【完結編??:白紙に記す、ただ一行の光】第?章:復讐という名の「呪縛」
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世界は再び、王都のギルド裏から始まった。
だが、今回のループは今までと決定的に違っていた。
カイルの手にある『全知の記録庫』が、物理的な実体を持たず、カイルの精神そのものと完全に融合していたのだ。
「カイル、どうしたんだ? 震えてるぞ」
レオンが心配そうに肩を叩く。
クラリスが祈るようにカイルの手を握る。
本来なら、ここで「一億回の殺意」が爆発し、カイルはこの二人を無慈悲に粉砕するはずだった。
だが、カイルは動かなかった。
彼の脳内には、文字の奔流が渦巻いていた。
[Log: 感情解析……『憎悪』。残存率99.8%。]
[Warning: この感情は、過去の物語を再生産するための『燃料』です。]
[Analysis: 復讐を完遂しても、カイル・フォン・オーウェンの幸福値は上昇しません。]
(……ああ。そうだ。俺は気づいてしまった)
カイルは、自分の震える手を見つめた。
レオンたちを地獄に突き落とせば、一時的なカタルシスは得られるだろう。SNSの観測者たちは狂喜乱舞し、この「ざまぁ」劇を絶賛するだろう。
だが、その後に残るのは何か?
復讐を終えた俺は、また次の「復讐すべき相手」を探してループを彷徨うだけではないか。
「俺は、お前たちを憎んでいる。それは真実だ」
カイルが口を開いた。レオンとクラリスが目を見開く。
「だけど、その憎しみすら……誰かに『与えられた設定』なら、俺はそんなもの、いらない」
観測者たちへの宣戦布告(SNS炎上)
カイルの宣言と同時に、世界中のスクリーンが真っ赤に染まった。
【実況掲示板:【速報】カイル様、復讐を拒否!? ざまぁ無しとかマジかよ 155】
12:名無しの冒険者
おいおいおい! ここまで引っ張って「復讐いらない」はねーだろ!
13:名無しの冒険者
運営のミスか? カイルの精神汚染がひどすぎて、主人公としての機能が壊れてるぞ。
14:名無しの冒険者
俺たちはレオンが惨めに死ぬところが見たいんだよ! カイル、早くペンを動かせ!
15:名無しの冒険者
お前ら残酷だな……。でも、カイルの目が今までで一番怖い。
復讐心がないっていうより、もっと別の「ヤバいこと」をしようとしてる気がする。
自己書き換え(セルフ・デバッグ)
カイルは、宙に向かってペンを走らせた。
だが、その刃が向いたのはレオンでもクラリスでもない。
自分自身の「魂の記録」だった。
「【全知の記録庫・最終奥義】――『全事象の強制昇華』」
カイルが呟くと、彼の背後から一億回分の「死の光景」がインクの塊となって溢れ出した。
それは巨大な影となり、王都を飲み込もうとする。
「カイル、何をするつもりだ!?」
レオンが剣を抜き、カイルを守るように前に出る。
「やめて、カイルさん! そんなに魔力を使ったら、あなたの存在が消えてしまうわ!」
クラリスが泣きながら結界を張る。
「レオン、クラリス。お前たちを縛っている『勇者』と『聖女』という呪いを、今ここで解いてやる」
カイルのペンが、レオンとクラリスの胸元を貫いた。
痛みはない。
だが、二人の体から、眩い黄金の光――管理者たちが植え付けた「設定」が引き抜かれていく。
「お前たちは勇者じゃない。聖女でもない。……ただの、臆病で、不器用な、俺の幼馴染だ」
カイルの脳内ログが、高速で書き換わっていく。
[Modify: レオン……『勇者の傲慢』を削除。性格を『ただの熱血漢』へ。]
[Modify: クラリス……『聖女の計算』を削除。性格を『ただのお節介』へ。]
[Modify: カイル……『一億回の殺意』を消去。……消去を確認。]
「……あ……」
カイルの目から、黒い涙が溢れた。
一億年間、彼を支え、同時に苛み続けてきた「復讐心」という名の重荷が、文字となって空へ消えていく。
さらば、観測者(メタ構造の破壊)
[Critical: 物語の整合性が崩壊しています。]
[Error: 主人公が『幸福』を選択しました。これは『売れる物語』のレギュレーションに違反します。]
[Action: 世界の強制リセット(ハードリセット)を実行します。]
空が割れ、管理者たちの手が世界を握り潰そうと降りてくる。
「ざまぁ」を見せない物語に価値はない。だから世界ごと消去する。それがこの世界の非情なルールだった。
だが、カイルは不敵に笑った。
「お前たちの『面白い』に、俺の人生を売る気はない」
カイルは残ったすべての力をペンに込めた。
【記録抹消:世界の接続を恒久的に断絶する】。
カイルは、自分たちを観測していた「すべての瞳(SNS・掲示板)」に向けて、最後の一行を書き記した。
『――この物語の続きは、誰も読むことができない』
その瞬間、世界中のスクリーンがブラックアウトした。
スマホも、魔法の鏡も、掲示板も。
すべての観測者は、カイルの世界から完全にシャットアウトされた。
第5章:ハッピーエンド(白紙の明日)
気が付くと、カイルは草原に寝転んでいた。
王都の喧騒も、魔王の威圧感も、システムの効果音も、何もない。
「……うう、頭が割れそうだ」
隣で、金髪の男が頭を押さえて起き上がる。レオンだ。
彼の顔には、もう「勇者」としての不自然な輝きはない。ただの、少し喧嘩の強い、普通の男の顔だった。
「レオン、大丈夫?」
クラリスが駆け寄る。彼女もまた、聖女の法衣ではなく、村娘のような質素な服を着ていた。彼女の瞳には、打算も、過剰な献身もない。
二人は、草原に座っているカイルを見た。
「……カイル。俺たち、何してたんだっけ。……何か、すごく悪いことをして、すごく良いことをしてもらったような気がするんだけど」
レオンが首を傾げる。
カイルは、腰のペンをそっと草むらに置いた。
もう、本も、ペンも、スキルもいらない。
「忘れていいよ、そんなこと。……それより、これからどうする?」
カイルが問いかけると、二人は顔を見合わせ、晴れやかな顔で笑った。
「とりあえず、腹が減ったな! 街へ行って、普通のパンでも食おうぜ!」
「賛成! カイルさん、一緒に行きましょう?」
三人は立ち上がり、どこまでも続く平原を歩き始めた。
そこには、一億回のループの影も、管理者たちの監視も、??の期待もない。
カイルの胸の中にあった「殺意」は、もう跡形もない。
代わりに、心地よい風と、仲間の笑い声だけが満ちていた。
[System Message: Offline]
[Current Status: Just a Human]
[Remaining Log: None]
カイル・フォン・オーウェンの、本当の一回きりの人生が、今、静かに始まった。
それは誰にも記録されない、世界で一番贅沢な、白紙の物語だった。




