第1話 男が男をナンパするなバカ!
男らしくありたいと思う前に、人間らしくありたいと願うべきだったのかもしれない。
結局のところボクは自分にとっての理想に近づきたかっただけで、誰かのために変わろうとしたわけじゃなかった。
「や、やめなよ!」
暗い路地の中で、頼りない高い声が響き渡った。反響してくる自分の声を聞くだけで情けなくなってくる。どうしてボクの声はこんなにも細く、力がないのだろう。
これでは制止できるものも制止できない。
一番背の高い男が、薄笑いを浮かべながらボクの方へと歩いてくる。
「い、嫌がってるじゃないかその子」
「あー? なんだてめぇ、こいつの知り合いか?」
男の後ろで、女の子が複数の男に囲まれていた。女の子は見るからに大人しそうな出で立ちをしている。
女の子の顔に見覚えはない。だから知り合いというわけじゃなかった。
それでも、泣いてる子がいたら助けなきゃ。それが女の子ならなおさら。
その思考が正しいのかどうかは分からない。でも、ボクの知る男というのは、そうあるべきという志のもと生きている。怖くても、たとえ不利な状況だとしても、ボクは立ち向かわなくちゃならない。
「そんなのお前たちに関係ないだろ! それよりも、こんなところでなにやってるんだよ! 女の子一人に寄ってたかって!」
精一杯低い声を意識した。相手を威圧すべく、必死に喉を振り絞った。
しかし、目の前の男は怯むどころか、ボクを見下ろしたままケタケタと笑っている。
「勘違いしてもらっちゃ困るぜ。俺たちは別に悪いことしようってんじゃねえんだ。ちょっと遊ばないかって誘ってるだけで、それなのにあいつが断るもんだからさ、ちょっと説得してるところだったんだ」
言って、今も複数の男に囲まれている女の子に愉悦を含んだ視線を向ける。
「なあ? そうだよなあ?」
壁に追い込まれて身動きを取れなくなっている女の子は、可哀想なくらいに顔を真っ青にして、掠れた声で返事をしようとしているが、声は出ないようだった。
元々気が強い子ではないのだろう。そんな子があんな奴らに囲まれて……。
「どう見ても嫌がってるじゃないか! そんなのも分からないで、こんな複数人で恥ずかしくないのか!」
「誰に口聞いとんじゃゴラァ!」
突然、目の前で風船が弾けたようだった。
そして追い打ちのように胸ぐらを掴まれる。気付けば、ボクの周りにも大勢の男が立っていた。どいつもこいつも、ボクよりも背が高い。強面の顔が、威圧するようにボクを覗き込んでいる。
「さっきまでの威勢はどうしたんだ?」
男の顔が近づいてくる。
ひっ……と、ボクの口から空気が漏れていった。
「おーおー、震えちゃって。怖いよなぁ、そうだよなぁ」
男は面白がるようにボクの顎を撫でていく。他の男も、すでにボクを弱者と認識したのか、バカにするような嘲笑を浮かべている。
「女の子を助けるヒーローになりたいって気持ちはよく分かるけどな、身の程を知ったほうがいいぞ。お前みたいなヒョロガリが誰かを助けられるわけないだろ」
「な、なんだと! は、離せこの!」
「でもこいつ、顔めっちゃかわいくないすか」
男の中の一人が、突然そんなことを言った。
「さっきの女の子は全然喋らないしで全然面白くなかったし、もうこいつでよくないすか? 体つきも女みたいだし、声だって」
全然想像していなかった展開に頭がついていかない。
いやいや何言ってるんだこの人。
「……確かに」
へ?
「ぶっちゃけ制服着てなきゃ男って分からなかったしな」
ええ?
「よし、今日はこいつでいいや。可愛ければ男でもいいだろ」
「ちょっと、何言ってんだこのヘンタイ! うわ、さわんなキモい!」
ボクを囲っていた男たちが「この制服西高か?」「もうなんでもいいから早くしようぜー」「女の子にもう帰っていいって言ってくる」「男でもいいって割と爆弾発言なんだが」と様々な意見を異口同音にこぼしている。
「まあまあ、悪いようにはしねえから」
「それ悪い奴の台詞だよね! 絶対悪いようにする奴の台詞だよね!」
「はいはい話は署でね~」
「署ってなに!?」
ボクの意見は、砂埃のように風にさらわれ散っていった。
まるで連行されるような形で男に囲まれるボク。
遠くの方で、目を真っ赤に腫らした女の子がこちらを見た後、そそくさと路地を後にしていた。
あ、あれー!?