わたくし、王女をやめさせていただきます! 〜王女をやめたら、何故か護衛騎士がぐいぐい来るんですが!?〜
初めましての方もそうでない方も、こんにちは!
葵生です(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
新たに短編を投稿させてもらいました( ̄^ ̄)ゞ
楽しんでいただけましたら、これ以上ない喜びです!!!
「殿下!おやめくださいませ、そのような危ないことは、王女のすることではございませんよ」
木にするすると上っていく見事な銀髪を持った、美しい十七の少女はあら、と振り返った。
それから、下で叫んで慌てている護衛の姿をした男に、叫んだ。
「もう殿下じゃないわ、やめて頂戴!だって、」
そこで少女は言葉を切ると、にこっと艶やかさと『あどけなさ』が綯い交ぜになった笑みを浮かべた。
「わたくし、王女はもうやめたんですもの!」
ざわり、と木にぶら下がっている葉っぱたちが揺らぎ、少女を祝福するかのように、さざめきを起こした。
♢♢♢
「第一王女殿下。おはようございます」
挨拶もそこそこに、きていた夜着がはぎ取られる。それから、今日きるものに着替えさせられ、ふわああっとあくびをしようものならば、メイクを施していた侍女に怒られる。
眉毛をいじってもらっている最中だったアリッサは、ちぇっと唇をとんがらした。
「第一王女殿下。本日のご予定は————」
やっと苦行のような身支度から、解放されたと思いながら自室の扉を開けたら、次は予定を確認しにきた補佐官がアリッサを確保した。
アリッサ・ビスターネ。
ビスターネ王国の第一王女だ。優秀で天才な兄、王太子と可愛らしくてほんの少し賢い妹、第二王女の兄妹がいる。
「んぎゃぁっ」
まだ駄目ね、ここが汚くないかしら、と目を光らせた侍女たちと複数人の補佐官たちに囲まれ、押しつぶされる。
全く、何のために護衛騎士がいるのよ!とアリッサは軽く苛立ちを覚えながら、護衛がいるはずの後方を大きく振り返った。そこには、いつも通りの護衛である、アーサー・グリネがこちらの姿を冷静に見つめているのが分かった。
思わず、こめかみをトントン、と押さえる。どうしてくれようかしらね。
「第一王女殿下、こちらのリボンはやはり、あいませんでしょうか?」
「お気に召さないんじゃないかしら」
「第一王女殿下、ですから、本日の晩餐は内大臣と————」
「あ、昼餉は外務大臣と、税関長と、—————」
「「「「わあっ・・・!」」」」
全員の声が一度とまり、慌てたような声になる。
アリッサが一度立ち止まったせいで、全員、前につんのめったのだ。
補佐官が、苛立ちを含んだ声つきで尋ねてくる。
「第一王女殿下・・・!?何ですっ————」
「アーサー・グリネ!」
補佐官はすぐに声をとめた。アリッサの大声に驚いたからだ。
アーサーは、少し笑みを含んだ目でこちらを見ると、アリッサを取り囲んでいる人びとをかき分けて、アリッサの元にやってきた。
「お呼びでしょうか、殿下」
そっと跪き、アリッサを見上げる様は忠誠を誓う騎士そのものだ。アリッサは、美しいと評判の美貌を笑顔に変化させてみせた。
そして、頭上で結い纏め上げられている銀髪を、ばさりとほどき、紫色の瞳でアーサーを見つめる。
「アーサー。いくわよ」
アリッサの一言、たったその一言に、目の前で跪いている男はにやり、と笑みを深くし、
「かしこまりました。我が主様」
と答え、アリッサに腕を差し出した。え、と内心戸惑うものの、顔には出さずに当たり前のようにエスコートを受ける。
後ろでは、侍女たちと補佐官たちが絶句して、放心状態でついてきていたそうだ。後でアーサーに聞いた。
「殿下。つきましたよ」
そういって、アーサーはそっと腕をはずし、恭しく一礼して下がった。
「ありがとう」
ついたのは、食堂だ。
アリッサは、息を落としながら、衛兵に扉を開けるよう指示した。アーサーが下がる。ゆっくりと開かれる重厚な扉の向こうに、重々しく椅子に座る男性。その姿を認めると同時に、アリッサはカーテシーをした。
「おはようございます。お父さ————」
「遅い」
挨拶の口上を述べようとしたアリッサを遮り、ただ一言。やれやれ、と顔を上げたアリッサをじろり、と睨むのも忘れない。
「早く席に着いて頂戴。全く、どんくさいんだから。何もできないくせに、たっぷり時間を弄んでるんじゃないわよ」
渇いていく唇を感じながら、しばし立ち尽くしていると、鋭く甲高い声がアリッサを急かす。アリッサは、優雅に微笑みながら「申し訳ありません」と謝った。
王妃、アリエルだ。
自分の席につき、しばらく無言のまま、固まる。この時間が何時間も続くかと思われたが、流石にそういうことはなかった。またもや重厚な扉が開かれた。
「遅れまして、申し訳ありません。父上、母上。おはようございます」
ぴしり、と一礼を決めた兄、エドワードが入ってきた。アリッサは優雅に立ち上がり、そっとカーテシーをする。
「おはようございます、お兄さ————」
「ああ、お前の挨拶は、いらないよ」
己の父と全く同じタイミングで、アリッサを遮った張本人は国王と王妃に、にこやかな笑みを浮かべて話しかけた。
「父上、本日は各大臣が昼餉と晩餐をともにしたい、とのことですが・・・。何か思惑があるのでしょうか?」
「うむ・・・。私も、不審に思っていてな。少し、考えたいものだが・・・」
「けれど、あまり断られてはそれこそ不審に思われてしまいますわ」
親子三人の笑顔を伴った会話に、アリッサは入れない。入らないと幼少の頃に決めた。
ぼんやりと聞き流しながら、時間がたつのを待っていると、また重厚な扉が開いた。今度は、ピンクのドレスが目に映る。それから、王妃譲りのふわふわの金髪と桃色の瞳も。
「あらぁ、みんな揃ってましたのね!?申し訳ありません!おはようございます、お父様、お母様、お兄様。あっ、オネエサマも!」
うふ、と紅で彩られた唇をにんまりと笑顔の形に歪めるのは、妹のイザベラだ。
「「「おはよう、イザベラ」」」
「おはようございます、イザベラ」
国王王妃王太子が、声をそろえてイザベラを迎え入れる。アリッサも続いて挨拶をした。
ようやく、朝食の給仕ができて、ほっとする使用人たち。基本的に、国王とアリッサは黙って食べ、王妃と王太子、イザベラが会話をして食べる。国王はたまに話すこともあるけれど。
「それにしても、隣国の王子殿下は最近立太子されるのだとか」
王太子の情報提供に、イザベラが目を輝かせた。王妃も興味があるようだ。あわよくば、愛娘のイザベラを嫁がせたい、という思惑が透けて見える。
「そうなのですか!?お兄様!わたくし、ぜひともお会いしたいですわ!」
「ええ、そうね。イザベラ、貴女がお会いすれば、王太子殿下もきっと惚れてしまうわね」
「やだ、お母様ったら。恥ずかしいですから、そのようなことは大声で仰らないでくださいませ!」
うふっ、と笑いながら、イザベラがちっとも恥ずかしくなさそうに食事を続けている。アリッサは、冷めた頭でそれらの会話を冷静に聞き流しながら、黙々と食事を続けた。早くこの修行のような朝食の場から、抜け出したい。
「あ、けれどわたくしが嫁ぐにしても、」
そこでイザベラは、言葉を切ってからじっとりとアリッサを眺めた。
「あの人が嫁いでくださらないと、いけませんわよね?一応、国民たちの目があることですもの」
アリッサは、そっとばれないようにため息をついた。
イザベラが『あの人』と呼んでいるのはアリッサのことだ。確かに、アリッサが結婚しないと姉より先に妹が結婚するのは・・・と国民が心配するだろう。
イザベラは、馬鹿で男好きで天然な振りをしているが、頭は切れる。ずる賢いといっても差し支えないだろう。
「ま、そうね。けど平気よ。どこかの爺の後妻にでも放り込んでおけば良いんだわ」
ふふん、と勝ち誇ったような王妃の言葉に、ますます冷静になっていく。
「あら、それは駄目よ!お母様、あの人だって一応、王女よ。流石に『体裁』というものがありますもの」
「まあ・・・それもそうね。イザベラ、貴女は賢いわね!わたくしは貴女が大好きよ」
「うふ、ありがとうございます、お母様」
語尾にハートでもつけそうな声音で、イザベラが喜んでみせている。
その様子を横目で眺めながら、アリッサは立ち上がった。
「お先に失礼致します」
にっこり、と笑顔で挨拶してから、アリッサは部屋を出た。もちろん、誰も反応していない。
扉が後ろで閉まると同時に、横の通路からアーサーが来るのが見えた。白い歯をこぼしながら、綺麗に笑んでいる。
「お待たせ致しました。殿下、本日の朝食は如何でしたか」
「美味しかったわ。シェフにも伝えておいてくれるかしら」
アリッサも、極上の笑みを浮かべながら、アーサーに頼む。彼くらいだ、アリッサの命令をおとなしく聞くものは。
アリッサは、王妃の子ではない。いわゆる、側妃というものの子であった。国王がその昔、手を付けただけの元男爵令嬢だ。大した価値もないし、国王もその側妃を気に入っているというわけでもなかったが、アリッサは生まれた。
現国王には、側妃が三人いる。アリッサの母である側妃以外の二人は、何かしらの気に入られるポイントがある。それだけに、国王もそれなりに通っているようだし、慈しんでいると思われる。だが、アリッサの母は違う。ただ国王が手をつけてしまい、子どもができてしまった。それだけのことだけで、母は離宮に閉じ込められた生活を送っているのだ。いつしか、国王は母の元を訪ねなくなり、母もそれを気にしないようになった。
アリッサは、第一王女という身分から、王宮で暮らすよう命じられ、さらには公務も手伝うことになった。
母を常に気にかけているものの、会うことはめっきりなくなった。もうどのように暮らしているのか、知る術はとうになくしている。
最後に会った日は、お互いに笑顔で別れた。
『いつまでも、元気でいるのよ。わたくしも、元気に過ごしますから』
そういって、アリッサと同じ色彩で微笑み、美しく首を傾げてみせた母の姿が今でも脳裏に焼き付いている。
どのように暮らしているかは知らないけれど、たまに母から一言の手紙が届く。内容はいつも一緒。
『わたくしは健やかにすごしています』
ただその一言で、アリッサは母を思って日々を生きている。
だが、アリッサは王妃はもとより、国王の色を全く受け継がなかった。母の銀髪、紫色の瞳を受け継ぎ、また、母の整った顔立ちを受け継いでしまったがゆえに、国王王妃ともどもに嫌われているのだ。もちろん、王太子、イザベラからも。
♢♢♢
「第一王女殿下。昼餉は、大臣の皆さまとお摂りになってくださいませ」
午前中の公務をきっちりこなし、一息ついたところで補佐官に言われた。
アリッサは、笑顔をなんとか顔にのせて頷いてみせ、一度自室に下がってから、着替えることにした。
「大臣の皆さまは、何色がお好きなのでしょう?」
「第一王女殿下、ご存知ありませんか?」
「第一王女殿下のご色彩にあう色を纏っていただければ良いのではないかしら」
「あら、それでは駄目よ。それで偶然、大臣の色彩とかぶっていたりしたら、どうするの?」
「まあ、それもそうね」
目の前に主がいるというのに、話を続けながら今更、ドレスを選び始める侍女たち。アリッサは、いつも通りの景色にそっとため息をついた。これでは、昼餉に遅れてしまう。かといって、早くしろと急かすのも反撃が来そうで面倒くさい。
さて、どうしたものかと思案を巡らせていると、コンコンと扉がノックされた。
「あら、どなたかしら」
ぽつり、と呟いた侍女。メイドが扉越しに応対しているのをみながら、アリッサはぼんやりとしていた。最早、昼餉は諦めた。
昼餉の内容は何かしら、と考えていると、応対したメイドが慌ててこちらにやってきた。
「失礼致します!第一王女殿下、お早くなさいますように、と護衛さまのアーサー様からでございますっ!」
アリッサは、少し驚きつつも、唇の端を上げた。アーサー、良い働きをしてくれる。
「あら、大変。急がないと、昼餉に遅れてしまうわ。ねえ、早くして頂戴」
まだなんやかんや言っていた侍女たちをやんわりと一喝し、急かす。アーサーが言っているのだもの、と忍びやかに言ってみせれば、見目のいいアーサーを慕っている侍女たちはさっさと支度を始めた。
「お待たせ致しました、第一王女殿下。さあ、これで支度は完了しましたわ」
「ま、なんと申しますか、馬子にも衣装というやつですわね。お早くなさいませ」
「そうですわ。第一王女殿下が急いでくださいませんと、わたくしたちがアーサー様に叱られてしまいますもの」
何とも身勝手な言い草で、侍女たちはアリッサを急がせる。
アリッサは、内心ため息をついたけれど、笑顔で礼を言って急いで部屋を出る。出たところには、部屋の護衛をしてくれていたアーサーが笑いを含んだ目つきでこちらを見ていた。
「アーサー」
続けてありがとう、と小声で感謝を伝えれば、アーサーは何のことですか、としれっと返してきた。無言で彼をはたく。
「ははっ・・・。いきますよ。遅れてしまいます、殿下」
「ええ、そうね」
それには同感だ。流石に自国の大臣を待たせる王女は、外聞も悪いし、体裁も悪い。すぐに向かわなければ。
急いで指定された食堂へいくと、既にイザベラ以外が揃っていた。アリッサは、息を少し吸うと、にこやかな表情に切り替える。アーサーは、一旦休憩をはさむことになるので、別の護衛に交代だ。
「皆さま、お待たせ致しまして、すみません」
アリッサの挨拶に、一番位の高い大臣が笑顔で答える。
「ははっ、我らも今きたところでございますよ。それに、第二王女殿下もまだいらしていないのでね」
「まあ、イザベラはまだ来ていないのですか」
驚いた振りをしながら、しれっと着席する。
答えてくれた大臣は、比較的アリッサを同情的な目で見ている人だ。だから、まだ優しく接してくれる。
だけれど、世間には厳しい人も同時にいる。
「女というのはよろしいものですな、第一王女殿下。私ども男なんぞ、支度はすぐに終わりますからな、遅刻したら言い訳なぞ立ちません」
はっはっは、と笑いながら、こちらを嫌みな目で見てくる大臣。アリッサは、さらりと微笑んだ。
「あら、お待たせして申し訳ありませんわ。何しろ、支度が・・・。ほほ、ありがたく使わせてもらいますよ」
もうここは乗ってしまえ。女だから、などというのはアリッサは好きではないし、極力使いたくもないけれど、こういうタイプは何度言っても、学習しない。ならば、使ってしまった方が良い。周りの大臣も、この大臣はそういう男だ、と認識しているので今の発言を咎めたりもしない。
そもそも、アリッサは側妃の王女であるというだけで、馬鹿にされることが多い。臣下であるはずの重鎮からも、だ。だから、こういった揶揄いや馬鹿にされることは幼い頃から、なれている。
それから、少ししてようやく、イザベラがやってきた。国王は流石に渋面をつくっている。王妃は、にこやかに迎え入れた。
イザベラの挨拶が終わり、彼女が席に着いたところで即座に給仕が始まる。
それから、穏やかに昼餉は進み、とうとう何もなく終われるのかと安堵しながら、デザートをいただいていると。
「それにしても、イザベラ第二王女殿下は、しっかりと孤児院などを訪問なさっているようですが・・・。アリッサ第一王女殿下は如何なのですかな?先ほどの発言といい、少し甘えられているのではないでしょうか?」
爆弾発言を落としたのは、先ほどアリッサに嫌味を言った大臣だった。
アリッサは、思わず眉を寄せそうになるのをこらえ、笑顔を浮かべながらも、頭を回転させた。イザベラは、自分たち王家が非難されているという危機感も持たず、自分が褒められたことに喜んでいる。
「私としましては、アリッサ第一王女殿下は特に何もなさっていないような・・・。前々から、イザベラ第二王女殿下との交流も芳しくないようですしな・・・」
面倒なところに突っ込まれた。
「アリッサ第一王女殿下が王族という意識をもたれているとは思えませんな」
その言葉で、はっとした。
いいことを思いついた。そうだ、その手があったか。もうこんな家族や重鎮はうんざりだ。
アリッサは、満面の笑みを浮かべると、立ち上がった。今まで、傍観を決め込んでいた周りの大臣、国王王妃がこちらを訝し気に窺う。
「わたくし、アリッサ・ビスターネは確かに、王族としての意識がありません」
その一言目に、ざわりと空気が揺れるのを肌で感じる。
ふふ、良い空気ね、とアリッサはほくそ笑みながら続ける。
「大変、申し訳なく思っております」
二言目に、ますます空気がざわつく。
「そのために。わたくし、アリッサ・ビスターネは」
言葉をきり、空気を深く吸い込む。
「王女を、やめさせていただきます!」
満面の笑みを浮かべるアリッサ。
ぽかん、と固まる重鎮たち。
憤怒の表情を隠そうともしない国王王妃。
周りをぐるり、と確認したアリッサは、笑顔で国王夫妻にカーテシーしてみせると、
「では、失礼致します!」
にっこり、と笑い、ドレスの裾を掴んだ手を離し、食堂を堂々と退室したのだった。
♢♢♢
王女をやめると大々的に宣言したアリッサは、前から持っていた質素なワンピース四着を鞄につめ、また隠していた小遣いの金貨四枚と銀貨八枚を小袋に纏めてから、鞄に入れた。それから、靴も予備のものを入れて、少しの宝飾品を持っていく。
宝飾品は、必要にかられて自費で購ったものだ。
「よし、これで良いわね!準備万端だわ!」
うふ、と微笑むと、アリッサは意気揚々と部屋を出た。
「第一王女殿下?どちらへ?」
すぐに衛兵に声をかけられるが、笑って、
「あら、ちょっと近くまで。平気よ、一人で」
国王夫妻に冷たく当たられていたおかげか、すぐに信じられ、衛兵はそうですか、とすんなり頷いてくれた。
それからは、使用人たちに会うこともなく、すぐに庭に出られた。
それから、少しだけ高くなっている塀を乗り越えるため、バッグをぽーん、と塀の上に投げ、着地させて後、木にするすると上り始めた。
そして時は、冒頭に戻り、
「殿下!おやめくださいませ、そのような危ないことは、王女のすることではございませんよ」
木にするすると上っていく見事な銀髪を持った、美しい十七の少女はあら、と振り返った。
それから、下で叫んで慌てている護衛の姿をした男に、叫んだ。
「もう殿下じゃないわ、やめて頂戴!だって、」
そこで少女は言葉を切ると、にこっと艶やかさと『あどけなさ』が綯い交ぜになった笑みを浮かべた。
「わたくし、王女はもうやめたんですもの!」
ざわり、と木にぶら下がっている葉っぱが少女を祝福するかのようにざわめいた。少女、もといアリッサはにっこりと微笑む。
「王女をおやめになった!?先ほどの噂は本当だったんですか!?」
「もう噂になっているの?ええ、そうよ。それにしても、アーサー。あなたがそんなに焦るのは珍しいわね」
ふふ、と微笑み、護衛の男、もといアーサーを少しからかう。なお、今もアリッサは木の上だ。
「アーサー。あなたも来ても良いわよ!」
うふふっ、と軽やかな笑い声をたてたアリッサは、塀の上に移ると、鞄を掴んでアーサーを笑顔で見下ろす。
「じゃあね、アーサー」
「お待ちくださっ———」
アーサーの叫び声を無視し、アリッサは塀からジャンプした。
すとっ、と着地に成功し、アリッサは立ち上がる。そこには、いわゆる城下町の景色が広がっていた。
「うわぁ!素敵、わたくし、あんまり外に出たことないのよねぇ」
うふふ、と笑って一歩を出そうとすると、何かに腕が捕まえられた。え?と振り返ると、驚愕の色を浮かべたアーサーの青色の瞳がこちらを見ていることに気づく。
「あら、うふふ。アーサー、きてくれたのね? もしかして、一緒に来てくれるの!?」
アリッサが期待の目でアーサーを見上げると、彼ははあっ、と大きなため息をついた。今まで、アリッサの護衛だった頃には絶対にしなかった仕草だ。
「仕方ありません。このアーサーは、貴女に忠誠を誓っておりますし・・・」
それから、するり、とアーサーの手が当たり前のようにアリッサの手に絡められる。
アリッサに見せつけるように、持ち上げられた手にそっと口づけをして、五本の指同士を絡め合わせた。いわゆる、『恋人繋ぎ』だ。
アーサーがニコッと笑う。
「それに、僕、結構貴女のこと好きなんですよ」
目を丸くして口を開いたまま、固まるアリッサに、ははっと微笑んだ後、アーサーはアリッサの手を引いて歩き始めた。
「さーて、何処いきます?僕、取り敢えず服が欲しいなぁ。これじゃ絶対に目立っちゃいますからね」
「ま、ま、待って。アーサー、あなた一人称は『僕』・・・!?いえ、それより、好きって、その、どういう意味で————!?」
挙動不審になったアリッサに、アーサーは心底嬉しそうに微笑み、その美しい青色の瞳に熱を宿してアリッサを見つめた。
「もちろん、————」
少しの間があいて、ばっとアーサーの手は振り放され、アリッサは両手で自分の唇を覆った。
唇が、柔らかいものに触れた。頬が熱を持ち始める。
「ははっ、こういう意味で、ですね」
ぱかん、と口が開いてしまったアリッサの顔を、愛おしそうにアーサーは見つめた。
「い、い、い、いつから・・・!」
「ん?ずっと、ですよ」
アーサーは、また自然にアリッサの手を取ると、歩き始めた。アリッサはそわそわして、どきどきして、それから、気づいた。
今まで、自然に寄せていた彼への思いは、これだったのかと。
アリッサは、覚悟を決めたように唇をぎゅむっと噛み締め、それから立ち止まった。ん?というように立ち止まったアーサーは、不意にどきり、とした。
「わ、わ、わたくしも、多分あなたのことが、その、————っ、好きよ!」
ぐっ、と目を硬く閉じ、熱くなった頬を隠すように俯くアリッサを見て、アーサーの思考がしばし可愛い、という単語に埋め尽くされたのは言うまでもない。
それからの二人は、色々ありながらも、幸せに二人で人生を歩んだのも、言うまでもないだろう。
end.
読んでいただき、ありがとうございました!
ぜひ、感想をお待ちしてます!!笑
他にも、作品をいくつか投稿させていただいております。
よろしければ、そちらもご覧くださると嬉しいです!!!