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私、スライム娘になります!  作者: 日高 うみどり
第5章 世の欲望が集う夜に

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5-46話 12月28日 15:00 崩れゆく未来図

 オークションの最終日、2冊目の『ミノタウロスのジョブマニュアル』の競売が始まろうとしている。

 

 司会の人が、ミノタウロスのジョブマニュアルについていろいろ説明している。

 昨日と同じ商品説明に、高額で落札された件などなど。

 

 それまでの、どこか浮わついた空気が、ピリッと引き締まったような気がした。


 スタートの声で、一斉に競売人席の人達が金額をコールしていく。

 最初の騒ぎが落ち着いたころには既に2万リアラに達していた。

 昨日の本が2万2千リアラで落札された事を考えると、もの凄いハイペースだ。


「2万2千!」


 ジルベーヌさんの声だ。

 あっという間に同額になってしまった。

 声のする方を見ると、ジルベーヌさんの他にハインツさんと、人間の姿のアセルスがいた。

 どっしりしているジルベーヌさんとハインツさんと違い、アセルスは何が何だかという感じできょろきょろしている。

 まあ、アセルスは初めてのオークションだもんね。一応会場に居たと言えば居たけど……。



 ジョブマニュアル目当てでいろんな貴族や商人が集まったと聞いているけど、このハイペースさについてこれないみたい。

 昨日とは打って変わって静寂が鳴り響く。


「2万5千」


 別の人の声が聞こえる。男の人の声だ。


「……あれも、聖アウロス派の関係者?」


 テレスさんがテトさんに問う。

 

「うん。……というか、むしろ……」


 テトさんだけでなく、観客席の周囲の人達も、その人を見てどよめいている。


「あれ、聖アウロスの司祭だよ」


「えっ?」


 教会とかでもよく見るりっぱな法衣ではなく、黒い普段着っぽい服装だったけど、どうやら偉い人みたいだ。


「確か、『星の君』って呼ばれているヒトさ。お偉いさんの一人だよ」



 そんな人が闇オークションに来ること自体異例だし、堂々と自ら顔をさらすような真似をするのも異例。

 周囲の反応はそんな感じだった。



 流石のジルベーヌさんもこの事態には焦ったのか、近くにいたリュカさんのほうを見る。

 リュカさんは何かハンドサインをした後、リュカさん自身が2万6千とコールした。



「交代したみたいね」


「へっ?」


 マリナさんが解説してくれる。


「本当はジルベーヌさんの第2名義で落札するつもりだったんだと思うわ。

 リュカさんはスポンサー役ね。

 でも、切り替えた。リュカさんが落札し、ジルベーヌさんがスポンサーになる事にしたみたい……」



 何がどうしてそんな事になったのか全く分からないけど、とにかくオークションは進行していく。


 リュカさんと聖アウロスの司教さんとの一騎打ちになり、とんでもない金額が吊り上がっていき……。



「では、A-102番様、6万2千リアラで落札です!」


 結局落札したのはリュカさんだった。

 司教さんはギリギリまで粘ったけど、これが限度だったようだ。


 こうして、2冊目のミノタウロスのジョブマニュアルは、1冊目の3倍近く、今年の史上最高額の値が付く事となった。

 歴代でも3位の記録らしく、司会の人が盛り上げ、会場も大いに沸いた。

 

 司祭さんはだいぶ悔しそうな顔をした後、そのまま踵を返し、会場を後にした……。




*********************************




 競売所の商品引き換え場にて、リュカとジルベーヌは顔を合わせる。


「ジルベーヌさん、申し訳ありませんね。予定を変更してしまいまして」


「いえ……」


 ジルベーヌは、元々どちらが落札しても同じだと思っていた。

 がしかし、今日の競売の予想外の流れ、そして聖アウロス派の司祭の登場。

 落札は自分よりリュカのほうがいい。そう直感した。

 そう判断したと同時に、リュカより落札者交代のサインがあった。同意見だったジルベーヌはそれに同意した。



「しかし……どういう事なんでしょうね、連中の今日の動きは」


「そうですわね……まずやはり、自分達聖アウロス派の勢力拡大がメインでしょうね」


「しかし、それにしては性急すぎませんか?」


「彼等にとってもチャンスだったのでしょう。……いえ、言い方を変えるとピンチでしょうか、六老聖候補ロゼッタ家の脱落は。

 『桃色』のロゼッタ家が脱落となれば、ほぼ『水色』のランスター家で決定となります。

 がしかし、彼等はランスター家とは仲がよろしくありませんでしたからね。水色になるのはどうしても避けたかった……」


「ならば、自分達が候補に挙がってしまえばいい、と」


「ええ。勢力は衰えているとはいえ、彼らは席順で言えばだい4~5番目の候補でしたから。

 今日のオークションでなんとか3番手にのし上がれれば、まあ彼等か、彼等の手にあるいずれかのお家がそうなっていたのかもしれませんね」


 そうだとするならば、先程のミノタウロスのジョブマニュアルの結果は、彼等にとっては最悪だろう。

 リュカは、連中の作戦を利用し、しれっと自分の利にしてしまった。


 ジルベーヌなら、値上がりし続ける競り値を上手くいなして、必要最小限の額で値を止めたうえで競り勝つことは出来ただろう。

 しかしリュカは逆にその値上がりを利用し、今年の史上最高額で落札してしまった。


 オークション主催者に収める手数料も、当然史上最高額となる。

 聖アウロス派は他の商品で落札はしていたものの、あくまで自分達の檀家の総合支出でしかない。

 候補者第3位を名乗るためには、あくまで教会の司祭が落札したというネームバリューが必要だった。しかしそれは叶わなかった。


 結果、檀家達に金を無駄に出させるだけ出させただけで終わる、非常に中途半端な結果に終わる事となった。

 これほどまでに檀家に出資を募ったうえで目的を達成できなかった聖アウロス派は、流石に痛手だろう。


 ロゼッタ家は事件を企てたうえに失敗し、それが明るみになった。

 ランスター家は、下位の者に足元を掬われ、波に乗れなかった。

 その足元を掬った側であるはずの聖アウロス派も、肝心な部分を落としてしまった。

 第1・第2候補だけでなく第3候補すら失脚した六老聖の空椅子争いは、今後も混迷を続けるだろう。

 あるいは当面は、このまま一脚欠いた体制のまま、崩れたバランスのまま国政は続くのかもしれない。



 聖アウロス派の台頭を潰し、ついでにランスター家の台頭をも潰し、そこにリュカの名が躍り出る。

 がしかし、それは宣戦布告と同意義でもあった。


 リュカはグランディルの王女の一人ではあるが、あくまで第4子としての立場でしかない。

 今回はあくまでも『冒険者ギルドの一員』という立場である。

 がしかし、そんな立場を越権するほどの金額を注ぎ込んできた。

 一介のギルド職員が出せる金額では無い。『王国としての予算』に手を出した、と見なされてもやむを得ない額である。


 聖アウロス派を、ついでにランスター家を、『王女』の立場として潰した……と言う事となる。


 それは第4子である王女が、自分より上の3人の兄弟に喧嘩を売るのと同義であり、彼らが傀儡とする六老聖システムそのものにも喧嘩を売ったのと同じである。


 さらにはそれに『冒険者ギルド』と、彼女が婚約している『勇者オーディール家』をもついでに巻き込んでしまう行為でもある。

 これまで慎重派として裏でのみ行動していたリュカにとっても、大胆な一手であった。



 今後は冒険者ギルドの『敵』が多くなる。

 それはジルベーヌが予感していた事ではあった。そう思っていたからこその共闘作戦だった。

 しかしリュカのおかげで、それが明確に、しかも早足で訪れる。

 そうせざるを得ない程に、聖アウロス派の台頭は厄介な事案だった。



 この国の、そして冒険者ギルドのバランスは崩れていく。

 それが目に見えるのは、もう少し未来かもしれない。しかしすぐ先かもしれない。



「こうなったら、ソレーヌにはもっと頑張ってもらわないとね」


「そうですね。あ、そうだ。クルスお姉さまにも協力していただましょう」


「女勇者チームは、しばらく第7に留まらせる、と?」


「まあ最も、私がお願いせずとも、お姉さまはそのおつもりでしょうけれども」



 王都や第2支部は盤石で、その牙城を覆せるものはなかなか現れないだろう。

 そうなると、キーとなるのはやはり第7支部。

 分不相応のジョブマニュアルの片方の落札に成功した、かの弱小支部。

 ギルドだけでなくいち地方としてもまだまだ危うい。周囲にはウィークポイントに見えるだろう。

 そこのサブマスとなったソレーヌがどこまで踏ん張れるのか。

 そして、そこに所属する冒険者達がどこまで活躍できるのか。


 ジルベーヌは眉間に皺を寄らせ、リュカはいつもの笑顔で微笑むのだった……。




*********************************




「クソッ……クソッ!!」


 モニナの礼拝堂の執務室にて、『星の君』と呼ばれていた司祭が荒れ狂う様に暴れている。

 サイドテーブルの上の花瓶を投げ飛ばし、椅子を蹴り飛ばし、平すら周囲の者に当たり散らしていた。

 お付きのシスターや小姓が怯えるようにそれを眺める。


「もうそろそろお辞めください。皆怖がっていますよ」


 入口より現れた、一人の若いシスターが、諫めるように穏やかな口調で、その司祭を止めに入る。


「……おお、君か」


 怒り狂ったように暴れていた司祭は、その声を聞くと不気味なほど静まり返り、猫撫で声のような声色で、その若いシスターに話しかける。

 彼女はにこりと微笑み返す。

 その目は、白い布で覆われていて、見えない。



 司祭と目隠しをしたシスターは、モニナの教会内の秘密の隠し部屋の中に入る。

 古来より、教会関係者が若いシスターと"楽しむ"ための部屋だった。

 その部屋を知るものは数少なく、知っていたとしても、中年男と若いシスターの組み合わせを問題視する者は、この教会内にはいない。

 声も外へと漏れないため、密会に適した場所だった。



 シスターは、あたかも目隠しなど存在しないが如く普通に部屋の机に飛び乗り座り、靴を脱ぎ、司祭へと足を差し出す。

 司祭は跪き、シスターの足を愛でる。


 まだ幼なさを残すと言ってもいいシスターと、上役であるはずのその司祭は、この秘密の部屋内においては、主従が逆転していた。



「困ったことになりましたね」


「うっ……」


 優しく語るシスターの声だったが、司祭は言葉に詰まる。


「大物の落札を逃して、しかも相手に最高額を与えてしまうなんて……本国のお偉い様に知られたら大変ですよね」


「ど、どうすればいい? 俺はどうしたら!?」


「どう、って?」


「どうすればここから逆転できる?

 この失態を取り戻せる?」


「う~~~~ん……」


 シスターは、小悪魔のように小首をかしげ少し考え、そして言い放つ。


「無理、かもですね」


「えっ?」


「オジサマがここから復活できる道なんて、私には思いつきません」


「なっ……」


「もういっそ潔く、責任をお取りになったらよろしいんじゃないかしら」


 シスターは、目隠しの白い布をしゅるしゅるとほどきながら言う。


「『スライム』は採り逃す。『人形』さんも失敗。『鎧』さんは他の誰かに盗み返されてしまう。

 そのうえ『牛』さんの本も取り逃してしまうだなんて……流石にもう駄目だと思いますよ。

 でもここで潔く責任をお取りになられたら、ああ、最後は立派だったなって、みんな褒めてくれると思うんです」


 目隠しを完全に取り除いたシスターは、その閉じていた瞳を開き、司祭を覗き込む。

 その眼球は、全体が闇を吸い込んだかのように黒く、妖魔のように鈍く光る。


 その瞳に操られるかのように、司祭は懐からナイフを取り出し、自分の首元に向ける。

 ナイフを握る両手は逆らうかのようにぶるぶると震えていたが、司祭の視線は、シスターの漆黒の瞳から離すことが出来ない。


「今までありがとう。さよなら、オジサマ」


 シスターが微笑みながら後ろを振り返り、秘密の部屋を後にする。そして後ろで、ドサリと人が倒れる音がした。




「………………」


 司祭と別れた後、シスターは自分の部屋でぼんやりしていた。


「なんだ、ついに殺っちまったのかい」


 暗い影の中から、若い男の声が聞こえた。

 シスターは振り向かず、その声に答える。


「あら、私は『責任を取ったら?』と提案しただけよ。ノドを刺したのはあのクソオヤジの意思よ」


「そうかい?」


 シスターは無表情のまま、男の疑問に無言で返す。


「いやあ、今までよく我慢してこれたと思うよ。

 子供の頃から……何年だっけ?

 今までずっといいように扱われてきたんだろう?

 その目だって、そのアイツのせいでそういう風にさせられたんだろう?」


「……………………」


「なのに、あんまり嬉しそうじゃないね」


「こんなものなのかな、って思ってさ。

 殺したいほど憎たらしい奴だったけど、死んじゃったら案外つまらないものね」


「そうなんだ」


「これはこれで感謝はしているのよ、少しはね。

 お陰で手駒を増やすことが出来たわ。

 ……まあでも、この眼のチカラも所詮はこの程度止まりってところかな。

 結局本命は全部失敗しちゃったし」


「ああ、あのメルティ・ニルツの事かい?」


 男がその名前を出した途端、シスターは男をキッと睨む。

 その魔力を帯びた瞳は男には効かず、男はただ、やれやれとため息をつく。


「君の敗因はね、魔力うんぬんよりも、結局は経済力だと思うんだよ。

 いくらオジサマ連中から貢いでもらえても、若いシスターじゃあ限度ってものがある。

 そのへんのチンピラくらいしか雇えないから、上位の冒険者相手には全く通用しなかったんだ。

 君自身がもっと強くなって直接殺るか、あるいはもっと強い輩を雇えるくらいお金を持たないとね」


「……結局そっちに話を持っていきたいのね」


「そうそう。ほら、お仕事しようよ。

 儲からないシスターなんて辞めちゃってさ。ボクと一緒に行こうよ。

 がっぽがっぽ稼がせてあげるよ」


「……まあ確かに、()()()はもういなくなっちゃったしね……」


 シスターは再び布を目に撒き、その黒い瞳を隠す。

 当然ながら、視界は布地に覆われ、一切見えなくなる。

 がしかし、彼女が持つ魔力は、その代わりの世界を彼女に見せてくれる。おかげで不自由は一切ない。



「ところで、あのオジサマの死体、本当にうまくごまかせるんでしょうね?」


「まあ無理だったら、別の誰かのせいにさせてもらうよ。

 そういえば昨日サキュバスがどうたらって噂話があったし、そいつに殺られたって思わせておけばいいんじゃないかな」


「サキュバス……そんな魔物、本当にいるのかしら」


「どっちかって言うとキミのほうがサキュバスっぽいよね」


「うっさいわね……」



 その男とシスターは、教会の廊下を歩き、奥の部屋へと消えていった……。






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― 新着の感想 ―
やはり教会! 教会は敵! 異世界の教会は悪、知ってんだかんね! しかし瞳で相手を操る系の能力者…。 もしやシスターは、うちは一族の末裔ですか? そのうち万華鏡とか開眼するのかな? というかロニー君…
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