第7章:監視者と無自覚の旋律
「弟子にしなさい! さもなくば、このハープと共にあなたの宿屋の前で一生恨みの歌を奏で続けてやるわ!」
セシリアの凄まじい執念(と、門前での騒音被害への懸念)に押し切られる形で、カイルたちのパーティーに、自称・筆頭弟子のセシリアが同行することになりました。
「いい、カイル。
私はあなたの正体を暴くために来たのよ。あんな神業、ただの『職人の勘』で済むはずがないわ。絶対に何か禁忌の魔道具か、いにしえの秘術を使っているに違いないんだから!」
セシリアは旅の道中、鋭い視線でカイルの指先を監視していました。
しかし、カイルの行動はどこまでも拍子抜けするほど「職人」そのものでした。
「あ、レオン。その歩き方、左足のブーツの踵が0.3ミリ削れてる音がする。リズムが乱れるから直させて」
「お、おう。頼むわ」
カイルが路傍の石を拾い、レオンの靴の裏をコンコンと軽く叩く。
すると、削れていたはずの踵がまるで新品のように「整い」、レオンの足取りは羽が生えたように軽くなります。
「なっ、何よ今の!? 石で叩いただけで構造を再構築したの!? どんな錬金術よ!」
「え? 衝撃の波形を揃えて、素材の密度を均一にしただけだよ。セシリアも、ハープの弦を弾くときに指の角度を気にするだろ? あれと同じだよ」
カイルは至って真面目に答えますが、セシリアは「そんなわけあるか!」と頭を抱えました。
第8章:不協和音の渓谷
一行は、セシリアの「修行」も兼ねて、風の音が不気味に響く『絶叫の渓谷』へと足を踏み入れました。ここは常に乱気流が吹き荒れ、その「音」を聴いた者の精神を狂わせるという厄介な場所です。
「うっ……頭が割れそうだぜ。この風、嫌な音だ……」
レオンが耳を塞ぎ、クラリスも顔を青くして膝をつきます。
「これよ、これが自然の不協和音! 人間に制御できるはずがないわ……」
セシリアが必死にハープを奏でて防護壁を作ろうとしますが、荒れ狂う風の音に彼女の音色はかき消されてしまいます。
しかし、カイルだけは、不思議そうに空を見上げていました。
「……なんだ。この谷、すごく『喉が詰まってる』みたいな音がする」
カイルは腰の音叉を取り出し、岩壁の特定の場所にそっと当てました。
「ちょっと、空気の通り道を掃除するよ。……キィィィィィィン……」
カイルが音叉をハンマーで軽く叩く。
その振動が岩壁を伝わり、谷全体に広がった瞬間。
ドォォォォォォォォン……!
という巨大な重低音が響き、谷の奥に詰まっていた巨大な岩石やゴミが、風圧に押し出されるように一気に吹き飛びました。
直後、耳を刺すような絶叫だった風の音は、まるでフルートのように澄んだ、心地よい「ハミング」へと変わったのです。
「……え?」
「よし、これで通りやすくなった。セシリア、今の風の音に合わせてハープを弾いてごらん。すごく響くはずだよ」
セシリアが呆然としながらハープに指をかけると、今までが嘘のように、彼女の音色が谷全体の風に乗って美しく増幅されました。
「私の……私の音が、谷全体を支配している……? 違う、カイルが谷そのものを『楽器』に変えたというの……!?」
【SNS:王都実況掲示板:新人パーティー観察スレ 3】
210:名無しの冒険者
【速報】『絶叫の渓谷』の呪いが解除されたらしい。
今、あの谷に行くと「天然のオーケストラ」みたいな最高のBGMが流れてるぞwww
211:名無しの冒険者
またあいつか……あの「楽器職人」か……。
谷の岩壁を叩いて「管楽器としての調律を済ませました」って言って帰っていったらしい。
212:名無しの冒険者
セシリア様が、カイルの後ろを「ははーっ!」って平伏しながら付いていってる目撃談あり。
正体を探るどころか、完全に洗脳されてるだろこれww
213:名無しの冒険者
#絶叫の渓谷改め合唱の渓谷
#もはや自然破壊(改善)
#カイル被害者の会(セシリア入会確定)
「……カイル。あなた、本当にただの職人なの?」
セシリアが震える声で尋ねました。
「そうだよ。ただ、音がズレているのを見ると、放っておけないだけさ」
カイルは微笑み、レオンとクラリスと共に歩き出します。
その背中を見つめながら、セシリアは確信しました。
(この男は、世界そのものを調律しようとしている。……無自覚に、神の領域で!)
カイルの秘密。それは「本人が一番、自分の凄さに気づいていない」という、この世界最大の「不協和音」だったのでした。




