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雑談 岩城正倫

 僕が彼女と出会ったのは今年の四月。大学を卒業してすぐに入籍を果たした神林先輩の結婚披露宴の席上だった。

 神林希総さんの結婚披露宴は二部構成で、一部は政財官界の有力者を招いたオフィシャルなモノで、二部は身内だけのプライベートなモノだ。僕は岩城本家の跡取りとして第一部に招かれたのだが、先輩の異母兄である御堂春真氏の提案で何故か二部にも参加する事になった。

 間を取り持ってくれたのは新婦の友人である滝川千種さん。僕の養母の亡き御夫君の残した娘で、僕は滝川の姉と呼んでいる。

 僕が入ったのは新婦側の友人席。僕以外は全員女性で、新婦とは大学の同期。中でも新婦の掟さんと滝川の姉は同期の中での抜きんでた存在で、白の女王と黒の女王と呼ばれていたらしい。

「T大法学部の白の女王と神林家の城の女王が嫁と姑になるんだな」

 そう言って笑ったのは新郎の父親でもある瀬尾総一郎前総理だった。既に隠居の立場だからと第一部には顔を出していなかった。

「新婦側も父親が不参加だからバランスを取っただけだよ」

 とは息子の瀬尾矩総官房長官の言であったが。

 会場には瀬尾総一郎氏の子供たちが勢揃いしている訳だが、

「母親まで同席するのは極めて珍しいわね」

 と千種さん。

 瀬尾総一郎氏が少子化対策として提唱していた共同保育の理想的なモデルがここにある。

「テーブル単位でグループ化されているけれど」

 一番目のテーブルは西条家。有名な建築士である西条志保美さんとやはり有名な双子。姉の総美さんの相棒で、弟の総志さんの妻となっている沙也加さん。彼女が産んだ双子。瀬尾総一郎氏が総理在任中に生まれた初孫である。

「総志さんが抱いている青い服の子が妹さんで、沙也加さんが抱いている赤い服の子がお兄さんですね」

「多分正解だと思うけれど、どうして判ったの?」

 と滝川の姉。

「一般的に女の子は父親に懐き、男の子は母親を好む傾向にありますから」

  同じテーブルには同性パートナーであるみちるさんと娘の恭子さん。兄総志さんの薫陶を受けてバスケのプロ選手として活躍している。この一家は単独で成立している。

 二番目のテーブルは滝川家。瀬尾総理の凄腕秘書として知られた千里さんと娘の万里華さん。そして千里さんの義姉にあたる翼さんとその息子の太一君。総一郎さんたちの高校の恩師で、子供たちとも校長として関与した。ここは諸々の事情で極秘扱いだ。

 三番目の瀬尾家は説明不要だろう。元ファーストレディの矩華さんの産んだ二人の子供。兄の矩総さんは父の政治的遺産を継承して官房長官を務め、妹の華理那さんは父の本業である(と称する)菓子チェーンの経営を引き継いでいる。矩総さんは美人で有名な希理華夫人を、華理那さんはパートナーの竜ヶ崎麗一君を同行している。今日は雛壇に祭られている神林の親子も、グループ分けの際にはここに加えられるらしい。

 そして最後尾の御堂家。本家を継いだ真冬さんは二人の子持ちで、兄の春真さんと妹の真梨世さん。そして異母弟の総一郎さんと異父妹の真冬さんを結び付けた黒幕の速水真夏さん。評伝では父親の秀臣氏が糸を引いたことになっていたが。そして速水姉妹の従妹である外科医の不破瞳さんと息子の皆人君。隣には真夏さんの娘の千秋さん。兄の貴真君の方は西条恭子さんの隣に交じっている。

 速水家と滝川家、不破家は御堂の縁戚で御三家と称される。それぞれの跡取である貴真君、太一君、皆人君はT大のバレー同好会に所属していて、つい最近まで神林先輩の指導を受けていた。バレー部員である僕もネットを挟んで対峙したことがある。

 和やかな披露宴の後、何故か有志メンバーでバレーの試合を行う流れになった。一部の会場は希総先輩の専用練習場だったのだが、既に使える状態に戻されていた。これが神林クオリティか。

 神林先輩と西条沙也加さんがセッターを務め、先輩の高校時代のチームメイト五名とその彼女、そして沙也加さんの相棒で義姉の総美さん。そして最後の一人で僕が入る。審判を買って出たのは先輩の祖父神林俊樹氏。つまり現職のバレーボール協会長だ。

 これが単なる余興で終わらないことは着替えの時に気が付いた。先輩のかつてのチームメイトたちは体を万全な状態に仕上げて来ていた。就活でしばらく体を動かしていない筈なのに。余興なら新郎が参加するなんてそもそもあり得ないが。

 僕は神林先輩のチームで対角を任された。ツーセッターにするらしい。相手方の沙也加さんチームも同じツーセッターを選択したが、こちらが後衛のセッターがトスを上げる攻撃的な戦術なのに対して、向こうは前衛のセッターがトスを上げる様だ。

 男女混合なのに全く見劣りしない。それもそのはずで、ゲストの女性たちは強豪A大のバレー部の歴代主将とエース。一番上は総美さんと同学年で高校時代にしのぎを削ったライバルだったという。そしてそれを束ねるセッターの沙弥加さんは、コート上の小さな女王様の異名で呼ばれ、身長がもっとあれば確実に代表選手に選ばれていたと言われる。

 どうにか足を引っ張ることなく試合を終えた。後で試合の映像を見せてもらったが、大きなミスは無かったものの、もう少し攻めたプレイが出来たと思う。

「お疲れ様」

 僕にタオルを渡してくれたのが御堂真梨世嬢である。

「もしかして、真遠美芹さんですか?」

「どこでその名前を?」

「水瀬麻里奈さんの舞台でお見掛けしました」

 入手困難と言われるチケットは養母の知人から譲り受けた。空席を作ると次のチケットが手に居られなくなるから代わりに行ってほしいと言う事だった。

「水瀬さんについては多少の情報が取れましたけれど、仮面の歌姫に関しては全く情報が無くて・・・」

 神林先輩に当たってみたが、

「うちの検索で引っ掛からないとすれば理由は二つ」

 一つは本名でない。仮名での活動がメインの人物にしても、本名が非公開なら詳しいプライベートは出て来ない。そしても一つは情報へのアクセス権限がない。より高い権限を得るには対価が必要になる。その対価は金銭ではなく情報で支払わなければならない。僕個人にさほどの情報価値はないが、岩城家ならば話は別だ。

「そこまでする価値はあるかな?」

 その後ネットで真遠美芹の名で投稿された動画を見つけた。顔の上半分は仮面で隠れていたが、口元が確認できた。その口元が真梨世嬢とよく似ていた。何よりもその声が。

「知り合いならすぐに気付くレベルだけれど」

 と真梨世さんは笑う。

「海外留学というのも声楽の勉強なんですね」

 御堂家は家風として楽器を一つ学ぶ事になっている。春真さんは家にあった楽器を片っ端から弾きこなし、ピアノとバイオリンは独学でプロレベルだと言う。そして妹の真梨世さんは自らの体を楽器とみなして声楽の道を選んだ。家が金持ちだからできる選択ではあるけれど、僕はそれを言う立場ではない。

 彼女とはこの時に連絡先を交換したのだが、直ぐに留学先へ戻ったのでしばらく電話だけの関係だった。通話料が跳ね上がったが、養母からは特に何も言われなかった。


 状況が大きく動いたのは八月。

 誕生日の頃には帰れるだろうとは聞いていたのだが、

「随分と慌ただしいですね」

 と言ったら、

「私の所為じゃないのよ」

 と唇を尖らせた。

「兄が楽団所属の話を持って来て」

 音楽学校に明確な卒業は無い。まして声楽ともなれば肉体が資本のアスリートに近いので職にありつけるなら早いに越したことはない。

「マエストロが私に附いて日本に来ると言い出したから」

 真梨世さんの指導教官はかなりの大物だったので、調整に時間が掛かったらしい。

「それで今日はこれからどこへ?」

「実は西条の兄からインターハイの試合を見に行かないか誘われたの」

 総志さんの母校である南高の試合である。ただしこれから行くのは女子バレー部の初戦。つまり総志さんの妻沙也加さんの後輩たちになる。

「引率としてベンチに座るのが義姉さんの従妹であるつなねえ、野田刹那さんなのよ」

「野田選手って確か御堂大学でしたよね」

「ええ、この四月から母校の体育教師になっているの」

 総志さんと沙也加さんの他に、沙也加さんの後輩の鶴田愛さん。そのかつてのライバルで大学では相棒だった菊池羽衣音さん。真梨世さんの高校の先輩でもある。そしてお二人のパートナーで、神林先輩のチームメイトだった松木さんと桜塚さん。合せて八人で観戦した。

 僕の右に真梨世さん、左に沙也加さんが座る。沙也加さんの左には総志さんが居て、その向こうには菊地さんとツレの桜塚さん。真梨世さんの向こうには鶴田さんとツレの松木さんとなる。

 僕は沙也加さんとバレーボール談義を繰り広げ、たまに真梨世さんに話を振る。デートってなんだっけ。

「南高の女子バレー部って、地味に強いですね」

「守備力の高さは私たちの頃からの伝統だけれど」

 沙也加さんの時代には総美さんと言う絶対的なエースが居て、とにかく上げさえすれば沙也加さんと総美さんで点に繋げると言うシンプルなスタイルだった。

「攻撃が多彩になったのは、二年遅れて入って来た希総の影響ね」

 神林先輩も春真さんと組んでいた頃はシンプルな戦い方であったらしいが、

「その辺のことは美津流が詳しいわね」

「我々が不甲斐ないから」

 と真顔で語り始める松木さんだが、

「セッターとしての神林希総はあの時代に完成したのだから、卑下することはないのに」

 とフォローを入れる桜塚さん。その当時は敵として対峙し、共に戦うために同じ高校へと入った人物だ。

「真梨世さんはバレーは?」

「私はあまり運動が得意ではないから」

「比較対象が高すぎるのよ」

 と沙也加さん。

 長姉の総美さんはバレー部のエース。次姉の万里華さんは良く判らないが、直ぐ上の華理那さんはミスパーフェクトと呼ばれるほど頭も切れて運動も得意だ。下の恭子んさんに至ってはプロのバスケ選手である。

 試合後に刹那さんを囲んでの慰労会。残ったのは西条夫妻と僕と真梨世さんである。

 沙也加さんが試合の講評を始めて、刹那さんと真梨世さんはそれを拝聴している。

「真梨世と話さなくて良いのかい?」

 と総志さんに声を掛けられる。

「これから機会はいくらもでありますから」

「君は希総に似ているな」

 それは真梨世さんにも言われた。但し背負うモノが無いから軽いとも。

「それは褒め言葉だと思うぞ」

 春真さんは最前線で指揮を執る事を好むので、後方司令部に僕を配置したいらしい。本来なら御堂家の御三家と言われる人間の役回りなのだろうけれど、速水貴真君は自分の家が最優先で、不破皆人君はそもそも司令官向きではない。滝川太一君はラインよりもスタッフに向いていると言うのが長兄の総志さんの評価だ。

「春真さんの狙い通りになるかどうかは真梨世さん次第ですけれど」

「嫌な事は絶対にやらない子だよ。あれは」

 と総志さんは笑う。

 総志さんと軽い雑談に及んだが、スペックの高さとそれに溺れない謙虚さに感銘を受けた。

結婚式ネタからの・・・。

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