悲しい過去
「全く愉快な話じゃありませんよ……」
「泣いてるぐらいだからそれは分かるわ」
泣きながらレルは力なく笑う。
「……私は、お嬢様に仕える前は実家であまりいい扱いをされていなかったんです。だから、良くしてくれるノーラ男爵家に雇われてお嬢様に仕えている今、とても幸せなんです」
「……実家ではどんなことがあったの?」
レルが下を向いた。これ以上、踏み込むべきではないかもしれないと思う。
「やはり無理に言わなくていいわ」
「……いいんです。父は最低なヤツでしたよ。あいつは感情が抑えられなくなるとすぐ家族を殴るんです。殴るだけでなく、蹴ることもしばしばで。機嫌がもっと悪ければムチで背中から血が出るまで何度も叩かれることもありました……。私の背中にはその時の傷が今でも残っているんです」
「そんな……」
マリアはレルの身体を見たことがなかった。イントに来てからも彼女は一人でサッと入浴を済ませてしまう。
「私はまだ女だったから顔に傷はつけられませんでしたが、弟は顔にも傷が残っています。あの最低野郎は家にお金が無くなると私を売ろうとしました。だから、私と弟は母が亡くなると、すぐに逃げ出して心優しい師匠の元で手伝いをしながら武術を学んでいたんです。……そこを、運よく旦那様に拾って頂きました」
「そうだったの……全然、知らなかったわ。弟さんは師匠の元にまだいるの?」
「はい、師匠の娘さんと結婚して道場を継いでいます」
「そうか、弟さんは幸せを掴めたのね」
「はい、本当に良かったです」
つらい思い出を話してくれたレルをギュッとマリアは抱きしめた。
「あなたは絶対に幸せになるべきだわ!」
「お嬢様にそう言って頂けるだけで嬉しいです。こんな暗い話をお嬢様に話すなんて思ってもみませんでしたが……。お嬢様のところに来てからは過去のことを忘れてしまうほど、毎日が幸せでしたから」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。 レル、コーナー様はあなたのことを真剣に想っているようね。あの方ならレルを幸せにしてくれるかも」
「……私は怖いんです。もしかしたら、父のように豹変するかもしれないと思うと。あの最低野郎は、意外にも昔は優しい時もあったんです。だけど、いつからか酒を飲むと暴れるようになって……。原因は分かりません。仕事がうまくいかなかったからかもしれませんが………。だからと言って許すつもりはありません。私はアイツのせいで男性が恐いんです」
「レル……」
「それに、私のこんな傷だらけの背中を見たら、男性はイヤになっちゃいますよ」
レルがうつむく。
「そんなことない!きっとレルの心の痛みを理解して支えてくれる人はいるわ。コーナー様がどういった方かは、正直まだあまり分からない。だけど、少しずつお互いについて知っていけば男の人に怖い気持ちが無くなるかもしれないし、深いところまで分かり合えるかもしれないでしょう?コーナー様だけじゃなくて、舞踏会で新しい出会いがあるかもしれないじゃない!」
マリアは懸命にしゃべった。いつも明るくマリアの世話をしてくれるレルに、つらい過去があったと知ってどうにかしてあげたかったのだ。
「ふふ、お嬢様に慰められる日が来ると思いませんでした。ありがとうございます。 舞踏会はお嬢様にとっても出会いの場になるかもしれませんね。旦那様達がこちらでゆっくりするように言われたのは、良い縁を望まれたからでしょう。お嬢様の結婚相手を探してらっしゃいましたから」
「お父様が私の結婚相手を探していたのは知っていたけど………私はケイルが好きだから。ケイルには全く気付かれていないけれど」
マリアの気持ちは内に秘められたもので、ケイルには伝えたことはない。ケイルは人の色恋にニブイところがあるからマリアの気持ちなど気付いたこともないだろう。兄妹のようなやりとりしかしたことがない。
部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「マリア様、レル様、少し宜しいでしょうか?」
アンゴルの声がする。
「急ぎの用ならば、入ってもらって構わないわ」
「ゆっくりされているところ、すみません。舞踏会までにこれをお渡ししておこうと思いまして」
アンゴルから渡されたのは、たくさんのメッセージカードだった。ダンスの申込と共に、名前と短いメッセージが書いてある。だが、顔が分からないので読んでもサッパリ頭に入ってこなかった。
「ダンスの申込を受け付けしていたわけではないのですが、勝手に届いておりましたので…。明日は多くの方からダンスの申し込みをされるでしょうから、一応、事前にメッセージカードを見て参考にしてもいいのかもしれません」
「そんなにダンスのお相手が殺到しそうなの?せっかくだけど、顔が分からないとよく分からないわ」
「ふむ。確かに姿絵をつけてカードをよこすべきでしたね……ところで、レル様、泣かれたのですか?」
アンゴルがレルの顔を見て眉をしかめた。
「ちょっとね…」
レルは適当に言ったつもりだったがアンゴルは食いついた。
「まさか、コーナー様の求婚がネックになってらっしゃるのでは?コーナー様がプロポーズされたことは既にウワサで広まっています。もし、レル様の負担になっているのであれば、私からお伝えさせて頂きますが……」
「そ、そういうわけではないんです」
「コーナー様がイヤで泣いているのではないのですか?」
アンゴルは確かめるように聞く。
「はい。その、お気持ちに応えるにはまだ至りませんが……」
「そうですか。レル様がまだお気持ちを決めてらっしゃらないのであれば、他の者にもチャンスがあるということですね。彼らは喜ぶでしょう。明日が楽しみです」
アンゴルは安堵したように言うと部屋を出て行ったのであった。
レルの父は一人になってやっと自分の愚かさに気付きました。
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