第4話 危険度E迷宮“猿熊の隠れ家”その3
俺が宿屋で目覚めてから丸2日が経った。
宿屋のおかみさん曰く、俺たちは迷宮を探索にきた冒険者たちによって奥地で倒れている所を発見され、運び込まれたのだという。
サーシャとフェシリーも一命をとりとめたが、意識はまだ戻っていない状態だった。
俺はというとコングベアーに囲まれてズタズタにされたと思っていたが、発見された時には無傷だったという。
とりあえずは二人が生きていてくれて良かった。
あれから俺は何度もコングベアーに囲まれた後の事を思い出そうとしたが、思い出す事は出来なかった。最後の瞬間に感じたのは俺が俺じゃなくなるような感覚だった。
俺は二人の見舞いのためゼニス先生の診療所を訪れた。
診療所は町の外れに位置し、年季の入った建物だった。
ゼニス先生の話によると、5年前にこの町に引っ越してきた際に、空き家を譲ってくれたのだという。
その空き家を部分部分で改築し、診療所として使っているのだという。
「無傷だったとはいえ、君の事もここに泊めて看てあげたかったんだけどね。何分ベッドの数が足りなくてね」
「いえいえ、私のことは全然おかまいなく」
ゼニス先生は人当たりも良く、見た目も若々しかった。俺の見立てだと20代後半といったところだろう。医療の知識の他に、回復魔法も使う事が出来るのだという。医療の知識は医者であった父から、回復魔法については魔法使いだった母から教わったとの事だった。
ある意味ではエリート育ちってやつだ。
「サーシャとフェシリーの様子はどうですか?」
ゼニス先生は笑顔で答えた。
「まだ意識は戻りませんが、回復魔法で傷もふさがっていますし、傷口からの感染症に関しても消毒を行ったので、その後の経過を見る限りには問題ないので、早ければ今日明日にでも目を覚ますと思いますよ。そんなに心配はいりませんよ」
俺はひとまず安堵した。
ちなみに俺たちを迷宮内で助けてくれたのもこのゼニス先生だった。
ゼニス先生は薬の調合に使う薬草を採取しに、冒険者に手伝ってもらい迷宮に来ていたのだという。
薬草の採取をしている時に、見慣れない横穴が出来ていたので進んでみると、俺たちが倒れていたというのだ。
俺たちが倒れていた所には、無数のコングベアーの骸が転がっており、どれもこれも大きな獣に頭を食いちぎられ、無くなっていたという話だった。
あの場で本当に何が起こったのだろうか…。
そうこうしていると、診療所の手伝いをしている村の娘さんが診察室に入ってきた。
「ゼニス先生、金髪の女性が意識を取り戻しました」
ゼニス先生と俺は急いでサーシャたちが寝ている部屋に向かった。
サーシャはまだ意識がボーっとしているようだったが、俺の顔を見るなり安堵したようだった。
「ダン…あなたがいなかったら私たちは死んでいたわ。本当にありがとう」
「正直、俺も最終的に流行られてしまっていたので、助けになっていなかったです…」
「いや、でもあなた次々にコングベアーの首を巨大な腕で潰して…」
「巨大な腕?」
俺は自分の両手を見た。両手には特に何も変かはなかった。
目を覚ましたばかりのサーシャはまだ起き上がる事は出来なかった。その翌日にはフェシリーも意識を取り戻し、10日が経過し、二人とも驚異的な回復を見せた。これもゼニス先生のおかげなのだろう。
--ブラッカの町の宿屋 レストラン--
俺とサーシャとフェシリーはすっかり回復し、宿屋のレストランで食事が出来るようにまでなっていた。
「それにしても三人とも無事で良かったわ」
「本当にそうですね。迷宮に閉じ込められたり一次はどうかと思いましたよ。でもお二人の体には傷跡が…」
「気にしないで下さい。冒険者として傷跡なんて慣れてますから。今回みたいなのは初めてですけど」
「私たちが攻略するのは大体が危険度Bまでだから、あれだけの事態になることは普段はないことなのよ。ましてや魔力溜まりが発生している事なんて絶対にないことだし」
「でも、ゼニス先生たちが私たちを助けてくれた時には、魔力溜まりなんてのは無かったみたい」
「その後の調査でも無かったとの話でした」
「私たちが遭遇したことは一体なんだったのかしらね」
「本当に不可解です」
サーシャは厳しい顔をしながら重い口を開いた。
「私たち三人でもう一度“猿熊の隠れ家”に行ってみましょう」
フェシリーはサーシャの提案に表情を曇らせた。俺はというと、意表をつく発言に驚きを隠せなかった。
「私たちが経験した事はあきらかに迷宮の規則性から逸脱したことだし、しっかり調査する必要があると思うの。もし他の迷宮でも同じ事が起こるならば、今の各迷宮に割り振られている危険度が意味をなさなくなってしまうわ」
「そうなれば多くの冒険者が命を落とす可能性もあるね」
「それにダンも何か思い出すかもしれないわよ」
サーシャがいうには、俺は確かにコングベアー達と戦い、次々に倒していたのだという。ただ、途中からサーシャも意識を失い、最後までは見ていないということだ。
考えられるとしたら、俺が無意識のうちに生き残るために戦っていたということだけだけど…そんなことありえるのか?
とにもかくにも、俺たち三人は再び“猿熊の隠れ家”を探索することにした。
--危険度E迷宮“猿熊の隠れ家”--
迷宮内は新しいエリアが発見されたということで、新たなお宝等を探すためにチラホラと冒険者の姿を見かけた。その影響か魔物の姿は殆ど無かった。
「心なしか前に来た時よりも魔力の密度が薄いように感じます」
「確かにそうね」
魔力を敏感に感じられる人曰く、魔力とは空間を漂う粒子のようなもので、そこら中に存在していて、迷宮内では外に比べると魔力の濃度が高いのだという。しかし、今は外とそう変わらないほどの濃度しかないようだ。
俺たちは何の問題もなく最奥地まで来れた。
「コングベアーの骸ももう片付いているわね」
「コングベアーの毛皮って結構いい値段で買い取ってくれるから、冒険者達が戦利品として持って行ったのね」
俺たちは魔力溜まりがあった場所を覗いたが、半径1mの深さ2m程の穴があるだけだった。
俺が穴を覗いていると突然頭に痛みを感じた。
「ダン?どうしたの?」
俺は痛みに耐えられずその場にうずくまった。
「ダン!ダン…ダ…」
二人の声が遠のいていく…。
《ゴポゴポゴポ…》
水の中を流れているような感覚がする。それでいて、自分の身体の感覚は無い。まるで自分の体が液体になったかのような感覚だ。
暗い…いや、何も見えない…。
「ここは…」
「ここは一体どこなんだ?」
誰かの声が聞こえる…。これは俺の声?
でもなんか変だ…自分から出た声じゃない。録音した自分の声を聞くような違和感がある。
「ハァ…ハァ…こっちに来るな!」
「グルルルゥ…」
「化け物!この!この!!」
なんだか身体が熱い…何かが頭の中に流れ込んでくる。
これは記憶…俺の記憶…。
でもこれじゃあまるで僕が俺を食べ……。
「ダン!ダン!!」
僕の事を呼ぶサーシャとフェシリーの声で目を覚ました。
「急にうずくまったと思ったら倒れるから驚いたわよ」
「一応アナライズ(分析)の魔法で解析しても特に毒とかの影響はないですし、本当に驚きました」
「ごめん。急に気分が悪くなって」
「無理をさせてしまってごめんなさい。特に変わったものを見つける事も出来なかったし、帰りましょうか」
「そうだね…」
僕たち三人が迷宮を後にしようとすると、コングベアーが突如として襲いかかってきた。
「まだ居たって言うの!」
「二人とも、僕の後ろにさがって下さい!」
咄嗟のことで剣を抜く隙もなかった僕は、両腕でコングベアーの攻撃を防ごうとした。すると、両腕が黒い液体のようなものに変化したと思うと、コングベアーの腕へと変化した。
コングベアーの攻撃を受けた僕は、すかさず変化した腕でコングベアーを殴りつけた。コングベアーは吹き飛ばされた。
僕の両腕が再び黒い液体のよなものに変化し、元の腕へと戻ると、剣を抜いて、すかさずコングベアーに止めを刺した。
「ハァ…ハァ…」
サーシャとフェシリーが駆け寄ってきた。
「ダン、大丈夫?」
「ダンさん…回復を!」
「僕は大丈夫です。特に怪我もしてませんし…」
「それにしてもすごかったですね。あんな魔法が使えるなんて」
「魔法?」
「だって腕が急にコングベアーと同じ腕に変化したじゃないでか。魔物とかに身体の一部を変化させる魔法があるとは聞いた事がありましたけど、この目で見たのは初めてです!」
フェシリーは若干興奮気味だった。
それにしてもそんな魔法があるのか…となると僕のこの腕も魔法で変化したのだろうか。ただ、そんな魔法なんて使ったこともないし、ましてや魔法自体使い方を知らない…。
困惑した表情を見せる僕にサーシャは何かを察したのか、興奮するフェシリーの話をさえぎった。
「とりあえず、一度町に戻りましょうか」
その後、僕たちは町に戻り、3日間程過ごした後、次の迷宮を目指して町を後にした。
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