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おやすみ前の短いお話

うちの隊長はお人好しが過ぎる

作者: 夕月ねむ

「手を繋いでくれないか?」

 真っ赤な顔で左手を差し出してきたその人を見て、僕は『え、普通に嫌だな』と思ったし、顔が引き攣るのを誤魔化せなかった。


「……悪かったな! そんな顔しなくてもいいだろ!? 流石に俺も傷付くぜ?」

「あ、いえ、その。すみません……なんで僕が隊長と?」


 目の前の男の特徴を表現するなら『でかい』のひと言だ。うちの隊で詰所の入り口に頭をぶつけるなんていうのは、この人ひとりだけ。


 隊長は魔法士団の所属ではあるが、剣の腕もなかなかのもので、騎士団からもスカウトを受けていたという肉体派。今も差し出したのが左手なのは剣を使う右手を塞ぎたくないからだろう。


 もちろん立派な成人男性であり、本来なら僕と手を繋ぐ理由がない。恋人同士でもなく家族でもなく、ふざけてじゃれつく関係でもない。


「妖精から呪いをくらった」

 隊長が苦々しい声で言った。

「『方向失認』の呪いだ。まともに歩くこともできねぇ」


 ああ……呪いか……そういう事情なら納得できなくもない。『方向失認』の呪いを受けたということは、今の隊長は凄まじい方向音痴になっているわけだ。十歩歩くだけで道に迷うと言われる強力な呪いだ。通い慣れた道もわからなくなる。


 対処法は、とにかく呪いを受けた本人から目を離さないこと。誰かが見ていなければ行方不明になりかねない。三日も経てば妖精が飽きて呪いは解除されるはずだけど……


「手を繋ぐ必要、あります?」

 近くで見張って『そっちじゃない』と声を掛ければいいだけじゃないのか。


「……今朝ここまで来るのに別の隊員に頼んだら、よそ見をされてな。気付いた時には第二倉庫にいたんだ」

「なるほど」


 この執務室と第二倉庫では方向がまったく違うし、建物二つ分くらいは距離が離れている。

「よく戻って来られましたね」

「兵站部の治癒士が手を繋いで案内してくれた」

「え。治癒士の誰が」


 兵站部は物資の保管やら輸送やら、遠征の時には料理なんかもしてくれる支援部隊だ。前線に立つことが少ないせいか、線の細い人間が多く、何人か団内でアイドル扱いされている美人がいる。


「……レベッカ班長だ」

「うっわ、羨ましい!!」

 つい大きくなった僕の声に、隊長は嫌そうな顔をした。


「どこがだ。あの魔女、今いくつだと思ってる? 俺より年上だぞ。大体あいつの治癒魔法は乱暴で無駄に痛いんだ、嗜虐趣味があるとしか思えねぇよ」


「でも、めちゃくちゃ美人じゃないですか。レベッカ班長の治療を受けたいって男は多いですよ」

「……お前もか?」

「僕、治癒魔法は自分で使えるので」

「そうかよ」


「でもいいなぁ、あの人に手を繋いでもらえたなんて。僕も隣を歩きたい……」

「俺にはわからん。怖いだろ、あいつ」

 その厳しくて強い所もレベッカ班長の魅力だというのに。


「それで、隊長はどこに行きたいんですか」

「騎士団本部だ。次の合同演習に関する書類に不備があったとかで、直接説明に来いと言われている」

「大事な案件じゃないですか。それ早く言ってくださいよ!」


 大きくて硬くてサカつく隊長の手を取り、隣を歩く。騎士団本部までの距離がものすごく長く感じた。すれ違う人たちにジロジロと見られている気も……って、そっちは気のせいじゃないな。


 うん、間違いなく何事かと思われている。隊長の背中にでも張り紙をしたい気分だ。『要支援、現在呪われています』と。


「そもそも、なんで呪われたんですか」

「昨日、団長が甥っ子とかいう子供を連れて来てただろ。あの子が妖精の巣をつついて怒らせたんだ。呪われそうになったんで、代わりに俺が呪いを受けた」

「はあ……」


 そんなの放っておけばいいのにと思うが、実にこの人らしい。それも、団長に気に入られて出世しようなんてことはこれっぽっちも考えていないのだ。ただ単に『弱いものは守らねば』という信念で動いているだけ。


「隊長の明日の出勤、何時ですか」

「ん? 何がだ」

「宿舎の部屋まで迎えに行きますよ。また倉庫まで無駄に歩くとか嫌でしょ」


「呪いが解けるまで、お前が世話してくれるのか?」

「ええ。その代わり、今度一杯奢ってください」

「……仕方ねぇな。頼むわ」







 騎士団本部からの帰り道。僕は隊長と手を繋ぐ代わりに制服の袖の上から腕を掴んだ。

「最初からこれで良かったっすね」

「……ああ、そうだな」


 隊長も慌てていたのだろう。手を繋ぐ、という方法以外、対処法が思いつかなかったようだ。そのことが恥ずかしかったらしいが……


「そこで照れないでくださいよ。気色悪い」

「……お前、意外と性格キツイよな」

 そんなの。心の広い上官が軽口を許してくれるって知っているからだよ。


「ねぇ、隊長。長生きしてくださいね」

「お、おう……なんだよ、急に」

「いえ、なんとなく」


 だってアンタ簡単に死にそうじゃないか。子供を庇うだけじゃない。こんな仕事をしてるのに部下を切り捨てることを躊躇する。だからこそ、僕も他の隊員もこの人について行こうと思えるのだが。


 この人の甘さが嫌いじゃない。けど、それが本人の首を絞めることにならなければ良いと、本当にそう思っている。








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