第4話 暴走する魔導家電
「では、業務を開始します。目標、日没までに『凍死しない環境』の構築」
私の号令と共に、辺境改革が始まった。
場所は城のメインホール。
天井は高く立派だが、蜘蛛の巣と埃の積層率が歴史を感じさせる。
窓ガラスは割れ、そこから容赦なく雪が吹き込んでいた。
「おいセシリア。やる気はあっても、道具がないぞ。雑巾も箒も、この前の寒波で燃やしちまった」
ギデオンが困ったように眉を下げる。
部下たちも、素手で埃を集めようとしていた。
「アナログな清掃は非効率です。……これを使います」
私はトランクの奥から、亀の甲羅のような形をした無骨な魔道具を取り出した。
表面には風属性の魔石が埋め込まれ、時折バチバチと火花を散らしている。
「なんだそれは? 地雷か?」
「『自走式集塵亀試作一号』です。……行け!」
私が魔力を流して床に置くと、円盤は「ギュオオオオオン!」と爆音を轟かせて走り出した。
床の埃を猛烈な勢いで吸い込みながら、狂った独楽のように不規則に跳ね回る。
「うおっ!? こっち来た!?」
「足が! 足を食われるぞ!」
「迎撃しろ! 陣形を組めェ!」
傭兵たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
Sランクの強者たちが、たかが掃除機相手に剣を抜かないでください。
「落ち着いてください。吸引力が強すぎて制御できていないだけです。……次はこれ」
私は次に、スライムの粘液を加工した「半固形修復ゲル」を取り出した。
これを割れた窓枠に塗りたくり、風魔法で硬化させる。
見た目は悪いが、断熱性は抜群だ。
「窓の穴、塞ぎました。これで隙間風係数はゼロです」
「……魔法使いでも、そんな使い方はしねぇぞ」
ギデオンが呆れ顔で見ている。
「ホール全体を暖めるのはコストの無駄です。奥の一角を『居住区』として仕切り、そこにこの『温風魔石ヒーター』を設置します。手伝ってください」
私は繊細なガラス管に入った魔道具を彼に渡そうとした。
「っ! よ、寄越すな!」
ギデオンが飛び退いた。
「俺が触ったら砕ける! 先週もスプーンを折ったばかりなんだぞ!?」
「加減してください。……ほら、赤ちゃんを持つようにそっと」
「無理だ無理だ! ああっ、そんな薄いガラス……見てるだけで冷や汗が……っ!」
身長2メートルの巨漢が、小指サイズのガラス管を前に脂汗を流し、両手を上げて後ずさっている。
ドラゴンには素手で立ち向かえるのに、ガラス細工には完全敗北ですか。可愛げのある弱点です。
「はぁ……。では、設置は私がやります。あなたは高いところの蜘蛛の巣を払ってください」
「おう! 破壊なら任せろ!」
ギデオンは嬉々として長槍を振り回し、天井の蜘蛛の巣(と漆喰の一部)を豪快に削ぎ落としていく。
……まあ、目的は達成されたので良しとしましょう。
***
一時間後。
廃墟同然だったホールの一角は、見違えるように変わっていた。
ついたて代わりの板で区切られた空間に、ヒーターが心地よい温風を吐き出している。
外は吹雪だが、ここだけは春のように暖かい。
「すげぇ……」
「ここ、本当に俺たちの城か?」
傭兵たちが床に寝転がり、温かさを噛み締めている。
その幸せそうな寝顔を見ていると、投資した魔石代(金貨3枚分)も、福利厚生費としては格安に思えてくる。
「さて。……問題は今夜の寝床ですね」
私は腕組みをした。
ホールは暖かくなったが、プライバシーはない。
男だらけの雑魚寝に混ざる趣味は、さすがに私にもない。
すると、ギデオンが近づいてきた。
彼は少し顔を背け、首の後ろをガシガシとかいている。
「あー……その。あんたは、俺の部屋を使え」
「ギデオンさんの部屋ですか?」
「唯一、扉と窓が無事な部屋だ。元は武器庫だがな」
「では、あなたはどこで?」
「俺はこのホールで寝る。部下と一緒の方が落ち着くしな」
彼はぶっきらぼうに言ったが、それが最大限の譲歩と騎士道精神であることは明白だった。
領主である私に、一番安全な場所を譲るつもりなのだ。
案内された部屋は、確かに「元武器庫」だった。
飾り気のない石壁。家具はほとんどなく、部屋の隅に、木枠に藁と毛皮を敷き詰めただけの「寝床」があるだけだ。
当然、ソファーなどという贅沢品はない。
「……殺風景なところですまねぇな。家具は、冬を越すために燃やしちまった」
「いいえ。屋根と壁があるだけで十分です」
「寒くねぇか? 俺の毛皮を置いておく。……洗ってないから獣臭いかもしれねぇが、温かいはずだ」
ギデオンは自分の肩から分厚い黒狼の毛皮を外し、寝床の上に置いた。
そして逃げるように扉へ向かう。
「おやすみ、セシリア。……何かあったら叫べ。一秒で駆けつける」
扉が閉まる。
部屋に残された私は、トランクから寝袋を取り出そうとして──やめた。
代わりに、彼が貸してくれた毛皮のマントに包まり、藁のベッドに横になった。
(……温かい)
獣の匂いがする。
土と、鉄と、微かな汗の匂い。
けれど、それは不快ではなく、どこか陽だまりのような、圧倒的な「守られている」安心感があった。
王都の屋敷では、最高級のシルクと羽毛布団に包まれても、常に不安で不眠症だったのに。
ここでは、外を吹雪が叩く音が、心地よいリズムに聞こえる。
【現在の精神的ストレス値:0】
【幸福度:微増】
私は眼鏡を外し、枕元に置いた。
明日は、領地の財務諸表の作成だ。
やることは山積みで、前途多難。
けれど。
「……悪くない職場ですね」
私はマントに顔を埋め、泥のように深い眠りへと落ちていった。




