8 襲われる商人さん
「隣、大丈夫ですか?」
リンちゃんをアウルたちへ任せてから、荷物の間をすり抜け御者台へと顔を出す。
「おや、さっきのお嬢さん。いいけど、御者台に座るとか物好きだね」
一言断りを入れてから身を乗り出し、商人さんが開けてくれた御者台の隣へと座る。
「いえ、商人さんへお礼を言いたかったですし、少し聞きたいこともありましたから」
「あはは、商人に見えるかい? 私もまだまだ現役だねぇ」
「……? 商人さんじゃないのですか?」
見た目は商人っぽいし、荷台の中には樽や木箱など、商品を運んでいるように見える。
「あぁ、今はとある商会の番頭をやっていてね。昔はよく荷を運んだりもしていたんだけど、今じゃ隠居当然さ。今回はどうしても人がいないということでね、無理を買って出て御者をやっているんだ」
そうなんだ。
商会の大きさにもよるけど、番頭さんってことはその商会のナンバーツーにあたる人かな。
そんな偉い人が御者をやるなんて、よっぽど急ぎの荷でもあったのかな。
そんなことを考えながら商人さんの話へ耳を傾ける。
「日が昇った頃にナースニアの村を出たから、なんとか今日中にコラコールの街へは行けるかな」
ポツリと零した商人さんの言葉。
ナースニアの村はわからないけど、コラコールの街は確か王国にある街だったか?
あまり印象深くない街だけど、私たちが元々拠点としていた街より東の方にあったような気がする。
「それよりお嬢さん――」
「あ、コトミ、といいます」
この世界じゃあまり初対面の人に名前を伝えるわけにはいかないけど、商人さんならいいかな?
良さそうな人だし、困ったところを助けてくれたしね。
「おぉ、コトミちゃんか。私はユルバンと言うんだ。普通にユルバンと呼んでくれればいいよ。グランジュ商会の番頭をやっているんだ」
グランジュ商会……?
うーん、どこかで聞いたような……。
……思い出せない。
あとでアウルに聞いておくか。
あの子は抜けているところはあるけど、それなりに物事を知っているし。
「へー、そうなんですね。でも、なんでそんな番頭さんが御者のようなことを?」
「うん……。今回は領主様の緊急の依頼でね。どうしても明日の朝までにこの荷物を届けなければならないんだ」
後ろを振り返りながら小さくため息をついた商人さん。
確かに、商会の馬車であれば荷車に余分なスペースは空けないはずだしね。
特に、それがやり手の商会であればなおさらだ。
「あまり時間が無かったから最低限の積み荷しか確保できなくてね。でも、まぁ、報酬はいいし、十分元は取れるよ」
残念そうな、悔しそうな表情をする番頭さん――もとい、ユルバンさん。
荷車に余分なスペースがあることは、なんというか、商人の矜持にでも触れるのだろうか。
「ま、そのおかげで君たちを乗せることができたし、結果的には良かったかな?」
「う……。すみません。そんな事情を知らず乗せていただいて……」
「あぁ、いいんだよ。荷物が少なかった分、予定より早く着きそうだし、ここで子供を見捨てたとあっちゃ、グランジュ商会の名が廃るってもんだからね」
笑顔でそう言う商人さん。
いい人だなぁ……。
交渉事の強い商人の人だから本音がどうかわからないけど、なんとなく信用できるかもしれない。
「姉さん」
そんな風にユルバンさんと会話していたところ、荷台の中からカレンが声をかけてきた。
そちらへ視線を向けると緋色の魔眼が私の視線と交差する。
「うん?」
ちょうどホロの死角になっているから、カレンの魔眼は商人さんに見えてはいない。
そのままカレンと見つめ合うこと数秒――何も言葉を発することなくカレンは奥へと引っ込んでいった。
「えぇと、ユルバンさん、この辺りって盗賊が出たりします?」
「唐突にどうしたんだい?」
「あ、いえ……ちょっと気になることがありまして……」
ちょっといきなり過ぎたか。
でも、危険が訪れているのであれば、早めに伝えておかなければならないし。
情報を出し惜しみして、手遅れになりました、じゃ目も当てられないし。
「うーん、この辺りは見通しが良いしね。夜ならまだしも、日中だとそれなりに人の往来はあるからね。少なくとも私は聞いたことがないなぁ……」
ふむ、盗賊が滅多に出ない街道に盗賊のような影がある、か。
このままここで立ち往生しても仕方がないし、先に進むか。
「そうなんですね。いえ、ちょっと気になっただけなので、あまり気にしないでください」
ユルバンさんは首を傾げながらも、子供の言うことだからかあまり気にも止めず、他の話題を振ってきた。
ユルバンさんの他愛もない話に相槌を打ちながら考える。
カレンの魔眼――この子の魔眼は複数の能力を持っているという規格外の魔眼だ。
遠くを視るための遠視はもちろんのこと、物を透かして視る透視や相手と眼を通して意思疎通を図る念視という能力を持っている。
その遠視と透視によって、盗賊らしき怪しい集団がこの先に待ち構えているのがわかったのだが……。
なだらかな街道を馬車が行く。
過ごしやすい気温に空は快晴。
眠くなりそうな陽気にそれは突然現れた。
「我々は盗賊だ!! 荷をすべて置いていけ!!」
目の前にいきなり……というほどではなく、結構遠くから走ってきたな。
そうやって現れた男が息を切らしながら必死に叫ぶ。
突然のことに馬が驚き、暴れそうになるも咄嗟に手綱を引いて落ち着かせるユルバンさん。
「なっ……! 盗賊がどうして……」
いきなりのことに動揺している。
盗賊は滅多に出ないと言われていたし仕方がないのだろう。
周りには全部で六人。
ユルバンさんはさすがに戦えないだろうし……仕方がない。
「アウルー、行ける?」
「いいよー」
荷台の中へそう声をかけたところ、アウルはわかっていたかのように御者台へ足をかけ、正面へと飛び出す。
おーい、あまり短いスカートで飛ぶなよー。
「峰打ちだよ」
「わかってるって。……ってこの剣じゃ峰も刃があるんだから切れちゃうって! 平打ちにしとくよ」
ちょっとした冗談をまともに受け、焦るかのように返してくるアウル。
緊張感の欠片もないなぁ。
「ちょ……! いくら剣を振れるからって、少女一人に六人は無茶だよ!」
隣のユルバンさんが焦ったかのように言う。
「大丈夫ですよ。こう見えても彼女は強いので」
元々はテスヴァリルでギルドランクBの剣士だったんだ。
盗賊ぐらいは朝飯前だろう。
「あと、カレンは親玉っぽいの確保しといて。ルチアちゃんは念のため後方の警戒を、ね」
「わかりました」
「はいっ」
荷台の中へそう声をかけると元気に返事が返ってきた。
「なんだ貴様は! ガキが舐めていると痛い目見るぞ!」
目の前の盗賊たちは突然現れた少女に戸惑いを隠せず、恫喝するように声を荒げる。
「いや、この荷馬車がないと次の街に辿り着けないからさ。悪いけどおとなしくしてもらうよ」
剣を抜き、静かに構えるアウル。
そんな余裕綽々の態度がカンに障ったのか、盗賊たちがアウルに詰め寄ってくる。
「ふざけ! やっちまえ」
全員が剣を抜いてアウルに襲いかかる。
「正当防衛……だね」
この世界にそんなシステムはない。
だけど相手から手を出してきたのであれば言い逃れもできないだろう。
一人目の上段斬りを剣で弾き、バランスを崩したところで横殴りに剣を振るう。
「ぐほぉっ……」
「まず、一人目」
「クソッ!」
吹き飛んだ一人目に目もくれず、二人目の盗賊がアウルに斬りかかる。
「ほいっ、と」
「がっ……」
二人目の攻撃を避け、横っ腹に剣の柄を叩き込む。
「ぜ、全員だ! 全員でかかれ!」
どこぞやの悪徳商人風に指示を出す一歩引いた男。
その声に、可憐な少女へ躊躇することなく斬りかかってくる三人の男たち。
まぁ、前の二人を見ていればただの少女とは思わないだろう。
だけど、スキルを持っているアウルの敵ではないな。
「ぐはっ!」
「ぎゃっ!」
「な、なんて速さだ……」
一人を正面から打ち倒し、そのままの勢いで右から振り下ろされた剣を弾く。
左手の盗賊へは剣の鞘を横っ腹に打ち込み沈める。
最後に、バランスを崩しよろめいた盗賊を平打ちで静かにさせる。
さすがアウル。
普段は残念な感じのする少女ではあるが、戦闘センスは本物だ。
「なっ……くっ。て、撤退だ……!」
「逃がさないよ」
指示を出していた男が反転、駆け出しそうになったところをアウルは一歩で詰め寄り、脳天に剣の腹を叩き込む。
「がっ……」
最後の一人も地面へと沈み、静寂が訪れる。
「うーん、全然手応えがないね」
剣を鞘に収めながらアウルがこちらへと視線を移す。
まぁ、盗賊なんて騎士にも冒険者にもなれなかった落ちこぼれ集団だし、アウルの敵ではないな。
「ま、仕方がないよ。弱過ぎるのも罪だからね」
その一言にアウルは苦笑いを返す。
さて、とりあえず全員無力化できたから、次は――。




