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2 謎の召喚

「時間としてはどのくらい前?」

「昨日のちょうど昼ごろでしょうか……。丸一日以上経っています」


 村を出て林道をしばらく進んだところで茂みの中へと道をそれる私たち。

 カレンの魔眼による能力(ちから)――留視(りゅうし)で黒装束集団の足取りを追いかける。

 この能力(ちから)は魔力の残滓(ざんし)を読み解くことで、過去起きた出来事を()ることができる。

 あまり時間が経っていると魔力が霧散(むさん)してしまうけど、一日程度であればなんら問題ない。


「少し急ごうか」


 道なき道を小走りで走る。

 木々の間を縫うように移動しているため、足元が少々おぼつかない。

 私は問題ないが、カレンには少し辛いか。

 そう思いつつも、十数分そのまま走り続ける。


「はぁ……はぁ……」


 んー、足元が悪いうえにカレンの体力がそろそろ限界か。


「少し休憩しようか」

「い、いえ……もうすぐ、茂みを抜けます……から」


 速度を緩めようとしたところ、カレンから制止の声がかかった。

 もうすぐって、先はまだ見えないけど、まさか――。


「もしかして他の魔眼も併用しているの? 大丈夫?」


 魔眼というものは本来同時に使用するものではない。

 理論上は魔力さえあれば可能であるが、一つの視界に複数の映像を映し出すことになるため、脳や神経への負担がかなり大きい。

 遠くを()るための魔眼――遠視(えんし)や、物を透過して()る魔眼――透視(とうし)を併用するぐらいなら問題ない。

 だけど、今回のように魔力消費の大きい留視(りゅうし)と併用するのはかなりの無茶だ。

 複数の魔眼を使いこなせているカレンであればこそ出来る芸当であるが、それを走りながらこなすとなると精神的にも肉体的にも負担は相当なものだ。


「やっぱり休もう。急いでいるのは確かだけど、カレンに倒れられても困るから」

「す、すみません……」

「謝る必要なんてないよ。私が少し焦っちゃった。ごめんね」


 そう言って速度を緩める私たち。


「はぁ……はぁ……」

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です。それより、姉さん。もうすぐ目的の場所に着きます」


 カレンが息を整えながら視線だけで先を促す。

 私の目には木々しか見えないけど、カレンの魔眼だと、この先も()えているのだろう。


「りょーかい。それじゃ、慎重に進もうかな」


 カレンを後ろにゆっくりと進んで行く。

 そのまま数分歩いたところ、鬱蒼(うっそう)と茂っていた草木の合間に、別の景色が現れた。


「この先の洞窟に入っていったようですね」


 カレンに促され、その視線の先を見ると確かに、自然にできた物か、岸壁に大きな穴、洞窟のようなものが見える。


「へぇ、あの洞窟の大きさはわかる?」

「えぇ、ちょっと待ってくださいね」


 そう言ってカレンは洞窟へと視線を向ける。

 緋色の魔眼が爛々(らんらん)と輝きだし、左右へと視線を巡らす。

 遠視(えんし)透視(とうし)を併用することにより、洞窟内の様子を()ることができるはずだ。


「……さほど、大きくはないですね。人工的に作られた物だからか、入って少し行ったところに広めの空間があります。中に人は……十人以上いますね。子供たちも。状況はわかりませんが、子供たちは……みんな横たわっています」

「…………」


 嫌な想像が脳裏をよぎる。

 子供たちをさらう黒装束の集団。

 どこかでそんな話を聞いたような気が……。


「姉さん。どうしましょうか」

「あ、あぁ……。やることは変わらないね。でも、裏道があるわけじゃないし、正面から行くしかないかな」


 カレンの言葉で考えていたことを頭の片隅に追いやる。


「先頭は私が行くよ。援護をお願い」

「……姉さん、そんなこと言って、前の傭兵組織の時みたいな無茶はやめてくださいよ?」


 ……うっ。

 傭兵組織の時って……確か、一人で飛び込んだ部屋に、傭兵がいっぱいいた時のことを言っているのかな……。

 あれは確かに、少し無茶だったかも……。

 結局カレンに助けてもらっちゃったし……。


「ま、まぁ、今回は人数も少ないし、囲まれることもないんじゃないかな……」

「……はぁ」


 私の言葉に深いため息をついて三白眼(さんぱくがん)となるカレン。

 そんな呆れられることはしていないと思うんだけどなぁ……。


「ほら、子供たちも心配だし、ささっと行くよ」


 促すように木々の間から飛び出し、洞窟の入り口へと駆け寄っていく。

 入り口からは中が見えないため、カレンへと視線を向けると――。


「先頭はワタシの方が良さそうですね。幻視(げんし)であれば暗闇でも()えますから」


 幻視(げんし)――暗闇や閃光などで、視界が塞がれた場合でも()ることができる魔眼か。


「うーん、そうだね。お願いしようか」


 目が慣れれば進めないこともないけど、時間が惜しい。

 カレンにばかり負担をかけて申し訳ないが、今は子供たちが最優先だ。

 そのカレンは早速洞窟の中を覗き込み、私の手を取って足を踏み入れる。

 中は真っ暗で何も見えない。

 その中をカレンに案内されるがままに進んでいく。


『姉さん。足元に段差があるので気を付けてください』


 カレンの声が頭の中に直接響く。

 瞳を通して会話する念視(ねんし)――カレンの魔眼の能力(ちから)だ。

 これであれば言葉を交わさなくても会話が可能だ。

 そうやって物音を立てないように、暗闇の中を少しずつ進んでいく私たち。

 しばらく進むと真っ暗闇の洞窟の先に光が見えた。

 その光は松明(たいまつ)のようにゆらゆらと揺れ、近づくと徐々に大きくなってくる。


「…………」


 ボソボソと人の声も耳に届いてきた。


『もうすぐ広い部屋に着きます』


 恐らく、最後の曲がり角だろうか。

 その角で一旦歩みを止め、カレンの肩越しに向こう側を覗き込む。

 そこにはちょっとした広場と黒装束姿が……三人。

 足元には不可思議な模様が描かれ、壁際には何人もの子供たちがぐったりとしている。

 生きているのか死んでいるのかわからないが、全部で十人以上か。

 そう思って様子を見ていたところ――。


「我らは邪神様と共にっ!!」


 一人の男がそう叫び、何かを振り下ろす。

 何度も――何度も――何度も――。

 黒装束たちの影になってその手元は見えない。

 その間も男は叫びながら何かを振り下ろし続ける。

 聞こえてくる音は男の叫び声と……粘着質な何かを……刺している?

 何を……している?

 その後も何十回と奇行を繰り返し……やがて静かとなった。

 私たちの息づかいまでが聞こえそうなほどの静寂の中、ゆっくりと男が立ち上がる。

 そして、その男の影となっていた、()()と目があった。

 たった今、亡骸となったばかりの子供の姿が――。


 ……っ!

 咄嗟に飛び出そうとしたところ、カレンに腕を掴まれた。

 暗闇の中、うっすらと輝く魔眼が悲しそうに、首を横に振る。

 くっ……。

 歯を食いしばり、男へ視線を戻すと、黒装束姿の三人が子供の亡骸を中心に取り囲んでいる。

 今度は何を……。

 遠くて聞こえないが、何かを呟いている?

 いったい何を……。

 そういえば、この光景をどこかで……。

 黒装束、邪神、足元に描かれた不可思議な模様、何人もの子供――生贄(いけにえ)……?


 ……あっ。

 その瞬間、バラバラだったパーツが一つに繋がった。

 これは――召喚の儀。

 マズいっ!

 そう思ったときには遅かった。

 カレンの制止を振り切り飛び出そうとしたところ、子供の亡骸が()()()


「――っ」


 周囲にいた黒装束姿の三人もその勢いに弾かれ、壁に激突する。

 咄嗟に身を(ひるがえ)し、岩陰に隠れたため影響は免れたが、周囲には血の臭いが充満してきた。

 そっと岩壁から顔を覗かすと、不可思議な模様の中央には変わり果てた肉塊が……。


「動いている……?」


 原形を留めていないほどの肉塊が、脈動するように動いている。


「あれは……なんだ?」


 よく見ると、それはスライム状となって少しずつ移動しているように見えた。

 その向かう先は……比較的近くに倒れている黒装束の一人。

 その黒装束を覆い被さるようにスライムが包み込む。

 全身を包み込んだスライムは赤黒い色をしており、内部の様子はうかがえない。


「ね、姉さん……。あれは、よくないやつです」


 服の裾を引っ張られカレンの方を見ると、不安そうな、嫌悪感が詰まったような瞳で、スライムを見ている。

 ……一旦引くか?

 いや、しかしこの状況を放っておくこともできないし……。

 決めかね頭を悩ませていると、(うごめ)いていたスライムが静かに、身体に溶け込むかのように薄くなってきた。

 そのまま様子を見ていると、スライムは完全になくなり、そこには異形の姿が……。

 ゆっくりと立ち上がる異形。

 それには見覚えが――。


「あれは……」


 確か、以前幽霊調査の時、ある館の地下で見かけた異形と似通っている。

 その異形は二足歩行をしており、手の代わりとなる触手のようなものが四本あった。

 今回はそれにも増して邪悪さが増しているような気がする。

 見る姿は人間であった頃の面影をほとんど残しておらず、顔には目も鼻もない。

 裂けている口だけが異形の異常さを物語っていた。

 唯一原型を残しているのが、二足歩行している点だけか。


『ヴゥアァアァアァ……』


 呻き声をあげる異形。

 今回もやはり召喚の儀によるものか。


「姉さん。これはいったい……」


 カレンが疑問の声を上げる。

 これは召喚の儀――この世の(ことわり)から外れ、異世界からの神を呼び起こす儀式。

 その方法や種類には色々とあるが、共通していることは胸クソ悪い生贄(いけにえ)が必ず必要ということ。

 さらに召喚する神にも色々な種類がある。

 ただ、召喚の儀というだけあって、こんな異形の存在に取り込まれるようなことは無いはずなんだけど……。

 もしかしたらさっきのスライム自体が何かの神となっているのか。

 目の前の異形は呻き声をあげながら、他の黒装束の二人へと近づいていく。


「いったい何を……」


 そう思った瞬間、四本の触手がそれぞれ黒装束へと伸び、掴み、異形の元へと引き寄せられる。

 そして、それをそのままスライムへと変化した触手に取り込まれる。


「吸収している……?」


 二人を覆ったスライムは先ほどと同じように赤黒く染まり、少しずつ小さくなっているように見える。

 しばらくその様子を眺めていると、二人は跡形もなく消えていった。

 スライムは元の触手へ戻っており、次は――。


「子供たちに……!?」


 咄嗟に岩陰から飛び出し、異形へと駆け寄る。


「――っ、姉さん!」


 カレンから制止の声がかかるが、それに構うことなく魔力を練る。

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