第6話 歩く毛皮の群れ
「……ひどい。これは『大赤字』です」
城壁の上。
寒風吹きすさぶ見張り台で、私は眼下の惨状を見て頭を抱えた。
雪原には、白い巨体──「スノータイガー」の群れが押し寄せている。
体長3メートルを超える猛獣だ。
鋭い牙と爪は、鉄の鎧さえ紙切れのように引き裂く。
対するは、我が領地が誇る「ラグナ傭兵団」。
「オラァァァ!! 肉だァァァ!!」
「死ねぇぇぇ!! 俺の新しいブーツになれぇぇ!」
彼らは雄叫びと共に突撃し、圧倒的な武力で虎を屠っていた。
強い。文句なしに強い。
王都の騎士団なら全滅しかねない相手を、彼らは楽しそうに狩っている。
問題は、その「狩り方」だ。
ドゴォォォン!!
一人の傭兵が、戦槌をフルスイングした。
虎の背中に直撃。
脊椎が砕ける音と共に、美しい純白の毛皮がグチャグチャに千切れ飛んだ。
「ああっ!? 私の『特級品(Sランク)』がああぁぁ!!」
私は悲鳴を上げた。
背中の毛皮は一番面積が広く、最も高値がつく部位だ。
それを叩き潰すなんて、札束をシュレッダーにかけているのと同じだ!
さらに別の場所では、炎魔法の使い手が虎を丸焼きにしている。
「待って! 燃やさないで! 炭になったら1ゴールドにもなりません!! 焦げ臭い毛皮なんて誰が買うんですか!」
彼らは「倒すこと」しか考えていない。
素材としての価値への配慮が欠落している。
これでは、ただの「害獣駆除」だ。利益が出ない。
「……経営介入します」
私はトランクから持ち出していた、メガホンのような魔道具を取り出した。
風魔法石を組み込んだ「携帯用拡声器」だ。
スイッチオン。
『──総員、注目!!』
戦場に、私の声が雷のように響き渡った。
傭兵たちがビクッとして動きを止める。
襲いかかろうとしていた虎さえ、驚いて足を止めた。
『あなたたちの戦い方は非効率的です! それは敵ではありません。「歩くボーナス」です!』
私は城壁から身を乗り出し、計算スキルをフル稼働させて叫んだ。
『右翼の斧部隊! 胴体を狙うな、首か関節を狙え! 毛皮に傷をつけたら……』
私は深く息を吸い込み、彼らにとって最も恐ろしい宣告を放った。
『……今夜のシチュー、肉抜きにしますよ!!』
戦場が凍りついた。
一瞬の静寂。
そして。
「に、肉抜きだと……!?」
「具なしスープなんて嫌だァァァ!」
「やべぇ! 姐さんは本気だぞ!」
「綺麗に殺せ! 俺たちの晩飯がかかってるんだ!」
傭兵たちの目の色が変わった。
殺気ではない。
「食」への執着という、生物として最も原始的かつ強固な意志が宿った。
動きが劇的に変わる。
力任せの破壊から、急所を的確に突く「解体作業」のような鋭い攻撃へ。
私の目には、彼らの攻撃によって守られた「利益額」がリアルタイムで加算されていくのが見えた。
【予想利益:金貨50枚……120枚……200枚!】
よし、いい調子です。
だが、群れのボス──ひときわ巨大な「キング・スノータイガー」が、包囲を突破して城門へ突進してきた。
「グルルルルルァァァァ!!」
速い。
傭兵たちが追いつけない。城門が破壊されれば修繕費がかさむ!
「チッ、大物が抜けたか!」
その時。
黒い疾風が、雪原を駆けた。
ギデオンだ。
彼は私の背丈ほどもある大剣を軽々と担ぎ、猛虎の正面に躍り出た。
「オラァァァァ!!」
正面衝突。
ギデオンは大剣を振りかぶり──
『ギデオンさん! 真っ二つは禁止です! そのサイズなら最高級の絨毯になります!』
私が叫んだ瞬間。
ギデオンは空中で無理やり体勢を変えた。
「ぬぐゥッ!?」
振り下ろされようとしていた刃を、寸前で反転させる。
剣の「腹」の部分を使い、虎の脳天を狙う。
だが、ただ叩くだけでは頭蓋骨が砕けてしまう。
彼はインパクトの瞬間、手首を返して衝撃を逃がし──脳だけを揺らした。
ドォォォォォォン!!
凄まじい衝撃音と共に、虎の巨体が雪の中に沈む。
雪煙が舞い上がる。
煙が晴れると、そこには気絶して白目を剥いた巨大な虎と、その横で剣を地面に突き刺し、荒い息を吐いているギデオンの姿があった。
「……ど、どうだ!」
彼は城壁の私を見上げ、ニカッと歯を見せて笑った。
「無傷だろ? ……これなら、今夜の肉は増量か?」
私の眼鏡の奥で、【計算】スキルが弾き出した数値は……。
【損傷率:0%】
【推定評価額:金貨300枚(オークション級)】
【ギデオンの身体制御能力:S+(神業)】
私は震える手で拡声器を握り直した。
『……満点です。今夜は肉大盛り、さらにデザート付きです!』
「っしゃあ!!」
ギデオンが子供のようにガッツポーズをすると、傭兵たちからも「うおおお!」「姐さん万歳!」と歓声が上がった。
敵は全滅。
こちらの被害はゼロ。
そして確保された、億単位の素材の山。
私は望遠鏡を下げ、深く息を吐いた。
「……恐ろしい職場ですね」
彼らはただの荒くれ者ではない。
適切な餌……もとい、報酬と指揮官がいれば、最強の生産部隊になる。
城壁の下で、ギデオンがブンブンと手を振っている。
幻覚だろうか、彼の背後に大きな尻尾が揺れているのが見える。
「さて。……在庫管理と、解体作業の指揮に行かなくては」
私はドレスの裾を翻し、階段を降りた。
どうやら今日の帳簿は、久しぶりに気持ちの良い黒字になりそうだ。




