第3話 危険度E迷宮“猿熊の隠れ家”その2
--危険度E迷宮“猿熊の隠れ家”--
「バリボリ」
薄暗い洞窟の中で俺の咀嚼音が響き渡る。
「食べないんですか?」
サーシャとフェシリーがあからさまに蔑んだ目で俺を見ていた。
「いくら迷宮に閉じ込められたからって、ジャイアントアントの足をバリボリ食べるなんて信じられないわ」
「一応火で炙ってるので食中毒とかは大丈夫だと思いますよ」
「そういう問題じゃないでしょ」
サーシャは頑なに拒否しているようだ。食いしん坊のフェシリーに関しても黙ったままだが、お腹の音は正直だ。
俺たちは迷宮の出口を見つけられないまま体感的に1日は経過していた。
サーシャとフェシリー曰く、胎動によって完全に迷宮の形が変わる分けではなく、一部の道等が変わる程度で、出口そのものが無くなるという事はないのだという。しかし、現状としては出口らしい場所に出口は無かった。
「仮に、胎動によって出口が無くなっていたとして、もう一度胎動が起こった時に再び出口が現れるって事はないんですか?」
サーシャは整った顔に似つかわしくないシワを眉間に寄せながら俺の問いに答えた。
「胎動ってのは短くて数週間、長くて数か月に一度起こるようなもので、今回胎動が起こった事によって出口が無くなってしまったのなら、次に胎動が起こるのは早くて数週間後ってことになるの。いくら危険度Eの迷宮とはいえ、数週間も迷宮内で過ごすなんて現実的じゃないわ」
「でも飲み水も湧き水がある場所がありましたし、食料に関しても魔物の肉などを食べればなんとか数週間ならいけるんじゃないですか?」
サーシャとフェシリーはあからさまに嫌な顔をした。
「とにかく、この普通じゃない状況をなんとかするには情報が必要よ」
「情報というと一つ思った事があるんです」
「なんでもいいわ。考えている事を話してみて」
「迷宮に入ってすぐの時に、床が抜けて最下層まで落ちましたけど、それと同じように表面的に見えないだけで、壁や床が抜ける場所があったりしないのでしょうか?」
「その可能性はありそうですね」
「確かにそうね。今回のケースは特殊ではあるけど、完全に出口が無くなるというのは考えにくいし」
多くの探検家の研究によって、迷宮に湧く魔物は主等の特殊個体を除き、殆どが母の子宮から現世に生まれ出ようとするかのように、迷宮の外を目指し這い出てくるのだという。よって、迷宮の外に通じる出入口が無くなるということは考えにくいのだというだ。
とにもかくにも、俺たちは迷宮探索の疲れをとるため、野営地を設けて交代で番をしながら休んだ。
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「ハァ…ハァ…こっちに来るな!」
「グルルルゥ…」
「化け物!この!この!!」
なんだこれは?夢?
僕が化け物に追いかけられてる…って俺が俺を追いかけてる?夢にしてもなんか変な光景だな…。血だらけの僕を俺が追いかけてる?悪夢にしてももう少しマシな悪夢にしてくれよ。
「ダン…ダンさん起きて」
俺はフェシリーの優しい声で目を覚ました。悪夢から起こしてくれてありがとうとお礼を言いたい気分だ。
二人とも魔物の肉はお口に合わないみたいで、ろくに食事もとれておらず、休んだと言っても若干やつれているように感じた。そんな状態でも俺たちは迷宮の探索を行った。
まずは出入口があったであろう付近の探索だ。特に隠し通路的なのはなかった。俺が落ちた穴もそのままになっている。
「ダメね、ここに来るまでも気を配りながら来たけど、隠れてる通路などはなかったし、調べてないとしたら、ダンが落ちた最下層ぐらいね」
「確かに調べてなかったですね」
「でもあれから一日以上経過してるし、もしかすると新たなコングベアーが湧いてるかもしれないよ」
「その危険があるから避けてたんだけど…」
「あの魔物の事なら前に倒した時は一撃だったので、また出たとしても大丈夫だと思います」
「ダン、あなたの実力は迷宮を探索してる時に散々見させてもらったけど、それでも過信するのは危険よ」
「心に刻んでおきます」
「とにかく、危険を冒してでも調査する価値はあるってことで向かいましょうか」
我々は開いた穴から落ちる…のではなく、正規の道を使って迷宮の最下層まで向かった。
道中ではやはり二人の疲労が目に見えるようだった。遭遇する魔物のほとんどを俺が処理していた。大分魔物との闘いにも慣れてきたもんだ。
向こうの世界では普通のサラリーマンをしていただけの俺が、魔物だらけの迷宮に飛ばされてサバイバル生活をして、今もこうして生きている。良く出来過ぎている話だと思う。まさに“チート”ってヤツを使っている感覚だ。
そうこう考えていると、迷宮の最下層に到着した。
「コングベアーは…」
「いないようですね」
「油断は禁物よ」
「サーシャ!」
フェシリーが突然大声を出し、サーシャ身構えた。
「ここなんか隙間があるよ」
フェシリーは岩肌にできた亀裂を指さして言った。
「確かにこの亀裂結構奥まで続いてそうね」
「でもこのままじゃあ通れそうにないね…」
俺はふと今ならいけそうな気がした。
「ちょっとお二人とも離れててくれますか」
「何するつもり?」
俺は全身の力を拳に集中っさせるイメージを思い描いた。そしてその拳を亀裂の入った岩肌への全身全霊で叩きつけた。
「ダラァーーーーー!!!!」
凄まじい音と共に岩肌の壁は崩れ、最下層の更に奥への道が開けた。
「何無茶してんのよ!いくら何でもそんな事したらあんたの手が…ケガをしてない?」
「ダンさんすごいですね!こんな堅そうな壁を素手で壊しちゃうなんて」
「いくら異界渡りが魔力の恩恵を受けてるからってこれは異常よ」
正直俺も拳が割れるかってぐらいに痛かったが、幸いにも無傷だった。
「とりあえず道は開けました。奥に行ってみましょう」
「そうね」
「ですね」
亀裂のあった壁の向こうは以外にも広い空間が広がっていた。自分たちの持っている明かりだけでは天井まで照らせない程の広い空間だ。その空間の先には黒い液体が漂う泉があった。
「これってなんです?」
俺はサーシャとフェシリーに回答を求めたが、二人も困惑した表情を浮かべていた。
「サーシャ…これって長老が昔話していた…」
「魔力溜まり…」
魔力溜まり―それは凝縮された魔力が泉のように溜まったものなのだという。そしてその魔力溜まりは強力な魔物を生み出すと言われているのだという。
「危険度Eの迷宮で魔力溜まりがあるなんて聞いた事ないわ!」
「とりあえず早くここから離れないと!」
「魔力溜まりってのはそんなに危険なものなんですか?」
「危険なんてものじゃないです!早くここを離れっ!!!」
フェシリーの持っていた明かりが消えた。
「フェシリィィィ!!!」
サーシャがそう叫ぶとサーシャの持っていた明かりも消えた。
状況が読めない。一体今何が起こっているのだろうか。
俺の持っているかすかな明かりだけでは二人の存在を確認することはできない。
「二人とも、返事をしてください!」
二人からの返事はない。代わりに聞こえてきたのは獣の唸り声のような音だった。俺は最悪の事態を想像し、その場で明かりを消して、目を暗闇に慣らすようした。
唸り声は一つだけではなかった。四方八方から聞こえてきていた。その中にかすかにサーシャの声が聞こえてきた。
「…げて…逃げて…」
俺はサーシャの今にも途絶えてしまいそうな声の方にゆっくりとすり寄った。そして地面に倒れているサーシャを見つけた。サーシャの腹部には獣の爪のようなもので切り裂かれた傷があった。
「まずは止血しないと」
サーシャは俺の手を掴み制止した。
「この傷じゃあどうせ助からないわ。だからせめてあなただけでも逃げて…」
「何言ってるんですか。三人で長老さんを探すんじゃないんですか」
「ごめんなさい…その約束は守れそうにないわ…」
今にもこと切れそうなサーシャの声は普段の力強さが無かった。
そんな状況の中でも獣の唸り声は確実に俺たちを取り囲んできていた。俺は意を決してサーシャの元を離れて、叫んで唸り声の主たちを引き付けようとした。
目がまだ暗闇に慣れきっていない中、唸り声の主たちは俺の方に集まってきていた。俺もここで終わりなのかな、なんて事を考えていると走馬灯が頭を過った。
--幼少期の記憶--
あれは俺がまだ小さい頃…マジカルラブリーれいんぼ~シャワーの第一期を観ていた時のことだ。
『立つんだ!レインボーシャワー!まだ終わってはいないぞ!』
『サンブラック様!』
『ぐへへへ、サンブラック!今更来てもレインボーシャワーはもう虫の息でゲス!』
『レインボーシャワー!君の長所はなんだ!』
『私の長所?可愛い所?』
『違う!いや、可愛い事は可愛いが、もっと違う長所だ!』
『ポッ…(サンブラック様が私の事を可愛いって言ってくれた)』
『君の長所とは諦めの悪さだ!』
『それって短所っぽくないでゲス?』
『諦めたらそこで死合終了だ!』
「そうだ!レインボーシャワァァァ!!」
「お前よくこんな女子向けアニメで応援できるな…」
「みっちー!これはただの女の子向けアニメじゃないんだよ!愛と勇気と友情の物語なんだ!」
「いや、答えになってないよ」
それから俺とみっちーはあまり遊ばなくなったんだったな…ってのはどうでもいい事で、要は諦めてしまったらそこで終わりって事だ!有名バスケ漫画の監督も同じコト言ってたし、あきらめてたまるか!
--現在--
フェシリーの状況は分からないが、サーシャだけでも助けられるように俺は全神経を周りの敵に向けた。
「サーシャ!絶対に助けるからあきらめるなよぉぉ!」
目も大分慣れてきて自分が今置かれている状況が非常にまずいという事がより明確になった。俺を取り囲むように数十体コングベアーがにじり寄ってきていた。
一体を一撃で倒せるにしても、この数を無傷で相手にするのは難しいだろう。それでもこの状況を打開して、サーシャとフェシリーを抱えて町まで戻るための体力は温存しておかないと…なんて考えている暇は俺にはなかった。コングベアーは一斉に俺へと襲い掛かってきたのだ。
一体一体攻撃をかわしながら、一体、また一体と確実に倒していく。それでも数が減っているように感じない。既に10体以上は倒しているように思えるのにナゼ?
ふと魔力溜まりの方を見ると、コングベアーが溜りから這い出るように湧いてきていた。これではいくら倒してもきりがないわけだ。
この状況を打開するにはあれが必要だ!ここは異世界なんだしきっとできるはずだ!異界渡りの俺には魔力ってものが豊富にあるとの事だし、絶対にできる!
俺は両手を頭上に掲げ叫んだ。
「みなぎる勇気!あふれる愛!そしてあきらめない肝っ玉!
マジカ~ル!レインボォォォ↑↑ホーミングレーザー!!!」
………。
「うげ!!」
俺はコングベアーに取り囲まれ、全身を鋭い爪でひっかかれたり、強靭な牙でかまれた。
結局異世界に来ても俺は俺のまま…。何もできないまま死んでいくのだろうか…。でもそんなの嫌だ、せめてサーシャだけでも…。
『目指せ…天のその先へ……生まれいずるために…』
--ブラッカの町の宿屋の一室--
「ん?ここは?」
状況が呑み込めない。俺は確かサーシャとフェシリーと共に猿熊の隠れ家の奥地でコングベアーたちに囲まれて…。っという所までしか思い出せない。どうして俺は宿屋にいるのだろうか。
そんな事を考えていると、部屋の扉が開き、一人の女性が入ってきた。その女性には見覚えがあった。この宿屋のおかみさんだ。
「やっと気が付いたのね!良かったわよ!」
おかみさんは満面の笑みを浮かべながら言った。
「あんたが連れ帰ってきたあの二人も意識が戻ったみたいよ。今はゼニス先生の所で安静にしているけど。あ、ゼニス先生ってのはこの町のお医者様のことね」
とにもかくにも、俺たちはなんとか生き延びたようだった。