5-序 【ミノタウロスにまつわる伝承】
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むかしむかし、ミノス島のとある王国に、ひとりの王がいました。
王はかみさまにいのりました。
かみさまをしんじている証として、この島のしはいしゃの証として、おうごんの牛をおくってください、と。
かみさまはそれを認め、王におうごんの牛をおくることにきめました。
しかし、かみさまはじょうけんをだしました。
あとでかならず、おうごんの牛をかえしなさい、と。
おうごんの牛をうけとった王は、島のしはいしゃになることができました。
ときがたち、おうごんの牛をかえすときがきました。
王は、とてもりっぱなおうごんの牛を、ずっとずっともっていたいとおもうようになりました。
そのため王は、ちがう牛をおうごん色にぬって、かみさまにかえしてしまいました。
それにきがついたかみさまはおこりました。
かみさまは、のろいをかけました。
王がそののろいにきづいたのは、おうひさまに子供が生まれたときでした。
王はそれをみておもいました。これはおうひさまと、おうごんの牛の子供だと。
おうひさまが、王ではなく、おうごんの牛を愛するようになる呪いだったのだと。
おうひさまがうんだ子供は、牛のあたまのこどもでした。
いかりくるった王は、めいきゅうをつくって、牛のあたまのこどもを、そのなかにとじこめました。
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ご覧いただいたのは、魔物『ミノタウロス』にまつわる伝承のうちのひとつ、その前半部分である。
ご存じの方も多いかと思われるが、この物語の続きは、『牛の頭を持った子供のために幾人かの生贄が捧げられ、子供は怪物と化し、それを阻止しようとした英雄の手によって怪物は討たれる』……と続く。
この手の伝承は、古代の歴史を現世に伝えるものとして語り継がれてきたものが多いが、しかしこのミノタウロスの伝承は、現代では偽史、架空の物語だとされている。
伝承を否定する理由はいくつかあるが、その理由として最有力なのは、この伝承に登場する『ミノス島』という地名が実在しないという点だ。
この伝承がどこで生まれたのかは定かではない。
『異世界から来た人物が伝えた別の世界の物語』などと出鱈目を語るものすらいる。
当然ながら、教会の教えに背く『異世界説』など、到底信用できるものでは無い。
(※翻訳者注:当書物は、現在より300年以上も前の年代のものだという事をご留意願います。
現在の教会では『勇者は別の世界からこの世界へと召喚されてきた人物である』との伝承が主流ですが、当時このような考えは一般的ではありませんでした)
この『ミノタウロス=ミノス島の魔物』という概念を否定するもうひとつの理由として、『オドの遺伝伝達』というものがある。
当資料によると、頭が牛の魔物は、『黄金の牛』と『人間』とが交配して生まれた存在だとされている。
これはあり得ない事である。
この世には大別すると、2種類の魔法的エネルギーが存在する。
大気中に存在する自然エネルギーである『マナ』と、生物の内部に内在する『オド』の2種類だ。
生物として、種族としての『牛の頭の人間』は、確かに歴史上には存在していた。
かつて『牛頭族』と呼ばれていたとされる種族である。
この牛頭族が魔物化した生物が、今日で言われるミノタウロスであるとされている。
しかし、ヒト族と牛頭族は、オドの形が全く異なる、別の生き物である。
例えば、『ヒト族』と『犬耳族』が夫婦となり、その子供が産まれたとする。
その場合、産まれた子供は、ヒト族か犬耳族のいずれかである。
基本的には、子が男児の場合は父親、女児の場合は母親の種族としてこの世に生を受ける。
稀に逆転して生まれる場合も少数ながら存在するが、いずれにせよ、『種族が交じり合って』産まれてくることは無い。
これは生命体が持つ『オド』の形状によるものである。
ヒト族にはヒト族型のオドが、犬耳族には犬耳族型のオド、猫耳族には猫耳族のオド……と、種族でそれぞれオドの形は異なる。
オドとは言わば、生物の設計図のようなものでもある。
これが『ヒト族』と『エルフ族』のように、オドの形状が近しい存在ならば、『ハーフエルフ』のように、オドの形状が交じり合った種が生まれるという事は考えられる。
教会の頒布する『オドの樹』の図表に近接して描かれている種族同士なら、各種族のハーフが産まれてくる可能性はあり得る。
『ヒト族』と『牛頭族』は、オドの樹にはほぼ反対の位置に描かれている。
万が一にも、ヒト族と牛頭族のハーフの子供が産まれてくるという事は無い。
ましてや伝承の牛は、人獣型の生物ではなく、四ツ足の獣そのものである。なおの事あり得ない。
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現代では『勇者と魔王の時代』と呼ばれる事もある、魔王軍と人間軍の戦争の時代を記した歴史書物。その初期の記録に、牛頭族の名前を確認することが出来る。
勇者が登場した終盤期では、『魔王軍』と『人間軍』の2つに統合され戦争を行っていたが、それより以前は、各種族たちがそれぞれの地域で土地の支配権をかけて争う、いわば戦国時代であった。
戦国時代初期は、人間軍は『ヒト族』が、魔王軍は『悪魔族』が収める、それぞれ小さな国家もしくは集団だった。
後にヒト族側に犬耳族・猫耳族・エルフ族たちが合流し『人間軍』となった。
一方、悪魔族側にも、小鬼族・黒山羊族・翼人族などが加わり『魔王軍』となった。
犬耳・猫耳族から分離独立した獣牙族のように、両方の陣営に参加していた種族もある。
最後まで独立勢力を保つことが出来た竜翼族や巨人族、上手く両陣営を渡り歩いたドワーフ族など、中立的立場を貫き通せた例外もあるが、基本的には両軍勢とも、小勢力時代に隣接していた別の種族と領土を争い奪い、あるいは同盟や従属により吸収合併され、その勢力を大きく伸ばしていく事となる。
『牛頭族』は、悪魔族側の領土に程近い場所に在していた種族である。
史実としての牛頭族は、現グランディル国第6地区最南部のシシリス島に住んでいた種族である。
訪れたことがある方ならお分かりだろうが、シシリス島は島と言っても、地方中核都市の4倍もの面積を持つ非常に大きな島である。
また、隣接するスティバル半島との距離は僅か26メセタ(約8.5km)ほどで、そこに架けられたシシリア大橋により往来が可能である。
この大橋は、戦渦に巻き込まれるたびに崩壊を再建を繰り返すことになるのだが、このシシリア大橋を最初に建造したのが、この牛頭族と呼ばれている。
大きく発達した頭による頭脳、隆々たる筋肉を持つ牛頭族は、古代種族の中でもかなり高い文明を有していたと言われている。
しかし、魔王軍の侵攻により、牛頭族は歴史上から消滅する事となる。
前60年頃から第6地区北部に悪魔族軍が侵攻を開始し、5年後の前55年頃には、北部を支配する黒山羊族を傘下に収める。
既に掌握済だった小鬼族や各種獣人族の一部なども加わり、それまで小国の主であった悪魔族軍は魔王軍と名を改め、さらなる領土拡大のために各地へ宣戦布告する。
第6地区南部に位置していた牛頭族も、この頃に侵略を受けた種族のひとつだった。
魔王軍が北部と東部に進軍するにあたって、後方の南部に位置する牛頭族の領土は邪魔なものだった。後方の愁いを断つために魔王軍は牛頭族軍の領土に侵攻し、3年後の前52年頃には、シシリス島は魔王軍に占拠される事となる。
多くの牛頭族はこの戦いにより命を落とし、僅かに生き残った牛頭族は、自ら築いた砦に立てこもり、以後はゲリラ活動で魔王軍と戦っていく事となる。
『牛頭族』が『迷宮の魔物』と呼ばれる所以は、この事実によるものだとされている。
牛頭族は魔王軍の侵攻を防ぐため、自分達の砦を要塞化した。そこへ至るために道はさながら迷宮のように複雑に入り組んで造られ、進軍しようとする魔王軍を苦しめた。
牛頭族はその後10年ほども迷宮で籠城戦を続ける事となり、魔王軍の侵攻を10年遅らせたとされている。
しかしながら、牛頭族の末期は悲惨なものだった。
魔王軍側は迷宮侵攻から包囲作戦へと切り替えたため、戦いは長期化。兵站も絶たれ始めたため、多数の餓死者を出す。
また、狂わせの魔素により狂暴化し、牛頭族が仲間の牛頭族を喰らうという事態にまで発展した。
最終的に、魔王軍が翼人族を従属的不平等同盟により傘下に収めた事により制空権を有し、迷宮上空から侵攻が可能となった事で、牛頭族との戦いは終結する事となる。
牛頭族によって作られたはずの迷宮。それは最初は自らの命を守るためのものだった。
しかし後にそれは自らを閉じ込める迷宮となり、牛頭族は『迷宮に閉じ込められた者達』へと変化していったのである。
なお、全ての牛頭族が迷宮へと立て籠もったわけではない。別の選択肢を選んだ者達もいる。
迷宮には加わらず、難民として他の場所へ逃れた者達である。
記録に残る最後の牛頭族は、現第7地区南東部のモニナ村(現モニナ国)へと逃れた一団である。
がしかし、前23年頃の魔王軍の侵略により、彼等も命を落とす事となった。
ごく少数のみ、魔王軍側の軍勢に牛頭族が加わったとされる文献もある。
魔王軍に編入され、黒山羊族・小鬼族・翼人族らと共に、星の名を冠した将軍のひとつに加えられたとされる資料もある。
どちらが正しいのか、はっきりとした証拠は現在までに発見されてはいない。
いずれにせよ、魔王の時代が終わる頃には、牛頭族は滅亡してしまったのは確かなようである。
(※翻訳者注:本文内にある『星の名を冠した将軍』は、十二星将と呼ばれるものだと思われます。
悪魔族の配下となった十二の亜種族に、ひとつずつ星を与えたとされています。
現在の歴史書では『六魔将』と呼ばれる組織形態が有名ですが、十二星将は、六魔将より以前の組織形態だったと思われます)
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歴史に中に消えた『牛型の獣人』が、再びこの世に登場するのは、魔王崩御から200年後である。
この頃から、魔王軍の遺構を探索し宝を得る『冒険者』なる職業が登場し始めた。
その冒険者が牛型の獣人を目撃したと報告したのが、牛型の獣人復活の瞬間である。
このような証言は、主にグランディル国中央部や南部に、同様のものが多く報告されている。
ある日、冒険者が遺跡の奥深くに入ると、とある部屋にきらきら光る謎の物体を発見。
それに手を触れると、その中から魔物が飛び出し、周辺は牛の頭の魔物が闊歩する場所となった。
かろうじて逃れることが出来た冒険者だったが、それ以後、その遺跡には、牛の頭の魔物ミノタウロスが現れるようになった。
封印から解き放たれたミノタウロスだったが、何故かその迷宮から外に出てくることは無かった。
何故、迷宮から彼らは出てこないのか。
彼らは日の光の元へ出ると、その身を保てず崩壊してしまうかららしい。
人々は、『迷宮に閉じ込められた魔物』だと噂した……。
この話の真偽はともかく、ミノタウロスという魔物が迷宮の外へ出てこないのは事実である。
何故、突如ミノタウロスが時代を超えて現れたのか。
様々な説があるが、いずれも確かなものではない。
牛頭族の没後200年ほど経過しているにも関わらず突如現れた魔物であるため、ミノタウロス達が牛頭族の生き残りだとは考えにくい。
『封印』のおかげで命を保てたとの見方もあるが、ミノタウロスが出現した遺跡には高度な封印設備や宗教的装飾は確認されておらず、この説は否定されている。
経典を知らぬ不信者たちが『異世界からやってきた魔物だ』と勘違いするのもおかしくは無い。
その不知が、先に述べた『ミノスの魔物』の創作寓話と混じり、現在のミノタウロス伝説を作り上げたと推測できる。
現代に復活した魔物。
偽伝承から派生した馬鹿げた噂をあえて使うなら、『異世界から来た魔物』。
それが、ミノタウロスという魔物である。
(翻訳者あとがき)
翻訳家でもない私めが、かの御高名な聖アウロス氏の書物の訳に携わらせていただくのは恐れ多い事でしたが、古マルセイエス語の知識を買われ、友人から懇願される形で、本書の翻訳を務めさせていただく事となりました。
寒村の牧師業とはいえ、本職と村の子供達の授業の傍ら、当書物の翻訳と執筆を続けるのはいささか大変でしたが、なんとかこの一冊を世に出すことが出来ました。
翻訳者としても宗教家としても浅学の身ゆえ、翻訳に一部自信が無い部分はありますが、可能な限り原典に近づけたと思いますので、どうかご容赦ください。
なお、旧聖アウロス派が主流の時代における書物であるため、一部現在の教義とは異なる部分が存在します。
該当部分をどうするか非常に迷いましたが、なるべく原典のまま記し、代わりに本文内に注釈として追加する旨をご容赦ください。
最後に、翻訳の依頼し、かつ翻訳作業を支えてくれた我が友人、メリアドール・フォンセ・グラスロード様と、彼女の弟ミゲル様、絵本等の貴重な資料をお貸しくださったデュシャン・ショルム氏、歴史研究家のボガード・リュナン氏には、多大な謝辞を述べさせていただきたく思います。
1009年 青草の月 雪融け残る村の教会にて
【ミノタウロスにまつわる伝承】
著 聖アウロス・アマデウス
訳 ネモ・ブルージュ
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「大変貴重な本をお貸しくださいまして、誠にありがとうございました。
おかげで助かりましたわ、ゲオルグ様」
古今東西、色とりどりの料理が並べられた会食場に、一人の男性と女性が座っていた。
そのうちの女性のほう、冒険者ギルド王都本部の職員であるリュカは、対面に座る男性、ゲオルグに謝辞を述べる。
「いえいえ、こんな文献でよろしかったらいくらでも。
ところで、本当に……この後?」
「ええ。『ミノタウロスのジョブマニュアル』が落札されれば。
それが例えどんなお方に渡るかは分かりませんが……必要になるはずですわ」
「そうですか……」
ゲオルグは、大きくため息を付いた後に続ける。
「……了解です。
このモニナの、ひいてはグランディル王国のため……」
「ありがとうございますわ、ゲオルグ様」
リュカは、にっこり笑ってそう礼を述べた。
「さあ、どうなりますかね……」
ホテルの自室に戻り、リュカは考える。
『ミノタウロスのジョブマニュアル』の落札に動く有力落札者のうち4組が、冒険者ギルドの職員たち。
まず第2支部のジルベーヌ一行。
女勇者チームを要する王都ギルドのバルダー。
そして、第7支部ソレーヌの代理、マリナ。
そして、王都ギルドのもう一組である、自分こと『リュカ』。
果たして、彼らのうちの誰かがジョブマニュアルを入手するのか。
はたまた、モニナの闇の中へ消えてしまうのか。
それはまだ、誰にも分からない。リュカ自身でさえも。
「楽しませていただきますよ、皆様」
リュカは、そう静かに微笑んだ。
本日更新分のみ、次話(5-1話)を続けて公開しています。
次回より、3日ごとに1話の更新ペースで進めていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。




