第5話 ゴミ屋敷の棚卸し
翌朝。
私は鳥のさえずり──ではなく、遠くで響く男たちの野太い掛け声で目を覚ました。
「ふぁ……よく眠れました」
身体が軽い。
王都では睡眠薬が手放せなかった私が、一度も起きずに朝を迎えるなんて。
ギデオンさんから借りた黒狼のマントは、獣の匂いがしたが、驚くほど温かくて安心感があった。
顔を洗おうとドアを開けると、そこには湯気が立つ木桶が置かれていた。
中には適温のお湯。
この極寒の城で、魔法使いでもない彼らが朝一番に湯を用意するのがどれほど手間か。
「……不器用な福利厚生ですね」
顔を洗って眼鏡をかけ、私は「戦闘服」の襟を正した。
今日は重要な日だ。
この領地の「財務状況」を丸裸にする、運命の棚卸しデーである。
***
「……で、これが全財産ですか?」
「ああ。金目のものは、去年の飢饉で全部食い物に替えちまった」
案内されたのは、城の地下にある巨大な倉庫。
ギデオンはバツが悪そうに頭をかいている。
そこにあるのは、空っぽの棚と、隅に乱雑に積み上げられた「ゴミの山」だけだった。
折れた剣、謎の骨、泥だらけの石ころ。
「現金は?」
「銅貨が30枚くらいか。……すまねぇ。俺に甲斐性がないばかりに」
ギデオンがシュンと小さくなる。
大型犬が雨に濡れたような哀愁だ。
「謝罪はいりません。現状の把握が先決です」
私は倉庫の中央に進み出た。
鼻をつく埃とカビの臭い。
普通なら即座に廃棄処分を命じる光景だ。
だが。
私の眼鏡の奥で、異変が起きていた。
先ほどから、視界の端で【計算】スキルの数値が、壊れたスロットマシンのように跳ね上がっているのだ。
【推定資産価値:測定中……上昇中……オーバーフロー警報】
「ギデオンさん。あそこにある、黒ずんだ巨大な棒。あれは何ですか?」
私はゴミ山の頂点に突き刺さっている、長さ2メートルほどの黒い物体を指差した。
「ああ、あれか。先月倒した『ブラックドラゴン』の大腿骨だ。硬すぎて加工できねぇし、燃えないから薪にもならねぇ。邪魔だから次のゴミの日に谷底へ捨てようかと」
「……捨てようと思っていた?」
私は耳を疑った。
「そっちの、青白く光っている石は?」
「『氷狼の排泄物』……じゃなくて、体内で固まった結石だな。夏場は冷たくて気持ちいいから、抱き枕にしてる」
「抱き枕……」
私は深呼吸をした。
落ち着け。興奮してはいけない。血圧が上がる。
私はゴミ山に近づき、スキルを全開にして【鑑定】を行った。
ピピピピピッ!
脳内でレジスターが高速回転する音が聞こえる。
【品名:古竜の黒骨(保存状態B)】
【用途:最高級杖の素材、対魔法装甲材】
【市場価格:金貨5,000枚~(※王都の一等地が買えます)】
【品名:氷狼の氷結核(純度A)】
【用途:永続冷却魔道具の心臓部】
【市場価格:金貨800枚~】
その他にも、山の中には「ミスリルの原石(ただの重い漬物石扱い)」や「フェニックスの羽(綺麗な埃払い)」が無造作に転がっている。
「……ギデオンさん」
「な、なんだ? やっぱり汚ねぇから怒るか? 今すぐ片付ける!」
ギデオンが慌ててドラゴンの骨を抱え上げようとした。
私は思わず、その丸太のような腕にしがみついた。
「捨てないでください!!」
「うおっ!? セ、セシリア!?」
「これはゴミではありません! これ一本で、城の修繕費が全額賄えます!」
「はぁ? ただの骨だぞ?」
「いいえ! 王立魔術師団が血眼になって探している『Sランク素材』です! なぜ市場に流さなかったのですか!?」
ギデオンはきょとんとして、素直に答えた。
「だってよぉ。商人に持ち込んでも、『こんなデカいもん運ぶだけで運送費が赤字だ』とか『加工賃の方が高くつく』って言われて……。引き取り賃を取られそうになったから、持ち帰ったんだ」
……なるほど。
彼らは「騙されていた」のだ。
無知と、辺境という立地につけ込んだ悪徳商人たちに。
「運送コスト」というもっともらしい嘘で、本来の価値を隠蔽されていたのだ。
(許せません……!)
私の心の中で、商魂と正義感が同時に着火した。
これは「機会損失」などという生温かいものではない。搾取だ。
「ギデオンさん。あなたは貧乏ではありません」
私はドラゴンの骨を愛おしそうに撫で回した。
「あなたは、換金の方法と、適切な販路を知らなかっただけの、眠れる億万長者です」
「お、おく……まん……?」
「このゴミ山……いえ、『宝物庫』にある素材を適正価格で売り捌けば、借金完済どころか、この城のトイレを金で作れますよ」
「黄金の便器はいらねぇけど……本当か?」
「ええ。私の【計算】に間違いはありません」
ギデオンと部下たちが、信じられないものを見る目でゴミ山を見つめ直している。
彼らにとっては、ただの邪魔なガラクタが、突然きらめく財宝に見え始めたようだ。
「よし! なら今すぐ街へ売りに行くぞ!」
「酒だ! 女だ! いや、新しい鎧だ!」
色めき立つ傭兵たち。
だが、私は冷静に水を差した。
「待ってください。今この大量の素材を一気に市場に流せば、相場が暴落します。それに、足元を見られないための『交渉』が必要です」
まずは隣国のゼリア通商連合とコネクションを作り、小出しに高値で売り抜ける。
そして得た資金で、この領地のインフラを整備し、観光地化する。
完璧な事業計画が脳内に描かれた。
その時だった。
カンカンカンカンッ!!
城壁の上から、けたたましい鐘の音が響き渡った。
敵襲を知らせる警鐘だ。
「──チッ。朝飯前のお客さんか」
ギデオンの雰囲気が一瞬で変わった。
先ほどまでの間の抜けた大型犬ではない。
殺気を纏った、戦場の王の顔。
「セシリア。あんたはここにいろ。……大事な『鑑定士』に傷がついちゃ困る」
「敵ですか?」
「ああ。たぶん『スノータイガー』の群れだ。……ちょうどいい。今日の晩飯と、あんたの言う『素材』が増えるだけだ」
ギデオンは壁に立てかけてあった、私の背丈ほどもある大剣を片手で掴んだ。
「行くぞ野郎ども! 稼ぎ時だ!」
「「「オオオオオッ!!」」」
傭兵たちが雄叫びを上げて飛び出していく。
その背中を見送り──私は、懐から折りたたみ式の望遠鏡を取り出した。
「セシリア? ここにいろと言ったろ!」
振り返ったギデオンに、私はニッコリと微笑んだ。
「お断りします。私は経営者ですから」
「は?」
「従業員の働きぶりを査定するのも、私の仕事です。……それに、スノータイガーの冬毛は、傷がないほど高値がつきますからね。剥ぎ取りの指示もさせていただきます」
私はドレスの裾を翻し、彼らの先頭に立って歩き出した。
「さあ、案内してください。『職場見学』といきましょうか」
「……たくましい女だぜ」
ギデオンが呆れたように、けれどどこか嬉しそうに笑ったのが聞こえた。
どうやら私の新しい職場は、退屈する暇もなさそうだ。




