閑話2 歩んできた道を
冒険者ギルドの通信装置の端末が、呼び出し音を鳴らしている。
私はそれに答える。
「はい。第7支部です」
『そそそ、ソレーヌかっ!?
めめめめ、メルティに、赤の依頼が、で、出たって……ッ!』
この声は……ああ、馬鹿女勇者。
今頃になって知らせを受け取っただなんて……。
「……連絡してくるのが遅いのよ……」
『え……そん、な……じゃ、じゃあ……』
「……つい今しがた、無事に帰還したわよ」
『…………へっ!?』
返事を勿体ぶったのは、流石にちょっと意地悪だったかしら?
インカムを付けたまま、私はカウンターのほうを見る。
つい先ほど、メルティ達はアイヒェ村跡地から帰還したばかりだ。
ワムオーの3人は別のクエストに出かけ、カルディは使い魔の手続きの書類に悪戦苦闘を始め、ファルマとシフは酒場へ消え、メルティの同期達の多くもそれに引っ張られていった。
カウンターには今、ぐしゃぐしゃに泣きながらメルティの話を聞くマリナと、フラッターの赤ん坊との大冒険を伝えるメルティの2人だけがいる。
『そっか……良かった、本当に良かった……』
通話の主は、涙目交じりの声で、心底ほっとしたような声を出している。
この馬鹿女勇者、とあるダンジョンの地下奥深くにまで潜っていたせいで、今日の今日までこちらの報告を受け取っていなかったようだ。全く間の悪い話だこと。
『それで……ソレーヌ。
メルティの様子はどう?』
私の近況の事も、ちょっとは聞いてほしかったなと思いながらも、まあさすがに状況が状況だったので、態度には出さない。
「そうね……楽しそうに、マリナと話しているわ」
『……そっか…………』
約半年前、今年の夏の頃の話だ。
「新人冒険者を募集してまーす」
その日、アルバイトの冒険者は、ギルドの前の通りでビラ配りをしていた。
「……その紙、見せてください……」
とある人物がその大通りの前を通りかかると、消え入りそうな声でそう言いながら、そのビラを受け取った。
「冒険者……そっか、これなら……」
そう呟いて、そのビラを受け取ったという。
後で私がそのアルバイトの冒険者から聞いたところ、そのビラを受け取ったのは、粗末な服を着た、1人の少女だったという。
9月になり、その年の第2期新人冒険者の講習会の日。
現領主の弟イルハス・ガーフィールドや、その同窓のスクール組といった錚々たる面々の中、ぽつんと、隅の方で小さく縮こまっている少女が一人いた。
あの日ビラを受け取った少女だという事は、一目で分かった。
新人講習会担当のマリナは、その少女を遠目から見た時、一瞬だけ驚いたような、憐れんだような表情を見せたが、すぐにその表情を隠し、他の面々と同じように平等に振舞った。
そして新人講習会の会議室に皆を招き入れ……その後どうなったかは、改めて語るまでも無いだろう。
その後マリナは、街の子供でもできそうな雑用を、簡単な依頼と称してその少女に斡旋し続けた。
そのおかげか、少女の顔は、そこそこ栄養の採れた顔色となっていった。
同期ロラン達のフォローも加わって、なんとかくらいついて生きているかのようだった。
一方私は、その少女の特殊な事情をこれ幸いに、彼女を冒険者ギルドから遠ざけようとした。
イルハス組ほど露骨に追い出そうとはしなかったが、冒険者ギルドの掲示板に『要回復魔法』だとか『スキル持ち歓迎』だとか、普段は付けずともいいような意地悪な条件を付け加えて提示していた。
ロラン組とマリナ、イルハス組と私。どちらが正しかったのか、今となっては分からない。
自分がしていた事を正当化するつもりは無いが。
貧相だった少女も、それなりの収入が1か月もあれば、やせ細った顔もそれなりに見てくれが良いものにまではなっていた。
少女に識字の知識があったのは意外だった。
この知識とこの血色の顔なら、冒険者ギルドのカウンターに立って、見習い受付嬢の業務ならばできそうかも……と思っていたところ。
例の、馬鹿女勇者の登場である。
馬鹿女勇者が持ち込んだジョブマニュアルにより、特殊だった少女の事情の更なる特殊性が明らかとなり、その後1週間の間、少女は馬鹿女勇者の弟子となった。
少女の様子が気がかりで、ちょくちょく修行場所に出入りしていたマリナから、その修行の様子が伝わってきた。
マリナ曰く、その少女は、これまでに無いくらい楽しそうな表情だった、と。
そう伝えるマリナの表情もまた、これまでに無いくらい嬉しそうなものだった。
基本的には暗く、塞ぎがちな少女ではあった。
だが、時折依頼ボードの前で、クエスト内容などを他の冒険者から聞いているときは、どことなくワクワクしたような、楽しそうな表情を僅かに覗かせる場面はあった。
恐らく、ああいう表情を、もっとたくさん見せていたのだろう。
なんとなく思う。
あの馬鹿女勇者の狙いは、本当は。
たくさん美味しいものを食べさせて。
たくさん奇妙で貴重な経験をさせて。
たくさん知識を与えて。
たくさんの楽しいクエストの話を聞かせて。
導こうとしたのだろう。
冒険者という職業は、こんなにも魅力に溢れたものなんだよ、と。
多分、あの馬鹿なら、少女の心の奥底に眠っていた願望にも気が付いていたのだろう。
生き辛い世の中に絶望し、あえて死と隣り合わせの冒険者という職業を選ぶ……。
そういう願望を抱いてギルドの門を叩く冒険者志望者は、決して多くは無いから……。
マリナの話では、どうやら少女の修行は、それはそれは楽しいものだったらしい。
それこそ、辛い俗世の事を一切忘れて、修行に打ち込めたかのように……。
『なあ、ソレーヌ』
「なあに、忙しんだけど」
『メルティに、聞きたいことがあるんだ』
「直接会って聞いたらいいんじゃない?」
『それはそうだけど……でも、うん……今はまだ』
この師匠も、弟子を今までほったらかしにしていたわけでは無い。
夜中にこっそり、私に連絡を寄越して来ることがあった。
メルティは元気か、メルティはどうしてる、と。
その度に私は、直接会いに来たらと言うのだが、この馬鹿師匠は首を縦に振らない。
師匠は師匠なりに思う所があるらしい。
この馬鹿もかつては、これまでの全てを失い、体ひとつで冒険者の世界に飛び込んだうちの1人だ。
この馬鹿が、どんな思いで冒険者稼業に飛び込んだのか。
少なくとも私はこの男の、あの別れ際の顔を知っている。
そんな馬鹿も、他の冒険者に支えられて、1歩ずつ、喜びを得ていった。
少女にも、自分と同じ体験をさせたいのだろう。
が、そうは言っても、修行を終えてから今の今まで一度も会わない、それどころか連絡も直接取らないのはどうかとは思うんだけど。
なんだかんだ言ってるけど、結局は恥ずかしいだけでしょ。
おかげでこっちの目論見はちっとも進行しない。早く会いに来いこの馬鹿。
少女と同期の戦士の男が、いつまで喋ってんだと言いたげに遠くから少女を見てるわよ。
「で、聞きたい事って何?」
馬鹿師匠はもにょもにょと聞きたい事を述べたが……やっぱりいいや、何でもないと言って……そして、一歩的に通話を切った。
修行中のとある日、とある事件が起こった時の日。
師匠は弟子の少女に、こう言われたという。
私、強くなります!
強くなって、生き抜いて、クルスさんをぜったい悲しませない、そんな強い冒険者になります!
それまで、その少女に付きまとっていた、破滅的な願望の一切を断ち切るかのような、そんな宣言だったという。
生への執着を、希望を、その日師匠は確かに見た。
果たしてその師匠は、どんな表情でその宣言に応えたのかしらね。
赤の依頼で遭難し、雪降る滅びた故郷での体験は、少女にどのようなものをもたらしたのだろう。
一度記憶を失って、そして取り戻したそうだ。
それは、これまでとは、どこか違う決意を秘めたような目をしていた。
これまでの苦難をも、もう一度見つめ直すことになったのだろう……。
「マリナ、そろそろメルティちゃんを解放してあげなさいな。
オウル亭の人達も心配しているでしょうから」
馬鹿女勇者との会話を終えた私は、マリナとメルティをそう言って引き剥がす。
その間受付嬢業務を全て請け負ってヒィヒィ言っていたシィナが、助かったぁという表情を見せる。
名残惜しそうに、マリナがメルティに質問する。
「ねえ、メルティちゃん……。冒険者のお仕事、楽しい?」
これまでの、全ての思いが込められた質問だった。
そしてそれは奇しくも、先程馬鹿女勇者が聞こうとして、やっぱりいいやと言っていたものと同じ質問だった。
「はい、とっても!」
かつて、悲壮な表情で依頼ボードを見つめていた少女は、明るく元気にそう答えた。




