第2話 危険度E迷宮“猿熊の隠れ家”その1
迷宮での心得その1
迷宮では決してはぐれないようにする。
もしはぐれてしまった場合は死を覚悟すべし。
という訳でさっそくサーシャ嬢とフェシリー嬢とはぐれてしまった。俺も別にはぐれたいと思ってはぐれた訳ではない。まさか床が突然抜けて一人下層階に落とされるなんて誰も予想していないだろう。
とはいえ、いきなり死を覚悟するのも嫌なので、彼女らと合流するべく風のする方に向かおう。
本来ならばこの場所を離れないのが一番なのだろうが、さっきからただならぬ獣の鳴き声が聞こえて来ている。このままここに居たら獣に囲まれてしまうかもしれん。彼女らを待つにしても一旦安全な場所へ移動しよう。とした矢先、目の前から熊のような、ゴリラのような訳の分からん化け物と遭遇してしまった。
一番恐れていた事が起こってしまったが、ここは一人でどうにかするしかなさそうだ。逃げるにしても土地勘の無い場所で闇雲に逃げても状況を余計に悪化させる可能性もある。
とりあえず俺は地面に落ちていた石ころを拾い、化け物に投げつけた。
石が化け物に当たり、若干怯んだタイミングで俺は右手に持った剣で化け物に切りかかった。
振り下ろされた剣は化け物の身体を頭から真っ二つに切り裂いた。
「え?」
なんかあっけない。見た目的にもっと苦戦するものだと思っていた。それを一振りだけで真っ二つに切り裂いてしまったのだ。
良く考えてみれば、最初に飛ばされた迷宮の奴らに比べるとサイズ感も小さく、気迫もそれほどまでで無かったように思える。
とりあえず戦利品回収と思い、サーシャから貰ったナイフで化け物の皮を剥いでいたら、洞窟の奥の方からかすかな声が聞こえてきた。
「ダァァァーーーン!ダァァァーーーン!」
迷宮での心得その2
迷宮では決して大声を出さない。
サーシャとフェシリー、昨日夕食の時に教えてもらった迷宮での心得を自分たちが忘れてしまってるぞ。
--昨日--
彼女らの好意に甘え、深淵の迷宮から歩いて半日程離れたブラッカの町でボロボロの服装と、迷宮探索用の装備を揃えた。
馬子にも衣装とは良く言ったもので、サラリーマンの戦闘服たるスーツばかり着ていた俺も、冒険者の装備を身にまとえばそれっぽく見えるじゃないか。そんな俺の姿を見てサーシャは何故か誇らしげな顔をしながら語りだした。
「まあ私のセンスに掛かればこんなものよ」
「昔からサーシャはセンス良かったもんね」
「まあね」
「これで迷宮探索も安心ですね」
「寝言は寝てる時に言いなさい!装備を整えたからって油断してたら命を失うのが迷宮よ!」
サーシャのその言葉を聞いて俺は「ハッと」した。一人っきりで迷宮でサバイバルしていた時は異常なまでの緊張感を持っていたのに、サーシャとフェシリーと出会う事で緊張感を忘れかけていた。
「あの深淵の迷宮を一人で生き抜いたのはすごい事だけど、決して油断してはダメよ」
「分かりました」
「サーシャ、ひとまず今日は宿屋で休んで、明日近くの危険度Eの迷宮に挑戦してみたらどうかな」
「確かにそうね」
「そうと決まったら宿屋のレストランで食事にしましょう」
先程までオドオドとした雰囲気だったフェシリーの表情が急に明るくなり、宿屋に向かう足も心なしか早く感じた。
--宿屋一階のレストラン--
「美味い!美味い!!なんておいしいんだ!!」
驚きの表情を見せるサーシャをよそに、俺はテーブルいっぱいに載っている料理を次々に平らげていった。いや、俺だけではなくフェシリーも一緒にだった。
彼女は小柄な体系にも関わらず、その小さな口と身体の中に料理がどんどんと吸い込まれている。料理を食べる彼女の表情はあの世界一幸せな動物の異名を持つクアッカワラビーの笑顔にも匹敵するものだった。
「本当にフェシリーは食事となると見境が無くなるわね」
「だってこんなにも美味しいんだもん」
「ずっと巨大トカゲの硬い肉だったり、巨大カマキリの体液だったり食べていたので、余計に美味しく感じます」
「そ、そう…」
俺とフェシリーは心行くまで夕食を堪能した。
「やっと落ち着いたみたいだから迷宮について簡単に説明するわね」
「お願いします」
サーシャは迷宮初心者の俺でも分かりやすく説明してくれた。
“迷宮” 別名“魔物の子宮”
迷宮では魔物がどこからともなく湧いてくることから、魔物の生まれる場所という意味を含めて“魔物の子宮”と呼ばれているのだとか。
迷宮には大きく分けてAからEまでの危険度があり、危険度は湧いてくる魔物の強さによって分類分けされているのだという。
迷宮は生きているとも言われており、一定の期間で中の構造が変わる事があるとの事で、そのことを“胎動”といい、それによって新たに発見された場所で未知の鉱物やレア素材が見つかる事がある。それ故に一度攻略されている迷宮でも探索する者がいるのだという。
余談ではあるが、AからEの範囲で判別出来ない測定不能危険度の迷宮もあるとのこと。俺が最初に飛ばされた“深淵の迷宮”はこの測定不能危険度とのこと。
そんなこんなで迷宮についての説明や、迷宮を探索する上での心得を教えて貰い、俺は異世界で初めての石床以外での場所で眠る事となった。
そして現在―
--危険度E迷宮“猿熊の隠れ家”最下層--
サーシャとフェシリーが俺の事を叫びながら走ってきた。
フェシリーの目には涙がこぼれていた。
「あんたケガは!」
「落ちた時に背中を打った程度で、特にケガはないです」
サーシャとフェシリーは安堵した様子で、こわばった表情を緩めた。
「危険度Eと言っても一人で魔物に遭遇したりしたら…」
と言いかけている途中で、俺の後ろに倒れている化け物を見てサーシャとフェシリーは顔を青ざめた。
「ちょっと!その魔物どうしたの!」
「襲ってきたので戦って倒しました」
「倒したって…これコングベアーですよ。この迷宮の主と言われている」
「たった一人でこんな強敵を倒したのか…、それも無傷で…」
彼女たちが俺に向けるまなざしに若干の恐怖が混じっているのを感じた。
「と、とりあえず無事で良かった。今日は不足の事態も起こった事だし、一度町に戻ろう」
「そ、そうね」
迷宮の出口への向かう途中、彼女たちは無口になっていた。俺は知らない間に何か彼女たちにしてしまったのだろうか?この空気感…小学校の頃を思い出す。
--数十年前--
俺は何をやらせてもそれなりにこなせてしまう子供だった。それ故に、最初の頃はそれなりの人気者であったが、なんでもこなせてしまう事で教師や周りの大人から褒められる事が多くなり、それを良く思わない周りの子供たちは俺のことを除け者にしだしたのだ。
出る杭は打たれる。まさにその通りなのだと実感した。
今思えば俺ももう少し上手く立ち回れれば良かったと思うが、何せまだクソガキだった故に上手くできなかった。
そうこうするうちに俺は学校での居場所を失い、不登校になっていった。
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突然サーシャが俺の前に躍り出て叫んだ。
「怖がってごめん!」
サーシャは整った顔を俺に近づけながら、謝ってきた。そんな必死な姿に俺は逆に声を出して笑ってしまった。
「ップ!ハッハッハッハー!!」
俺の突然の笑い声に目を丸くして驚くフェシリ―と、ムッとした表情をするサーシャ。
「何が可笑しいのよ!私はあんたに悪いと思って謝ったのに!」
「いや、すみません。
なんだかサーシャさんは真面目なんだなって思って」
サーシャの表情が更に怒りで満ちていく中、フェシリーが笑い出した。
「そうですよ。サーシャは昔っから生真面目なんです」
「生真面目で悪いか!」
「いえ、悪くないと思います。それは素晴らしい事だと思います」
サーシャは照れ臭そうに顔を俺から隠すように体を反転させた。
「ダンさん、私も怖がってすみませんでした。まさかコングベアーを一人で倒してしまう人がいるなんて信じられなくて」
彼女らこちらの世界住民にとって、異世界から来た俺の力は異様なんだと改めて思い知った。まあその異様な力のお陰で深淵の迷宮を生き抜く事ができたんだろう。と、そうこう考えているとサーシャが顔を青くしながら俺とフェシリーに言った。
「この迷宮、胎動が起こってる」
「それはつまりは?」
「まさか迷宮が変化してて出口がわからなくなったってこと?」
そのまさかだったようだ。
俺たちは今まさに迷宮の中で遭難してしまったようだ。
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