5-22話 12月27日 15:00 スライムレース
「それでは、スライムレース、本日第10レースがスタートです!」
ビ、ビ、ビ、ポーンという音と共に、目の前にあった板が外される。
それぞれ別の箱に入っていたスライム達がほぼ同時に出てくる。
私も一緒に飛び出し、レースがスタートした。
スライムレース場は、距離にしておよそ30メートルのコース。
人間のサイズではなんてことない距離だけど、この小さな体ではそれなりに時間はかかる。
1レース5分前後ってところかな。
他のレーンのスライム達は、いっしょうけんめいぴょんぴょん飛び跳ねながらゴールへ向かっている。
ゴールに餌があるっていう事が分かっているらしい。その餌めがけて一生懸命動いている。
早くゴールすれば、順位に応じて多めにボーナスの餌が貰えるので、みんな頑張っている。
私は……えっと、とりあえず、中身が人間だって事がバレないように、皆に合わせて飛び跳ねていこうかな……。
最初はぴょんぴょん飛び跳ねていた他のスライムだけど、みんな結構気まぐれみたいで、順位はころころ変動する。
「さあ、10メートル地点を通過し、トップだった3番が跳ねるのに飽き、ゆっくり這いずり始めてしまった!
それを追う2番、ああっとここで休んでしまった!
3番手だった7番はコースを外れて横に移動!
隣の6番と接触してしまったあああ!!」
――きゃっ!?
――わっ、ごめんなさい!! ……あれ、なにこれ、『コトバ』……??
隣を走っていたオレンジ色のスライムが私と接触する。
その瞬間、野生のスライムが持つはずの無い『言葉』と『思考力』を、接触により瞬時に習得し戸惑っている。
――なるほど、君は人間なんだね。人間って、あの壁の上にいる生き物たちの事でしょ?
――うん、実はそうなんだ。
7番オレンジのスライム君……『橙色T号』くんとお喋りする。
お喋りと言っても、スライムの思考は瞬時に伝わるので、たくさんお話をしたようで、人間の時間では1秒も経過していない。
――この『コトバ』って面白いね! みんなにも教えてあげよっと!
そう言うと、橙色T号くんは、ころころと転がって、他のスライムにそのままぶつかって行ってしまった。
「な……なんと7番! 転がって他のスライムの妨害をしたあああああっ!」
どうやら、こういう『転がる』移動って、今までレースでやったスライムはいなかったみたいで、実況のひとも観客の人もどよめいている。
これは……まずい事になったような……いやよく分かんないや。
15メートル地点に差し掛かると、ちょっとした上り坂になっている。
私達はその坂をぴょんぴょん飛び跳ねる。
――ここはちょっとサボっても怒られないよ!
――え、あ、そうなんだ!
4番の『緑色P号』ちゃんがくっついてきて、私にアドバイスしてくれた。
スライムは這って進むので、基本的には上り坂とか関係ない。なんなら壁にへばりついて移動出来たりする。
でも、坂の途中で休むと、観客の人間からは『スライムが疲れている』と思われ、盛り上がるらしい。
当然、私達スライムが疲れを感じることは無いので、あくまでそう見えると言うだけだけど。
18メートルからは再び平面となり、20メートル地点から3メートルくらいは下り坂になる。
レースもいよいよ後半だ。
私達はぴょんぴょん移動しながら、他のスライムとぶつかるフリをしてお喋りする。軽い接触くらいならよくある事らしい。
――ゲルダさん? いい人だよ。みんなにエサくれるし、優しくしてもらえるよ。
そう語るのは、1番『青のK号』くん。
ここに来る前、野生のスライムだった頃は、魔物や討伐に来た人間に怯える毎日だった。
でもここには天敵はいない。
レースをすれば餌は貰えるし、順位が低くてもこっそり追加の餌を貰えたりするそうだ。
……なんとなく思っていたけど、ゲルダさんって、けっこういい人なのかな。
いやでも、『強制服従』でこんな事させられるのはちょっと……。
――もうちょっとでゴールだね! 今回はウチがイチバン餌を貰うからね!
3番『黄色のQ号』ちゃんが、体をボール状にする。
せっかくできるようになった『転がる』の移動方法で、坂を一気に転がり落ちるつもりみたいだ。
――ずるい、マネしよっ!
2番『赤のAA号』ちゃん、5番『水色のY号』くんも、真似して転がり初める。
あれ、ひょっとしてこれまずい?
ゲルダさんからは『2位になって』って指示されてるのに。
……ん? でも、『2位になる』って、具体的にどうすればいいの?
えっとえっと……よし、こうなったら……。
「3体のスライムが坂を転がり落ちる!
負けじと1番と4番も転がる体制のようだ!
そして止まってしまった最後尾の6番『桃色M号』は……んっ? なんだこれは……??」
私は足を止め、地面に足元をくっつけて、体を後ろに伸ばす。そして……
――えいっ!!
ゴムの原理でぱちんと体を縮める!
魔物との戦いのときに時々使っている必殺技『ゴム化体当たり』の原理だ!
「6番、もの凄い勢いで飛んでいく!!」
実況の人も観客も大盛り上がり!
「いっけええええええ! まくれえええええ!!」
観客席でミークさんが私を応援している。
……え、ミークさん?
いつの間にいたの??
肩にはルーが乗っかってるし……。
……って、しまった、そんなこと考えてる場合じゃない。
早すぎる。
他のスライムをあっという間に追い抜いてしまった。
高速でぽんぽん弾みながら、ゴールめがけて一直線。
どうしよう、このまま1着でゴールしちゃう……。
こうなったら……えいっ!
「あああっ! 桃色M号、ゴール直前で潰れてしまったああああっ!!」
ゴールほんのちょっと前で、私は体をべちゃっと潰した。
潰れた体を戻すフリして、みんなが追い付くのを待つ。
下り坂が終わって通常のジャンプに切り替えたみんながぴょんぴょん跳ねながらラストスパートをかける。
そして先頭が通り過ぎた瞬間、復活したように見せかけて……えいっ!!
「優勝は4番『緑色P号』だああ!
転がり移動を駆使して優勝を掴み取りました!!
2位は初出場の6番『桃色M号』だ!
驚異の飛び出し力で驚かせてくれましたが、諸刃の剣だった! しかし執念で復活し2位でゴールインです!!」
観客は悲喜こもごも。喜んでいる人もいれば頭を抱えている人もいる。
ミークさんは喜んでいる。賭けてたんですね……。
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「お疲れ様、メルティちゃん。凄かったわよ」
ゴールの出口の先でゲルダさんが待ち構えていた。
「アナタもすごかったけど、他の皆も凄かったわ。はい、1位の緑君には特別ボーナス!」
ゲルダさんは緑色P号君に餌を与える。緑色P号君はそれを喜んで食べる。
他のスライムも、順位に応じた量の餌を貰える。
「橙くんは妨害行為で失格だからボーナスは無しね。さっきのは凄かったけど、もう二度としちゃ駄目よ」
橙色T号君は、私が最初にコトバを教えたスライム。それをみんなに伝えただけだけど、人間視点ではレースを妨害したと見られてしまった。
がっかりしている橙色T号君に、他の皆が餌を分けてあげている。
「あら……みんないつの間に仲良くなったの?」
そんなみんなを見て、ゲルダさんは嬉しそうに笑った。
「これ、アナタのおかげ?」
ゲルダさんは私を見る。
私は喋れないので、何も答えない。
「……まあいいわ。
さて、次のレースまで時間があるから、皆は休んでいていいわよ。
メルティちゃんはこっちに来てちょうだい。
あ、また人間の姿になってね」
やっぱりというか何と言うか……ゲルダさん、スライムが好きみたいだ。スライム達もそんなゲルダさんになついている。
みんな意思表示できるようになった事で、だいぶはっきりと好意を表せるようになった。
対して、人間にはちょっと当たりが厳しい。私だけじゃなく、カジノの他の同僚に対してもそうだ。
人間不信、っていうものだろうか。
私をこうして操っているのは許せないけど……。
「……ごめんね」
ゲルダさんは私に対して謝る。
まだ人間への変装途中で、体が透けているせいか、私を見るゲルダさんの視線は最初ほど嫌なものじゃない。
スライムのみんながこちらを見ている。
なんだか不安そうだ。
なんでゲルダさんは悲しそうなのと訴えている。
「スライムのみんなの言ってる事、分かるのね」
「…………」
私はこくりと頷く。
「……みんな、私の事恨んでいるでしょ?」
「…………」
私は首を振る。
「ダメよ、本当の事教えて」
う~ん、この命令はちょっと困る。
私は嘘を教えているつもりは無いんだけど……。
「……あの、私ね…………」
ゲルダさんが何かを言おうとしたその時、控室に入ってくる人たちがいた。
「メルティちゃん!」
「よっ、ここにいたか」
ロランさんとミークさんだった。
それぞれの肩には、アオとルーもいる。
「あ……」
私の仲間だと気づいたゲルダさんが、残念そうな、辛そうな顔をする。
「メルティちゃんを返してもらおうか」
「おっと、喋るなよ」
ミークさんがゲルダさんを脅したおかげで、強制服従の指示を出せない。
私は後ろを振り返りながら、ロランさん達のほうへ行く。
アオとルーがこっちに近づく。
「……待って! 行かないで!」
ゲルダさんが叫ぶ。ミークさんがナイフを構え、ゲルダさんをさらに脅そうとする。
でもそれを私は止めて、ゲルダさんのほうを振り返る。
「ゲルダさん」
私はゲルダさんに向かって話しかける。
アオと合流したおかげで、私は言葉を取り戻すことが出来た。
「…………!!
喋れるようになったのね。そっか……じゃあもう、強制服従は効かないわね……」
「えっと……はい」
本当は喋れるようになっただけで、多分まだ強制服従の効果は効くんだろうけど。
まあうん……勘違いしてくれてるみたいだし、そういう事にしておこう。
「ゲルダさん……あの、事情は分からないですけど……もう、誘拐だなんて真似はしないでください」
「……でも」
「ここのスライム達、みんなゲルダさんの事が好きなんです。
この子達を悲しませないで」
「………………」
がっくり膝をついて泣き出しそうなゲルダさんに私は近づき、そう言葉をかけてあげた。
ゲルダさんはこくりと頷いた。
ゲルダさんに挨拶し、控室から出ようとしたとき……部屋の外が騒がしくなった。
ドカドカと争うような音が聞こえる。
カジノのスタッフが数人、控室に飛び込んでくる。
「な、何があったの!?」
「襲撃です!!」
ゲルダさんの質問に、男のスタッフがそう答える。
少し後、その襲撃者らしき男が部屋に飛び込んできた!
「メルティ! ここにいたんだな!!」
「…………えっ?」
私の名を呼ぶその男の人の顔を……私は知らない。
「だ、誰ですか、あなた!?
この子に何の用が!?」
ゲルダさんが男に向かって叫ぶ。
「お前が魔物使いだな! その子を渡せ!!」
ゲルダさんをそう怒鳴りつけた男。
私は思わず、ゲルダさんの前に立ちふさがった。
「め、メルティ!?
……そうか、その女に操られているのか!!
その子の服従を今すぐ解け!!」
え、えっと……誰だろうこの人。
見覚えがあるような気もするけど、知らない顔……。
でも、私の名前を知っている。
そして私を連れて行こうとしているって事は……
ひょっとして、この人も誘拐犯!?
私の前に、さらにミークさんが立ち塞がる。
「誘拐犯のアジトの中に、別の誘拐犯が乗り込んでくるたぁ……やっぱりモニナって終わってんなぁオイ」
「な……なんだお前。メルティみたいな格好して……
替え玉まで用意してやがったのか!!」
ロランさんは、男の横のほうに移動し、隙を伺っている。
でも……焦りが伝わってくる。
ロランさんも感じている。この人、強い。隙が無い。
ミークさんがワクワクしてるくらい強い人だ。
……でも、何だろう。なんかこう、何か誤解があるような……。
さらに部屋に飛び込んでくる人影。
今度は女の人だった。
その人は、誘拐犯の男に話しかける。
「ちょっと……待ってよ、『エクス』君ってば!!」
「止めないでくれ、『リゼ』」
女の人は誘拐犯をエクスと呼んだ。
……やっぱり知らない名前だ。
「逃げましょう!」
ゲルダさんが私に叫ぶ。
確かに、ここはミークさんに任せて、一度引いたほうがいいかも……。
私はゲルダさん、そしてカジノのスタッフさんと一緒に裏口へ移動する。
「君はこっちへ!」
地上への避難階段の途中、カジノのスタッフが私に声を掛ける。
ゲルダさんと私、二手に分かれる作戦のようだ。
私とスタッフさんの2人は、地上の路地裏へと出た。
その時……私のお腹のあたりに、何か衝撃のようなものが走った。
「……えっ?」
私は思わず、スタッフさんのほうを見る。
「ハハ……やった!
馬鹿な襲撃者のおかげで隙が出来たぜ!」
スタッフさんは嬉しそうに……しかし邪悪な顔で笑う。
「やっと見つけたぞ、サキュバスめ!
よくもこの俺をコケにしてくれたな!
だが、貴様はこの俺、ムートル・クライムが仕留めたぜ!」
「へっ? サキュバス??」
えっ……えっと……何の事??
「そのナイフには毒が仕込んである!
ゼルゲンをそれで仕留める予定だった毒を、より高濃度にしてある!
いかにサキュバスだろうと、貴様はもう助からない!
すぐにでも毒でのた打ち回り、貴様は苦しんで死ぬんだ!
さあ、苦痛に悶える顔を俺に見せて……くれ…………」
「……えっと、あの……」
笑っていたスタッフさん……えっと、ムートルさん?は、笑うのをやめて私を見る。
「……何故、苦しまない?」
「ええとその、何の事なのか……どこから誤解を解いたらいいか……」
「毒はどうした?」
「えっと……とっても美味しいです」
「は?」
昨日ゼルゲンさんのお部屋で食べた毒と同じ味。
でも、それよりはるかに濃厚で、何倍も美味しい味。
「何故ニヤけている」
「すみません……美味しすぎてつい……」
「………………」
「……………………」
……何だろう、この間は。
「クソッ! 来い!!」
ムートルさんは突然、私の腕をおもいっきり掴む。
そして腕を握ったまま走り出す……。
「メルティちゃん!」
「あ、ロランさん……」
ロランさんが追い付いてくれた。
「……何があったの?」
「いや、何が何やら……」
「メルティちゃん、その腕……どうしたの?」
「えっとその……なんか、盗まれました……」
「へっ??」
全く分からない。
何故スタッフさんは、私の事をサキュバスだと呼んだんだろう。
何故突然、おいしいものをプレゼントしてくれたんだろう。
何故、私の腕を引き千切って走り去っていってしまったんだろう……。
エクスという誘拐犯と、ミークさん、ゲルダさんの様子も気になるし……
いろんな事が一気に起こり過ぎて、もう本当に何が何だか……。




