4 一息つけぬ襲撃
「姉さん。分かれ道です」
「――っと、それじゃフェネオンに向かおうか。あまりゆっくりもしていられないし」
目の前に現れた分岐路を北に向かって進む。
天気は良好、気温も暑くなく寒くもなく、過ごしやすい。
ゆっくりしていられないけど……のんびりしてしまいそうな自分がいる。
隣を歩いているカレンもなんとなく、楽しそうではあるし。
あんなことがあった後だというのに、なんとも呑気なもんではある。
「はぁ……姉さん。リンさんのこともあるんですから、あまりのんびりはしていられませんよ」
視線が合うと見下ろすように呆れた口調でお小言を言われる。
「うっ……。わかっているよ。それより、いつもどおり心を詠むね……」
「妹ですから」
妹かどうかそれは関係ないだろう……。
「それにしても、相変わらず姉さんはトラブルに巻き込まれていますね。このままじゃ身体が持ちませんよ。……って、言っているそばからですよ」
隣を歩いているカレンの眼が、普段の翠眼から燃え盛るような緋色へと染まっていく。
その様子を見て、私も周囲を警戒する。
カレンの視線を追いかけると今来た道の脇にある茂みを見ているようであった。
「……たぶん、ただの盗賊ですね」
ただの盗賊って……軽く言うね。
まぁ、盗賊程度であれば私たちの敵ではないけど。
しかし、周りが木で囲まれているならまだしも、この辺りは開けていて正直目立つ。
目立つから……襲われることになったのかもしれないか。
「……来ます」
カレンの言葉に目を凝らすと、茂みから出てきた集団が――五人、それは少々みすぼらしい格好の男たちだった。
手にしている物は見るからに安物の剣や槍である。
「ぐへへへ、上物じゃないか」
下卑た表情の男がそう声を発する。
喋り方もその内容も不快でしかない。
「金目の物は……持っていなさそうだな。おとなしくしていれば痛い思いをせずにすむぞ。ケッケッケ……」
また別の男がそう言うが、黙ってやられるほどお人好しでもない。
そんなことを思いながらも身構えたところ、真ん中の男は左右の男へ目配せするように首を傾け――。
「――かかれっ!」
その一言と同時に左右の二人が私たちに向かって飛びかかってきた。
「カレンっ」
「はいっ」
私に向かってきた男は武器を持っておらず素手だ。
生け捕りにしようというつもりかな?
でも、その程度じゃ無理だね。
「風槌」
「ぐはぁっ!」
「なっ、ガキのくせに詠唱省略魔法だと!?」
飛びかかってきた男は私に振れることも叶わず、魔法を真正面から受け止め吹き飛ぶ。
注意を逸らさずカレンの方を見ると、別の男が伸ばした手をはじき、足をかけ、勢いに任せ倒しているところであった。
うん。上手に魔眼を使いこなしているね。
ただ、力が無いから決定打にはかけるかな。
この辺は今後の課題だろうな。
「なっ、何をやっているんだ!」
他の三人が動揺にかられ、声を荒げる。
「くっ、クソっ! ふざけやがって!」
私が魔法で撃退した男は伸びているみたいだけど、カレンが倒した男はまだ意識があった。
起き上がると同時に剣を振りかざす男。
「させないよ――雷撃」
「ピギャッ!」
そこにすかさず魔法を叩き込む。
「カレンは大丈夫? 」
「はい、特に問題ありません。汚らわしい物に触れてしまったので気分は最悪ですが……」
余裕のありそうなカレンから他の三人へ視線を移すと、後ずさるように距離を空ける。
「さて、面倒だけど盗賊を野放しにするわけにもいかないし、おとなしくしてもらうよ」
脅しの意味も含めて、手の平で雷撃をバチバチと鳴らす。
「ちっ……覚えてやがれ!」
男がそう言った瞬間、残った三人が反転して逃げた。
「逃がさないよ。風槌」
魔法によって作り出された空気の塊が男たちを三人まとめて吹き飛ばす。
「ごふっ……」
吹き飛ぶように地面へ倒れ込んで沈黙する男たち。
「さて、どうしたものか……」
盗賊許しまじ。ってところなんだけど、こんな道中で捕まえてどうするんだって話だよね。
近くに街や村はないし。
かといって放っておくわけにもいかないし、殺すのも忍びない。
さて……どうしたものか。
「姉さん。さっきの人たち……イリエスさんたちが来ますよ」
「……え?」
カレンの声に元来た道を振り返る。
そこには数人の兵士たちと、先ほど別れたイリエスさんたちがちょうどやって来たところだった。
「君たち、大丈夫かい? 争う音が聞こえてきたから駆け付けたのだが、これは……」
「あー、盗賊たちです」
年端もいかない二人の少女に、倒れ伏す五人の男たち。
イリエスさんには異様な光景に見えたのだろう。
さて、どうしたものか……あっ。
「イリエスさん、ちょうど良いところに。もしよければ盗賊たちを引き取っていただけないでしょうか。私たち、先を急ぐので困っていたんですよ」
「あぁ……それは構わないが、この盗賊たちを君たちだけで?」
「えぇ、意外でしょうけど、女二人旅では自衛の手段が必要ですから」
別に戦っているところを見られたわけではないから、これくらいいいだろう。
そうじゃなきゃ一緒に引き返すとか言われかねないし。
「そうか……。どうやらさっき言っていたことも本当のようだね。わかった。盗賊たちは引き取ろう。報奨金は冒険者ギルドへ預ければいいかい?」
「いえ、私たちは街まで運ぶことができませんし、それはお譲りしますよ」
「そうもいかないよ。コトミとカレン、それだけ強ければ冒険者登録はしているのだろう? ギルドに預けておくね」
「……わかりました。それでお願いします」
目立つのは嫌だったけど、これ以上駄々をこねても仕方がない。
素直に受け取っておこう。
「君たちはこれから……」
「えぇ、このままフェネオンの村へ向かいます」
「そうか。道中気を付けてね。近くで謎の爆発があり、洞窟が一つ崩落したらしいからね」
「……はい。色々とありがとうございました」
イリエスさんの言葉に顔をしかめそうになったが、なんとかポーカーフェイスを貫きイリエスさんたちと別れる。
「はぁ、まったく。この世界に来てから色々とありすぎじゃないかな。これじゃ身体が持たないよ」
イリエスさんたちと距離が離れたところで、ポツリと愚痴をこぼす。
「まぁ、姉さんはトラブルメーカーですから」
「……もう少しオブラートに包むというか、遠回しに言ってくれてもいいんだよ?」
辛辣なカレンに苦言を呈す。
「ワタシたちの間に隠し事や遠慮は不要だと思っていますので」
笑顔を崩さずにそんなことを言い出すカレン。
「その割にはカレンって昔のことを話してくれないよね。私の過去はすべて暴露されたのに」
「さて、先を急ぎましょうか」
「露骨に話題を変えたね……」
小さくため息をついて、先に歩きだしたカレンを追いかけるよう歩みを進める。
はぁ、まったく。
世界が変わっても、この変わらない関係に安心していいのやらなんのやら。
横を並んで歩くカレンの顔を見上げ、もう少し姉としての威厳を持ちたいと切に思うのである。
「そういえば、姉さん。良かったのですか?」
「ん? 何が?」
そんなことを考えていたところ、カレンから疑問の声が上がった。
「あの人――イリエスさんを視なくて。何か情報が入ったんじゃないでしょうか」
「あー、うん。そうだね。でも、やめておこうか。元の世界じゃ魔法なんてなかったけど、この世界じゃ違うからね。人によっては魔力を感知できるから、出会い頭にいきなり魔眼は使うものじゃないね。悪意のある人間ならまだしも、普通に接してくる人には控えた方がいいしね。それに、説明したけど魔眼のこともできるなら隠したほうがいい」
この世界――テスヴァリルじゃ当たり前のように魔法があって、普通に魔物がいる。
元の世界と違って魔力を感知できる人が多いから、無闇やたらに魔法や魔眼を使うものじゃない。
初対面の人にいきなり魔眼を使うなんて、出会い頭にナイフで刺しにいっているようなものだしね。
「はぁ、難儀な世界ですね」
「まぁ、感知できるのと防御できるのは意味合いが違うから、身の危険を感じたら躊躇なく使ってもいいよ。カレンの魔眼は規格外だから防げる人も限られるだろうし」
元の世界からカレンの魔眼を見てきているが、この世界の魔眼持ちと比べても、この子は比較にならないほどの能力を持っている。
「約束は覚えている?」
そんなデタラメなカレンだが、魔眼の能力についてはとある約束をしている。
「えぇ、ワタシが使える魔眼は一種類、一番害のない遠視のみが使えるよう振る舞う。ということですよね」
「うん。そうだね。でも、あくまで普段は。だからね? 身を守るためや非常時は気にしちゃダメだからね」
そうやってカレンの能力を制限するにはもちろん理由がある。それは――。
「それより、ワタシの能力は隠しますが、姉さんは隠さなくても大丈夫なんですか?」
カレンのことを考えていたところ、私自身のことについてカレンから苦言が入る。
「え? 私? んー、私は大丈夫かな。大して非常識な能力じゃないし。普通にしていればまずバレることはないかな」
「それはそうかも知れませんが……。姉さんの見た目、随分と子供に見えますよ? そんな子供がバンバン魔法を放っていたら目立ちますって」
「…………」
確かにそうか……。
ただ、そうは言っても私が使える魔法は初級魔法程度。
制限がないというメリットはあるけど、見た目はさほど派手ではない。
んー、それを考えるとなんとなく大丈夫そうではある。
「あの商人さんにも随分と秘密がバレてしまいましたし、口止めしていたじゃないですか」
「ま、まぁ、たまにはそういうこともあるよ。たまには……。今後は気を付けるよ……」
カレンの蔑むような視線から逃げるように、顔を背ける。
そうは言っても時と場合によっちゃ、魔法を使わざるえないし。
それでバレるのであれば仕方がない。
のんびりスローライフを目指しているけど、目覚めの悪いことはしたくないしね。
そんなことを考えながらも北を目指し、目の前の山を越えていく。




