もなく、議事録を取るときだけ重宝される目立たないOLの私は一体、なんのために召喚されたのだろう? こんなことなら、長文タイトルを冷笑してないでライトノベルをもっと読んでおくべきだった。
おそらく数秒もないその間、私の心臓は何度動いたかわからない。そうして緊張がピークに達した瞬間、彼女の口から発せられた言葉は──あなたはこれから、これから──。
「"最強タイピスト"になるんです」
一方私の口から出たのは非常にシンプルで、これ以上ないほど的確な言葉だった。
「は?」




