24 新しい魔眼能力
フェネオンの村に戻った私たちはその足で道具屋へ直行した。
店主のおじいさんは驚いていたけれど、大量の目覚草を納品すると、顔をほころばせて喜んでくれた。
お礼は小金貨五枚ほど。
かなりの高額だ。
普段は村の人たちが自分で採りに行っていたらしいが、魔物が現れてからは手が出せなかったらしい。
いくら相手がDランクの魔物――と見間違えていた――にせよ、ただの村人には厳しかったのだろう。
その魔物を討伐しておいたことを伝えると、謝礼も兼ねてさらに報酬を上乗せしてもらえた。
太っ腹の人だねー。
そして、道具屋をあとにした私たちはそのままご飯屋へ。
お店の中はお酒を嗜む人たちが多く、お昼ご飯の時よりかは賑わっていた。
入れるかと思って中を覗くと――。
「おっ、昼間の子たちだね。席空けてあげるから入んな」
お昼ご飯の時にも対応してくれた店員さんが、手招きしてくる。
カレンと顔を見合わせ、折角なのでお言葉に甘えることにした。
「ほら、あんたたち、そこの席をもっと詰めな! お客さんが入れないだろ。酔っ払いは酒が飲めればどこだって良いんだからさ」
「おいおい、いくらなんでもそれは横暴というもんだろう」
「そうだぞ女将。どうせほとんどが常連じゃないか。これ以上に客が来るかよ」
「うるさいね。嫌なら外で飲んでな」
そう言って店員さん――女将さんが、男性二人組を容赦なく奥へ押し込んでいく。
言い合っているが、どうやら常連の軽口のようで、険悪な雰囲気はない。
「ん? そっちの可愛らしい嬢ちゃんたちは誰だ? 隠し子か?」
「馬鹿言ってんじゃないよ。お客さんだよ。わかったならさっさと詰めな」
「あ、あの……私たち、別に無理しなくても……」
割り込みというか、さすがに楽しんでいるところに水を差すようで申し分けなさすぎる。
「良いんだよ。こいつらは酒が飲めればそれでいいんだから」
「女将の言い方は別として、席を詰めるくらい鎌わんさ。ま、こんなへんぴな村の食堂じゃ、たまのお客さんは貴重だからな。必死になるのもわかるぜ」
「そうだな。この食堂も俺たちでなんとか持っているようなものだしな」
「……あんたたち、いい加減にしなよ」
声のトーンを落とした女将さんが、二人の肩に手を置く。
「あだ、あだだだだ! に、肉が千切れる!」
「いでででで! わ、わかったから! どくから!」
ギリギリという音が聞こえてきそうな力で肩を握りしめる女将さん。
笑顔だけど、その目はまったく笑っていなかった。
そんなわけでちょっと広めのスペースを開けてくれて、席に座る。
「お昼と同じようにいっぱい頼むんだから広い方がいいだろ」
「あはは……。ありがとうございます」
すでに大食い娘として認識されているようで、少々恥ずかしい。
まぁ、いつものことだし、慣れよう。
お昼の時と同じように複数のメニューを頼んでいく。
昼間とは違ったレパートリーで、計五種類二人前ずつ。
店員さんは二回目だからさほど驚いていなかったけど、周りのお客さんたちからの視線が少々痛い。
カレンは気にならないのか平然としているし。
「まいどありー」
その後、食事を済ませた私たちは宿へと戻る。
ご飯屋ではいつもどおり。
いつもどおり……周りから驚かれた。
ま、慣れよう。いや、慣れないか……。
宿に入り受付の人に挨拶してから桶を借りる。
この辺りじゃさすがにお風呂のある宿なんてないし、今夜も身体を拭くだけで我慢しよう。
「姉さん。お背中流します」
「流すって感じじゃないけど……。まぁ、断っても無駄だろうし、お願いね 」
こういう時のカレンは頑なに譲らない。
それならさっさと終わらした方がいいだろう。
ホント、私のことになると、途端に目の色が変わるのだから。
そんなカレンが見守る中、服を脱ぎ、背中を預ける。
「失礼します」
そう言ったカレンは、ほどよく温かい布切れを背中へと当てる。
静かな雰囲気の中、布切れのこすれる音と桶の水が波打つ音だけが聞こえる。
「……カレンは疲れていないかな? テスヴァリルに来たばかりだというのに、いきなり旅に出てゆっくりできていないし」
丁寧に優しく背中を拭くカレンへそう声をかける。
「大丈夫ですよ。色々と初めてのことが多くて驚きの連続ですけど。逆に、あまりお役に立てていないのがちょっと心苦しいぐらいです」
「うーん。そんなことないと思うけどね。私たちはそれぞれ持っている能力が違うんだし、役に立てる場面は違うと思うよ」
私は剣も扱えるし攻撃魔法も使える。
魔物との戦闘訓練もそれなりにあるから討伐依頼とかも軽くこなせる。
対してカレンの魔眼は特殊で直接的な戦闘力はない。
対人戦では威力を発揮する魔眼も、魔物相手では少々辛いだろう。
その代わり斥候役や調査、採取依頼とかであれば楽にこなせるだろう。
「前も言ったかもしれないけどさ、お互いがお互いの不足しているところを補える。私たちはいい姉妹なんじゃないかな」
「ふふっ。そうですね。今日はお役に立てませんでしたが、明日こそはきっと」
「うん。……とは言っても無理はしないでね。カレンが私を心配するように、私もカレンを心配するのだから」
この子は自分の命を蔑ろにしてでも私を守ろうと動く。
自分の命を大切にするよう何度も注意しているはずなのに、まったく改善しないカレン。
何がこの子をそこまで駆り立てているのか想像もできないけど、カレンが命を投げ出さなくてもいいように強くなければ――。
「善処します」
そんなカレンの返答を聞いて、心の中だけでため息をつく。
「前を失礼します」
いつもと変わらず全身を優しく拭き上げていくカレン。
フランコリタでのお風呂も含め、かなりの回数をこなしてきたからか、変な抵抗もなく受け止めてしまっている。
……このなし崩し的に全身をお世話されるのってどうなのよ。
別に私は貴族のお嬢様でもないし、病に倒れ伏している病人でもない。
健全健康な身体だと言うのになすがままにされているのは如何なものだろうか。
そんなことを考えながらも全身くまなく拭き上げられサッパリとした。
これがまた悪くないんだよねぇ……。
このままでいいのかという罪悪感と、もういいじゃないかという諦めの念が私を責め立てる。
ダメだ。このままじゃダメ人間になる。
次はちゃんと断らないと――。
「あの、姉さん……」
さすがに肌をむき出しのままでは心持たないため肌着に手を通すと、カレンが懇願するかのように上目づかいで私を見上げきた。
「ワタシも……」
そういって服をさらし出すカレン。
「お願いします……」
「うっ……」
そんな目を潤ませながらお願いされると女の子の私でも落ちそうになる。
心を鬼にして断らないといけないんだけど――。
「……はぁ、仕方がない。今夜だけだからね」
さっきの決意はどこへやら。
秒で決壊した決意。
明日こそは断る。きっと断る。たぶん断る。
「相変わらずカレンって大きいよね。自称十二歳なのに」
「じ、自称ってなんですか、自称って……。ちゃんと十二歳ですよ」
「こんな十二歳がいてたまるか」
少しどもりながらも否定するカレン。
ついつい私のと比べてしまいうんざりする。
何がとは言わない。何がとは。
口にしてしまうと絶望で立ち上がれなくなりそうだし。
そんな考えは頭の片隅に追いやって、固く絞った布切れをカレンの背中へあてる。
「ん……。気持ちいい、です」
人肌より少し暖かい布切れが、カレンの身体を優しく、丁寧に拭いていく。
桶の水は少しぬるくなっていたから魔法で温め直しておいた。
実は魔法でお湯や温風を出すことは容易ではない。
私の場合は魔力を操作することにより直接お湯を出しているが、一般的な魔法使いは火系の魔法と水系の魔法を組み合わせる必要があり、慣れていないと熱かったり冷たかったりするのである。
この辺の凄さは同じ魔法を使う者同士ではないとわからないのが少々残念ではある。
そのまま背中から首筋へと手を伸ばす。
長い銀髪は後頭部でまとめられており、普段は隠れているうなじが目の前に現れる。
首筋から肩へ、そして脇から前へと進めていく。
「ん……下もしっかりとお願いします」
「わかってるよ」
毎度毎度同じことを言うカレンへ、八つ当たり気味に素っ気なく返す。
知ってるよ。
大きいと下に汚れが溜まりやすいんだよね。
なんだ! 嫌味か当てつけか!
そんな悩みとは無縁の私は憤りを感じながらもカレンの身体を拭き上げていく。
「……姉さん」
「ん? どうしたの?」
服を着替え、布団に入ったところでカレンが何やら言いにくそうに指をモジモジとしている。
はて、こんなカレンは珍しいな。
大体が言いたいことはハッキリと言う子なのにね。
「あの、言いづらいんですが……。新しい能力を習得したかもしれません」
「……は?」
予想していない一言に、呆気にとられ言葉が出ない。
「……能力ってどんな?」
既に八種類も習得しているのに、これ以上何を習得するというんだ?
「えぇと……。この眼で視たものを記憶する、と言うんですかね。思い出そうと念じたところ、実際に見返しているかのように、鮮明な映像が浮かび上がりました」
「あぁ……。その魔眼は確か『拠視』と言ったかな。カレンの言うとおり視たものを記憶する魔眼だね。記憶したらその量に見合って魔力の上限が減っちゃうけど、消したいと念じれば魔力の上限は戻ったはずだよ」
この子はいったいどれだけの能力を隠し持っているんだろうか。
フランコリタにいた時でさえ規格外の存在だと思っていたけど、さらに成長していくのか。
「そうなんですね」
その魔眼の能力について、使いどころは色々とある魔眼なんだけど、戦闘向けではなく、ただ便利なだけの魔眼である。
それなのに、なんかカレンは嬉しそうだな。
なんだろうね。




