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Re'life

作者: 銀鈴樹

Re'life


A. Resonating life


もし仮に、私に翼があったとしても、こんなに息苦しい物を見ながら空を飛びたいとは思わないだろう。

面白味の欠片もない、檻にも似たコンクリートの箱達を上から見下ろす。

ビル風を受けるのは気持ちがいい。

下から巻き上げるような突風を肌に感じる。

今日はいい天気だ。

背中と両肘に付く冷たい柵の感覚と、

宙に浮くつま先、踵に感じる確かなコンクリートの感触の落差に酔いしれる。

一歩。足を踏み出せば良い。至極簡単な話だ。

そうすればここでは無いどこかに行ける。

きっと。


きっと。



「…時に、」

後ろから唐突に声をかけられ慌てて振り向く。


「君は死して何を遺す?」


「はい?」

裏返った声が出た。

それと同時にその声の主を改めて凝視する。

鴉のような人だと思った。

黒いロングコートに

吸い込まれるような黒髪のストレート。

黒に統一された革靴に鞄、

黒いニットがロングコートの間から

顔を覗かせている。

長い手足も、顔に浮かべた釣り上げたような下品な口角も、

全身を黒に包んだ細身の長身は鴉と形容するのが適当だった。


失礼。飛び降り自殺の邪魔をしてしまったね。ただ安心して欲しい。私は君の自殺を未遂に終わらせようと近寄ってくる

偽善じみた小バエなんかでは無いさ。


鴉でなく蝿という表現も適当かもしれない。

そう思った。


もう居なくなってしまう君とすこしお話をしてみたいとおもったんだ。

そのままでいいから少し、はなしてみないかい?


私は君の死自体には興味はない。安心して死ぬといい。私は君の死という名のエネルギーのベクトルに興味があるんだ。

まあ平たく言えば知的好奇心というやつだね。

死というのはエネルギーを持つと思うんだ。


わかるよ。

何を言っているんだこいつはって具合だろう?


特にそんなこと思ってはいないのだが、

その鴉はつらつらと話し始めた。


確かに、残念ながら世界は呪術廻戦やらワールドトリガーやらのように都合良くは出来ていない。


鴉はビルの下の交差点を指差す。


だが、例えばそこの交差点、今日あそこで交通事故で死者が出たらカーブミラーやガードレールが設置されると思わないかい?

他にも、

パンデミック禍において芸能人が死んだことによって世間のウイルスへの警戒心が向上したように、

ある社員が自殺したことによって働き方改革が起きたように、

銃撃事件をきっかけに宗教団体と政治家の癒着が明らかになったように、

人々は誰かの悲鳴ではなく

死の事実によってのみ耳を傾け、目を向ける。

人は苦しんでいる最中の人間の悲鳴には驚くほどに無頓着だが、命が失われると、途端偽善を振りかざす。

この情報溢れる現代、自己顕示欲のスパイラルの最中、1度だけ、君は命を捨てることで何かを訴える権利を得る。

私は寿命なんてチンケなもので死ぬ者を嫌悪する。

さて、私の話は終わったね。もう一度問おう。


「君は死して後世に何を託す?」

鴉の一方的な弁論が終わり、

少し、理解しようと咀嚼する。が、すぐに理解することを放棄し、質問に答えようとした。が、それもいまいち出てこない。

当然だ。自殺の直前なのだから。

それから少し、沈黙の時間が流れる。

…え?何の大義もなく自殺しようとしてたのかい?

大義とは何だろうか。少し経った後、頷く。

じゃあ遺書は?どこに?君の死後私が読んであげよう!

「…書いてません。」

やっとかろうじて声が出た。

え?これから自殺するってのに遺書も残してないのかい?

鴉は慌てた顔でそう言った。

待ちたまえ。そんな自殺は今すぐやめたまえ。

今ここで落ちたら私が末代まで呪うぞ。

失礼。不謹慎か。

君が末代かもしれなかったな。

どうあれ私が許さないぞ。

そういうとずかずかと近づいてきて、手を伸ばして来た。

その手を振り払おうと手を出した刹那、

万力の握力でその手首を捕まれ、

柵の内側まで引きずり込まれた。

強引で失礼。

私の都合で自殺未遂にしてしまった。

私も私の言う蝿の中の1人か。

けれどあのまま死んでも君は満足した死にならないよ?私が保証する。

立ち話も何だ。君の家まで案内してくれ。


見た目に寄らない鴉の剛力と、自分の家に案内しない鴉の図々しさに目を疑いながら、

柵に引きづられた横腹が

ズキズキと痛んでいた。


B. Reboot life


こんな見るからに怪しい見ず知らずの他人を家に上げてもいいのだろうか。

そんなことを思いながらも、

どうせ自殺しようとしていたのだと

半ば自暴自棄のように家に案内し、家に入れる。

お茶とお茶菓子を出してくれるかい?

人の家に上がり込んでおいて図々しい奴だと思いながら答える。

柿の種とビールでいいですか?

君はお茶と言われてビールを思い浮かべるのかい?あいにく私は下戸でね。

最低でもコーヒー、ひいては紅茶があると最高なんだが。

今うちにある飲み物はビールしかないです。

人なんて来たこと無いので。

コップに水道水で我慢して下さい。

…仕方ない。我慢しよう。

我慢だとは本当に図々しい奴だ。そう思った。



自己紹介をしよう。まず君から。

その口ぶりならば大抵の人は自分から名乗るのでは無いだろうか。そんなことを考えながら指摘も面倒だと思考を巡らせる。

水里 渚です。24です。会社員をしています。


…こんなんでいいでしょうか。

みさとなぎさか。いい名前だ。漢字はどう書くんだい?

みずに、理科の理の右側のさと。

なぎさはさんずいに者でなぎさです。

ほう。いい漢字を書く。描きやすくてそれでいていい名前だ。

鴉は懐から紙をだしペンで私の名前を書きながらそう言った。

趣味は?あるのかい?

趣味と言えるほどでは無いですが

曲を聴くことですかね。

ほう。いい趣味だ。

しばらく沈黙の中、ペンを動かす音が流れる。

…あなたは?

ん?何が?

あなたの名前!

ああ、そうだったそうだった

月見里 葵 と言う。


再び沈黙が流れる。

さっきと同じ形式にして欲しいのだろうかと思い、若干の苛立ちを抱きつつ、口を開く。

どういう漢字を書くんですか?

よく聞いてくれた。苗字の方は

月と見る、それと君と同じ里で やまなし と読む。

聞いた途端栓を抜いた排水溝のようにペラペラと言葉が出てきた。

へぇ〜月見里で、やまなし。そんな苗字あるんですね。

いや?ないと思うよ?

…意味がわからない。

どういうことですか?

いや、今私が作った苗字だし。

頭が疑問符でいっぱいになる。

月が見える里は山がないから、やまなし。

我ながらなかなか洒落てるだろう?

でも、今作ったんですよね?

ああ。もちろん。

偽名ってことですか?

まあ、平たく言えばそうなるかな。

…何か本名が言えない事情でも?

あると言えばあるし、ないといえばないかな。

本当に鴉みたいな人だ。そう思った。

言いたくないなら言わせる必要も無いだろう。

まあ、詮索はしないでおきます。

それで?葵の方は?

よくある、草冠にみずのとの葵だよ。

みずのとの漢字を思い出そうと

思考を巡らせる。

…本名では?

ないね。残念ながら。

そうですか。

では、なんと呼べばいいでしょうか。

好きに呼びたまえ。

葵さんでも月見里さんでもいいよ。

探偵さん。なんかも良いかも知れないね。

探偵なんですか?

違うよ?

ああ、この人との会話は真面目になりすぎない方がいい。そう心に決めた。

三度みたび、沈黙が流れる。

「…鴉。」

ん?からす?

はい。鴉と言いました。

私はあなたが鴉に見えます。

だから、私はあなたのことを鴉と呼びます。

…良いね。いいセンスだ。

そう呼んでくれて構わないよ。

ご趣味は?

人間観察…?あと漫画かな。

歳は何歳ですか?

いくつに見える?

…やっぱ良いです。


空のコップに水道水を注ぎながら、私は鴉に話す。

鴉さん。あなたいつもは何してるんですか。

…ん?お散歩。

違います。仕事です。し・ご・と。

柿の種を机に置き、座る。

ああ、齢屋という仕事をやっている。

…よわい…や?

そう。もう必要ない人から先の寿命を買い取って、生きたくても生きられない、欲しい人に売る。その手間賃で生計を立てているとも。

…それ、ほんとうですか?

ん?嘘だよ?まあ荒唐無稽な話だしね。

鴉の言う通り荒唐無稽な話なのだが、

何故か今まで話した中で

最も信憑性が高いように私は感じた。


…まあ君との間で私の仕事を持ち出すようなことはしないよ。安心したまえ。


…時に、これから私が君としたいことがあるんだが、

それをする前にいくつか質問をさせてもらっていいかい?

…静かに頷く。

君はこうしている今、今すぐにでも死にたくて仕方がないかい?

…どうせあなたはその腕っぷしで全力で止めて来るでしょ。

よくわかってるじゃないか。

鴉の長いまつげが揺れる。

2つ目の質問だ。なぜ君は死のうと思った?

…もうこれ以上生きていても苦しいだけだと思って。

オーケィ。じゃあ私のしたいことを話そう。


とりあえず、だ。

死にたい理由を明確に言えないようではいけないと思うんだ。向いている方向はどうであれそれではせっかくの殺意に失礼と言うものだ。

…だから、君の殺意の輪郭を知覚しに行こう。

なぜ君が漠然と死にたがったのか、

その理由を。

人の心っていうのは複合的なものだからね。

君は今、何を見て何を感じているのか。

どうってことない、普通の日常を私に見せてくれ。そして条件や因果を洗い出し、整理しようじゃないか。

さあ、人生を1ページ1ページ、右から左へと捲っていこう。左から右ではいけないよ。

文的でなく、理知的に、それでいて少しづつ、物語を巻き戻そう。

待ってください。もう少し具体的に説明してください。意味がわかりません。

まずはどこに行こうか。

やっぱり手始めに君の職場かなぁ?

ああ、聞こえていないんだなこれは多分。

そう心で感じ、口を閉ざす。

そうだね。君の職場に行こう。

服装的にも大方通勤中に嫌になって自殺を計ったんだろう?

いや、衝動的な感じもしなかったな。ギリギリとは言え君とは会話が成立した。

となるといつも通勤中あのビルに立ち寄って屋上で休憩していたのか。

そしていつ死のうかと決めかねていた。

どうかね?いい線いってるんじゃないかい?

呼び方を探偵に変更しても良いんだよ?



困った。ほとんど的中している。

が、癪なので。

「違います。たまたまです。」

とだけ答えた。


C. Referring life


自宅を出て、小走り気味の私の横を、鴉は、長い足を生かし、早めのウォーキング程度のストロークで並走していた。


時に、事前情報のすり合わせがしたいのだが

君はなんという会社に勤めているんだい?


…株式会社 lifeってとこです。そこで営業統括をしています。

…世界に100万社はありそうな名前だね。

なんの会社だい?

保険会社です。

なるほど。

lifeという言葉には、日々の暮らしや生活といった意味から始まり、人生や一生、生物単体、

果ては活力や生きがい、

ビジネスキャリア等まで多様な訳がある。

それらを食い物にする保険会社に付けるには

うってつけという訳か。

世界に100万個子会社が有るのも頷ける。

…ありませんしあったとしても他人の空似です。

他人の空似というのも言い得て妙だね。

他社の空似というのが適切だね。

…中学生ですか。

…まあそんな戯言は置いておいて話を戻そうじゃあないか。

話を逸らしたのは誰からだっただろうか。

そんなことを思いながら言われたとおり切り替える。

あなたが私の職場で私を観察したいってのは

分かりましたが、そんなに簡単に部外者が

社内に入れるとは思いませんが?

そこの心配はいらないよ。

私の友人にメールをしておいた。

鴉は懐から古臭いガラケーを取り出しながら言う。

今から上に掛け合って何とかしてもらうさ。

設定は、

「風通しの良い理想の職場に緊急取材!見学に来た記者」

ってなぐらいでいいか。

君とは古い友人という設定で良いかな。

…好きにしてください。

私はあなたのことなんて気にせず、

いつも通り仕事しますからね。

?もういつも通りなんかではないだろう?

8時出勤と仮定して既に無断遅刻3時間ってとこだ。

ぐっ…

まあいいよ。私のことは私がやるから。

君は一旦、君の人生を精一杯生きたまえ。


D. Real life

奇妙な出会いをした朝が終わり、

私は出社する。

上司に無断遅刻をしこたま言われ、

当然、いつもと同じ量の仕事が割り当てられる。


だが、一つだけいつもと違った点があった。

現場に復帰し、しばらくの時間が経った後、

私に近づいてくる人影がひとつ有った。

渚さん!この前は手伝ってくれてありがとうございました!

やっぱり事務の女の子だけじゃコピー機動かすのは大変で!

かっこよかったです!

あの後すぐ帰っちゃってお礼出来なかったので!

彼女は眩しいほど目を輝かせながらそう言った。

詩島しじま 陽璃ゆうり。名前以外の説明は不要だろう。

既に一連の会話で彼女自身の紹介は終わっているようなものだ。


まずい…このままこの眩しすぎる光を受け続けると私は消滅してしまう。

そう思いながらやっとの思いで

…ぁ…ああ。あれぐらいならいつでも言ってください。手伝いますよ。

よし。言えた。その意識が強すぎて彼女に何と返答されたかは記憶に無いが、

彼女は重ねてもう一度礼を言うと小柄なその身を翻し、そそくさと去って行ってしまった。

素晴らしい満足感だ。

このために生きていると言っても過言では無い。

去っていく彼女を目で追いながら幸福を噛み締める。

…好きなのかい?

影から鴉が出てきて投げかけて来たので、

…居たんですか。

と言い、少し返答に迷いながら、

…悪いですか。

と返す。

いや?いいと思うよ。

人の趣向に口を出すほど

大層な人生は送って居ないさ。

それよりも驚いたな。

君そんなに腕っぷしがあったのかい?

すこし、悩んだ末、答える。

…これでも中高6年間サッカー部だったんです。

舐めないでくださいね。

…腕っぷし関係ないじゃあないか…

詩島 陽璃。やはり罪な女である。


E. Repelled life

後の仕事はやけに捗り、明日に持ち越す業務は最小限に留めることが出来た。

君に想い人がいるとは思わなかったよ。

会社からの帰り際、鴉は私の横を歩きながら語る。

だからそんなんじゃないですって。

仲はいいのかい?関係性は?

…いや、業務連絡を交わす程度ですね。

…一時期は仲良くなろうと食事とか行ったこともありましたけど段々とお互い誘わなくなりました。

あとは恥ずかしながら彼女の表情豊かな日々の話す姿を横目で少々。いつも元気をもらっています。

なるほど?確かに。彼女の笑顔は太陽のようだ。

でしょう?

もう話していると全部の反応が可愛くて。

普段話している時のリアクションのリプレイが欲しいくらいです。


……リアクションのリプレイ、か。


暫くの沈黙が2人を襲う。


ところで葵くん。話は変わるが英語の接頭辞って興味深いと思わないかい?

…セットージ?…何ですか?

接する頭の辞書と書く。英語における接辞のひとつだ。この場合リアクションやリプレイの

頭の「リ」がそれに当たるね。

…ほう。

演じるという意味のactの頭に接頭語のreを付けるとReact 、反応するという意味になる。

他にも、playの頭にreをつけるとReplayになるように、接頭辞のReをつけることで繰り返しや後ろ、反対という意味が付加される。

…ふむ。なるほど。

…して、何処が面白いんですか?

接頭辞という概念ははラテン語や英語に多く見られる一方、日本語や韓国語といったそれらとは程遠い東洋でもよく見られるらしい。

日常に非をつけ非日常、比例に反をつけ反比例と言ったようにね。

不思議だと思わないかい?

遠い地球の裏側と言ってもいい場所と、

何故か似た概念がここにも存在するんだ。

まるで言語の壁を越えて、

見えない何かで繋がっているかのように。


そりゃそうです。人間というのは、ある一定のラインの中にいる事象全てを括り、画一化して扱う傾向があります。

人種差別なんかはその典型です。

「世界の何処に行っても人種差別が見られるのは不思議だ。」

などと言ってるようなものですよ。それは。

…ほう。なかなかいい着眼点だ。ワトソンくん。

誰がワトソンですか。

君は馬鹿なように見えて案外理知的だよね。

…褒められている気がしません。

うん。褒めてないからね。

私は脳内で、この鴉をドロップキックするか悩む。

…嘘だよ嘘嘘。冗談だよ。…半分。

そんな怖い顔しないでよ。

私の素早さが下がってしまうじゃないか。

鴉はケラケラと笑いながらそう言った。

…本当に鴉みたいな人だ。そう思った。

…ちなみに半分の冗談とは違って英語ラテン語日本語韓国語云々は100%の嘘だ。

なかなかいい君の論を聞けて満足だよ。

私の友人にはこんな話できる人は居なくてね。


鴉はケラケラと笑いながらそう言った。

本当に本当に鴉みたいな人だ。そう思った。


F. Rear life

さて、今から君の大学に行かないかい?

夕方6時。日も沈んだ空の下、鴉が口を開く。

…なんでですか?

…朝言ったが、君の殺意の輪郭を掴むためだ。

…主に私が。


…今からじゃなきゃダメですかね。それ。

それは私にとって、普段以上の激務をこなした後の提案としてはとても気が乗らないものだった。


行こう。君の母校へ。そこで君が思い出に残っている出来事を何個か聞かせてくれ。

大学の過ごし方は今現在の人格形成に大きな影響を与えやすい。

私が興味を持っているだけだが、

多分君のためにもなるよ。

言語化するって気持ちの整理とか、気づきのきっかけになることが多い。私の経験上だが。


この人は私の言ったことが聞こえているのだろうか。


それで学校に言って何を話すかだが。

文化祭とかクラスマッチとか、ありふれたものは要らない。もっと、日々の休み時間で心に刺さった言葉とか。よくありがちな相手は覚えてないけど自分はずっと根に持ってるふとした一言とか。それでいい。いや、むしろそれがいい。

いやもちろん文化祭とかが1位であるならそれを話せばいいんだが。

なんというか…まあ…そういう事だ。


変に興奮している鴉を見ながら私は答える。


それって別に何処でもできるんじゃないですか?学校まで行く必要あります?どうせ中には入れないのに。


もちろんあるさ。

鴉は待ち受けていたように即応した。

人は場所に記憶を保存する。

デジャブ、正確にいうとデジャビュ現象と言うんだが、知っているかい?

…はい。この景色見たことあるかもって奴ですよね。私もたまにあります。

…あれはその時の景色や状況から幾つかの共通点を過去の経験の中から見つけ出してその経験を無意識的に記憶の底から釣り上げているんだ。そのため既視感を感じる。…らしいよ。


これは人が無意識的に記憶を場所や状況に紐付けて保存していることの裏づけだとは思わないかい?

一理あると思ってしまった自分が憎い。

…その顔は行ってくれるってことでよろしいかな?

渋々頷く。

オーケィ。言質とったり。

ちなみにデジャブについては現代科学でもいまいち解明されていないらしい。

さっきのは私の持論だ。

行きの電車で君のデジャブに対する理論でも聞かせてくれないかい?


一瞬でも納得してしまった脳裏の私にドロップキックをかます。


G. Review life

当然、平日の夜7時付近の山手線で議論などまともにできるはずも無く、げっそりした顔で満員電車から降りる。

鴉は相変わらずいつも通りのしたり顔でペラペラと持論を話し続けている。

意味もない持論を適当な相槌で右耳から左耳に受け流しつつ、フラフラと2人で夜道を歩く。

全身真っ黒な鴉が歩いていると、顔から下が闇に溶けて宙に浮く生首のようだった。


間もなく、大学に到着し

…ここが君の大学かい?

生首は私の右上からそう言った。

はい。そうです。


朔田大学…生だったのか君は。

…うん。割と有名な大学じゃないか。

じゃあ君の印象に残っている大学生活の記録でも教えてくれ。なんでもいいよ?

うーん…

そう言われても咄嗟に出てくる訳もない。



少し考え、口を開く。


文化祭で、実行委員を友人とやりました。

ある教授に人足りないからやってくれと言われて。その単位が取れるか怪しかったのもあって参加したんですけど。

軽音楽部とかダンス部、漫才研究会の発表の構成とセッティング、照明を組織で任されまして。

最初はみんなやりたいことを好き勝手に言うだけでした。みんなで集まった会議なんてまとめるのも一苦労で。

けれど少しづつみんなで照明とか構成とかよく考えて、ディスカッションして、みんな納得の行くステージが出来て、みんなの笑顔が見れた時、とても大きな充実感を感じて。

…素晴らしい経験でした。



…なるほど。




…違うな。


はい?


いや、違うよ。渚くん。


1度言ったがそんな話を私は聞きたいんじゃあない。これじゃ会社の面接だ。

私は君の偏見が聞きたいんだ。

君の今の話には君の感情がない。

今の話、君は1度も「楽しかった。」とか「苦しかった。」だとか言っていない。いわゆる主観を述べていないんだよ。まるで俯瞰している監視カメラが見たものをそのまま告げているみたいだ。

…感じた。一苦労だった。じゃあないんだよ。

もう少し、感情的でいい…というのは少し難しいな…うーんと…もっと…何と言うか…ふっと浮かんだことでいいんだよ。ここに来て、なんで忘れてたんだろうってぐらいの奴をさ。


別に文化祭の話をしても構わないなどと

言っていなかったではないか。


…周りを見渡し、少し、思慮に耽る。

大学の東門に立つ私たち。

大学生活を最初から思い出してみることにした。

この門は現役時代、よく通った。

大学生になって一人暮らしを始めた私にとって、毎日の学校の入口はここだった。

最初に通ったのは入学式の時だった。

そういえば入学式はここで親と写真を撮ったっけ。

あの入学式は不思議な気分だった。

私は友人は居なかったがみんな大学初日とは思えないほど仲が良くて。友達が多くて。

親と歩いている自分との乖離が気になって。

大学を回りたい親と別れて

1人でベンチに座ってみたっけな。

すごいなぁみんな とか

コミュニケーション能力高いな とか思いながら流れていく様々な人を眺めるうちに

ゆっくりとその本質に気づいていって。

一緒に写真を撮ったり、肩を組んでみたり。

まるで数年来の友人と接しているように見えて。

…まるで友達になるのに時間なんて関係無いと自分達に言い聞かせてるみたいで。


その実裏には、1人になりたくないだとか、こいつと一緒にいれば大学デビュー出来そうだとか、

恣意的な思考が渦巻いているのがみえ透けるようで気持ちが悪かった。

仲良さそうにしているだけで自分の内面とかプライベートは切り分ける気なんてさらさら無いような。

そんな気持ち悪さを感じて。


…ほう。なるほど。存外悪くない。


いつの間にか口に出ていたらしい。

妙なことを言ってはいなかったかと

何をどこまで言ったかを思い出そうとする。


良い。それでいい。もっと聞かせてくれ。君の偏見を。


…鴉はその三白眼を輝かせる。




…ゆっくりと、少しずつ、ページをめくるように。色々話した。



そんなこと考えてるもんだから、いつまで経っても友達なんてできなかったたこと。

大学時代はサークルには入らなかったこと。

オンラインゲームに没頭し続けていたこと。

でも2年の春、話しかけてくれた男が居て、自分の事を面白いと言ってくれたこと。

その人の横で歩くのは居心地が良かったこと。

大学在学中に湘南伊豆大震災で両親が他界したこと。

その時の行き場のない気持ちをその人にぶつけてしまったこと。

それから彼とはどこか他人行儀になってしまったこと。

就活の最中、連絡を取らなくなり、

疎遠になってしまったこと。



ふと、鴉が口を開く。


君、親友はいた事、あるかい?今は疎遠になっていてもいい。

居ましたね。1人だけ。小、中、高と長い付き合いでした。

でした…って、最後に会ったのはいつだい?

高校3年生の頃でしょうか。

毎日一緒に帰ってましたけど卒業してからは全く連絡を取ってません。

そうか。…なぜ疎遠に?

なぜって…別に相手から連絡なんて来ませんし。その程度と思われているなら相手の予定を埋めて私が連絡する意味もないでしょう?


…では職場の彼女…詩島くん?だったっけ?

食事に度々行っていたと聞いたがなぜ徐々に食事に行かなくなったんだい?

私は少し、躊躇い、そして話す。

…食事に行くうちに、話すこと…話題が無くなって来ました。少し静かになる度に、彼女が気まずそうに、気を使って、息咳切ったように話題をだす様子を見て、何か話題を広げられない私に嫌気が差しまして。そこからは少しづつ、会う機会は減っていきました。



…ありがとう。聞かせてくれて。


…親しい人なんて全く居ませんよ。いるならわざわざ自殺なんてしようとしません。




…やっぱり私は

今でも死にたくて仕方ないです。




…少し遅くなってしまったね。

近所だし、私の事務所に来たまえ。

簡単なものなら作れる。食べて行きたまえ。


H. Reckless life

知らない街で、ビルをすり抜ける。知らない街の上、右左曲がるせいで、自分が何処にいるのかも分からなくなる。


路地に入り、階段を上る。ビルに入り、廊下を抜けた先の扉で15畳ほどの部屋に案内され、

リビングテーブルの左右に置かれる向かい合った深めのソファに座らされる。


部屋の奥には仕事用と思われるデスクが4つ、向かい合って配置されている。

鴉は「事務所」と言っていたが、

暗色の木製家具や皮の椅子、本棚に詰まった漫画など、全体が茶色や暗色で統一された家具や本棚があるだけの簡素な部屋は、喫茶店や、探偵事務所と形容するのが適切だった。


アレルギーはあるかい?


特にないです。

…わかった。しばらくそこで座っていたまえ。


そんなやり取りを終え、コートを一つの椅子にかけると鴉は部屋の外へ行ってしまった。

死にたいなどと言った矢先、

鴉なりに私に気を使ってくれたようだ。

不甲斐ない自分に腹が立つ。



「なんの事務所なのだろう。」

唐突に、背中や臀部に感じる柔らかな感触の底にある、確かな高級感に、そんなひとつの疑問符が浮かぶ。

鴉は私の「事務所」と言った。

見回して見ればペン立ての一つも置いていない

デスクに、生活感のないほどに小綺麗な部屋。

後で鴉が戻ったらなんの事務所なのか聞いてみよう。そう思った。


いや、冷静になれ。

そもそも私は鴉の本名も知らない身。聞いても言ってくれるはずがない。というかそれほどまでに自身のことを頑なに語らなかった鴉が、唐突に自分の領域に私を招待した。おまけに私はここからの帰り方を知らない。

不意に、言葉にできない奇妙さを感じ始める。


幸いスマホの充電が切れている訳でも無いし、

何より私はここまで私と一緒にいてくれた鴉を信じたかった。

思慮深さなんかとは対極に位置するような軽薄な態度で、その実、誰よりも先を見透かしているように錯覚させる振る舞い。

本当に鴉みたいな人だ。

その軽薄さの膜に守られる、

内面はどんな姿をしているんだろうか。



ふと、気になってしまった。



私は鴉がコートをかけた椅子のあるデスクに向かう。

そしておもむろに下の引き出しに手を伸ばす。

これではまるで盗人ではないか。

そんなことを思いながらも、

理性は知的好奇心に敗北した。


しかし、どれも鴉の装いから想像出来るような

鴉には似つかわしいものばかりで、別段珍しい物も、驚きの品もない。

葉巻にマッチ、懐中時計、古本、

沢山の古手紙、血塗れた拳銃、ペティナイフ、

新聞の切り抜き。

別段とりとめもない。


そんなことを思っている間に、

入口のドアが静かに開く。



……何をしているんだい?君


I. Revel life

…あなたって「常にニヤニヤ」してますよね。それ以外の顔見た事ありません。

私は作られた見事なオムライスを頬張りながら話す。

残酷なほどケチャップのかけられたオムライスを頬張りながら鴉は応える。

ん?私は常に今を楽しんでいるからね。

生まれてこの方笑顔は欠かしたことがないよ。


あなたのそれは一般的に言われる笑顔にも似つかわしくないと思いますけどね。

趣味が悪いし気色が悪いです。

勝手に部屋を物色したんですよ?

普通もっと怒るとか動揺するとか

あるでしょう。

私個人としては、特に何も思わないねぇ。

どうせ君は大丈夫だし。

…?…どういう意味ですか?

いや?こっちの話さ。エッチな本でも隠していると思ったかい?

相変わらずの顔で鴉はケラケラ笑う。

鴉は早々に自分の分のオムライスを食べ終え、

ティーポットの用意を始めている。

明日、仕事かい?

あ、ありがとうございます。土曜は休日です。

そうか。カフェインは入っていない方がいいかい?

別に、どちらでも大丈夫です。


鴉は慣れた手つきで紅茶を淹れる。

私がオムライスを食べ終わると同時にソーサーと紅茶の入ったカップが置かれる。

まるでカフェだ。鴉の時間感覚に驚きながら、紅茶を一口いただく。


素晴らしい。


香り高い、今まで飲んだことのないような

絶品の紅茶だ。

こんなものをこの人は毎日飲んでいるのか。

我が家で水道水を飲ませた事を恥じる。

そして、なんとはなしに、ふと聞いてみる。

鴉さん。ここって「事務所」って言ってましたけどなんの事務所なんですか。


…まああまり深くは言えないが見た目通り探偵のような仕事を友人3人としていてね。その事務所さ。

「固定電話も無いのに?」

…別に依頼人となんて連絡出来れば良いのさ。

私の持っているような時代錯誤のガラケーでも十分さ。

いやそれでも窓口電話が無いと言うのは幾らなんでも…

そうかい?世の中意外とそんな業種は多くあるさ。

私の前職もそうだった。

鴉さんの前職って?

私の前職は生物の研究者さ。

へー。意外…ってほどでもないですね。

というか研究職なら電話窓口ぐらいあるでしょう。

嘘。ほんとは心理学者。

……ほんとですか?

ん?嘘。

本当に煩わしい。建設的な会話という言葉を知っているのだろうかこの鴉は。

わかってはいたが信憑性の高い結論は得られなそうだ。


しばらくの無言が2人を分かつ。


ちびちび紅茶を飲みながら、

ふと、またもやなんとはなしに聞いてみる。


鴉さん。あなたの言ってた、

寿命を売れるって奴、

本当にできたりしないですかね。


鴉の目が少し、揺れる。


…無理だね。あれは品のないジョークさ。


…それに、仮にできたとして、

君は寿命を売って職場の彼女に何かしらの形で貢ぐつもりだろう?


そう…ですね。

借りもありますし、渡したいと思える相手もそれぐらいですし。

今の私が渡せるものなんてそれぐらいしかありませんから。

それは、君の本音か?

?…はい。

そうか。それなら、

結論は出ないかもしれないな。



…何故、君含めて世の人間というのは、現在持っているものだけで勘定を終えたがるのかね?

これから得るものや未知の発見、

明日の自分は今日の自分とどう変わっているだろうかと、

恐れながらも、踏み出す1歩の高揚感。

それが無ければ誰も人生なんて始めてはいないよ。

今君に必要なのは、

足を踏みだすための根拠なんかでは無く、

なんの根拠もないのに足を踏み出す意味不明な行動力。

たったそれだけなんじゃないかい?


らしくない、強い語気とは裏腹に、

話す鴉の眼は、

私の目を見据えているような、

どこか私とは違う、

遠い誰かを懐かしむような、

優しく、虚ろな眼をしていた。


J. Restart life

誰しも侵して欲しくない、その中の人誰も傷ついて欲しくないと思えるような特別な領域と言うのはあるさ。


街を歩きながら、中空の生首は言う。


少し、遠回りしようか。話したいこともある。



世の人誰からも、その人の特別な領域を割かれていない。

もしや君はそう思ってるんじゃないのかい?


だから苦しい。


自分の特別な領域にいたり、入れたいと思っている人は、自分のことは特別な領域に入れておらず、

君は所詮その他大勢のエトセトラだ。


私はその言葉に言い表せないような、

何処か生々しい脈動を感じる。


その孤独自体では無くて、その孤独に慣れていくことに対して君は違和感を感じているんだ。


…そう…なのかもしれません。


孤独は緩やかな殺人だ。

ただただ漠然とした停滞感に対する焦燥感。

それに対して君が何かマイナスな感情を持っていることは確かだ。

…けどそれはなにか変化が望めるものなんじゃないのか?もう不変のものという訳では無いはずだ。如何だい?


…努力すれば変われる。それこそ世間で頻繁に言われていると思います。

…本当にその通りだと思います。

努力して自分のものにしたものには最初から持っていたものよりも価値があって、

それを持っていると自然と自分に、自信のような何かが宿る。わかります。

けれど、それは私にとって綺麗事でしか無いんです。努力すればいいとわかっています。わかっているのに、努力出来ない自分に嫌気が差して。

途端に自己矛盾が襲ってきて、

希死念慮みたいなものが常に付きまとって。

私は、私が大嫌いになりそうです。



…綺麗事は2割の人間を救うらしい。

5割の人間は聞き流し、2割の愚民は一笑に付す。それに対し残った1割の変人は、

その綺麗事を証明するため足を踏み出し前を向く。

著名な文豪、永井荷風の一節だ。

君はどれだ三里渚。

少し、手厳しいようなことを言うが、

自分が嫌いなんて戯言を言ってる人は、

自分が嫌いだと言うことによって自分に対する免罪符を発行していると思うんだ。

自分で自分のことを俯瞰して見ることで悦にも似たような何かに浸っているんじゃないか?

自分が視野狭窄な人間でない。その点において自分には価値がある。そう信じたいんだ。

自分が本当に嫌いな人間は嫌いだと思った瞬間に即、孤独に死ぬさ。

結局の所構って欲しいんだろう?

それに希死念慮なんて大層な名前が付けられて。

かまって欲しいですと首に看板をかけて道端で寝転がってる方が幾らか澄んだ欲望だろうよ。


…!それは違います。

少なくとも私は違います!

私は鴉を正面に据える。


成果主義というか価値至上主義というか、

幼少の頃から成績が良かったら何かを与えられる。結局結果を出さないと、いい子だって言われないと、生きていてはいけない。

なぜそんな理論をいつまでも信じている?

価値なんてなくても生きていていいんだよ。

今はとても裕福な時代だ。

人の目なんて気にしなくても

十分な幸福を享受できる。

その板を懐から出せばなんでもできる時代なのになぜ君や世の人は死にたがる?


今はとても裕福、昔は不自由、ですか?

それは不幸を嘆いている人に君よりも不幸な人はいるから頑張れと言っているだけです。

結局の所、その人の不幸そのものは、何も解消されちゃいない!

少し私は声を荒らげる。


結局、何をしても、楽になんてなれません!

今より少しだけ楽になりたいだけなのに!

ただ普通でありたいだけなのに、

そうありたいだけなのに!

ただひたすらに!

波のように次々と押し寄せる義務を

果たし続けるだけの日々!

そんなもがき苦しみ、

息が止まるような努力を続けられるほど!

私には!この世界は美しく見えません!












…………地獄に生まれた先人からしたらそこは涙ぐましい努力の末作られた理想郷。

その理想郷に生まれた人からすればあとは堕落していくしか道のない崩壊秒読みの暗黒卿か。

悲しいものだ。


鴉の口調に私はさらに苛立つ。

しかし、


…なるほど。君の言っていること、

理解はできた。

少し、配慮に欠ける発言をした。すまない。


唐突にしおらしくなった鴉に私は拍子抜けする。

なので、私も落ち着いて、深呼吸をし、話す。


あなたの言うとおり、

手元で、手軽に、便利に、

なんでも出来る時代です。

でも、だからこそ、つい、見上げてしまう。

何にもできない自分に気づいてしまう。

自分の居場所を俯瞰していまう。…んだと、思います。


…そうか。


あなたの言う、理想郷を作っているときは、

みんな正常だったんです。きっと。

個人個人の身の丈に合った幸せをとかいう割には、みんなどこかで、僕は輝けるんじゃないか、私は価値があるんじゃないかと思いながら育つんです。

しかしそんな考えなど所詮幻想で、凡人は皆、 生きる過程で、少しづつ、少しづつ現実に気づいていく。

それがきっとあなたの知っている世界です。

けど、自分よりも上の人間が明瞭に見える世界においては、その、本来少しづつ目減りしていくはずのそれが瓦解するのは一瞬です。

その人に罪はないです。

ただ一瞬、ほんの一瞬、見てしまった。

それだけで、そこから先ずっと、

足掻き続けて、そこに到達しようとして、

何も成せない自分に落胆する日々が待ってます。多分、みんな患っているんです。ずっと。


私は。

私は周囲の人間や、彼女に。

有益な自分でありたい。

享受してもらう側であり続けたくない。

「かっこよく」生きていたい。

だから私は死ぬんです。きっと。


きっと。



…なるほど。ありがとう。聞かせてくれて。

それが君の大義か。


君はまともだな。瞑っていたのは自分の方か。


そういった鴉は、いつもの下品な笑顔ではなく

何処か見蕩れてしまうような、そんな微笑みを見せた。


うん。君の殺意を知った。私の興味は満たされた。短い間だったがこれで私との関係も終わりだ。


え?


君はこれから死ぬなり死なないなり、

好きにしたまえ。

少なくともきちんと殺意を認識したのだから、少なからず屋上で会った時よりは満足のいく

自殺ができるだろう。

君の意思を、覚悟を、今後いつの日か、新聞や画面で見れることを私は願っている。


待ってください。何もそんな嵐みたいに居なくならなくても。


もう今後会うことは無いだろう。今生の別れというやつだ。

強引に話を進める鴉の眼は、

冷たく、そして美しかった。


…そう…ですか。



そう言うのなら仕方ないです。


suprēmum valē. 渚 水里。

この先、君にとって何かいい結末が祝福してくれる事を祈っている。では。

キザで痛いセリフを「真顔」で吐く、

胡散臭い華奢な背中に頭を下げながら投げかけた。

さようなら。あと、ありがとうございました。

私が顔を上げた時、

既に鴉の黒い影は闇に溶け、跡形もなくて。

立つ鳥は、跡を濁さずに消え去った。


1.Regular life


新聞を開き、

葉巻をふかしながら紅茶をすする。

ふと、口を開き、独言。

渚くん、1ヶ月経っても一向に新聞にもニュースにも出ないな~!あ~!!

ふぅ。

まあそれはそれでいい結末になったというものか。

良い自殺をして欲しいものだ。


…さて。出るか。



その昔、学者は生存しつづける事を望み、

足掻き続けるそれらのことを、

生命、lifeと定義したらしい。

今日の君はなんのために自殺するだろうか。

どれだけの本音を殺し続け、生きるだろうか。

本音という大義の元、生命としての莫大な死の恐怖に抗おうとする、勇気ある正直者。

ならば私がそれらを定義しよう。

反抗的生命、Rebellious life、


Re'lifeと。



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