第25章 幽霊たちの恩返し
冥界の門の建付けを直し、地獄に安眠をもたらしたカイル。その功績に、かつてこの世を去った古の英雄や大賢者たちの魂が、感謝のしるしとして「最高の宝物」を届けることにしました。
アトランティスの海岸に、無数の「光る泡」が浮かび上がりました。それは、冥界で安らかに眠れるようになった死者たちが送り出した、感謝の念の結晶です。
「カイルさん、見てください! 泡の中に、何か紙のようなものが……」
クラリスが指差した先には、半透明に輝く一枚の楽譜が浮いていました。
それは、神代の時代に失われたとされる**【創世の譜面】**。
世界が作られた時の「基本設計図」とも言われる、音楽家にとっても職人にとっても究極の聖遺物です。
「……へぇ、これはすごいな」
カイルがその譜面を手に取ると、譜面から溢れ出す音の情報が、彼の脳内に直接流れ込んできました。
「カイル、それって伝説の秘宝だろ!? どんなすごい魔法が書いてあるんだ?」
レオンが身を乗り出しますが、カイルは眉をひそめて、腰のペンを取り出しました。
「魔法っていうか……これ、**『誤字』**がすごく多いよ」
「誤字!? 世界の設計図に!?」
セシリアが絶叫します。
「うん。ほら、ここの休符の長さがコンマ1秒足りないから、火山の噴火が不規則になるんだ。あ、ここの旋律も強引だな。これじゃあ、冬が寒すぎちゃうよ。……ちょっと直しておくね」
カイルは、全宇宙の法則が書き込まれた譜面に、ごく自然な手つきで「添削」を始めました。
• 砂漠の音階を調整: 「乾燥しすぎだね」→ 砂漠に恵みの雨が降り、緑化が始まる。
• 重力のピッチを修正: 「少し重たいな」→ 世界中の人々の体が軽くなり、肩こりが消失。
• 運命の不協和音を削除: 「悲劇のリズムは美しくない」→ 世界から「不慮の事故」が激減。
カイルがサラサラと譜面を書き換えるたびに、現実世界が「パチッ」と音を立てて、より心地よい方向へと再構築されていきました。
【SNS:王都実況掲示板:大海原の冒険スレ 4】
301:名無しの冒険者
【速報】世界が、めちゃくちゃ「住みやすそう」になってるんだが。
302:名無しの冒険者
わかる。さっきから体が軽いし、空の色が「ちょうどいい青色」になってる。
あと、家の裏にあった毒沼が、なぜか「最高級の天然炭酸水」に変わってたぞwww
303:名無しの隠居賢者
待て……。今、天界に伝わる『創世の譜面』に誰かが赤ペンを入れてる気配がする。
万物の理が、誰かの「好み」で書き換えられておるぞ……!
304:名無しの冒険者
犯人は言わなくてもわかるな。カイルだろ。
冥界から貰った譜面に「ダメ出し」してるらしい。
神様、今頃泣いてるんじゃないか?
#カイル被害者の会(神界編) #世界の赤ペン先生 #もうカイルが神でいいよ
カイルが「北極の氷の溶けるテンポ」を修正しようとしたその時、空が割れ、眩い黄金の光が降り注ぎました。
「これ以上……これ以上、勝手に仕様変更しないでください!!!」
現れたのは、半泣きになった天界のメンテナンス担当天使でした。
「お、お主が修正を入れるたびに、天界のサーバーがパンクしそうになってるんだぞ! 重力の設定を勝手にいじられて、神様が今、雲から転げ落ちたんだからな!」
「あ、すみません。でも、ここの和音を直さないと、あと数百年で星が音痴になっちゃうなと思って」
「『星が音痴』って何だ!!」
天使は叫びましたが、カイルが修正した後の譜面をチラリと見て、言葉を失いました。
そこには、神ですら思いつかなかった「完璧な世界の調和」が、美しい音符として並んでいたからです。
「……あ、あの。ここの部分の修正、もう少し詳しく教えてもらえませんか……?」
「いいよ。まず、ここのベースラインをね……」
結局、天使までカイルの「職人技術」に丸め込まれ、天界と地上を繋ぐ「究極の共同メンテナンス」が始まってしまいました。
「……ねえカイル。あなた、そろそろ自分が『ただの楽器職人』じゃないって認めない?」
セシリアが、世界がどんどん「カイル好み」に整っていく様子を見て、遠い目で言いました。
「そんなことないよ。僕はただ、譜面の読み間違いを直しただけさ。さあ、次は……空の雲の形が少し歪だね。ちょっと叩いてくるよ」




