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新体制

 三月。御堂交響楽団の最初の一年が終わった。御堂春真は楽団メンバーを招集して、

「来期以降の予定を発表できることを喜ばしく思う」

 と切り出した。

「来期には六件の公演が既に内定している。詳細はこれから詰めるが、それに際して新たなメンバーを紹介する」

 彼の隣に既に座っているので全員がそれと察している。

「来期以降、この楽団の常任指揮者を務めてもらう柄谷卓人氏だ」

 若手ナンバーワンと言われて、海外で活動していた柄谷をどうやって引っ張って来たのか。それも興味深い所ではあるが、

「来季より諸君の指揮を任された柄谷だ」

 と就任挨拶を始める。

「僕がこの仕事を引き受けるに当たって二つほど条件を提示した。一つは予定された六回の公演に最低でもピアノ協奏曲を三曲入れる事。言うまでも無いが、その際のピアノは我らがボスに担当してもらう」

 この一言で楽団員から一斉に拍手が起こった。

「なお、六回の公演すべてに協奏曲を一曲入れる。ピアノ以外のゲスト奏者については現在事務方で選定中だ」

 そして、

「二つ目の条件だが、僕の作曲したオリジナル作品をこの楽団で発表する事だ」

 これが決め手だったらしい。

「曲に関しては近い内に披露したいと思う」

 ここから質疑応答。

「演目は誰がどのように決めるのか?」

「最終決定権は僕が持つるが、諸君から希望曲を募ってそれを参考にしたいと思う。なお、六月に予定されている新年度第一回については今年度に演奏した曲の中からチョイスしたいと考えている」

 同じ曲であっても指揮者が替われば印象が変わる。新体制のお披露目には最適である。


 柄谷卓人はピアニストを志して音大に入ったが、才能に限界を感じて指揮科に転科して才能を開花させた。卒業後は海外に渡って十年。名も売れて生活も安定してきたが新たな野心が生まれた。それが自分の作った曲をオケで振る事である。

 春真は第一回の公演が成功した直後から、来季を見通して常任指揮者を探していた。

 柄谷の持ち込んだ楽譜を見た春真は、

「いい曲だね。演奏が不可能と言う点に目を瞑れば」

 春真は演奏者の立場から楽譜に若干の手直しを加えた。

「この曲。御堂さんの所で演奏してもらえないだろうか」

「柄谷さんが指揮をしてくれるのであれば」

 ここからは互いの事務方の調整に移る。

 報酬は現在貰っている水準と同額。但し、公演ごとに売り上げの1パーセントをボーナスとして支給する。

「え。基準は収益じゃなくて売り上げなのか?」

「既に売り上げの5パーセントを団員へのボーナスに当てると言う契約になっているらしいわ」

 とマネージャー兼妻が答える。

「貴方の知名度が売り上げに貢献すると言う見込みらしいわね」

 元々団員の給与はさほど高くない。しかし住居である寮が光熱費まで含めて無料なのに加えて食事に寮で食べる分には格安。しかも健康を社是に掲げる御堂家だけあって美味しくて栄養のバランスも良い。更に演奏家にとって最も重要な練習場所が併設されているのが大きい。部屋は個室だが家族用のマンションが近くに確保されている。部屋は個室だが家族は近くに用意されたマンションに住む事が出来る。公演時に着る衣装は支給品であるし、部屋の掃除や洗濯もチケット制で、普通は毎月支給される無料チケットで事足りる。人によっては余っている人間から融通してもらって凌いでいる様だ。

「僕も寮に入る必要があるのかな?」

 と柄谷氏に訊かれて、

「基本的には独身寮の体裁だから」

 と夫人。

「練習施設の利用は可能になるらしいわ」

 現在でも、外部利用者は存在する。時間単位での課金が発生するが、将来の団員候補である音大生などには学生割引が適用される。

 楽団のそもそもの設立目的は若手演奏家の育成にあるので、寮に入れるのは三十歳までとなっている。募集時点での年齢上限も三十歳であったが、三十五歳までは契約更新が可能となっている。なのでメンバーに入れ替わりはまだ先の話だ。

「初期投資はまだ回収できていないのだろうなあ」

「最短で十年。二十年以内には回収出来る見込みだそうだけれど」

「御堂氏はまだ二十代だから回収が終わってもまだ四十代か。若さはそれだけれ強みだなあ」


 柄谷の妻は夫の契約を円満に終了させて帰国の手筈を整えた。

 帰国の翌日には春真夫妻との食事会が催されて、春真が自ら車を運転して迎えに現れた。

「静かな良い店ですね」

 彼ら以外には客が居ない。

「ここは普段はランチをやっていないので」

 つまり柄谷の為に特別に開けてもらったのだ。メニューは店にお任せだが、事前に嫌いなモノ食べられないモノは事前に調べて除外してある。

「僕たちは外遊中の瀬尾総理にお会いしたことがあって」

「そうですか。俺たちは在任中にはほとんど会っていなくて」

 と春真。

「まあ母は別でしょうけれど」

「顔立ちは良く似ておられますね」

 と夫人に言われて、

「こうすれば特に」

 手で口元を隠す。春真のアヒル口は母真冬譲りと言うか、御堂家の一族に共通する特徴である。

「ただ、面と向かって指摘された事は初めてですね」

 身内ならばわざわざ話題に出さないし、他人なら気を使ってそこに触れない。

「失礼を申しました」

 と恐縮する夫人に、

「いえ、お気になさらずに」

「お二人はどうやって知り合ったのですか」

 と話題を変える美紗緒。

「大学時代の合コンで」

 と柄谷氏。

「私の方が一つ上なのですけれど」

 と夫人。

「僕がピアノで行き詰っている時に、指揮者と言う新たな道を示してくれたのが彼女でした」

「良い話ですね」

「まあ結婚に至るまでには紆余曲折が有ったのですけれど」

 と頭を掻く柄谷氏。

「合コンと言う点では私たちと同じですね」

 と美紗緒が言い出して、

「え?」

 キョトンとする春真。

 春真と美紗緒の出会いは、誕生会と言う名目で行われた美紗緒の婿探しパーティであった。だが誕生会と言う立て付けだったので美紗緒の友人も数多く招かれていた。

「あのパーティをきっかけにお付き合いを始めたカップルも居たのですよ」

 と美紗緒。

「結婚に至ったのは今のところ私達だけですけれど、女性側の卒業を待って入籍する予定のカップルが私の知る限りで三組います」

「全然気が付かなかったな」

 と苦笑する春真。

「後でお義姉様に言われたけれど、あれは一番くじが早々と出てしまったビンゴ大会みたいなモノだったわ」

 と美紗緒が笑う。お義姉さまとは、来客として来ていた希理華の事である。

 要するに本命の美紗緒の相手が早々に見つかったので、招かれた良家の子息たちが美紗緒の学友たちに矛先を向ける形になったのである。


 言うまでも無いが御堂財団理事長としての春真の仕事は楽団の運営だけではない。

 各理事が最低一つ、多いモノは三つほどの担当案件を抱える。理事本人が立案したモノや現場からの発案もあるが、一番多いのは前任者からの引継ぎ案件である。その中には平理事時代の春真が立ち上げたモノもある。提案者がそのまま担当にならない事も多いが、それはある種の癒着を避ける為である。

 理事長である春真が主導するもう一つの企画が四国一周お遍路駅伝である。基本ルートは四国四県の県都を結ぶ三つの国道、つまり徳島から高松を経由して松山に至る11号、徳島から高知に至る55号、そして高知から松山へと至る56号の三本である。合算すると800キロ弱。これを一回の大会で回るのは現実的でないとして、四分割して四年掛けて一周しようと言う方向で纏まりつつある。

 スタートは一番さんと言われる鳴門市の霊山寺。札所はそこから吉野川北岸を西へ並ぶのだが、駅伝としては東へ向かって11号へ入ってそこから南へ進む。徳島市で55号へ入って高知の安芸市まで。その先はまだ交渉段階だが、安芸市から55号を通って高知市に至る。そこから56号へ入って愛媛県の宇和島市まで。宇和島市から松山市までは11号を進み、そこから196号を進んで今治市を経由。西条市で再び11号に入って、南海州の州都である四国中央市まで。そこから11号を東へ進んで一番さんへ戻る。これが概略である。

「結果オーライかも知れないな」

 と春真。

「四年掛けて一周する頃には大会も定着しているだろうし」

 予算も四年分を確保しておけばその後の展開も楽になる。

 駅伝と命名しているが、実際のリレー方式は若干異なる。中継地点を明確に定めずに、交代は各チームの判断による。選手は全員がバスに乗って待機する。

「カーゴ方式とでも言えば良いかな」

 襷にGPSを付けて位置情報を常に大会本部に伝える。各選手もGPS機能を持たスマートウォッチを装着して、ここの健康状態を把握すると同時に誰が走っているかを確認できる。ランナーにはインカムを装着させてカーゴ内の監督の指示を受けられるし、交代もインカムを通じて相談して決められる。普通の駅伝でインカムを使おうと思えば走る選手の数だけ必要になるが、カーゴ方式なら走っているランナーと次のランナー用の二つで済む。走り終わったランナーは合流して次に走るランナーに渡せばいい。

 企画段階で出た意見を紹介しておこう。

 一つは女性選手を入れるか否か。春真としては女性の参加は構わないが、全てのチームに女性を加える事を規約に含めるかについては待ったを掛けた。

「女性がどの程度参加してくるか不明だから、女性枠の設定については参加者からの意見を聞いて次回以降に検討しよう」

 もう一つ議論になったのは、お遍路なのだから襷ではなく杖を持って走るのはどうかと言う意見だ。

「クロスカントリー系のレースだと両手にストックを持って走る場合もあるけれど、今回の競技はロードだから杖はどうだろうか」

 この件も一チームだけテストで杖を繋ぐと言う事で纏まった。




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