3Aー8話 極上のカエル尽くし
『第23番旧坑道』の北側の地下2階の探索を終え、ベースキャンプに戻る私達。
「後ろから、人面蝶3匹来ます!」
帰り道でも、敵はどんどんやってくる。
最後尾の私が、後方の視覚で敵の接近に気づき、みんなに警戒を呼び掛けた。
背後から襲われる、バックアタック。
滅多にある事ではないが、この時ばかりは私が敵の一番前で戦うことになる。
「ドロドロ女、鱗粉が来るぞ!」
私は、『幻影魔法』の鱗粉を浴びる。
しかし、私に変化はない。
「えいっ!」
私はナイフ発射で応戦する。
ナイフだけでは倒せなかったが、とりあえず一撃を与えられた。
イルハスさん達が前に出ようとしている。邪魔になるので毒粘着ボールは使わないほうがいいかと思った。
逆にナイフは、狭い場所での乱戦では味方に当たる可能性があったので使ってこなかったが、私が一番前の今なら問題なく使えた。
「いいぞ! ドロドロ女、お前は避難してろ!」
私は天井にジャンプして、邪魔にならないよう避難。
同時に、イルハスさん達が通り過ぎる。
程なくして、人面蝶は全て倒された。
「ひょっとしてメルちー、『幻影魔法』が効かないの?」
「なんか、そうみたいです……」
さっきも今回も、私は幻影魔法にかからなかった。
たぶん幻影魔法が、鱗粉を介してかかるからだと思う。
鱗粉を含んだ空気を吸い込むと魔法にかかってしまうらしいが、呼吸をしない私には、なるほど、効果は無いのか。
「へええ……幻影も睡眠も毒も効かないなんて、メルちーパーフェクトじゃん」
「そうみたいですね……エヘヘ……」
睡眠魔法は、厳密に言えば効いていないわけでは無いのだが、『わたし達』4人が全員一気にかかる確率は低く、誰かは起きていられる。はたから見れば効いていないように見える。
毒も、逆に自分が毒を奪って利用できるくらいだから、もちろん効かない。うんまあ、フロッガー以外の毒はどうかは分からないけど。
結果、このダンジョンで厄介な妨害攻撃3種を、私は完全に防げる状態のようだ。
「ま、とはいえ、弱いのは変わりないけどな。だから調子乗んなよドロドロ女」
「ま、また……もう、全く……」
まあ、イルハスさんの言う通りなんだけど。
状態異常が効かないとはいえ、レベルが3になったとはいえ、HPはまだまだ低く打たれ弱い事には変わりない。
ここまではともかく、明日行く予定の地下3階では敵の種類が増える。危険な事には変わりないだろう。
「よし……レールのところまで来たな」
廃坑にはトロッコのレールが敷いてある。
鉱山が現役で稼働していた頃、採掘した鉱石を、このトロッコで外に運び出していた。
つまり、このレールをたどっていけば、出口まで行けるという事だ。
ここまで来れば、脱出はほぼ確実だ。
レールの敷かれた上り坂を登る。
「……ん?」
イルハスさんが気付く。上り坂の終わりのあたりに、敵がいた。
キャタピラー3匹に……
「フロッガー!!」
1匹だけだけどカエルがいる。つい叫んでしまった。
キャタピラーとフロッガーはお互い争っていたようで、他に既に1匹のフロッガーの遺体がある。
が、私の声に気が付いたらしく、2種はこちらを狙ってきた。
「バッカ、大声出しやがって……まあいい。
おい、キャタピラーは回避するだけでいい。無理に戦うな」
至極まっとうな理由で叱られてしまった。反省……。
でも、無理に戦わなくていいとはどういう事だろう。
するとキャタピラーは、体を丸くし、回転しながら坂道を降りてきた!!
いつもより高速で迫ってくる3匹の芋虫。
指示があったので、今回は粘着剤で足止めしない。回避に専念する。
迫るキャタピラー3匹を、私達は上手く回避した。
するとそのまま、芋虫たちは下り坂を転がり落ちて……遠くへ行ってしまった。
「なるほど……」
あたしはイルハスさんの作戦に驚いた。ただのおばかさんじゃないんだ……。
「おいドロドロ女。念願のカエルだぞ。
お前のせいで気付かれたんだから、まずお前が行ってこい」
護衛役のイルハスさんが、護衛を放棄するようなことを言い出した。
でも『まず』が付いているので、いざという時は助けてくれるつもりらしい。
それに、事実として、毒の回復手段が尽きている今の状況では、毒が効かない私がフロッガーと戦うのが一番危険が少ない。
さっきみたいに2匹ならともかく、1匹だけならそれがいい。
「了解です」
イルハスさんの言い方はアレだが、私1人でも倒せると、私の実力を認めてくれたという事だ。
みんな見守ってくれている。期待に応えなきゃ。
私は、照明の蛍石を1個預かり、フロッガーのほうへ向かった。
上り坂の途中で、私とフロッガーは対峙する。周囲を確認。やはり1対1のようだ。
キャタピラーと争っていたはずのこのフロッガーだが、どうやら目立った外傷は無い。HPはさほど減っていないかもしれない。
蛍石を周囲を見渡せる地面に置き、戦闘態勢を取る。
這いずって坂道を登る私を見ていたフロッガーは、頬を膨らませ始めた。
毒の泡の攻撃が来る。
フロッガーの口から、十数個の泡が吐き出される!
後ろのみんなのほうに飛んで行っては大変だ。
この場で全部なんとかしなきゃ。
私は体を動かし、わざと、自分の体に泡を当てに行く。
泡が体内に吸収されるたび、ほんのり極上の味覚が私の身体を駆け巡る。
「はぁ……美味しい……」
原液ほどでは無いが、これもすごく私を満たしてくれた。
私はフロッガーのほうを向きなおす。
本来なら敵は避けるはずの泡攻撃を、全てわざと受け切った私を見て、カエルは明らかに戸惑っている。……表情は分からないけど、たぶん。
後ろを振り返って、逃げる準備のようだ。
「あ、待って!!」
また逃がしちゃったらもったいない。せっかくの毒入手チャンスなのに。
私は発射用の武器を取るため、マジックパックに手を入れる。
最初に手が触れたウサギの角を取り出し、逃げるフロッガーに向けて撃つ!
ウサギの角はフロッガーを掠め、ある程度のダメージを与えた。
なんとなく、いつもより発射速度が上がっている気がする。……あ、そうか、『ちから』が上がったからか。
角は坂道の途中に落ちた。
するとフロッガーは、その落ちた角に向けて舌を伸ばす。
「あ……」
角が、フロッガーに奪われてしまった。
フロッガーが再びこちらを向きなおす。
逃げきれないと判断し、こちらと戦うつもりのようだ。
あ、あれ……?
ひょっとしてこのまま逃げてくれていた方が良かった……?
フロッガーは、舌にウサギの角を絡ませたまま、舌を伸ばして攻撃してくる。
フロッガーの舌攻撃は、単体ならそれほど痛くは無いらしい。まあそれでも、HPの低い魔法使いや私には脅威だけど。
さらに今は、くっついている角という武器のおかげで、威力が上がっている。
ううう、フロッガーを侮ってしまっていた。こんな頭を使った攻撃が出来るんだ。
すっかり忘れていたけど、レベル3の私にとっては格上の相手だ。
ぴょんぴょん飛んで、武器付き舌攻撃をなんとか回避し続ける。
舌を狙って粘着ボールを放ってみるが、上手く当てられない。
さっきはコーストさんが囮になってくれていたから出来たけど、自分が狙われると勝手が違う。……一番最初に一発で出来たのはまぐれだったみたい。
それにしても、なんだかこのフロッガー、強い。
考えてみればそりゃそうか。さっきまでキャタピラー3匹と戦って生き残ってたんだもの。
「おうドロドロ女、手ぇ貸すか!?」
「えっと、もうちょっとやらせてください!」
イルハスさんの嫌味な救援を断り、もう少しやってみる。
うーん、そうは言ってみたものの、どうしよう。
毒は効かない。武器発射は相手に武器を与えてしまう。
粘着ボールもあんまり意味が無い。地面に撒いても飛び跳ねちゃうし、そもそも舌のリーチの長い攻撃があるので、移動を止めても反撃される。その後舌を地面とくっつける事に挑戦してもいいかもしれないけど、角で刺される危険性は常に付きまとう。
『初級火炎魔法』は覚えたはずだけど、まだ使えない。
硬化での体当たり攻撃は……あ、ここは坂道か。下手すればさっきのキャタピラーみたいに、下に転がって行っちゃう。
うーん、火炎魔法以外はどれも一長一短だ。
となると……うん、やっぱりアレがいいかも。ナイフ発射攻撃。
ナイフなら刀身があるので、角よりは舌で絡め取り辛いかもしれない。
動きながらマジックパックを探す行動にも、徐々にではあるが慣れてきている。無事、ナイフを取り出すことが出来た。
「それっ!」
私はナイフを発射する。フロッガーの皮膚を掠めて切り裂いて、ナイフはそのまま後方に飛ぶ。
うん、フロッガーの舌より、私のほうが距離のある攻撃は命中率がいいようだ。
がしかし、フロッガーはナイフのほうを見ている。舌に絡ませたウサギの角をぽいっと遠くに放り投げ、ナイフを奪おうと狙っているようだ。こっちのほうが攻撃力が高いと判断したんだ。うん、まあそうなるよね。
私はぴょんと天井に飛び移り、そして……。
ぱしっ。
遠くにあるナイフを、手でつかんだ。
「カエルさん、その舌、伸びて便利だね。私も真似させてもらうね」
私は、手を長く長く伸ばしていた。まるでカエルの舌のように。
さっき『ワタシ』が戦いながら考えて、私に伝えてくれた作戦だ。
――あの舌、便利だね……って。
やっぱりワタシ、すごい。
人間の私とは違う、モンスターの観点から、いろいろ考えてくれる。
すごく頼もしい味方だ。
手を長く伸ばすので、そのぶん身体のほうの水分を減らして伸ばす。伸びている間、私の身体は小さくなる。
そして、ゴムの原理で伸びた手を引っ張って、ナイフを回収する。
ナイフ攻撃の弱点は『1本しかないから1発しか撃てない』点だったが、この方法ならカバーできる。
そして再び、ナイフ発射で攻撃する。ナイフはフロッガーの腹に深く突き刺さった。
フロッガーはまだ動ける。
あ、流石にもうあのナイフは伸びる手では回収できなさそう。
次はどうしよう。一応あと1本、ウサギの角は手元にあるけど……。
私は最初に飛ばして捨てられたウサギの角を探す。だいぶ遠くにあるが、アレを回収できないかな。
試しに手を伸ばしてみる。
ぐいんと腕が伸びて……駄目だ、やっぱり届かない。
そう思った時、プチンと音がして、手が千切れた。
――ワタシに任せて。
千切れる瞬間、そう聞こえた。
そして千切れた手は、ひとつのボールに形を戻し、ぴょんぴょん飛び跳ねながら角のある場所へと向かう。
分離したスライムボールの動きに気が付いたフロッガーが、回収させまいと、あるいは再び奪おうと、舌を伸ばす予備動作を始める。
そうはさせない。
私はマジックパックから、もう1本の角を取り出す。
そして、フロッガーに発射!
側面から、角がフロッガーに突き刺さる。
こちらを見て、驚いている。
そしてさらに、その背後から、回収に間に合ったワタシが放った角が突き刺さる!!
フロッガーは、静かになった。
地面に置いた蛍石を拾い、フロッガーに近寄り、確認する。
どうやら無事に倒せたようだ。
レベル3になっとはいえ、フロッガーは、私にとってはまだ格上の敵。
でも、こうして無事に倒すことが出来た。
ありがと、ワタシ……。
「おーい、無事か……?」
イルハスさんの声が聞こえる。蛍石の明かりが近づいてくる。
「おいしい……やっぱり美味しい……毒、おいしい……」
「お前、倒したんなら声をかけてくれよ……お、おい、聞いてんのかお前?」
あ、そういえば、最初から死んでいたカエルがもう1匹いたよね。そっちの毒も回収しておきたいな。
「毒、どく、美味しい毒……ふふふ……」
何故か毒を回収する姿は、みんなからは不気味に見えるらしい。
だからみんなが来る前に、毒を回収してしまおう……。
「お前、いよいよ化け物じみて来たな……」
イルハスさん達が既にすぐ近くまで来ていた事に気が付いたのは、その少し後の事だった……。




