4-48話 また再び街へ
山道を降り、平地に差し掛かると、積もっている雪の量はそれほどではなくなってきた。
私達馬車一行は、アム・マインツの街を目指して進む。
「成程……この本の力で、君はこういう姿に……」
馬車の中で、私達は御者のおじさんとおしゃべりをしていた。
結局、御者のおじさんには、私がスライム娘だという事を隠し切れず、全てを打ち明ける事となった。
「おいオッサン、誰にも言うなよ」
ロランさんが御者さんに忠告してくれる。
「大丈夫、誰にも言わないよ。
……しかし、モンスター職のジョブマニュアルか……まさかこれがねえ……
前に見たときは、ちょっと変わった本くらいにしか思わなかったが……」
御者さんが、私のジョブマニュアルを見ながらそうつぶやく。
「えっ? この本、前に見たことがあるんですか?」
私は聞き返す。
「ああいや、これとは別の本だよ。確か、赤い表紙の本だったかな」
「……えっ!?」
思わず私は、大きな声をあげていた。
一緒に話を聞いていた、ロランさんとターシャさんも声をあげる。
「おおお、おじさん! それ、いつ!? どこで!?」
「ええと、確か……2年位前だったかな。
第2地区のお得意さんの貴族の屋敷で見せてもらったんだよ。
『我が家系に代々伝わる秘蔵の本だ』ってね」
「………………」
私は思わず言葉を失っていた。
モンスター職のジョブマニュアルは、私が知る限り4種類。でも赤い表紙の本ではない。
5種類目が、第2地区のほうにもあるの……?
「オッサン、その貴族って誰なんだ?」
ロランさんが、御者のおじさんに聞いた。
「すまない。秘密にしてくれって頼まれているんだ」
「……でも、本を持ってるって事は言っちまってるけど」
「あっ……ま、まあ……ハハハ」
御者のおじさんは笑ってごまかした。
「おい、本当に大丈夫か?
こんな調子で、メルティちゃんの事もぽろっと話してしまうんじゃ……」
「大丈夫大丈夫。ワシみたいな仕事は信用が大事だからね。
……一応聞くけど、もし誰かに喋ってしまったらどうなるんだい?」
「その時は、口を封じないといけません……なんとしてでも……」
私は御者のおじさんにそう言った。
「く、口封じ……」
言われたおじさんは青い顔でそう語る。
「メルちー、内緒にしてもらう事を口封じって言うの、止めたほうがいいよ……」
ターシャさんが私の耳元でそうささやいた。え、どういう事?
「あら、なんのお話?」
馬車の中に、リリーボレアさんと、他の乗客のお客さんが入ってきた。
「ああ、その、えっと……」
ロランさんが誤魔化そうとする。
その様子に、リリーボレアさんは事情を察したかのように私に近づき、私に魔法をかける。
「保温の魔法よ。これでどう?」
「あ、ありがとうございます……あったかいです」
私はリリーボレアさんにお礼を言う。
私はスライム娘だから、温度は感じない。でも、保温の魔法のおかげで、首の付け根のくっつき具合が良くなった気がした。
野生にいた時は自分の火の魔法で温度を上げていたけど、今はサイズが大きくなったし、雪溶かしで魔力を使うので、なかなか自分の体までは賄えなかった。
リリーボレアさんはにこっと笑う。
「リリーボレアさんって、魔法が使えるんですね」
そうリリーボレアさんに話しかけたのはターシャさん。
「生活魔法を幾つかね。戦闘向けの魔法は使えないから、冒険者としてやっていけるほどじゃないんだけどね」
「そうなんですか?
みんなに保温の魔法をかけてくれたし、魔力量は結構高いみたいなのに……」
「向き不向きはあるから、こればかりはどうしようもね」
そうなんだ……。
リリーボレアさん、すごい魔法を色々使えるのに……。
……あれ? 色々って何だろう。さっきの保温の魔法しか見たことが無いけど……う~ん?
リリーボレアさんとお話していると、私の身体の中から、もぞもぞとミドが出てきて、ぴょんとリリーボレアさんに飛び乗ってしまった。
「あ、こら、ミド!?」
いつもの様にミドは女の人の胸の飛び乗り……そして、不思議そうな顔をした。
あれ、どうしたんだろう。
不思議に思っていると、アオまで飛び出して、リリーボレアさんの胸に飛び乗ってしまった。
ミドはともかくアオまでこんなことするなんて珍しい。というか、初めて?
アオは、興味深げにリリーボレアさんの胸の上に乗っている。
「す、すみません、うちの子たちが……」
「ううん、いいのよ。この子、メルティちゃんの……お仲間さん?」
「は、はい……」
私は謝りながら、2匹を胸から降ろす。
……あれ、これって……?
ちょっとだけ胸に触ってしまった私を見て、リリーボレアさんが、内緒ね、と、私の耳元でささやいた。
私は静かに頷いた。
道中さらに一泊。アム・マインツの街へ帰還したのは、その日の昼前だった。
アム・マインツの街は、周辺に雪は無かった。
日陰に少し雪があるので、降らなかったわけではないみたいだけど。
ぬかるみの残る街道を馬車で進み、街の門をくぐり、そして冒険者ギルドに帰還する。
「メルティちゃん!?」
「マリナさん、いま帰りました。ご迷惑をおかけして本当にすみません」
「ううん……いいの……いいのよ、メルティちゃん。こうして無事に戻ってきてくれるだけで……」
カウンターから出てきたマリナさんが、私を強く抱きしめる。
「ま、マリナさん……そんなに強くされると、体が崩れちゃいます……」
「あ、ごめんね。つい……」
「いえ……」
ソレーヌさんも、奥の部屋から出てきて、静かに私に話しかける。
「メルティさん、お帰りなさい」
「ソレーヌさん……ただいま」
ソレーヌさんが微笑み、私は微笑み返す。
その後、今までの経緯をマリナさん達に報告する。
川から落ちて記憶を失った事。
放浪しているうちにフラッターに食べられて連れ去られた事。
フラッターの子供、フラちゃんと仲良くなって、一緒に過ごしていた事。
アイヒェ村に到着して、ヒクイドリと戦い、やっと記憶を取り戻せた事。
フラちゃんはカルディさんが連れて来てくれた。
私は、フラちゃんをマリナさん達に報告する。
「この子と一緒に居られたおかげで、私は助かったんです」
「そうなんだ……フラちゃん、メルティちゃんを助けてくれてありがとうね」
フラちゃんは、カァと鳴いた。
その後、捜索隊を代表してビターさんが報告を済ませ、クエスト成功報酬を受け取り、皆に分配する。私は助けられた側なのでもちろん報酬は無いけど。
私は、マリナさんといっぱいお喋りをした。
マリナさんはずっと泣きながらお喋りしていた。
ソレーヌさんに、そろそろ宿屋の人達も心配しているでしょうからと言われるまで、私はマリナさんとお喋りし続けた。
その間、カルディさんがフラちゃんを使い魔にする手続き。
その他もろもろの細かい事を済ませ、その日は解散となった。
ビターさん達『ワムオー』の皆は、その足で別のクエストに向かった。さっき帰ってきたばかりだというのにすごくタフだ。
リリーボレアさんは、マキノさん、イサクさんと一緒にギルドを出る。どうやら宿を案内してもらうらしい。
「また縁があったらお話ししましょうね」
「は、はい……」
私とリリーボレアさんは、そう言ってお別れした。
私達も、ロランさん達に加え、フラちゃんと一緒に、宿屋オウル亭へと戻る。
「メルティちゃん! 無事だったんだね!」
宿屋のおかみさんが、私を見るなり大喜びしてくれた。
「メルティさん!」
「メルティおねーちゃん!」
ネリーちゃんとザジちゃんも大喜びだ。
2人と抱き合うと、ネリーちゃんもザジちゃんも泣き出してしまった。
「もう、もういなくなっちゃ、やだよ」
「うん……ごめんね。心配かけて……」
抱き合っていると、私の身体の中からルーがぴょこんと飛び出してきた。
着地したほうを見ると、ミカおねえちゃんがそこにいた。
ルーとミカおねえちゃんは、ぴょこぴょこ飛び跳ねながら再会を喜んでいる。
「ミカおねえちゃん、ただいま」
私がそう話すと、ミカおねえちゃんは、おかえり。大変だったんだからねと、そう言ってくれた。
オレンジ色のスライムの活躍は、帰りの馬車で皆から聞いていた。
私はミカおねえちゃんに触れ、言葉では言い表せないほどのたくさんの感謝の気持ちを伝えた。
「それで……その子がフラッターの子供なのかい」
「はい。フラちゃんです」
私は、フラちゃんをおかみさんたちに紹介する。
大きなカラスでネリーちゃんとザジちゃんはちょっと怖がっていたけど、私が仲介するとすぐに打ち解けてくれた。
「この子、この宿屋で飼えますか?」
「まあ、まだ体の小さい子供みたいだから、メルティちゃんの部屋で飼うなら問題無いけど……」
「おかみさん、ありがとうございます!」
羽根やフンなどで部屋を汚さない事、汚したら自分で掃除する事を条件に、部屋で飼う事を許してもらった。
オウル亭は冒険者の宿なので、小さな使い魔であるなら、そのあたりは寛容してくれるそうだ。
「というかまあ、既にスライムが何匹も出入りしているから、今更じゃないか」
「あ、あはは……ですね……」
「フラちゃん、ここが私の部屋だよ」
私はフラちゃんと一緒に部屋に入る。
とても久しぶりの私の部屋は、とてもひんやりしていた。
私は寒さは大丈夫だけど、フラちゃんのために、暖炉に薪をくべて部屋を暖めた。
「ふう……」
私は机に据え付けの椅子に座り、一息つく。
するとフラちゃんが机の上にちょこんと乗ってきた。
「フラちゃん、人間の街はどう?」
私が聞くと、フラちゃんは、ちょっとうるさいけど面白いと話した。
フラちゃんはモンスターだけど、まだ巣から出てきたばかりの雛。人間と争ったことは無いので、人間に対して敵意は持っていないみたい。
不安だったけど、どうやら馴染んでくれているみたい。
午後は、ゆっくり休むことにした。
途中ターシャさんとミリィさんが部屋に入って来て、私達3人はいろいろとお喋りをして過ごした。
ロランさんも途中で顔を見せてくれたけど、女子達の輪だったので遠慮してくれたみたい。
夕方は、ロランさんも交えて、オウル亭の食堂で食べた。
フラちゃんのために、オウル亭のだんなさんが、お肉を用意してくれた。
フラちゃんは美味しそうに食べていた。
ネリーちゃん、ザジちゃんも加わったその日の夕食はとても盛り上がった。
夕食の後は、寝る時間になるまで本を読んで過ごした。
――やあメルティ。おかえり。
本を読んでいると、レイ君が部屋に入ってきた。
久しぶりだったけど、いつもと変わらない挨拶をレイ君はしてくれた。それはそれで嬉しかった。
「レイ君、ただいま」
――ミカに聞いたけど、大冒険だったそうじゃないか。
「うん。いろいろ大変だったよ」
その後レイ君と、少しお喋りをした。
「……あ、そういえば、オパールさんの本の知識、すっごく役に立ったよ」
私は、ヒクイドリと戦った時、銃を使って戦った事を話した。
――そうか。それは良かった。知識が早速役に立ったみたいで嬉しいよ。
「でも、使ってみて実感したけど……銃ってやっぱり怖い武器なんだね」
――そうだね。危険な力だ。その使い方、間違えてはいけないよ。まあ君なら大丈夫だと思うけどね。
「ほんとに?」
レイ君はそう言ってくれるものの、まだ自信は無い。
まだ雷魔法などを借りないといけないので使いこなすことは出来ないとはいえ、一度その手にした武器の事を考えるとちょっと震える。
――まあ、大きな力は危険なだけじゃない。誰かを守れる力でもあるんだ。得た知識を正しく使ってくれると信じてるよ。
そう言って、レイ君はニヒルに去って行った。
寝る時間になった。
いつものように水がめに入ろうとしたら、部屋の隅で、フラちゃんが少し寂しそうな顔をしていた。
「フラちゃん、一緒に寝よっか」
私は体を普通のスライムサイズに変え、フラちゃんに近づいた。
あの洞窟の頃の様に、その日は2匹で寄り添って眠った。
でも、暖炉のおかげで暑かったせいか、寝ているフラちゃんに蹴飛ばされてしまった。
結局いつも通り、私は水がめの中で眠ることになりそうだ……。
翌朝。
「じゃあ、メルティちゃん、行ってくるよ」
「皆さん、行ってらっしゃい」
私は、ロランさん、ターシャさん、ミリィさんが出かけるのを見送った。
今日のクエストに、私が同行しない理由。
それは、私が行方不明になっている間に出された、私の『赤の依頼』のためだ。
ギルドの規約には、こんなものがある。
『赤の依頼を出された冒険者は、復帰後数日間、クエストを受けることが出来ない』と。
まあ病み上がりなので療養のためというのが主な理由だが、その他にも別の理由がある。
だいぶ昔に、それを利用した詐欺行為があったらしい。
とある冒険者が、行方不明になったフリをして隠れて、赤の依頼が出された後にひょっこり出てくる。そうすると捜索隊は危険を冒さずにクエスト報酬が貰えてしまう。
『赤の依頼』の報酬金は、基本的には冒険者ギルドの保険金から出されるので、その保険金をせしめる行為は犯罪となる。
なので、赤の依頼を出されたことによる謹慎期間みたいな感じでお休みをしなければならないというルールが出来たそうだ。
というわけで、私はしばらくの間、冒険者活動を休業しなければならない。
「う~ん、どうしよう……」
部屋に戻り、私は1人考える。
赤の依頼を出しちゃったのは結局は私の責任なので、休業は仕方ない。
とはいえ、かなり長い間行方不明になった後、さらに5日間の休業となると、正直お金のほうが心配だ。
実質謹慎なので、ジョブ無しの頃のような簡単な雑用クエストを受ける事も出来ない。
「薪代や宿代もそうだけど……フラちゃんの餌代とかも必要だよね……」
部屋にいたフラちゃんがカァと鳴く。
「え、自分で取ってくるの?」
私が窓を開けると、フラちゃんは窓枠にちょこんと乗った。
森に行って来て、自分で餌をとってくると言っている。
「うん、でも……気を付けてね。危険な場所には入っちゃだめだよ。一人でモンスターと戦わないようにね」
フラちゃんは、大丈夫、と鳴いた。
まあ確かに……フラちゃんはフラッターの子供だ。
体格は大ガラスと同じくらいだし、子供とは言え、戦闘力は大ガラスよりはだいぶ強い。風魔法も使えるし。
この周囲のモンスターには負けないとは思うけど、万が一という事もあるし……。
「私も一緒に行ったほうがいいんじゃ……」
私がフラちゃんに聞くと、大丈夫、心配しないでと言って、空に飛び立っていった。
私が不安でいると、部屋にネリーちゃんが入ってきた。
「メルティさん、お客さんが来てますよ」
私が1階へと降りていくと、そこにはカルディさんがいた。
「やあメルティちゃん。フラちゃんの様子はどう?」
カルディさん、フラちゃんを心配してきてくれたみたい。
「それが、一人で狩りに行ってくるって言って、ちょうどついさっき飛び出して行っちゃって……」
「え、そうなの?」
どうやらカルディさん、フラちゃんと入れ違いになって、飛んでいくところを見ていないようだ。
「まあ、あの子も急に環境が変わったから、森のほうが伸び伸びできるとは思うけど……」
「あ、そっか……」
そうかもしれない。フラちゃんは口には出さなかったが、急に人間の街に住むことになったんだもんね……。
「やっぱり、私も一緒に行くべきだったのかな……」
「でも、メルティちゃんは休業中でしょ? 流石に怒られるんじゃない?」
「うっ……」
私が困っていると、カルディさんはペンダントのようなものを差し出してくれた。
「はいこれ。メルティちゃんに」
「え、これは……?」
「魔物使い用のアイテムだよ。もし使い魔に何かあったら、このペンダントが知らせてくれるようになっているんだ。
こういう事もあろうかと、用意しておいたよ」
カルディさんが詳しく説明してくれる。
このペンダントは、フラちゃんが首に巻いた首飾りに付いている石と連動しているそうだ。
もしフラちゃんが大きなダメージを受けるようなことがあれば、私が受け取ったペンダントが赤く光るそうだ。
ついでに現在いる方角も分かるようだ。
「こっちは……えっと、『南南西の森』ってところの方角かな」
南南西の森なら、一番強くても一角ウサギのはずだ。フラちゃんなら倒せる。
「僕も同じペンダントを持っているから、もし万が一フラちゃんの身に何かあったら行ってみるよ」
「いいんですか!?」
「いいっていいって。今日僕は休みだし。
それに、メルティちゃんの友達だけど、僕の使い魔でもあるんだ。僕にとってもフラちゃんは大事な仲間さ」
「カルディさん……ありがとうございます!」
カルディさんは宿屋から去って行った。
そうは言っても、その日はフラちゃんが心配で、何も手に付かなかった。
私は部屋で本を読んでいたけど、私は心配で心配で、ずっと上の空だった。
フラちゃんは、お昼前に戻ってきた。
「フラちゃん、おかえり~!
大丈夫だった? 怪我してない!?」
私が矢継ぎ早にそう聞くと、フラちゃんは大丈夫と言わんばかりにカァと鳴いた。
南南西の森は、やっぱりフラちゃんにとっては問題無い場所だったみたい。
大耳ネズミや一角ウサギは問題なく倒せるし、大ガラスも同じカラス仲間なので、縄張りに入らない限りは特に喧嘩にはならない。
森のスライム達は、最初はフラちゃんを警戒していたけど、フラちゃんに付いた私の気配を感じると仲良くなったみたい。みんなで一緒にモンスターと戦っていたらしい。
「良かった……フラちゃん、無事で良かったよぉ~」
私が涙を浮かべてそう言うと、フラちゃんは大げさだなあと言いたげにカァと鳴いた。
フラちゃんにとっては初めての街での生活だけど、なんとかなるみたい。
1匹フラッターと1人のスライム娘の街での生活は、なんとか上手くやっていけそうだ。
フラちゃん、赤ちゃんだと思ってたけど、あっという間に立派になったなあ……。
でも、その夜。
寝ようとするとフラちゃんはまた寂しそうに泣き、私は一緒に寝る。
そして寝ているうちに蹴っ飛ばされ、私は水がめに戻る。
寝るためにあやしてあげる生活が、今後しばらくは続きそうだ。
もう、フラちゃんったら、まだまだ赤ちゃんなんだから……。




