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無限♾ループに囚われ  作者: Alicecloud


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7/17

6章 R3章:Ⅱ ※印(?/???00,000,000)

レオンが差し出した手は、驚くほど白く、清潔で、そして傲慢な力強さに満ちていた。

「記録係だって? 面白い、俺様の伝説を一番近くで書かせてやるよ!」

その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内にある【言語理解】は、彼の声の裏側に潜む本音を瞬時に翻訳していた。

(――都合のいい「腰巾着」を見つけた。こいつなら、どんなに扱き使っても文句を言わなさそうだ。俺を引き立てるための『無能な比較対象』が必要だったんだよな)

わかっていた。

幼少期から「不気味な子供」として蔑まれ、人の悪意をデータとして受け取り続けてきた俺には、彼らの笑顔がどれほど薄っぺらい仮面であるかなど、鑑定するまでもなかった。

だが、当時の俺は、孤独に耐えかねていた。

空腹で死ぬよりも、石を投げられる日々よりも、この「光」の中に居場所を求めてしまったのだ。たとえそれが、いつか自分を焼き殺す太陽だと知っていたとしても。

「……よろしくお願いします、レオンさん」

俺がその手を取った瞬間、隣にいた聖女クラリスが、三日月のような目で微笑んだ。

(――あら、可愛い。この子、自分が使い捨ての『消耗品』として選ばれたことに、まだ気づいていないのね。せいぜい、私たちの名声の踏み台になってちょうだい)

彼女の思考もまた、澱みのように俺の脳へ流れ込んできた。

これが、俺の「一回目」の人生における、最大の誤算。

そして、一億回に及ぶ「死」のプロローグだった。

冒険が始まってからの日々は、まさに「家畜」としての記録だった。

レオンの剣が光を放ち、魔物を一刀両断する。その陰で、俺は十人分はあろうかという巨大な荷物を背負い、泥まみれになりながら、必死で彼らの後を追う。

「おいカイル! 記録はどうした! 今の俺の流麗な剣捌き、ちゃんと『神の如き一撃』って書いたんだろうな?」

「はい……レオンさん。しっかり記録しています」

俺は息を切らしながら、ペンを走らせる。

実際には、レオンの剣技は粗削りで、無駄が多い。力任せに振り回しているだけだ。だが【自動書記】は、主人の望むままに「真実」を歪めて書き記すことを、この時はまだ拒まなかった。

夜、キャンプの焚き火を囲む時も、俺の居場所は輪の外だった。

レオンとクラリス、そして他の取り巻きたちは贅沢な肉料理を頬張り、高い酒を飲む。俺に与えられるのは、彼らが食べ残した硬いパンの耳と、ドロドロに濁ったスープだけだ。

「カイルさん、お疲れ様。あなたは戦えないんだから、食事もこれくらいで十分よね? 体が重くなったら、私たちの荷物が運べなくなっちゃうもの」

クラリスが、聖女の微笑みと共に腐りかけたリンゴを差し出してくる。

「……ありがとうございます、クラリスさん」

(――ふふ、本当に惨め。見ているだけで自分が『選ばれた人間』だって再確認できるわ。やっぱり、下に誰かがいないと、優越感って味わえないものね)

俺は、彼女の心の声をBGMに、泥のような味のリンゴを噛み締めた。

この時の俺は、まだ「いつか認められれば、本当の仲間になれる」という、愚かすぎる希望を捨てきれずにいたのだ。

一回目の中盤。俺たちのパーティーは、王都でも名の知れた「新進気鋭の英雄」として扱われるようになっていた。

その功績の半分以上は、実は俺の「記録」のおかげだった。

「レオンさん、右。三秒後にオークの増援が来ます」

「クラリスさん、結界を左へ五センチずらしてください。魔法の干渉を防げます」

俺の【自動書記】と【言語理解】は、戦場におけるすべての「最適解」を弾き出していた。

俺の指示通りに動けば、彼らは無傷で、かつ最も華々しく勝利を収めることができる。

だが、彼らはそれを「自分の才能」だと誤認した。

「ははっ! 俺の勘は今日も冴えてるぜ! 魔物の動きが手に取るようにわかる!」

「レオン様、流石ですわ。私の魔法も、今日は一段と神懸っています」

俺の助言を「ノイズ」として聞き流しながら、彼らは名声を独占した。

俺はただの「荷物持ち」であり、たまに的確な予測を口にする「少し運のいい無能」として扱われ続けた。

そして、運命の魔王城攻略。

王都の人々の期待を背負い、俺たちは禁忌の地に足を踏み入れた。

だが、そこは俺の計算を遥かに超える、絶望の巣窟だった。

「……おかしい。事象のログが、収束しない」

俺の持つ「無名の年代記」が、不吉な赤色に点滅していた。

魔王城の魔力密度が高すぎて、スキルの解析が追いつかない。

「おい、カイル! 次はどっちだ! 敵はどこから来る!」

レオンが苛立ち混じりに叫ぶ。彼の剣は、すでにボロボロだった。

「待ってください……今、解析を……」

「使えないな! 運だけが取り柄のゴミが、いざという時にこれか!」

レオンの罵声が響く。

その瞬間、床が崩れ、俺たちは最深部の手前、『嘆きの回廊』へと突き落とされた。

周囲を囲むのは、伝説級の魔物、黒騎士ブラックナイトの軍勢。

「……あ、ああ……」

クラリスが腰を抜かし、悲鳴を上げる。

レオンもまた、そのプライドを打ち砕かれ、ガタガタと震えていた。

彼らには、もはや戦う意志など残っていなかった。

「レオン、これを使え!」

俺は、唯一持っていた貴重な「転移結晶」を彼に投げた。

それは、ギルド長から「本当に危ない時に、君だけは逃げろ」とこっそり渡されていたものだった。

だが、レオンはその結晶を掴むと、俺を見ることもなく、自分とクラリスを光の範囲に入れた。

「助かったぜ、カイル。……お前の記録、ここで終わりだな」

その瞬間の、彼の瞳を忘れない。

安堵と、醜い自己保身。そして、お荷物を切り捨てられるという歓喜。

クラリスもまた、消える直前に俺を見て、口パクでこう言った。

『――死んでくれて、ありがとう』

光が弾け、彼らは消えた。

残されたのは、重い荷物を背負ったまま、魔物の群れに取り囲まれた俺一人。

「……ああ、そうか」

一回目。

俺が心臓を貫かれ、冷たい石畳に倒れ伏した時、脳裏に浮かんだのは、怒りでも憎しみでもなかった。

ただ、果てしない「後悔」だった。

(もし、もう一度やり直せるなら)

(次こそは、あいつらの『伝説』を、俺の手で書き換えてやる)

その強い想いが、休眠していた「無名の年代記」の真の機能を起動させた。

【固有スキル:無限回帰インフィニティ・ループ】。

視界が白濁し、音が消える。

心臓の鼓動が止まり、魂が肉体を離れる感覚。

そして、次に目を開けた時、俺の耳に飛び込んできたのは、懐かしくも反吐が出る、あの男の声だった。

「――おいカイル、聞いてるのか? お前は今日限りでクビだ」

ここから、俺の「二回目」が始まった。

最初は、驚きと恐怖に支配され、一回目と同じ選択を繰り返して死んだ。

三回目は、レオンを殺そうとして、返り討ちに遭って死んだ。

四回目は、王都から逃げ出そうとして、魔物の氾濫に巻き込まれて死んだ。

十回、百回、千回。

死ぬたびに、俺の心は摩耗し、代わりに「記録」だけが冷徹に積み上がっていく。

「……レオン、お前、その一歩を踏み出すと右脚を骨折するぞ」

「はあ? 何を言って――ギャアアア!?」

「クラリス、その魔法の呪文、三節目の発音が間違っている。……爆発して顔に火傷を負いたいなら、続けていいが」

「な、なんですって!? ……ひっ、本当に火花が!」

ループを重ねるごとに、俺は彼らの「正解」を知り、同時に「失敗」も知り尽くした。

彼らを最高に輝かせる方法も、彼らをどん底に叩き落とす方法も、すべてを「記録」した。

一万回を超える頃、俺はもう人間としての感情を、どこかに置き忘れてきた。

十万回を超える頃、俺は魔物の言葉を完全に理解し、彼らと語り合えるようになった。

百万回を超える頃、俺は自分の体を流れる魔力を、文字の並びとして視覚化できるようになった。

そして、一億回目。

俺は再び、あの運命の『嘆きの回廊』に立っていた。

レオンの蹴りを受け、崖下へ突き落とされる。

一回目と同じ、あの絶望のシチュエーション。

だが、今の俺の瞳に、絶望の色はない。

俺は背負っていた重い荷物を、空中でパージした。

中に入っていたのは、レオンたちが略奪した金品でも、予備の武器でもない。

一億回のループで俺が書き溜めた、この世界の「バグ(弱点)」のリストだ。

「さあ……始めようか、レオン。一億一回目の人生は、お前たちが一度も見たことのない『真のエンディング』だ」

俺は、一回目にはできなかった「着地」を鮮やかに決め、襲いくる黒騎士たちを、たった一言で凍りつかせた。

「【記録抹消】――お前たちの『敵対心』は、今、この瞬間に削除された」

黒騎士たちが、戸惑うように剣を下ろす。

俺の背後で、魔王城の闇が、俺に従うように蠢き始めた。

一億回の屈辱。一億回の孤独。一億回の死。

そのすべてが、今、俺の指先に宿る「ペン」へと収束していく。

俺を「無能な記録係」と呼んだ世界そのものを、俺は今から、根底からデバッグしてやる。

「レオン、クラリス。……一億年分、たっぷり可愛がってやるよ」

俺の、本当の人生が、ようやく始まった気がした。


⁑⁑⁑ジッジジ⁑⁑⁑





「?回目」の人生は、絶望の味しかしなかった。

後の一億回に及ぶ地獄の、それが最初の?一歩だとは、当時の俺は知る由もなかったのだ。


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