19 魔眼娘の初めての討伐
永遠に続いている――と思えるほどの、長い長い街道を歩いている。
「……姉さん。いつまで経っても景色が変わらないんですが」
「んー? まぁ、街や村との間なんて何もないからね。多少、道の形や起伏が変わっても、さほど大きく変わることはないだろうし」
歩き始めて半日ほど。
休憩を入れながら歩いているため、疲れはさほど浮かんではいないが、明らかにうんざりしているカレンから嘆きの声が上がる。
「そうなんでしょうけど……。平和です。平和過ぎます。宿屋でのワタシの決意はどこにいったのでしょうか」
「その決意はありがたいよ。でも、平和に越したことはないしね。ま、先も長いしのんびり行こう」
今日も天気がよく心地良い風が頬を撫でる。
そんな中、広めの街道をカレンと二人で並び歩く。
この半日ですれ違ったのは馬車一台だけ。
それ以外に人っ子一人いない。
この世界の人口――何人かは知らないが――を考えると、そんなものなんだろう。
「姉さん……。リンさんのこともあるのに、そんなのんびりしていていいんですか?」
カレンが呆れているようにため息を一つつく。
「んー、大丈夫だと思うよ。シロの話でもリンちゃんの時間は止まっているようだし。理屈はわからないけど刻の魔法が関わっているのなら数日ぐらいは問題ないかな。さすがに年単位だと何かしらの問題は起きてくると思うけど」
リンちゃんが心配なのはカレンと一緒だけど、焦っても仕方がないし。
「そうなんでしょうけどね……。それにしても平和です」
カレンが先の見えない道を見つめ、小さなため息をつく。
「ま、こればっかりは仕方がない。地道に進んでいこう」
そうやって景色の変わらない街道を歩き続け、日が傾きだしたころ周囲の景色に変化が現れた。
所々に木々が現れ、道の起伏も大きくなっている。
目の前にはあまり高くないが、それでも越えるには丸一日かかりそうな山がそびえ立っている。
「地図によるとこの山を越えたあたりに、フェネオンの村があるみたいだね。もうすぐ日が沈むし、この辺りで野営の準備をしようか」
そういって街道から少しそれ、開けた場所に向かう。
恐らく、この山を越える人たちがいつも野営に使っている場所なんだろう。
中心に焚き火の跡があり、その周囲を囲むように椅子代わりの丸太が並んでいる。
馬車も停められるような広さに、簡単な寝床のようなものも見られる。
「ちょうどいい場所があるね。日が沈みきる前に準備しちゃおうか」
とりあえず焚き火の準備と食料調達だ。
近くに背負ってきたリュックを置き、必要な物を取り出していく。
「また肉料理になっちゃうけど、近くに食べられそうな魔物はいるかな?」
カレンへ視線を送ると小さく頷き、その翠眼が緋色へと変化する。
周囲を少し見回したのち、ある一点を捉え口を開く。
「近くに、熊のような魔物がいます。大きさは小さいですが……。なんでしょうか、あの魔物は」
小さい熊――もしかして猿熊かな?
身体が小さい割に獰猛な魔物で討伐ランクはD。
大した魔物ではないが新人冒険者を手こずらせる程度の脅威さはある。
まぁ、私たちの敵ではないけど。
味は……普通かな?
積極的に食べたいとは思わないけど、あれば食べる、というレベルだね。
「そういえば、操視って魔物にも使える? 今まで操視が使える魔眼使いは見たことがないし。どうなるのか興味があるね」
「えぇと……試してみたのですが、なんと言いますか……。魔物は本能だけで動いているからか念視ではまともな思考は詠み取れなかったです。操視も同じですね。つかみ所の無い存在を触っているような、そんな不安定感があり、まともに操ることはできませんでした」
なるほど。
理性のある人間と違って魔物や動物には効果が無いのかな。
でも、妖精や精霊ならどうだろうか。
……いや、なんとなく危険な香りがするからやめておこう。
もし魔物にも効果があるならこの魔眼にも色々と使い道があったのにな。
ま、仕方がない。
「そっか。それはしょうがないね。とりあえず野営の準備をしちゃおうか。その間に魔物を狩ってくるよ」
「あ、姉さん。さっきの魔物、ワタシに任せてもらえますか?」
「んー? そうだね……」
どうしようか。
アウルやルチアちゃんと違ってカレンの能力は戦闘向きではない。
色々と便利な能力ではあるが……さて、どうしたものか。
「んー、試しにやってみようか。多少の怪我は魔法で治せるけど、あまり無茶はしないでね?」
いつかは魔物と対峙するんだし、今のうちに実戦経験を積むのもいいか。
そう思い、了承する。
「はい。わかりました」
カレンは頷くとスカートの中に手を差し入れナイフを手に取った。
フランコリタから身に付けているホルダーには数種類のナイフが収められている。
投げるのが得意なわけではないが、細身の投げナイフに近接戦闘用のナイフ。
戦闘用といっても大きさ的に殺傷能力は高くない。
自衛のために持ち歩かせているだけであって、普段はあまり出番がない。
そのナイフを片手に茂みをかき分け進んで行くカレン。
――おっと、遅れないようにしないと。
魔物の位置はいまいちわからないが、カレンに促されるまま付いて行く。
「――来ます」
数分歩いたところでカレンがポツリとつぶやいた。
足を止め、周囲を警戒しようとしたところ、横の茂みから突如として何かが飛び出してきた。
『キキキキッ!』
小動物の鳴き声のような雄叫びを上げ、飛び出してきたのは予想通り猿熊――。
その体躯は人間の子供ほどのサイズではあるが、鋭い爪と牙を持ち、力もあってなおかつすばしっこい。
駆け出し冒険者に取っては少々辛い相手ではある。
「――っと」
カレンは襲いかかるその爪を難なくかわし――手に取ったナイフで、すれ違いざまに一閃。
『キキッ!?』
鮮血が舞うほど深くはないが、それでも一撃を加えられたことに対してモンキーベアは警戒の声を上げる。
「やはり力が足りませんか……。それなら数をこなすだけです」
そう言って一歩踏み込むカレン。
カレンの動きはさほど早いわけではない。
そのため、モンキーベアからすると余裕で避けられるのだが――。
「甘いです」
振り下ろしたナイフの軌道を途中で変え、そこへ行くのがわかっていたかのように、モンキーベアへとナイフが吸い込まれていく。
『キッ!?』
深々と刺さるナイフ、咄嗟に回避動作を取ったモンキーベアは勢い余り背後の大木へと身体を打ち付けた。
『ギッ!?』
「これで最後です」
すでに致命傷を負ったモンキーベアはカレンの振り下ろすナイフを避けることができず、その命を絶命させた。
「うん。さすがだね。思い切りも良いし、魔眼も上手に使いこなせている。十分に冒険者としてもやっていけるかな」
モンキーベアに深く突き刺さったナイフを抜き取るカレン。
「使ったのは詠視と悠視かな? 調子はどう?」
詠視というのは先詠みの魔眼だ。
魔力を込めることにより数秒から数分後の未来を視ることができる。
ただ、不確定要素が多くなるため、あまり先の未来だといくつも重なって多重に視えるらしい。
悠視は魔眼を通して視た情報をゆっくりとした映像にする能力だ。
自分の処理速度を上げることにより、相対的に視たものをゆっくりと映し出す魔眼。
これにより、相手がどんな素早い動きをしても捉えることができるのだ。
「えぇ、魔物相手でも特に問題なかったです」
一人で魔物を討伐できたからか、どこか嬉しそうに言葉を返すカレン。
「それじゃ、早速解体しようか。あまり寝床近くで解体すると生臭くて寝ていられないし、血の臭いで他の魔物が寄ってくるから、ここでやっちゃうよ」
そう言って解体用のナイフを片手に、モンキーベアを手早く解体していく。
パチパチと焚き火の弾ける音が夜闇に響き渡る。
肉の焼ける香ばしい匂いと手元の鍋からは野菜スープのいい香りが上がっている。
鍋は小さめのやつを街で買ってきた。
コップやお皿、フォークやスプーンなど、野営に必要な道具は一通り用意してきたのだ。
「そろそろ焼けたかなー。はい、どうぞ」
「姉さん。ありがとうございます」
枝に刺して焼いたモンキーベアの肉をカレンに手渡してやる。
「野営じゃご飯が寂しくなっちゃうね。でも、量だけはいっぱいあるから、食べられるだけ食べていいよ」
「ありがとうございます。……とは言っても魔物のお肉ですしね。ほどほどにしておこうと思います」
焚き火に照らされた横顔が、少し呆れたような表情になる。
そんなカレンを横目に、いい感じに焼けているモンキーベアの肉を口にする。
「……うん。久し振りに食べたけど……。まぁ、こんなものか」
やっぱりこの前食べた牛馬に比べると味は一ランクも二ランクも下がる。
食べられないこともないけど、塩だけではちょっと物足りない感じがする。
「この味なら煮込み料理とかどうでしょうか。そうすれば臭みも抜けますし、肉の繊維も柔らかくなると思いますが」
「うーん、そうだね。今度落ち着いたらやってみようか。ただ、この世界じゃ調味料の種類が少ないしね。コショウでさえ貴重なものとなっているし」
コショウなどのスパイス類はかなりの高級品だ。
塩以外の調味料は中々手の出ない代物となっている。
ただ、カレンの言うとおり数種類のスパイスで柔らかくなるまで煮込めば食べられないこともないかな。
その分かける費用が相当な物になるけど……。
別に無理してモンキーベアの肉を食べなきゃならないわけでもないし、いいや。
おいしいものは他にもあるしね。
そんなことを考えながらモンキーベアの肉を片付けていく。




