3章 絶望の淵の再定義
魔王城、最深部前。
レオンとクラリスが転移結晶で逃げ去った後、残されたカイルを包囲していたのは、百体を超える黒騎士と、天井を埋め尽くす猛毒のガーゴイルだった。
普通なら、肉の一片も残らず食い尽くされる絶望。
だが、一億回の死を経験したカイルにとって、この光景は「見飽きた静止画」に過ぎない。
「……【自動書記・全事象展開】」
カイルが呟くと、手にした古書『無名の年代記』から無数の文字が溢れ出した。光の鎖となった文字が、襲いかかろうとする魔物たちの脳内に直接「真実」を書き込んでいく。
「お前たちの心臓にある『従属の呪印』。……その起点は左から三番目の魔力回路だ。そこを、こうして……書き換える」
カイルが虚空をなぞる。
その瞬間、魔物たちの動きが止まった。彼らを縛っていた「魔王への強制服従」というバグが、カイルの【言語理解】によって読み解かれ、【自動書記】によって上書きされたのだ。
「グ……、ガガ……?」
先頭にいた黒騎士が、困惑したように剣を下ろした。その赤く光る双眸には、今や殺意ではなく、数千年の呪縛から解き放たれた「驚愕」と「安らぎ」が宿っていた。
カイルは静かに微笑み、魔物の冷たい鎧に手を触れた。
「もう自由だ。……行きたい場所があるなら行け。もし行く当てがないなら、俺の『記録』の一部になれ」
魔物たちが、次々と膝をついていく。
それは、恐怖による服従ではない。自分たちの魂の「叫び」を初めて理解し、救ってくれた唯一の存在に対する、狂信的なまでの忠誠の誓いだった。




