細胞の中の宇宙 2025/08/22
授業で見た細胞の図から、太陽や銀河、知能ある生命体へと妄想を広げる哲郎。呆れながらもそばにいる春奈と健。彼らのやりとりは、読む者に「この世界は何なのか」と想像を促す――。
第1話 細胞の中の宇宙
終礼のチャイムが鳴りひびいた。
『さよーならー』
深緑をまとった木々と澄んだ青空、
窓から差し込む初夏の光が机を白く照らす。
教室には椅子の脚が床を引く音、
談笑する声、
部活の道具を抱えて廊下へ駆け出す者、
緑の匂いを運ぶ風とともに、
狭い教室に放課後の世界が一気に広がった。
『哲郎、帰るよ。』春奈の声が虚しく響く。
哲郎の意識はすでにそこにはなかった。
六時間目の授業で見た細胞の図が頭を占め、
ひとつひとつの細胞が光を帯びて瞬き、
その核が小さな太陽のように輝き出す。
核は……太陽……?
ミトコンドリアは……惑星……?
すると、ゴルジ体は……恒星……?
宇宙はビッグバンの大爆発で誕生し今もなお広がっていると本で見た………。
これは細胞膜で…今もなお成長中……???
すると…?すると…?
僕らの体の中には宇宙が無数にあり小さな世界があるのかもしれない……
逆にまた僕らのこの世界は超巨大な生命体の一部なのかもしれない……
それが無限に続いているのかもしれない!
『哲郎、置いてくよ〜!』
春奈の声が、現実へと引き戻す。
教室の出口には春奈が立ち、隣にはわざとらしく肩をすくめてみせる健がいた。
「また、始まったな」とでも言いたげに片眉を上げる健の顔には、それでも小さな笑みが浮かんでいる。
妄想の余韻をまだ引きずりながらも、哲郎は慌てて机の中の教科書をかき集めはじめた。
西の空は赤く染まり、アスファルトに三人の影が長く伸びていた。
街路樹の葉は深緑に揺れ、初夏の風がどこか甘い匂いを運んでくる。
「なぁ今日は、何処の星まで行ってたんだよ?
哲郎。」
健がからかうように笑いながら、訊ねる。
哲郎は淡々と語りだす。
「あのさぁ、僕らの体の中には宇宙があって無数の星があって…逆に僕らは何か、巨大生物の体の一部…」
「…は?」春奈は目を瞬かせて、まるで異国語でも聞かされたかのような顔をする。
「ちょっと待てよ。意味わかんねえって。最初から、ゆっくり説明してくれよ」
健は呆れたように眉をひそめるが、その声色にはわずかなワクワクが混じっている。
「いやいや!説明されても絶対わかんないって!」
春奈が大きくため息をつき、肩をすくめる。健と春奈は顔を見合わせ、思わず笑い声をこぼす。
「……本当にそうなんだ。」
哲郎は小さく呟いたがふたりの笑いにかき消される。
笑い声と妄想と、三人の影は夕焼けの道にゆるやかに伸びていった。




