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外伝 2・第四の男

外伝1の続き。

タイトルが難しかった。

 研修は六月に入った。

 その日の講師はロジスティクスの第一営業課長日笠満月。初対面は望月だけで、希総も冒頭だけ顔を出してすぐに退室した。

「では神林ロジスティクスがどういう会社か答えられるかしら」

 と問われた望月は、

「契約農家と飲食店をダイレクトに結んで食料提供を行う。と言うのは模範解答かと思いますが」

 と回答し、

「実情はビッグマザー、神林希代乃さまが息子の為に美味しい食材を安く集める事を目的として創設した会社」

 日笠女史は怪訝そうな表情を浮かべて、

「そう言えば若い頃に食材を配達に来た事があったわ。ここでは無くて別邸の方だけれど」

 時期を聞いて、

「それなら俺たちも参加していた部活動の祝勝会ですね」

「それならば帰り道にすれ違ったマイクロバスの中に貴方たちも居たのでしょうね」

 と満月。

「社長とはいつ頃から?」

 もはや雑談である。

「出会ったのは中二の春ですね」

 と松木。

「そもそも神林の御曹司が公立の中学に通っていること自体が異例だったのですが」

 希総の母希代乃までは、中学から私立のお嬢様学校へ通っていた。性別の違いがあったとは言えど、

「バレーボールをやらせる事が一種の帝王学で、俺たちを拾い上げたのもその一環だったと言えるのでしょう」

 一時的な戦力で終わらずに進学校である南高まで共に進んだ彼らの努力は評価されて良い。

「大学は別々だったので直接会う機会は減りましたけれど」

「南高は、私の頃よりも偏差値が上がっていたからねえ」

 と満月。彼女も南高の出身で、しかも大学は三人の彼女と同じA大であった。

「何とも奇遇ねえ」

 ここで掟が現れて、

「食事の支度が出来ました」

 いつもならば二階の別部屋で食事になるのだが、

「今日は一階よ」

 と言われた三従士は、

「分かりました」

 と言って大食堂へ向かう。

「勝手知ったるね」

 と苦笑する掟に、

「ご結婚おめでとうございます」

 と声を掛ける満月。

「ありがとう。日笠さん」

 掟は婚約者として系列企業のパーティで紹介されていたので満月とも面識がある。

「奥様は社長といつごろから?」

「私が大学一年の時、兄の矩総くんから紹介を受けて」

「社長はまだ高校生ですよね」

「三つ違いだけれど、年の差を感じたことはないわね」

 と若干の惚気が入る。

「あの神林希代乃を母に持てばいやでもああなるのでしょうね」

「父親の、瀬尾総一郎氏の影響は?」

「日笠さんは、瀬尾の小父様と会った事は?」

「課長になった直後、総理になられる前に一度だけ」

 青年党の党首として世に広まっていた印象と随分違って戸惑ったという。

「あの方は、その時々の立場で周囲に与える印象が変わるから」

 と笑う掟。

「俺は子供の教育には口を出さないけれど、唯一教えたのが喧嘩の勝ち方だ」

 と言うのが総一郎の口癖だった。

「男の子はそれで良いのかもしれないけれど、女の子は?」

「同じですよ。喧嘩と言っても腕力頼みと言う訳では無いですから」

 力任せの解決は下策。重要なのは相手の戦意をくじく事。そして何よりも勝ち過ぎない事。

「やり過ぎると、周りから祭り上げられて厄介な事になるから」

 と笑っていた。

「その点、希総君は周りの人間を使うのが特にうまいわね」

 その典型があの三人だろう。

 二人が大食堂に着くと、三人組は既にテーブルの左側に着席して、中央に座っていた希代乃と談笑していた。

 満月は空いている右側の手前の席に座ろうとしたが、

「奥へどうぞ」

 と勧められる。

「そこは社長の席では?」

「今日は年齢順です」

 と笑う掟。

「今日は私的な食事会なので席次は年齢順です」

 掟はそう言って真ん中の席に座る。

「お子さんは今年から小学生ね」

 と声を掛けられた満月。

「ご記憶でしたか」

「貴女を今の職に付けたのが私の最後の仕事だったからね」

 満月の息子は今六歳。予定日の一ケ月前に産休に入り、出産から半年間は育休をもらった。この間は規定により給与は全額保証された。これは希代乃自身が受けた待遇で、後に続く女性社員たちの最低保障となっている。これを過ぎると最大二年、半年ごとに保障額は一割減になる。つまり半年目から一年までは九割、次の半年は八割、そして最後の半年は七割となる。仕事に復帰した場合、社屋内に保育施設を完備していて保育士が面倒を見てくれる。

 満月の場合、リモート勤務で復帰を果たし、そこから一年半たって二歳になった時点で復職し課長の辞令を受けた。希代乃はその後二代目に社長を譲って会長となり、大学生になった希総が専務取締として役員入り。四年経って大学を卒業してこの春に社長就任となった。

「来たわね」

 希総が料理を乗せたカートを押して入って来た。配膳は付き従っていたメイドに任せて空いている席に座る。

「では頂きましょうか」

 と希代乃。

 メニューはパスタとスープ、そしてサラダである。

「食材はほぼ自社調達です」

 と説明する希総。報告口調で母と息子の会話には聞こえない。

「ほぼ?」

 と希代乃が反応する。

「小麦粉ですね。残念ながら大手と価格競争で張り合えません」

 と満月が代わって答える。

「小口で扱ってはいるのですが」

 割高なので、国内産にこだわる店にだけ卸している。

「同じ主食でもコメは用途が限定されるので扱いやすいのですけれど、小麦は用途が広くて」

 コメは炊いて食べる物と餅にするものの二通りで済むが、小麦粉となると用途に応じて多様だ。

「総一郎様からも普通に出回っているモノで良いからと言われたわね」

 初期に総一郎の菓子店の為に特別な小麦粉を調達しようと計画したが、やんわりと退けられたらしい。

「ああ既にやらかしていましたか」

 と笑う希総に、

「そう言う言い方は無いでしょう」

 とむくれる希代乃。仕事では滅多に見せない表情である。

 食後に紅茶を一杯飲んで、

「私は出掛けるから」

 と言って希代乃は席を立った。

「訊くべきではないのかもしれませんが」

 と満月。

「会長はどちらに?」

「鎌倉ですよ」

 と掟。

「今日はお誕生日ですから」

「鎌倉と言うと、前総理のお宅ですか」

 と察しの良い満月。

「それであんなにご機嫌だったのですね」

 クールな希代乃しか知らない満月はそのギャップに困惑していたのだ。

「父と二人きりの時はもっと凄いらしい」

 と笑う希総。

「このランチもお祝いだったのですか?」

「まあそんなところですよ」

 と希総。

「会社としては何かやらないのですか?」

「母は企業としての神林と、神林の家との分離を己の使命と心得ていますから」

 希代乃としてもイエスマンに囲まれておべっかを使われるよりも、愛する人と一緒に気の置けない時間を過ごす方が遥かに快適だ。


 六月下旬。三従士は最後の研修に向かった。

 現場は浦賀特別市。房総半島と三浦半島に跨る市域の房総側に建てられた神林マテリアルの工場。その一角にある研究施設である。

 マテリアル社は警備保障と並んで情報管理が厳しい。警備保障が顧客関係の情報、つまり外部から入ってくる情報なの対して、M社の方は内部で発生する情報である点が異なる。

 内容は情報管理。指導担当は情報管理課長の村坂真一氏。その昔に希代乃が会社ごと買収したITベンチャー企業の主力メンバーの一人であった。本来ならもっと上の役職でも良いのだが、本人がなるべく現場に近い所でと希望したので今の地位に留まっている。

「技術的な事はこの短期間で習得できるものではないのだが」

 と切り出す村坂氏。

 三人は理系だがそれぞれ専門が異なる。松木はM大の応用化学科の出身なので、ここの研究員としても働くことも出来る。大鳥はH大の電気電子工学科なのでハードが専門。望月はR大の数学科でソフトの専門。情報管理についてもある程度の知識を持つ。

「諸君がどの程度の情報に接する事になるのかは知らないが、まずは情報管理に不可欠な基本原理をざっくりと学んでもらう」

 情報と言うのは知っている人間が少ないほど価値が高く守り易い。情報の価値は正確であるほど価値が高く、それ多くの情報源を確保しておく必要がある。

「その二点は若干の矛盾をはらんでいませんか?」

 と松木。

「その通り。情報管理の原則は入力と出力の管理。誰がいつどのようにそれを行ったかを記録しておくことにある」

 そしてしばしば見落とされがちなのが、

「必要な情報だけを素早く取り出せるように整理整頓する事だ」

 技術的にはここが肝になる。

「一つの情報に対して二つの要素が付与される。正確性と重要性だ」

 直接見聞きした情報は伝聞情報よりも正確性が上になる。M社で扱うような科学データであれば、実験の裏付けがあるかどうかがポイントだ。

「客観的に分析できる正確性に対して、重要性は多分に主観的だ。情報をやり取りする際にはこの重要性の差が価値を産む」

 出し手にとって重要でない情報も、受け手にとっては重要であることがある。またその逆もしばしばだ。

「我らが女王陛下は情報の重要性を実によく理解しておられる」

 複数形で表明することで同志感を出そうとしたのだが、

「うちのボスと面識は?」

 と訊かれて当惑する。村坂にとっては希代乃が主君だが、三人の忠誠心は息子の希総の方にある。

「黒太子殿下とはボスの仲介で四年前に」

 希総は彼らが希代乃と交わした契約を引き継ぐと明言した。

「その契約の詳細をお聞きしても?」

 と望月。

「個人の利益、会社の利益、そして社会の利益のバランスについて」

 社会に不利益を与えない限りにおいて神林の利益を最大化する事。裏を返せば、神林の利益を優先して社会に損害を与えてはならないと言う事。そして、

「会社に損害を与えない限りにおいて、個人の利益を最大化してよい」

 これを聞いて、

「村坂さんは俺たちと違って、神林の看板が無くても生きていけますからねえ」

 と自虐的になる松木。

「それでも、ここまでフリーハンドでやらせてくれるのは他にないよ」

 仲間内で会社をやっていた頃は会社を維持するために成果を出すことが優先されたし、また資金が無くて出来なかったことも今は思うがままだ。

 そして研修最終日。村坂の背後から現れたのは、旧友の桜塚政継であった。本社採用だった彼は来月、と言っても既に明日の事だが、このマテリアル社に配属されて村坂の直属となると言う。

「午前中は自習にするので、旧交を温めていてくれ」

 と言って村坂は退室した。停滞していた仕事を片付けたいらしい。

「ここが第一希望だったのか?」

 と松木。

「いやあ。第一希望は警備保障だけれど、通らないことは判り切っていたから」

 と桜塚。

「若き新社長の御友人が新入社員で来たら、使い難いだろうからなあ」

 高めの第一希望を掲げて次善の第二希望を勝ち取った訳だ。

「君らと一緒で、どうせ一通り回る事になるのだから、速いか遅いかの違いでしかないさ」

「凄い自信だな」

 桜塚と三従士では期待される役割が異なる。三従士が求められているのは参謀役(スタッフ)だが、桜塚は現場指揮官(ライン)としての採用だ。それは高校時代からの習いである。

「梅谷はどうなった?」

 と大鳥。

「あいつは本社の法務部勤務だよ」

 T大法学部卒で司法試験合格者なので新人の中では別格扱いだ。

「結局、あいつがダルタニャンかな」

 と桜塚。

「自分じゃないんだ」

 と揶揄う望月に、

「俺はロシュフォール伯爵の方が好きなんだ」


三銃士に当てはめると、

アトス=松木

ポルトス=大鳥

アラミス=望月

になります。

希総は当然類14世太陽王ですね。

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