第8話 人間重機ギデオンと、大地から湧く黄金
「ここです。ここ掘れワンワンです」
「……誰が犬だ」
城の裏手、雪の積もった荒野の一角。
私は雪かきをした地面の一点を、革靴のつま先でトントンと叩いた。
「私の計算によれば、この地下150メートルに巨大な『熱水溜まり』があります。ここを掘り当てれば、我が領地は勝ち確です」
獲得した金貨2,000枚。
これを元手に、私は即座に「リゾート開発計画」を始動させた。
まずは目玉商品となる「温泉」の源泉確保だ。
「しかし、150メートルか……。岩盤も硬ぇし、普通の井戸掘りじゃ半年はかかるぞ」
ギデオンが腕組みをして唸る。
「ええ。ですから、隣国からドワーフの掘削技師を雇おうかと。特殊技術なので、見積もりは金貨500枚ほどですが……」
「ご、500枚!?」
ギデオンが素っ頓狂な声を上げた。
彼は今や、金貨一枚の重みを(食費換算で)完全に理解している。
「高ぇ! 高すぎる! そんな金があれば、最高級の和牛が何頭買えると思ってるんだ!」
「ではどうします? 魔法で掘るにしても、宮廷魔導師レベルの魔力が必要です」
「俺がやる」
ギデオンはニヤリと笑い、背負っていた巨大な「鉄杭」のようなものを地面に突き立てた。
槍ではない。
攻城戦で城門を物理的に粉砕するための、質量兵器だ。
「俺はこれでも『土属性』持ちだ。……繊細な建築はできねぇが、『壊す』のだけは得意なんでな」
「あら、適材適所ですね」
「見てろ。ドワーフなんぞいらねぇ。金貨500枚は、今夜の宴会の予算に回すぞ!」
ギデオンは両手に魔力を集中させた。
金色の瞳が輝き、鉄杭がブォンブォンと不穏な唸りを上げ始める。
土魔法による振動破砕。
「オオオオオオッ!!」
気合一閃。
彼は巨大な鉄杭を、ハンマーのように振りかぶり──地面へ叩きつけた。
ドゴォォォォォォォン!!
爆音。
そして地揺れ。
私がバランスを崩しそうになるほどの衝撃と共に、地面に亀裂が走る。
ただ叩いたのではない。土魔法で岩盤を「液状化」させながら、衝撃波を深部へ送り込んでいるのだ。
「まだまだァ!! 穿てェェェ!!」
ギデオンは止まらない。
杭を打ち込むたびに、地面が悲鳴を上げ、穴が深くなっていく。
その姿はまさに、削岩機そのものだ。
(……呆れました。本当にコストパフォーマンスの良い領主です)
【掘削深度:50m……100m……140m】
【到達予想:あと10秒】
「ギデオンさん、そろそろ……!」
「うらァァァ!! ここが急所だァァァ!!」
最後の一撃が放たれた、その瞬間。
シュゴォォォォォォッ!!
大地が咆哮を上げた。
亀裂の隙間から、白い湯気が爆発的に噴き上がる。
続いて、熱湯の柱が空高く打ち上げられた。
「うおっ!? 出たッ!?」
「成功です! 離れてください!」
降り注ぐお湯の雨。
源泉は高温だが、氷点下の空気に冷やされ、私たちに降りかかる頃には心地よい適温になっていた。
あたり一面に、硫黄の香りと、温かい湿気が充満する。
極寒の荒野に、湯気による白い霧が立ち込めた。
私は眼鏡についた水滴を拭い、即座に湧き出たお湯に【鑑定】をかけた。
ピピピッ。
【泉質:硫黄泉(源泉温度48度)】
【効能:切り傷、冷え性、疲労回復】
【特殊効果:美肌効果(Sランク)】
「……勝ちました」
私はガッツポーズをした。
ただの温泉ではない。「美肌の湯」だ。
これなら、美容にうるさい王都の貴族女性たちから、法外な利用料をふんだくれる。
「げほっ、げほっ……。おいセシリア、大丈夫か? 火傷してねぇか?」
湯気の中から、ずぶ濡れになったギデオンが現れた。
髪も服もびしょ濡れで、水も滴るいい男……と言いたいところだが、彼はなぜか顔を真っ赤にして、私から視線を逸らしている。
「私は平気です。少し濡れましたが」
「っ! あー、その、なんだ。……俺の上着、着とけ。透け……いや、寒いだろ」
彼は自分の濡れた上着を脱ごうとして、自分のシャツも肌に張り付いて筋肉が丸見えであることに気づき、動きを止めた。
「……すまん。俺も透けてた」
「何をやっているんですか、あなたは」
思わず吹き出してしまった。
この人、戦場ではあんなに頼もしいのに、こういう時は中学生レベルだ。
「それより、見てくださいギデオンさん」
私は地面にできた、湯の溜まり場を指差した。
掘削地点を中心に、ちょっとした池ができている。
湯気のおかげで、周囲だけ春のように暖かい。
「これが、私たちの『金のなる木』です」
「……ただのお湯だろ?」
「入ってみてください。……足だけでいいですから」
私は近くの岩に腰掛け、ブーツを脱いだ。
靴下も脱ぎ、素足を湯に浸す。
「ふぅ……」
熱い。けれど、凍えた指先が解凍されていくような、極上の心地よさ。
身体の芯まで痺れるようだ。
ギデオンもおっかなびっくり、巨大なブーツを脱いで足を浸した。
「……ッ!」
彼の目が大きく見開かれる。
「なんだこれ……。熱いのに……力が抜ける……」
「これが温泉の魔力です。戦闘の疲れも、古傷の痛みも癒やしてくれますよ」
「すげぇ……」
ギデオンは子供のようにパシャパシャとお湯をかき混ぜた。
その顔からは、いつもの険しさが消え、穏やかな表情が浮かんでいる。
「俺は、この土地を『死の場所』だと思ってた。何もねぇ、誰も来ねぇ、ただの墓場だって」
彼は湯気にかすむ荒野を見渡した。
「だが、あんたが来てから……ここは宝の山になっちまった」
「ええ。磨けば光る原石です。……あなたたちと同じですよ」
私が言うと、ギデオンは耳まで赤くして、バシャバシャと激しく足でお湯を蹴った。
「う、うるせぇ! ……で、でも、悪くねぇな。こういうのも」
「はい。……さて、温まったら仕事ですよ」
私は手帳を開き、現実的な話を突きつけた。
「源泉は確保しました。次は『脱衣所』と『露天風呂』の建設です。そして王都への宣伝広告、送迎馬車の手配……」
「……前言撤回だ。やっぱりあんたは鬼だ」
ギデオンががっくりと項垂れる。
けれど、その口元が笑っているのを、私は見逃さなかった。
北の果ての荒野に、温かい湯気と、二人の笑い声が響く。
リゾート開発計画は、最高の滑り出しを見せた。
【現在の資産:金貨2,000枚 + 無限の温泉】
【従業員のモチベーション:高(入浴待ちの列が発生中)】
さあ、世界中の貴族から、入浴料を搾り取って差し上げましょう。




