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5 転移してきた時のこと

 フェネオンの村がある手前の山を越え、日が沈んできたところで野営にする。

 このペースであればなんとか明日の朝には村まで着くだろう。

 それにしても――。


「姉さん。どうかしたんですか?」

「ん? あぁ……ちょっとこの世界(テスヴァリル)に来たときのことを思い出していてね」


 毛布に包まっているカレンに声をかけられ、思い出したかのように枯れ枝を一つ、焚き火へと放り投げる。


「テスヴァリルへ来たときのこと……ですか?」


 焚き火が一つ大きく弾け、火の粉が夜空へと舞っていく。


「そうだね。ここ数日のことなのに色々あったなぁ、と思ってね」


 …………。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 テスヴァリル――それは魔法や魔物が存在し、多種多様な種族が存在する世界。

 そんな世界へ転移してきたのが今から三日ほど前のこと。

 私を含めた六人は元の世界――フランコリタから逃げるかのようにこの世界(テスヴァリル)へとやってきたのだ。

 フランコリタには魔法がなく、科学が世の中を占める世界であったが、私やカレン、他の子たちも異能な能力(ちから)を持っていたこともあり、元の世界(フランコリタ)では居場所なんてなかった。

 そんな世界から、テスヴァリルへと転移してきたのだが、私ともう一人の少女――アウルは元々テスヴァリルの人間だ。

 私たち二人はテスヴァリルで生まれ、育ち、冒険者として生き、そして――とある理由で死んだ。

 そんな私たちがフランコリタで生まれ変わり、そして再びテスヴァリルへと戻ってきた。

 転移自体は特にトラブルに見合うことなく、無事にテスヴァリルへと着いたのだ。

 転移にトラブルは無かった。無かったのだが――。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 景色が一変、青空の広がっていた視界が薄暗い緑色に染まる。

 カラッとした空気も、生い茂った草木特有のジメッとしたものへと変わる。

 転移は――成功。

 そう思った瞬間、膝から崩れるようにして地面にうずくまる。


「へぶっ! い、いったい何が……。って、これは、転移酔い、か……。わ、忘れてたぁ……。長距離どころか、世界を越えての転移は、さすがに……キツい……」


 両手を地面に付いてうなだれる私。

 こみ上げてくるものを乙女の威厳として飲み込むが、頭ガンガンクラクラグルグル――うぷっ。

 自分では長距離転移なんてしないからうっかり忘れていた。


「うぅ……」


 くそぉ……収まるまで、しばらくの辛抱か……。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……ふぅ」


 だいぶ収まってきたから視線を上げると、みんな同じような状態だった。

 唯一無事だったのはこの惨状を引き起こした張本人――シロ。

 惨状とか酷いことを言っているけど、みんな望んで転移したんだから自業自得か……。

 でも、一言ぐらい事前に言ってくれてもいいんじゃないかな?

 魔力生命体の妖精だから気にしていませんかそうですか……。


「……何を自己完結しているの?」


 白い肌に白いロングストレートの髪、それにいつもの白いワンピース……というわけもなく、いまは私たちと同じようにロングコートへと身を包んでいる。

 いわゆる旅装束だ。

 こちらへ向ける眼差しは呆れているような、そんな紫眼(しがん)の視線を向けるシロ。


「いや……なんでも。他のみんなは無事かな?」


 その場に座り直してそう問いかける。

 冷や汗でびっしょりやわ……。


「みんな、コトミと似たような状況」


 周囲を見渡すと近くに横たわっている少女が他に四人。

 とりあえず、みんな転移は無事にできたんだね。

 そのことに安堵の息を吐き、立ち上がる。


「カレン。大丈夫?」


 すぐ近くに横たわっている銀髪の女の子を揺する。


「うぅ……ねぇ、さん?」


 ゆっくりと見開かれていく翠眼(すいがん)

 寝起きのような表情はあどけなさと大人っぽさを兼ね備えていて少々色っぽい。

 同じ歳ぐらいなのに出るとこは出ているし、ズルいな……。


「……姉さん。何を考えているのですか?」


 長い銀髪を流しながら起き上がり、呆れるような言葉と共に三白眼(さんぱくがん)となるカレン。

 また、人の心を()んで……。


「はぁ……。なんでもない。元気そうでよかったよ」

「えぇ……。まだ、身体は気だるいですが……。いったい何があったんですか?」

「あー、ごめん。転移酔いのことをうっかり失念していた。自分じゃ長距離転移なんてしないからね」

「……なるほど。魔力酔いみたいなものですか。それにしてもかなり辛かったのですが……」


 うん、まぁ、そうだろうね。

 魔力酔いと同じで後遺症は残らないけど、立ち上がられないほどに相当辛い。

 私の回復が早かったのは魔力酔いで少し慣れているからだけど、他のみんなはそうもいかないだろう。


「念のため治癒魔法もかけておくね」

「あ、ありがとうございます」


 さて、カレンは大丈夫そうだから、次は――。


「うぅぅ……。こんなの聞いていないよ……」


 アウルか。


「むむむ……修行が足りていないの、です」


 ルチアちゃんもアウルにつられて起き出してきた。

 二人ともかなり辛そうだけど、なんとか大丈夫なのかな。


「アウル、ルチアちゃん。大丈夫? 治癒魔法かけておくね」

「あ、ありがとう……」

「ありがとうございます……」


 レッドブラウンの髪を舞わすようにかぶりを振るアウル。

 ルチアちゃんも同じ髪色をしており、双子らしく同時に顔を上げた。

 アウルはショートカットだけど、ルチアちゃんは顔が隠れるほどのロングヘアーだ。


「コトミ……これは、アレだよね……」

「うん。言い忘れたけど転移酔い、だね」


 アウルの問いへ正直に答える。

 まぁ、別に覚悟していたからって防げるものでもないから良いだろう。


「……別にいいんだけど、心構えだけはしておきたかったなぁ……」

「あんたも元々はテスヴァリルに居たんだから、それぐらいは覚えていなさいよ」


 文句を言っているアウルだけど、転移酔いというのは案外知れ渡っているから、忘れていたアウルにも責任はある。


「うぅ……コトミだって忘れていたくせに……」


 いまだアウルはブツブツ言っているけど、そんなことよりリンちゃんは無事かな?

 アウルとルチアちゃんの隣に横たわっているリンちゃん。

 その元へと近寄り、顔を覗き込む。

 いまだ気を失っているリンちゃんは寝ているかのような落ち着いた表情をしており、魔力酔いの兆候は見られない。


「おーい、リンちゃんは大丈夫?」


 リンちゃんの肩を揺らしながら声をかける。

 その整った顔はこの世界の貴族家にも引けを取らないほどの美少女である。

 腰までのプラチナブランドが広がり、女の子特有の良い匂いが鼻に抜ける。

 正直、うらやましい。

 そんな(よこしま)なことを考えながらもリンちゃんの肩を揺すり続ける。


「リンちゃーん、朝だよー」

「コトミ……それはなんか違う」


 アウルからのツッコミはスルーし、リンちゃんを揺さぶる。


「んー? リンちゃん?」


 何かがおかしい。

 そう思った(かたわ)ら、シロがそばに寄ってきてリンちゃんの顔を覗き込む。


「……シロ?」


 そんな私の不穏な空気を受け取ったのか、カレンにアウル、ルチアちゃんも近寄ってきた。


「リンちゃん……どうしたんだろう」


 眠るように静かなリンちゃんは起きる気配がない。

 嫌な胸騒ぎがする……。


「これは……精霊に魅入(みい)られている?」


 精霊……?

 シロの零した言葉を頭の中で反芻(はんすう)するかのように繰り返す。

 精霊――たしか、世界の(ことわり)にもっとも近しき存在。

 いや、存在というのもおこがましい。

 その正体は実態をともわず、世界そのものである、と。

 そんな精霊がいったい――?


『あは、あはははは。バレちゃった。バレちゃったよ』


『あはははは。なんでだろうね? なんでだろう』


『バレたバレたバレたよ。バレちゃったね。あはははは』


 どこからともなく甲高い声が聞こえ、周囲に響き渡る。

 この場に似つかわしくない、子供のように無邪気な声。

 姿は見えないが――。


「この声は……風の精霊」


 シロがポツリと声の主に反応した。

 その表情は嫌なものに見つかったと、そう物語っている。


『あ、妖精だ』


『ホントだ。妖精』


『妖精がいるよ』


 先ほどと声色は変わっていないが、どこか警戒するように言葉を続ける、風の精霊と呼ばれた声の主。


『いーけないんだ、いけないんだー』


『部外者連れて来ちゃダメなんだよー』


『この世界の子たちじゃないよねー』


 風の精霊はシロを非難するように言葉を投げかける。


「うるさい。あなたたちに言われる筋合いはない。それより、この子に何をしたの?」


 この子とは、リンちゃんのことだろうか。

 風の精霊が何か関わりあるのか?


『何もしていないよー』


『純粋な心に惹かれてきただけだよー』


『この子が一番いいよねー』


 ――純粋な心? 何が? リンちゃんが……?

 風の精霊の言葉に嫌な胸騒ぎがする。

 目が覚めないリンちゃんに、風の精霊と呼ばれた稀有(けう)な存在との出会い。

 何か……何かが起きている。


「……精霊王が何かしたの?」


『知らなーい』


『知っていても教えなーい』


『ただの妖精に王様の考えなんて理解できないよねー』


 シロの言葉に次々と言葉を重ねる風の精霊たち。

 言葉尻に嘲笑(あざわら)うかのような、小馬鹿にしたような感情が乗っているのは、気のせいじゃないだろう。


「……妖精女王を舐めるなよ」


 シロの空気が変わった。

 普段の気だるそうな雰囲気ではなく、別の人格が――これが、妖精女王と呼ばれたものの存在か。

 そんな威圧感に似たような重圧を精霊にぶつける。


『新たな妖精女王だ』


『いつの間にか代替わりしていたんだ』


『王様に報告、報告だよ』


「逃がさないよ」


 風の精霊という存在が薄れていこうとしたところ、シロが全員を覆うような大きな障壁(しょうへき)を張る。


『閉じ込められたよー』


『どうしよ。どうしよ』


『出してー。ここから出してー』


「ふん、おとなしく答えなさい。……この子に何をしたの?」


 普段の雰囲気に戻ったシロが、感情のわかりづらい口調で問いかける。


『何もしていないのはホントだよー』


『純粋な心もホントだよー』


『でも心を閉ざしているよー』


 口々に好き放題言う精霊たち。

 その声には少し焦りのようなものがみえる。

 精霊にさえそんな感情を抱かせる妖精女王って、実はすごいのか……。

 それより――。


「心を閉ざしている……って、どういうこと?」

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