10 野営の準備
街道を予定より遅れながら馬車がゆく。
「まだ日が高いけど、これ以上進むと野営には向いていない場所しかないから、今夜はここで過ごそうか」
ユルバンさんがそう言って馬車を向かわした場所は、街道から少し外れた空き地のような場所だった。
近くに森があり、食料調達にも事欠かないようだ。
「わかりました。それじゃ、時間もありますし狩りをしてきますよ」
食べられる魔物とかがいればいいな。
この世界には元の世界と同じようにシカやクマといった食用になる動物はもちろんのこと、一部の魔物は食べることができる。
そのため、人があまり寄り付かず、魔物が多く出る森は冒険者に好まれる場所だ。
稀に自分の力を過信しすぎて命を落とす冒険者がいるから油断はできないけど。
馬車を街道脇に止め、盗賊たちを少し離れた大きめの木にまとめて縛り付ける。
諸々の諸事情からあまり近くには居てほしくない。精神衛生上良くないし。
逃げられたら困るけど、そこは見張りでカバーかな。
「それじゃアウル、二手に分かれようか」
ユルバンさんから狩りへの許可をいただいたのでアウルへ声をかける。
正式な護衛任務じゃないけど、護衛の人数を勝手に減らすわけにはいかないしね。
「オッケー、それじゃ、私がルチアと一緒に食料調達してくるよ」
「りょーかい。それならこっちは野営の準備をしようか。カレン、手伝ってくれる?」
「わかりました」
そう言って二手に分かれてアウルたちは森へと潜っていった。
とりあえず盗賊たちが怪しい動きをしないよう見張りつつ、焚き火用の薪を拾っていこう。
「ま、こんなものかな」
一晩明かすには十分過ぎるほどの薪を積み上げる。
案外簡単に集まったのは、この場所で夜を明かす人があまりいないからだろう。
街までは急げばたどり着ける距離だからね。
「コトミちゃん。鍋はあるけど使うかい?」
「あ、もしお願いできるようなら……。すみません、野営するつもりがなかったので何も持っていなくて……」
テスヴァリルへ転移するのに、荷物も最低限の物しか持ってきていないから、調理器具なんて物は当然持ってきていない。
肉を素焼きにするだけでは味気ないし、スープでも作ろう。
「あはは、大丈夫だよ。本来、護衛の方への食事提供は依頼主の役目だしね。大したものはないけど、これでスープでも作るかい?」
そう言って荷車の中から一つの麻袋を取り出すユルバンさん。
中を覗くとこれは……乾燥野菜か。
「ありがとうございます。そうですね、私が作りますよ」
ユルバンさんから鍋と乾燥野菜を受け取り、魔法で地面を盛り上げて簡易かまどを作る。
「……コトミちゃんも魔法が使えるんだね。しかも、無詠唱……」
あ……。
「……これも、内緒にお願いしますね」
段々と秘密が増えてきたな……。
カレンが隣で呆れたような顔をしているが仕方ないじゃん。
久し振りすぎて色々とうっかりしてしまう。
気をつけよう。ホント……。
もう色々とバレてしまっているから、何も気にせず鍋へと魔法で水を注ぎ、薪へと火を点ける。
「…………」
ユルバンさんがめっちゃ見てくるけど気にしない。
「あ、馬用の水も出しておきますね」
ユルバンさんから桶を受け取り、馬の前で水を注ぐ。
「…………」
この無言の空気が辛い……。
「ただいま〜。いいご飯が手に入ったよ〜」
居ても立ってもいられない空気になりかけた時、アウルの気の抜けた声が聞こえてきた。
ふぅ〜……。
心の中でため息をついてアウルの方へ視線をやると、引きずっている魔物が目に入る。
首は落とされているが、その魔物には見覚えがある。
「…………」
あー……。
「おっきいですね」
カレンがそんな声を漏らす。
ルチアちゃんもあまり気にしていないようだけど……。
あ、ほら、ユルバンさんが口をあんぐり開けているし。
「はぁ……。アウル、その魔物の名前は?」
「ん? コトミ知らないの? 食用に適している魔物、カウホースだよ?」
「知っているよ。じゃあ、アウルは討伐ランクがいくらか知っている?」
「当然! えぇと、確かCだよね」
アウルの答えに私は頭を抱える。
そう、カウホースの討伐ランクはCなのだ。
この討伐ランク、例えばCである場合はCランクの冒険者パーティーが四、五人でやっと倒せる魔物なのである。
アウルはBランクの冒険者ではあるが、決して一人で挑むような魔物ではないのだ。普通であれば。
それをコイツは……。
「はぁ……脳筋め。カレンとルチアちゃんへはあとで説明してあげるから、とりあえず処理しちゃおうか」
「いきなりのディスり!? 褒めてくれてもいいんだけどなぁ……」
アウルが何か言っているけど、ユルバンさんにまた口止めをお願いしておかないと……。
「そろそろいい感じに焼けてきたかな」
カウホースをさばき、串代わりの枝に突き刺し火に炙る。
カウホースの肉は高脂質高タンパクという栄養満点の肉だ。
味もそこそこで、討伐ランクが高いということも相まって、市場では高値で取り引きされる。
さほど希少価値が高いというわけではないが、この肉を扱う専門の料理店ができるぐらいは人気の魔物であるため、高値となっている。
「ユルバンさんもどうぞ」
「ありがとう。ご相伴にあずかるね」
正面に座るユルバンさんが焚き火に立てかけてある肉へと手を伸ばす。
「なんか、不思議な味なのです」
「牛肉のようにジューシーで、馬肉のように歯ごたえ……食べ応えがある」
ルチアちゃんが疑問の声を漏らし、カレンが的を射る。
「そうだね。だから牛馬って言われているんだよ」
私も焚き火から肉を一つ手に取り口へと運ぶ。
……うん。久し振りに食べる味だけど悪くない。
歯ごたえがあり、噛めば噛むほど味が出てくるカウホースの肉は格別だ。
塩だけの味付けもシンプルに肉の味を引き立てている。
野菜スープが脂っこくなった口の中をサッパリと流してくれるし。
「コトミちゃんたちはコラコールの街へ行ったあとはどうするんだい?」
ちょっと豪華な夜ご飯に舌鼓を打っていると、ユルバンさんからそんな質問をされる。
「そう、ですね。友達が体調悪いので、少し安静にできる宿を探そうかと。その後は冒険者ギルドに行ったり、情報を集めたり……ですか」
アウルに視線を移すも、特に異論がないようで頷いている。
「そっか、色々とお世話になったからね。もし良かったらこの護衛を指名依頼としてギルドへ提出しようか。そうすればギルドランクへの貢献にもなるし、新しい街でも箔がつくと思うんだけど」
それはありがたい。ありがたい申し出なんだけど……。
「……すみません。色々と秘密が多いのですが、私たちはまだ冒険者ギルドに登録できていないんです。なので、依頼を受けるわけには……」
まだこの世界に来て初日だからね。
冒険者ギルドどころか街にもまだたどり着けていないし、そもそも現地の人と会うのもユルバンさんが初めてだ。
そんな右も左もわからない状態で、いきなり指名依頼を受けさせてもらうわけには……。
「えっと……。そうなんだ、色々と訳ありなんだね。詮索はしないようにするよ。それなら、コラコールの街でグランジュ商会を訪ねてくれるかな? 困ったときには力になれると思うよ」
「ありがとうございます。その時は是非」
その後も色々と情報交換。
今はテスヴァリル歴何年か? と言う、誰もが知っているような怪しい質問にも丁寧に答えてくれたし。
いい人だなぁ……。
ちなみに、今はテスヴァリル歴四五二年らしい。
私たちが最後に居たのは……十一年前だから、時間の流れは元の世界と同じか。
そうなると、私たちが知っている世情とさほど大きくは変わらないかな?
あ、でも、あれはもしかして……。
「ちなみに王国――ポスメル国の王都、リリガルは今どうなっていますか?」
私はあまり覚えていないけど、アウルから聞いた話では魔物の大群に襲撃されたらしい。
ただ、ポスメル国は周辺諸国の中でも冒険者育成に力を入れており、国力のほとんどを冒険者でまかなっている国だ。
王都であるリリガルは特に冒険者が多く、そんな街に魔物の大群が押し寄せたとしても、何とかなったのではないかと思っている。
それに、詳しいことはわからないけど、転生のきっかけとなった何かがあったのかもしれない。
「あぁ、リリガル……ね。そうだね。そのあたりのことも説明してあげようか」
ユルバンさんは何かを感じ取ったのか、驚きつつも特に不審に思うこともなく説明を始める。




