13章 無限回帰の果てに
「どうしたカイル? 顔色が悪いぞ。今日のクエストは中止にして、旨いもんでも食いに行くか?」
レオンの手がカイルの肩に置かれる。
その瞬間、カイルの視界に強烈な「ノイズ」が走った。
⁑⁑⁑ジッジジ⁑⁑⁑
【過去ログ:一億回目】
「お前はここで死ね。それが勇者一行にとって最大の貢献だ」
(レオンの足がカイルの腹にめり込み、骨の砕ける音が響く)
「……っ!!」
カイルは反射的にレオンの手を振り払った。あまりの力に、レオンが驚愕して目を見開く。
「カイル……? 俺、何か悪いことしたか?」
「いや……すまない。少し、手が滑っただけだ」
手が滑った? 違う。俺の体は、この男に触れられた場所が腐り落ちるような激痛を感じている。脳は「こいつは親友だ」と叫んでいるのに、魂は「こいつの喉を掻き切れ」と咆哮している。
隣でクラリスが、心配そうにカイルの顔を覗き込む。
「カイルさん、無理は禁物ですよ。あなたは私たちの……私の、大切な人なんですから」
クラリスの指がカイルの頬を撫でる。
その指先から伝わる温かさに、カイルの脳内に別の記憶がオーバーラップした。
【過去ログ:七千二百回目】
「ふふ、本当に惨め。見ているだけで自分が選ばれた人間だって再確認できるわ」
(クラリスが、動けないカイルの顔を冷たく踏みにじる)
「やめろ……触るな……!」
カイルは呻くように言い、よろめきながら後退した。
記憶が混濁している。今、俺を愛おしそうに見つめるこの二人は、誰だ?
俺が知っている「レオン」と「クラリス」は、もっと醜く、もっと残酷で、もっと……愛していた。
観測者たちの狂乱(SNS実況スレ)
この歪なパーティーの様子は、常に「世界の瞳」を通じてリアルタイムで配信されていた。
【実況掲示板:【悲報】カイル様、情緒不安定すぎて見てられない件 102】
45:名無しの冒険者
今日のカイル様、様子がおかしくね? レオンに触られただけで吐きそうになってたぞww
46:名無しの冒険者
記憶リセットされてるはずなのに、体が拒否反応起こしてんだろうな。
47:名無しの冒険者
でもレオンとクラリス、今回はマジで良い奴らだよな。
さっきもカイルのために特級ポーション買い占めてたし。
48:名無しの冒険者
いや、それが逆に怖いんだよ。
「一億回殺してきた相手」に急に優しくされるとか、ホラー以外の何物でもないだろ。
49:名無しの冒険者
カイル様の【全知の記録庫】が時々「過去の裏切りシーン」をバグで映し出すのがエグい。
ファンサービスにしては悪趣味すぎるぞ運営。
物語は強引に進む。
一行は王都郊外の迷宮へと潜っていた。目的は、深部に巣食う「地獄の番犬」の討伐。
本来、カイルが指示を出せば無傷で勝てる相手だ。しかし、カイルの精神は限界に達していた。
「カイル! 指示を……ぐっ!?」
レオンがケルベロスの火炎に焼かれ、吹き飛ばされる。
「レオン! ……カイルさん、早く! 解析を!」
クラリスが悲鳴を上げる。
カイルは本を開こうとした。だが、指が動かない。
ページをめくろうとするたびに、黒いモヤが視界を遮り、かつての「死の光景」がフラッシュバックする。
(どうせ……こいつらは俺を捨て駒にする)
(今、俺を助けているのは、俺を高いところから突き落とすための準備に過ぎない)
その時、ケルベロスの三つの首が、同時にカイルへと狙いを定めた。
回避不能の咆哮。死の波動がカイルを飲み込もうとしたその瞬間――。
「カイルッ!!」
レオンが、ボロボロの体でカイルの前に割り込んだ。
「聖域展開!!」
クラリスが、己の魔力の限界を超えて結界を張る。彼女の鼻から血が滴る。
爆炎が二人を飲み込んだ。
「あ……ああ……」
カイルは呆然と立ち尽くしていた。
結界に守られ、自分は無傷。
だが、レオンの右腕は焼きただれ、クラリスは魔力枯渇でその場に倒れ伏した。
「……よかった。お前が、無事なら……それでいい……」
レオンが血を吐きながら、無理やり笑ってみせる。
「だって、お前は……俺たちの、希望、だから……」
カイルの頭の中で、何かが「パキン」と弾けた。
[Critical Error: 精神的矛盾を検知。]
[Log: 真実の記憶(殺意)と現在の事象(献身)が衝突しています。]
[Warning: スキル『全知の記録庫』が暴走を開始します。]
カイルの本から、黒い文字が溢れ出した。
それは王都を、迷宮を、そして世界を侵食していく。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!!」
カイルは叫び、自分の頭を掻きむしった。
「お前らは俺を殺した! 一億回も! 楽しそうに、笑いながら! なぜ今さら、俺のために命を懸ける!? そんなの、俺が復讐できなくなるじゃないか!!」
溢れ出した文字が、空中に巨大な映像を映し出す。
それは、世界中の人々が見ていたSNSの画面をもジャックした。
そこには、レオンがカイルの喉を掻き切る映像、クラリスがカイルの死体に唾を吐く映像……。
一億回分の「真実の記憶」が、濁流となって世界に流れ出したのだ。
【SNS:クリスタル・フィード(パニック)】
@Adventure_News: 【緊急】カイル様の記憶が世界中に流出中! 待って、これ何!? 今の優しいレオンたちの姿と全然違う……!
@Gossip_Girl: 嘘でしょ……。クラリス、あんな顔で笑うの? 怖すぎる……。
@High_Wizard: これは「前回のループ」の記憶か!? 記録係のスキルが、隠蔽されていた過去を強制的に顕現させている!
@Net_Warrior: 運営死ね! こんな地獄をカイル様に味わせてたのかよ!
「……ああ、そうだ。思い出したよ」
カイルの声から、感情が消えた。
彼の瞳は、もはや「味方のレオン」を見ていない。
一億回の地獄を共にした、「愛しき仇敵」としてのレオンを見つめていた。
「レオン。……お前が今、俺を助けたのは、俺に『貸し』を作るためか? それとも、俺が絶望の絶頂で死ぬのを眺めるためか?」
カイルがペンを走らせる。
その先から放たれたのは、回復魔法ではない。存在そのものを消去する概念の刃だった。
「待ってください、カイルさん……!」
ボロボロのクラリスが、這いずりながらカイルの足に縋り付く。
「あれは……あの記憶は、本当の私たちじゃない……! 私たちは、あなたを愛するために……!」
「愛する、だと?」
カイルは冷酷に彼女を蹴り飛ばした。一回目に、レオンが自分にしたのと同じ角度で。
「一億回殺した相手に愛を説く。……それが、この世界の新しいバグか」
カイルは本を閉じた。
世界が震える。SNSの画面がノイズで埋め尽くされる。
「レオン、クラリス。……俺は、お前たちを許さない。だが、今の『優しいお前たち』を殺すのも、俺の記録には合わない」
カイルは空を見上げた。
この歪な世界を、この残酷な配役を、そして自分を観測し続ける「瞳」たちを。
「……全部、書き換えてやる」
カイルは自分の左胸にペンを突き立てた。
「俺の記憶も、お前たちの偽りの愛も、そしてこのクソみたいな『物語』の結末も。……俺が納得するまで、一億回でも、一兆回でも、俺は『完璧な復讐』を記録し続けてやるよ」
[System: 主人公により『真のエンドロール』が拒否されました。]
[System: 再ループを開始します。]
[System: 今回の変数設定――『共依存の地獄』]
光が溢れる。
世界中のSNSに、最後の一行が表示された。
【――物語は、まだ終わらない。カイルが、彼らを『許すまで』。】
⁑⁑⁑ジッジジ⁑⁑⁑
風が吹く。
王都ギルド裏。
「――おいカイル、聞いてるのか?」
カイルは目を開ける。
目の前には、最高の親友の顔をしたレオンがいる。
隣には、自分を愛してやまないクラリスがいる。
カイルは、そっと腰のペンに触れた。
「……ああ。聞いてるよ、レオン。……今日からまた、よろしく頼むな」
カイルの口角が、僅かに上がった。
それは、友情からくる微笑みではない。
「次こそは、どうやってお前たちを絶望させてやろうか」
という、無限の時間を手に入れた者だけが浮かべる、狂信的な愛の形だった。
【観測者:Aの最終コメント】
「……うわ。これ、復讐劇じゃなくて『永遠に終わらない監禁』が始まったんじゃね?」
【観測者:Bの最終コメント】
「最高だな。これこそ、俺たちが読みたかった『記録係』の物語だ」




