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私、スライム娘になります!  作者: 日高 うみどり
第4章 半透明な瞳に映るこの世界は

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4-45話 ロシュフォール商会の花

 グランディル共和国の中心部にある王都地区は、その周辺の地区の約5倍ほどもの広大な面積を持つ。

 がしかし、そのほとんどは自然そのままの場所であり、人間が居住できる範囲は存外に少ない。

 そんな決して多くは無い人間の居住地に、他地区の7倍ほどの人口が存在している。


 いまだ未発見のダンジョンや、手つかずの魔物の居住地域もそれなりに残っている。

 そのため、ギルド正規・非正規を問わず、その攻略のために訪れる冒険者達が、各小村落を訪れる事も少なくない。


 王都地区の南東部にあるオーソンの村も、そんな場所のひとつだった。

 周辺にはまだ未攻略のダンジョンが3つあり、未調査地区にはまだいくつかのダンジョンがあるとされている。

 905番街道という、さほど大きくもない道の傍らの村でありながら、ダンジョン攻略のために訪れる冒険者は非常に多く、またその冒険者への商売目的の商人達の往来も少なくない。




「やあ婆さん。相変わらず美人だね」

 

 オーソンの村のとある酒場の中で、私はその婦人に挨拶した。


「貴方こそ変わりないようで嬉しいわ。ええと……お名前は何だったかしら?」

 

「フォーグナー。ジェイク・フォーグナーですよ」


「そうそう、フォーグナーさん。

 嫌だわ。年を取るとすっかり物忘れが激しくなって、名前がとっさに出てこないんですもの」


「そんな事無いですよ。相変わらずお若くて、そしてお美しい」


 そう世辞を述べながら、私はその老婦人のテーブルの向かいに腰掛ける。



 ミシェル・ロシュフォール。

 ロシュフォール商会の会長夫人。夫が死没し未亡人となった後、大商会の会長となった。

 貴族階級で、上品な身なりでありながら、階級の垣根を越えた交流を重んじ、安酒場の酒と料理を好むため、こういう田舎の酒場内では非常に目立つ。

 私が若い頃から既に婆さんと呼ばれる程度の年齢だったはずだが、こうして酒場で肉料理をテーブルに並べてエールを嗜んでいる姿を見ると、既に中年の自分よりさらに20歳以上も年上だとは信じられないだろう。




 私はロシュフォール夫人と同じテーブルに座り、彼女に習って幾つかの酒を注文する。

 エールを片手に、軽い世間話を続ける。


 年相応の年寄りらしく、夫人の話題は主に自分達の子供の事だ。

 ロシュフォール商会は、国内では3番目に勢力の大きな商会で、王都周辺の地区にもその勢力圏を広げている。

 王都地区は長男に、北側地区は次男に、南側は四男、東側は長女とその婿養子、西側は家の人間では無いが信頼できる人物に、それぞれその運営を任せ、ミシェル自身はすでにほぼ隠居している身である。

 皆忙しくてなかなか会えないが、それでもこの間の誕生日には皆集まって、ささやかながら祝ってくれた。たくさんのお花をプレゼントしてもらった……などなど、とても嬉しそうに話す。


 こうして見ると、ごく普通の上流階級の、花を愛する、柔らかで優しい夫人に見える。




「私の話より、あなたのお話も聞きたいわ。

 確か、第7地区のギルドマスターになられたんでしたわね」


「ええ」


「冒険者ギルドのお仕事って、どんな事をなさるの?

 どんな冒険者さんがいるのかしら?」


「はは、まだ就職したばかりで、あまり面白いエピソードはありませんが……」


 そう前置きを置きながら、私はギルドの話を、差しさわりが無い程度に話す。

 部下の事、冒険者達の事、最近起こった街のゴブリン襲撃事件の事など……。



「……そうそう、そういえば」


 それまでの話と変わらぬトーンで、私はその話題を出す。


「ついこの間の事なんですがね。

 うちの新人冒険者4人組が、とある川のほとりの探索地でクエストを行っていたんですよ。

 がしかし、そこで盗賊の一味と鉢合わせてしまいまして」


「まあ」


「その盗賊は、何やらもめ事が会ったらしく、ついには仲間内で殺し合う状況になってしまったらしいんです。

 その最中に、運悪くウチの若い連中が出くわしてしまったようで」


「あらあら」


「まあ若い連中は新人だったもので、盗賊から逃走を試みました。

 がしかし、追跡を始めた盗賊の攻撃に巻き込まれまして。

 若い連中の1人が、増水した川の中に落ちてしまったんです」

 

「まあ……それで、その子はご無事だったの?」


「いいえ、未だ見つかってはおりません」


「それはそれは……可哀そうにね……」


 捜索隊の話ではどうやら無事ではあるようだが、少なくとも私がアム・マインツを出発したときには、まだ発見されていない。



「どうして、その子は川の中に落ちちゃったのかしら?」


「ええ、何でも、盗賊が魔法のスクロールを所持していたらしいんです。

 そのスクロールの爆発に吹き飛ばされてしまったうえ、爆発の衝撃で緩んだ地盤の崖崩れに巻き込まれてしまい……」


「それは……絶望的ね」


「……帰還した他の3人の報告を聞いた時、僕はその事に、ちょっとした違和感を覚えましてね」


「違和感?」


「どうして盗賊風情が『魔法のスクロール』なんていう高級で物騒な代物を持っていたんでしょうね」


「と言うと?」


「盗賊連中は、普通はそういうスクロールの類は持ち歩かないし、使いません。

 どっかの商人を襲ってたまたま入手する事はあるにせよ、戦闘で使うよりも、どこかで売り払う方が普通です」


「なるほど。でも、私は盗賊の事はあまりよくは存じ上げないのだけど……

 仲間内で殺し合いをしたのでしょう?

 そういう異常な精神状態なら、使ってしまう事もあるんじゃないのかしら?」


「まあ、普通のスクロールならば、そう言う可能性もあり得るかもしれませんが……」


「普通では無かったと、仰りたいの?」


「事件の後、部下に調べさせました。

 問題のあった盗賊との戦闘場所を。

 その調査で判明したのですが、そのスクロール、違法な代物だったようです」


「違法?」


「普通、スクロールの類を使用しても、それを使った『本人』は、その魔法を喰らう事はありません。

 そんな事故が起こらないよう、ストッパーを掛けています。

 がしかし、そのスクロールを使った本人は、その爆風に巻き込まれて死んだ……」


「本人が、スクロールの正しい使用方法を理解していなかったんじゃないの?」


「いいえ。これも調べましたが……爆死した盗賊本人は、元は第9地区の兵士の崩れモノでした。

 スクロールの正しい使い方を知らないはずがありません」


「なるほど……。

 その盗賊は、それが違法スクロールだとは知らずに使い、そして自爆してしまったと。

 でも、どうして盗賊がそんな違法なスクロールを入手していたのかしら?」


「それは分かりませんね。流石に入手経路までは。

 ただ、使用後のスクロールの破片に残っていたんですよ。『ロシュフォール商会』のロゴが」


「……あら」


「その違法スクロールは、あなたの商会で販売されたスクロールだったそうですよ」


「成程。それで今日、あなたは私をここへ呼び出した、という訳なのね」



 ふう、と一呼吸置いた後、婆さんは切り出した。


「ごめんなさいね、フォーグナーさん。

 お力になりたいのだけど……さすがにロゴからだけでは、何も分からないわね……」


「……ええ」


「なにしろ、ウチの商会は年間1万本以上の魔法のスクロールを製造販売しているの。

 それに、違法改造されたと言っても、いつ改造されたのかは分からないわ。

 他のお客様の手に渡った後で改造されたと考えるのが普通じゃないかしら」


「仰る通りです」


「でもまあ、一応、部下達には知らせておくわ。違法改造された代物を販売していないかをね。

 使用した本人が死んでしまうスクロールを売っていた可能性があるだなんて、商会の信用に関わる事ですもの」


「……申し訳ありませんね。いえ、決して疑っていたわけでは無いのですが……」


「そう言って頂けると嬉しいわ」


 よく言うよ。全く。

 一般人にスクロールの違法改造が出来るわけないだろう。改造するとどうしても改造した跡が残る。

 そうと気付かれずに使用者に使わせるためには、『最初からそういう物として作る』しか無いだろうが。



「それにしても、その行方不明になった冒険者の子の事、大事になさっていたのね」


「……それほどでも、ありませんが」


「だってそうでしょう? わざわざ現場を再調査するだなんて。

 よっぽど特別な女の子だったのかしら」

 

「そうでもありませんよ。ごくごく普通の平凡な子です」


「本当かしら?

 ひょっとしたら、何か特殊な才能でも持っていたんじゃないかしら?」


「…………」


 わざわざ言ってもいない、冒険者が『女』であることをあえて口にしますか。

 


「……なあ、婆さん」


「何かしら?」


「別に僕はね、事件の真相を暴きたいとか、晒し上げたいとかでは無いんですよ」


「…………」



 あの少女たちが受注するクエストに合わせて、外部から雇った使い捨ての鉄砲玉に『盗賊』と名乗らせ現地に向かわせた。

 その盗賊には自爆のスクロールを持たせ、『死人に口なし』になるように仕向けた。

 そんな事はどうだっていい。

 似たような事なら、ウチでも、『紋章つき』のほうでもたまにやる事だ。



「婆さん。僕はね。今の仕事、けっこう気に入っているんですよ」


「それは良かったわね」


「その少女はね、ごくごく平凡な少女だったんですよ」


「そうなの?」

 

「ええ。まあちょっと特殊な才能があるかもしれませんが……

 他の冒険者達と変わらない、街の住人と何ら変わらない……その街で必死に今日を生きていた、ごくごく平凡な少女です。」


「……へえ」


「そういう少女が、いや、そういう少女のような冒険者達が、街で普通に平凡に暮らしているわけですよ。

 ですから……なあ、婆さん。

 もうこう言うのは『ナシ』にしましょうよ」


「……まるで、正義の味方みたいなことを言うのね」


「何言ってるんですか婆さん。僕達はいつだって『正義の味方』でしょう?

 『誰も手を出せない悪』を、『弱い人達』からお金を貰って、代わりに正義を執行するのが『私達』だったじゃないですか」


「ええ、その通りね。

 『お金を払える人』が、本当に『弱い人』なのかはともかくね」

 

「……私達の仕事は、確かに汚れ仕事だ。

 金さえ貰えば、どんな仕事だってやる。私だってそうだ。

 けどさ、婆さん。流石に今回のは、ちょっと違うんじゃあないのか?」


「…………」

 

「本当に助けるべきなのは誰だ。

 こんなクソみたいな世の中で、それでも懸命に生きようと足掻いている連中じゃないのか?

 そんな連中に手を出すだなんて、それでどうして『高潔なる花』の頭領が名乗れるんだ?」


「………………」




 婆さんは、静かに私を見つめ……


「……まさか、あの鼻ったれのお坊ちゃまからこんな事を言われる日が来るだなんてね」


 そして、鼻で笑いながらそう言った。

 

「…………」


「ま、私達もオシゴトだから、絶対にとは言えないけど……

 そういう『お願い』をされたら、値段を吹っ掛けるくらいはしてあげるわ。

 クライアントが破産するくらいにはね」


「……婆さん、やっぱりアンタ、良い女だな」


 私がそう言うと、婆さんは席を立ち、酒場から出ていった。






 **********************************





「アザレア」


「はい、ここに」


 酒場から出た後、ミシェル・ロシュフォールは、陰に隠れる女性を一人呼んだ。


「さっきの話は聞いていたわよね?

 今後、まあそういう事にしてね」


「よろしいのですか?」


「まあ、『彼女』はともかく、他を放っておくのは些か危険な気がするけど……

 ま、結局は冒険者のジョブの事ですからね。餅は餅屋に任せて、私達は静観するとしましょう」


「……了解しました」


「なんだか嫌そうな顔ね、アザレア」


「…………いえ」

 

「まあ、あなたの言いたいことも分かるわ。

 教会だった頃とは真逆ですものね。

 全く、昔っからあの子は、『表のお仕事』が変わるとコロコロ性格が変わるんだから……」


「私は、あの男の事は信用できません。

 なぜ我らが頭領のあなた様ともあろうお方が、あんな男なんかを贔屓なさるのですか」


「……まあ、貴女の気持ちも分かるわ。

 彼にはこれまで散々邪魔されたものね。

 ……このまま引き下がるのも確かに、みんなに申し訳ないわね」


「……では、どうしましょう」


「そうねぇ……彼に言われたのは、要するに『冒険者には手を出すな』という事だから……

 冒険者以外には、手を出しても問題無いわね」


 そう言ってミシェルは、静かに笑う。



「ほんのちょっとだけ……あの数字付きのところのお坊ちゃまには、お仕置きを受けてもらいましょうか」






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