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弾丸計画

 社会人二年目のGW、御堂春真は妻の実家である室町本邸に居た。この時期は夫婦の記念日(入籍は春真の誕生日である三月だが、披露宴GWだった)なので旅行していることが多い。

 目的の一つである義祖父道長翁の墓参りを終えて戻ると、

「御堂様にお目にかかりたいと言うお客様が居るのですが」

 軽い気持ちで応じたが、思ったよりも人数が多かった。ほとんどが顔繫ぎで、具体的な仕事の話は出なかったが、

「次回からは事前にアポを取ってもらう事にしよう」

「この家がこんなに賑わうのはお父様が亡くなって以来だわ」

 とこの家の現在の主である朱鷺田道代。夫は既に亡く、遺産として引き継いだ室町殖産は一人息子が社長を務めている。

「君は関西経済界に置いて父の跡を継ぐものとして注目されているのだよ」

 と長男の勝長氏。道代さんと共に春真の義母道香とは同母なので関係は悪くないが、あまり話したことはなかった。

「お疲れで無ければ私も会ってもらいたい人間が居るのだが」

「用件の内容次第ですね」

「君が買収したバレーボールチームの件なんだが」

「詳しくお聞きしましょう」

 春真は経営不振に陥っていたSVリーグチームを買収した。新しいチーム名はMMMマグナムズ京都。通称M4である。元のチームが関西に拠点を置いていた事もあって、室町家の地元である京都をホームに設定したのである。

 新チームは、旧チームの選手のほぼ全員と再契約し、他チームから数名の選手を獲得し、新人を一名加えた。

 移籍組の一人は高校の後輩である柳原高弘。世代代表を経てA代表にも招聘される若き天才セッターである。春真とは三学年違うので直接の交流はないが、兄の高之とは同級で大学でも同期だった。四年の時には助っ人として箱根を走った仲間でもある。そして新人として獲得したのが王島茂治。この三月に室町学院大学を卒業した。弟希総の世代で最強のアタッカーで、高卒でも十分にプロ選手として戦えたはずだが、中学からの給費特待生だったことから大学まで残った。と言うのは表向きで、大学生として同学年のライバルだった神林希総と戦うのが目的だったらしい。二年時にはユニバーシアード大会で味方としてプレイしている。

 王島は中学でバレーを辞めた春真にとって最後に戦った相手になる。

「御堂さんは選手として参加しないのですか?」

 入団会見の後、王島は真顔で聞いてきた。

「オーナー兼選手と言うのは話題性はあるが、登録人数に上限があるからねえ」

 と冗談交じりに交わす。実際、バレーからは離れたが、運動そのものを辞めた訳ではない。中学時代よりも背は伸びて、身体能力は遥かに高い完成度に到達している。

「正直なところ、仕事としては割に合わないかな」

 彼が仕事で稼ぐ金額を時給に落とし込むと、他の選手よりも高い年俸になってしまう。

 新チーム結成直後に春真が選手たちに指示したのは総合健診からのオーバーホールである、長年の選手生活で痛めている個所を修復し、同時に適宜強化メニューを提示する。状態に応じて、軽いメンテナンスで済んだ選手から、一カ月コース三カ月コース。最長の六カ月コースまで様々だった。シーズン開始間でも万全の状態に仕上がれば上々である。

 今回の京都旅行も、メンテナンスのみで自主練を行っていた二選手と、一カ月コースを終えた数名を伴って移動バスでクラブハウスへ送迎するのが目的の一つであった。選手たちの宿舎であり、ホームコートもすぐ近くに併設されている。

「勝長伯父様がバレーに興味がおありとは知りませんでしたわ」

 と探るような美紗緒。

「バレーボールには疎いが、何か我が百貨店でも協力できないかと思ってね」

 百貨店業界も大変らしい。

「グッズを開発して売り出す予定ですが、果たして御堂百貨店に置いて大丈夫なモノかと思案していたところです」

「それは是非一枚噛ませてもらいたいものだ。担当者を呼ぶので会ってくれ給え」

「それは願ってもない話ですが」

「実はもう呼んであるんだ」

 と別室に通された。

「勝長伯父さんって、こんなやり手だったかしら」

 と美紗緒がぽつり。

 待っていたのは広報と販促の担当者で、

「押しかけてきて申し訳ありません」

 勝長氏が呼びつけたというのはどうやら正しくない様だ。

「実はマグナムズに関して当百貨店に問い合わせが殺到しているのです。グッズを扱っていないのかと」

 と販促担当。

「うちの顧客層は室町グループ内部の距離感をあまり理解していないのですよ」

 と広報担当。敢えて説明を省いていると言うのが正しいのだろうが、

「御堂にはこの手のノウハウがないので、ご協力はありがたいですけれどね」

 チームスタッフも一部は継続雇用しているが手薄なのは否めない。

「そんなにぶっちゃけて良いのですか?」

 と相手側が苦笑する。

「担当に繋ぐので詳細はそちらと話してください」

 春真は事務所に電話を入れて確認を取る。

「丁度担当が居るようなので、引き合わせます」

 二人が乗ってきた車で事務所へ同行した。担当者を引き合わせた後、春真は選手たちの練習を見る為に体育館の方へ移動した。

 残された事務担当は室町百貨店との提携により目下の懸案に解決策を見出した。すなわち旧チームの在庫グッズの処理である。

「染め直せばいい」

 と言うのが販促担当の提案だった。新チームのユニフォームは藍色で、呉服屋を起源とする室町は藍染職人の伝手がある。それ以外のモノについても様々な手法での再利用が提案された。

 初期ロットと呼ばれたこの商品群はシーズンが開幕する前に売り切れてしまった。

「何とも複雑な気分です」

 と担当が漏らした。

「この手のグッズと言うのは新規顧客が増えない限り需要に上限がありますから」

 と慰める販促担当。

 百貨店側からは西陣織のタオルとか、家で着られる甚平とか。新たな商品の提案も出た。

「若干お高くなりますが、むしろ京都人はそう言う所に付加価値を見出すと思います」

 グッズ販売で客足が戻り、百貨店本体の売り上げも回復基調だと言う。


 話を春真の方へ戻す。向かった先は一見すると大寺院に有りそうな回廊。一歩入ると中は近代的な造りで、内側は大きなガラス張り。回廊に囲まれた中庭の中央に大きな寝殿造りの建物。これが体育館ではなく、本体は地下にある。これは神林邸にある希総専用の施設と同じもので、周囲に客席がある分だけ規模が大きい。どちらも西条志保美の設計である。元は多目的施設として計画していたモノを一部設計を変更した。遠征中にはイベント会場として利用する予定で、夏には御堂楽団のコンサートも企画されている。

 関係者用の東門から入り、入口で用意してきた内履きに履き替える。階段を降りて地下道を進むと体育館へ出る。選手たちが三対三の実戦形式で練習していた。

 選手の様子を見ていたトレーナーが春真に気付いて、

「君。勝手に入って来ては駄目だよ」

 と注意してくる。

「その人はオーナーですよ」

 と選手の一人が声を掛けた。

「皆調子が良さそうですね」

 恐縮するトレーナーを宥めるように応対する春真。

「この時期としては良過ぎるくらいですよ」

「飛ばし過ぎて本番までに息切れしない様に手綱を握って下さい」

 と注文を付ける。

 試合が一段落ついて選手たちが集まってくると一人一人に声を掛ける春真。

「王島君のフォームが変わっているな」

 と指摘すると、

「南高で鹿角先輩と八橋に会いまして」

 と答えたのは柳原。

「例の柔軟処理を施されたのか」

 希総が最も重視したのが身体の柔軟さ。その為に南高のバレー部では柔軟体操、特に肩周りの筋膜外しと股割は入部早々の通過儀礼となっている。鹿角晃は柳原よりは一級上、希総の後継者としてインターハイの初優勝時の主将である。現在はT大バレー部の主将を務め、その技術は師匠をも超えていると言う。

「王島さんは、八橋に完封されまして」

 八橋尚武は柳原の同級で、T大へ進学した秀才組だ。その長身だけなく元からの柔軟さを買われてスカウトされたが、高一の時はまだバレーを始めたばかりだったので王島とはこの時が初対戦だった。

「甘く見ていた訳ではないんですが」

 と王島。

「お陰様で、型の拘束具が外れたかのように軽いです」

 と腕をぶん回す。

「剥した直後は感覚が狂ってぶっ放していましたけれど、一カ月の間に見事に順応してきましたね」

 と柳原。

「まだ六割程度に力を押さえいているから、全力で打ったらどこへ行くかわからないよ」

「いやその押さえた状態で以前を凌ぐ威力が出ていますから」

 肩周りの柔軟性を獲得したことで直前でのコースの打ち換えまで身に着けているのだから恐ろしい。

「折角だから少し打ってみませんか?」

 と柳原に誘われ、

「この靴だから全力は出せないけれどな」

 と応じ春真。

「近くで勉強させてもらいます」

 と真顔でブロックに入る王島。

 中学でバレーを辞めた春真にとって、王島は最後に戦った相手になる。試合は王島の学校が勝ったが、二人の対決では一級上の春真が勝っていた。剛の王島に対して柔の春真と言えば良いか。威力そのものは王島の方が上だが、春真のアタックを王島は止められなかった。手許で微妙に変化する春真のアタックは、王島の手を弾いて得点になった。

「長年の疑問がようやく解けました。まさかこんな高度な事をやっていたなんて」

 ピアニストである春真は指先の僅かな力の加減でコースを変えていた。判っていても止められず、また真似る事も不可能である。

「いやあ久し振りだったが上手く行ったな」

 バレーをやること自体は中学生以来だが、ピアノの方はずっと続けているのだから当然であるが。

「御堂さん。選手として参加すべきですよ」

 と前のめりの王島だが、

「スタミナ的に一試合持たないよ」

「箱根駅伝で区間賞を取ったのに?」

 とこれは柳原である。

「一定のペースで動き続けるのと、ゴーストップを続けるのでは勝手が違うよ」

 本音を言えば、彼が日常的に稼ぎだす収入を考慮すると割が合わないのだ。


 春真は商談を終えた百貨店の担当者と共に室町本邸へ引き上げた。

「商談はまとまったようですので、担当者には手当を出してあげてくださいね」

 と勝長氏に言うと、

「上手く行ったらボーナスも弾むよ」

 と返ってきた。

 室町百貨店は久しぶりに前期を上回る収益を上げて回復基調に乗った。


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