第10話 コワモテ執事軍団
「い、いらっしゃい……ませ……ッ! クソ野郎様……あ、いや、お客様ァ!」
「ギデオンさん。『クソ野郎』が混ざっています。あと歯茎をむき出しにしないでください。捕食するつもりですか」
城のエントランス(ピカピカに掃除済み)。
そこに整列しているのは、我が領地が誇る最強の……ポンコツ接客部隊だった。
ギデオンを筆頭に、厳選された「顔の傷が少ない」傭兵たち。
彼らは、先日バルガスから巻き上げた高級絹を使って私が仕立てた「執事服」を着込んでいる。
しかし、想定以上に彼らの筋肉がすごく、全員シャツのボタンが弾け飛びそうなほどパツパツだ。
特にギデオンは、首元の蝶ネクタイがチョーカーのように食い込んでおり、今にも血管が切れそうだ。
「む、無理だセシリア……! スノータイガーの群れと戦う方が百倍マシだ……!」
ギデオンが脂汗を流す。
無理もありません。彼らにとって「客」とは「斬る対象」か「守る対象」であり、「笑顔でもてなす対象」ではなかったのですから。
今日は重要な日だ。
このリゾート地「ラグナ・スパリゾート(仮)」の、記念すべき最初の顧客がやってくる。
招待したのは、隣国ゼリアの大商人、ガルド商会の会頭カルロ氏。
新しいもの好きの食通であり、慢性的な腰痛に悩んでいるという情報を入手済みだ。
「来ました! 馬車です!」
見張りの声と共に、豪華な馬車が雪道を登ってくるのが見えた。
私は眼鏡の位置を直し、ギデオンの背中をバシッと叩いた。
「背筋を伸ばして! 今日はお金持ちの財布を狩る日ですよ!」
「お、おう! 狩りなら任せろ!」
(……若干ニュアンスが違いますが、殺気さえ消してくれればいいでしょう)
馬車が止まり、中から恰幅の良い初老の男性が降りてきた。
彼がカルロ会頭だ。
しかし、その表情は険しい。腰をさすりながら、不機嫌そうに荒野を見渡している。
「ふん……。バルガスの野郎が『北に宝の山がある』と騒いでいたから来てみたが……なんだこの僻地は」
カルロ氏は鼻を鳴らした。
「おい嬢ちゃん。こんな寒い場所に呼びつけて、何のつもりだ? ただでさえ馬車の揺れで腰が限界なんだ。悪化したら賠償請求するぞ」
第一印象は最悪。想定通りです。
私は完璧なカーテシーで迎えた。
「ようこそお越しくださいました。その腰の痛みこそが、本日最高のスパイスになりますわ」
「は? 何を言って……」
「まずは旅の疲れを癒やしてください。当領地自慢の『温泉』へご案内します」
私はギデオンに目配せした。
彼はぎこちない動作で、ロボットのように「コチラヘ」と手を差し出す。
カルロ氏は怪訝な顔をしながらも、私たちの後に続いた。
そして、脱衣所を経て露天風呂へ。
扉を開けた瞬間、カルロ氏の目が点になった。
「な、なんだこれは……!?」
雪景色の中に広がる、湯気の立つエメラルドグリーンの湯船。
総ヒノキ造りの湯枠からは、芳醇な木の香りが漂っている。
そして何より衝撃的なのは──。
「ウキー」
先客として、真っ赤な顔をしたスノーモンキーが、頭に手ぬぐいを乗せてお湯に浸かっていた。
「さ、猿!? 魔獣がいるじゃないか!」
カルロ氏が後ずさる。
「ご安心ください。彼らは当施設の従業員です。この温泉成分には魔力を鎮める効果があり、彼らは完全に無害化されています」
私はニッコリと微笑んだ。
「さあ、騙されたと思って一度お入りください。その腰の痛みが嘘のように消えますよ」
カルロ氏は半信半疑でお湯に足を入れ……そして、恐る恐る全身を沈めた。
「…………ッ!!」
数秒の沈黙。
そして、荒野に絶叫が響いた。
「あ、ああぁぁぁぁ……!!」
「カルロ様!? 熱すぎましたか!?」
「ち、違う……! こ、これは……腰が……浮くようだ……!」
カルロ氏は恍惚の表情でお湯をすくった。
「痛みが……長年の岩のような重みが、溶けていく……! なんだこの湯は! 最高級のポーション風呂でもこんなに効かんぞ!?」
「大地の恵み、源泉かけ流しです。美肌効果もありますわよ」
カルロ氏が大きく息を吐き、全身の力が抜けた、その時だった。
隣にいた猿が、そっと彼に「剥いた木の実」を差し出した。
「ウキッ(食うか?)」
「……はは。接待までしてくれるのか」
カルロ氏は笑ってそれを受け取り、猿と並んで空を見上げた。
「……極楽だ。ここは死の土地なんかじゃない。天国だ……」
【顧客満足度:限界突破】
【腰痛デバフ:解除確認】
勝負ありですね。
***
入浴後は、城のホールでの晩餐会だ。
メインディッシュは、ギデオンが「傷つけずに」狩り、私が魔導コンロで完璧な火入れを行った「スノータイガーのステーキ」。
特製のベリーソースを添えて。
「美味い! 魔獣の肉がこれほどジューシーだとは!」
カルロ氏はワインを片手に、上機嫌で肉を頬張っている。
胃袋も完全に掌握した。
「セシリア殿、いやセシリア様! 単刀直入に言おう!」
カルロ氏が身を乗り出した。
「この施設の利用権、我が商会で独占契約させてくれ! 金貨1万枚……いや、2万枚出資してもいい!」
出ました、独占契約の申し出。
ギデオンたちが「に、2万!?」とどよめき、フォークを落としている。
しかし、私は静かに首を横に振った。
「申し訳ありませんが、独占契約はお断りします」
「な、なぜだ!?」
「この場所は、もっと多くの人に開かれた『会員制リゾート』にする予定だからです」
私はあらかじめ用意していた「会員権規約」を取り出した。
「ただし、ガルド商会様には『プラチナ会員第一号』として、優先予約権と、会員権の『販売代理権』を差し上げます。……手数料は20%でいかがですか?」
カルロ氏の商人の目が光った。
彼は瞬時に計算したのだ。
独占して自分だけで楽しむよりも、この会員権を世界中の腰痛持ちの富豪に売り捌く方が、長期的に見て莫大な利益になると。
「……恐ろしいお嬢さんだ。バルガスが尻尾を巻いて逃げ出したわけだ」
カルロ氏は苦笑し、契約書にサインをした。
「よかろう! その話乗った! ……その代わり、帰る前にもう一回風呂に入らせてくれ!」
「ええ、何度でもどうぞ」
商談成立。
これで販路と宣伝、そして継続的な収益基盤が確立された。
馬車が見えなくなるまで見送った後。
ギデオンが蝶ネクタイを引き千切りながら、へたり込んだ。
「つ、疲れた……。寿命が縮んだ……」
「お疲れ様でした、ギデオンさん。あなたの接客、及第点でしたよ」
「本当か!? ……スープを出す時、手が震えてこぼしそうになったんだが」
「その震えが『超音波振動』としてスープを美味しくしていましたから、セーフです」
「適当なこと言うな!」
ギデオンが笑う。傭兵たちも安堵の表情で笑い合う。
城に、明るい笑い声が満ちていた。
かつて「死の土地」と呼ばれ、誰も寄り付かなかった場所。
今やここは、黄金と笑顔を生み出す、大陸一のホットスポットになりつつある。
私は夕日に向かって、不敵に眼鏡を光らせた。
(見ていますか、王太子殿下。あなたたちが捨てたこの土地は、今や王都を凌ぐ価値を持ちました)
風の噂では、王都の資金繰りが悪化し始めているという。
こちらの準備は整った。
次はいよいよ、あちらが泣きついてくる番だ。
「さあ、忙しくなりますよ。……目指すは『世界征服』ですからね!」
「げっ、まだやるのか!?」
「当然です。私の『再建』は、まだ始まったばかりですから」
私が歩き出すと、ギデオンは呆れながらも、頼もしい足取りで私の隣に並んだ。
その距離は、出会った頃よりもずっと近い。
最強の剣と、最強の頭脳。
二人の快進撃は、ここからが本番だ。
第1章「辺境の温泉リゾート編」 完
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