22 小さい魔術師の戦い方
「確か道中、開けた場所に魔物が出たという話だけど――」
「姉さん。誰か戦っていますね」
後ろを歩いているカレンが魔眼を熾し、前を見据えている。
誰かが戦っているって……そういえば道具屋さんで同じく目覚草を求めている冒険者がいると言っていたな。
もしかしてその冒険者か。
上を目指しながら進んでいくと微かに戦闘音が聞こえてきた。
「んー、一応急ぐか」
冒険者なんて職業は命がけの職業で、いつ命を落としてもおかしくない。
本人たちもそのことは十分承知の上なので、もし命の危機に陥っていたとしても助ける義理はない。
自分の実力に見合っていない依頼を受けたり、格上の魔物に挑むのは自己責任なのだから。
「ま、かといって見捨てるのも目覚めが悪いしね」
そう自分自身を納得させ、戦闘音がしているだろう場所を目指して歩く。
そのまま道なりを歩いていくと、音がしなくなった。
決着が付いたのかな?
そんなことを思い、道の先へ目をやると、少し開けた場所に倒れている冒険者の男性と、魔物――あれはルサニウス……じゃないな。
「……聞いていた魔物より二ランクぐらい凶悪なんだけど」
倒れた冒険者へ追い討ちをかけようとしているのは、確か大恐鳥。
太い二本足に幅広い羽、胴体は重厚で丸く、大きさは人の長けを優に超える。
道具屋のおじいさんはルサニウスと言っていたが、もしかして見間違えたか?
確かに遠目から見ただけでは、その姿は似通っている部分が多く見られる。
見慣れていない一般人からすれば間違えても仕方がないだろう。
しかし、ルサニウスであれば冒険者一人でも対応可能であるが、今目の前にいるこの魔物は高ランクの冒険者じゃなきゃ厳しい。
討伐ランクは確かBだったはず。
できれば戦いは避けたいところだが――。
「すでに目が合っているから避けようがないね。カレン、冒険者の人をよろしく」
「はい。どうかご武運を。無理しないでくださいね」
カレンの言葉を背に、横へ大きく駆ける。
とりあえず冒険者から引き離さなければ。
「こっちだよ――ふっ」
収納より取り出したナイフを顔面めがけて投げる。
「クゥゥアゥッ!」
硬い皮膚に阻まれ、まともにダメージは受けていないが、威嚇するかのように叫び声を上げるディアスカリ。
おとなしいルサニウスと違い、こちらは獰猛で時には人も襲う魔物だ。
飛べない鳥類という共通点はあるが、素早く力もあるため、真っ向勝負で挑むのは正直厳しい。
「一旦離れるか」
牽制のナイフが効いたのか、倒れている冒険者を無視してこちらへ向かってくるディアスカリ。
カレンを巻き込むわけにもいかないし、冒険者も生きてはいるようだけど動けるようには見えない。
一人でなんとかするしかないか。
そう思い、二人から引き離すため生い茂る森の中へと飛び込む。
「クゥゥアゥッ!」
雄叫びと同時に繰り出される攻撃。
蹴り上げられた足は太い木の幹をなぎ倒し、こちらへと迫ってくる。
「ちっ、どんな馬鹿力だよ」
短距離転移で吹き飛んできた大木をかわし、地面を蹴ってディアスカリの横へ滑り込む。
「鎌風っ!」
複数の刃がディアスカリの横腹を切り刻み、羽毛が舞う。
「クァァァッ!」
「表面だけか。硬い――な、っと」
横殴りに振り回された尾を転移でかわす。
「ちっ、すばしっこいし、力も強い。厄介な魔物だよ」
跳躍でそのまま視界の外へと滑り込み、両手の短剣で木の幹より太い足を斬りつける。
「クァウッ!」
「硬いなー! まったく刃が通らないや」
短剣は肉厚な羽毛に阻まれ、皮膚さえにも届いていない。
「こうなったら――炎弾っ!」
森の中で火を使うと火事になるけど、四の五の言っていられない。
「クゥアゥッ!」
身体に直撃し羽毛へと燃え広がる炎。
ただ、さすがBランクの魔物だけあって、対魔法耐性も高い。
表面は焼けたがすぐに火は消えてしまい、大したダメージになってもいない。
「少しずつ削るしかないねっ」
炎弾で羽毛が焼失した箇所へ短剣を突き立てる。
「クゥアッ!」
「おっと」
羽毛が無くなった分さっきよりも深く斬りつけられたからか、巨体を捻るように反撃してきた。
少しは効いたか?
痛みのせいか両羽根を振り回しながら、闇雲に暴れるディアスカリ。
薙ぎ倒される木々に、砕け飛び散る岩石。
「これじゃ迂闊に近付けないね――っ、風槌っ!」
勢いよく飛んできた大木を風槌で防ぐ。
破城槌で叩きつけたような轟音に、木の弾ける破裂音が周囲に響き渡る。
「――障壁」
砕け、飛散してきた木片を魔法で防ぐ。
間髪入れず、そのままディアスカリとの距離を詰める。
「鎌風っ!」
障壁を消すと同時に唱える魔法。
風の刃がディアスカリを襲うが、傷口を庇うかのように身体を反転させる。
その隙を見逃さないよう跳躍で一気に近付き、両手の短剣で斬り付ける。
「クァァァッ!」
「――っと」
押し付けるように突っ込んできた巨体を転移で上部へと回避し、そこから鎌風を放つ。
「クァァァッ!」
「いい加減うるさいぞ、っと」
闇雲に暴れるディアスカリから離れすぎないよう、跳躍と転移で攻撃をかわしながら斬り付けていく。
「――炎弾」
大部分の羽毛を炎で焼き尽くし、丸裸になった皮膚へと短剣を突き立てる。
「クァウッ、クァウッ……ッ!」
ディアスカリは短剣を突き立てられながらも、その巨体を利用して突進してくる。
その勢いを敢えて殺さず、弾かれるように距離をとった。
離れれば炎弾と鎌風を放ち、近付けば短剣による攻撃を繰り返す。
そうやって少しずつ削っていく。
「鎌風――。これで最後かな」
先ほどまでの俊敏さが嘘のように鈍くなってきた。
「よっ――と」
地を蹴るようにディアスカリの懐へ滑り込み、喉元へ深く短剣を突き立てる。
「クァァァアアアッッ――」
その雄叫びを最後の言葉とし、ぐらりと揺れる巨体。
そのまま支えることも叶わず轟音とともに木の葉が舞った。
「……ふぅ。まったく、私が戦うと時間がかかるし……周囲への被害が半端ない」
額の汗を拭い、周囲の状況へ目を向ける。
そこには森の中とは思えないほどの空地ができていた。
大木が根本から千切れ飛び、木々の破片が散乱し、無事だった木にも焦げあとや切り刻まれたあとが残っている。
「……とりあえずカレンの元へ向かうか」
深く考えることをやめ、自分自身へ念のため治癒魔法をかけてから歩き出す。
「姉さん。お疲れ様です」
木の陰から姿を現した私を見つけ、声をかけてくるカレン。
その瞳は緋色に染まっており、魔眼を熾しているのがわかる。
隣に横たわっているのは冒険者の男性。
まだ意識が戻らないか。
「カレンもね。……視てたの?」
「はい。あの凶悪な魔物を一人で倒すなんてさすがの姉さんです」
「快勝とはいかなかったけどね。疲れちゃったよ」
私にもっと力があれば楽に勝てたんだろうけどね。
アウルみたいに剣技があれば力で圧倒できただろうし、ルチアちゃんみたいに魔力量があれば高威力の魔法で一発だっただろう。
魔力量の少ない私じゃ今回みたいな小技で詰めていくしかないんだから。
「そんなことありませんよ。現にこの方は力及ばず、このようなことになっていますし」
そういって視線を落とすカレン。
そこにいる冒険者は大きな外傷が無いものの、いまだ目を覚まさないでいる。
「念のため治癒魔法だけでもかけておくか」
しゃがみ、治癒魔法を冒険者へとかける。
冒険者は三十代半ばだろうか。
装備は使い込まれたかのように年季が入っており、ベテランの雰囲気を醸し出している。
装い的に剣士かな。
「うーん、目が覚めるまで待つ時間も無いし、かといって放っておくのもなぁ」
昼過ぎに出てきたとはいえ、日が沈むまでに村へと戻りたい。
折角、宿屋で泊まれるのにわざわざ野宿する必要もないだろうし。
「うーん……」
どうしたものかと逡巡していたところ、ちょうどよく冒険者が目を覚ました。
「うっ……ここは? 君たちは……? ……っ、そうだ! 魔物が――」
「あぁ、魔物は逃げていきましたよ?」
「な……に? 逃げて行ったって、魔物は獰猛で攻撃性の強い、あのディアスカリだぞ? 逃げて行くことなんて……」
身体を起こし、あり得ないと言わんばかりにかぶりを振る冒険者の男性。
「そうは言いましてもね……。私も道具屋のおじいさんから聞いてきたのですが、魔物はルサニウスって言っていましたよ?」
「そんな馬鹿な……。ルサニウス……? まさか……俺はルサニウスになんて負けたのか……」
両手をついてうな垂れるようにして顔を伏せている。
この人には悪いけど私が倒したことは内緒にしておこう。
変に騒がれても困るし。
「すまない。少し取り乱してしまったようだ。俺も修行が足りないのだと、あらためて思い知らされたよ。それに怪我が治っているところを見ると、回復魔法をかけてくれたのかな? 正直助かったよ」
「あは、あはは……。魔法は少しだけ使えますし、さすがに放ってはおけなかったので……」
落ち込む男性にジト目で私のことを見つめるカレン。
変な汗が流れているけど気にしちゃ負けだ。
私は平穏にのんびり暮らしたいだけなんだからね。
目立つのは嫌なんだよ。
「それで? 君たちも目覚草を求めてやって来たのかい?」
「えぇ、フェネオンの村まで目覚草を買いに来たのですが、在庫が無いと言われまして……。仕方がなくここまでやって来ました。えぇーと……」
「なるほどな。あぁ、自己紹介が遅れたな。俺はガロンって言うんだ。俺もそうなんだが、まぁ、俺の場合は眠気覚まし程度に欲しいだけだな。ただそっちは深刻そうだな?」
そう言って名前を名乗るガロンさん。
冒険者という職業の割には中々フランクな性格のようだ。
「あ、ご丁寧にどうも。私はコトミ、こっちはカレンと言います。えぇと、私は友達が眠りから覚めなくなっちゃったので、目覚草でなんとかなればと思って」
「なるほどな。魔法か何かかい?」
「たぶん、そんなところかと」
本当は風の精霊も関係してくるんだろうけど、わざわざそんなことを言う必要もないだろう。
人の良さそうな冒険者でも何があるかわからないんだから。
「そうか。それなら一緒に行くか? 逃げて行ったとはいえ、また魔物が現れないとは限らないからな」
すみません。魔物は倒しちゃいました。
けど、ここでそんなこと言えるわけがないし、誘いを断って別々に山を登るのは不自然だ。
「……そうですね。よろしくお願いします」
結局はこの冒険者のお誘いどおり一緒に行くしか選択肢は無いのであった。




