4-39話 魔物達の集い
「救援信号?」
その日の早朝、教会で待機する担当となっていたイルハス達は、村の西側を通る街道のほうから昇る狼煙を見つけた。
「あの狼煙の煙の色は……要救助の意味だよな」
イサクが皆に確認する。
「ああ。あの方角は街道のほうだよな」
イルハスがそれに答える。
「緊急性は無いようだけど……多分、土地勘の無い馬車が、この雪で立ち往生したとかかな」
コルネットが、煙の色と位置から推測を述べた。
ここへはメルティの捜索のために訪れているが、だからと言って見ないフリも出来ない。
3人は同じく待機していたコーストを連れ、マキノには教会で待機してもらい、4人で救助に向かう事となった。
「いやあ、助かったよ。この雪で動けなくなってね……」
狼煙を上げた主は、街道を通る乗合馬車の御者だった。
イサクが収納魔法の中から出した酒と毛布をイルハスが受け取り、遭難者たちに与え、まずは暖を取らせる。
「じゃあ、昨日の夕方からここで遭難してたんすか」
イルハス達は事情を聴いた。
先日の大雨で川が増水し、普段通っている大街道の橋が通行不能になってしまった。
なので迂回路として、普段はあまり通らないアイヒェ村跡付近の街道を通る事となった。
がしかし、不慣れな道で迷ってしまい、挙句に山道に差し掛かり大雪も降り始め、吹雪で方向感覚を失い、ここで立ち往生してしまったとの事だ。
「じゃあ昨日は、吹雪の中で野宿してたんですか……よくご無事でしたね」
「あ、ああ。乗客の中に、『保温』の魔法を使える人がいてね。なんとか馬車の中で乗り切ることが出来たよ」
「そうなんですね……」
イルハスは遭難者たちを確認する。
乗合馬車の御者の他、剣を持った護衛らしい男、そして乗客の中年夫婦が2人。計4人。
「凄い魔法だったわねー。おかげで全然寒くなかったわぁ」
「北国出身だそうだけど、向こうには便利な魔法があるんだなー」
中年夫婦は感心したようにそう話している。
「あれ? その人は今どこに?」
イルハスは御者に訪ねる。
「いや、乗客はそこの2人だけだよ」
「はぁ?」
「……? どうかしたのかい?」
「い、いや、いま保温の魔法を使ってくれた乗客がいたって……」
「ああ、そうだよ」
「その人は、今どこに……?」
「…………あれ?」
どうも、御者の言っている事がおかしい。
吹雪で頭がやられてしまったのかと疑ったが、どうやら健康に問題はないらしい。
「ええと……いや、間違いなく乗客は2人だよ。
ほら、名簿にもそう書いてある」
そう言って御者は、馬車の中からメモ帳を見せた。
確かにそこには、2人分の名前しか書かれていない。
念のため夫婦にも改めて確認してみるが、2人ともそんな魔法は使えないとの事。
「いや、確かにもう1人いたような気もするんだが……不思議な事もあるもんだなあ……」
「は、はあ……」
妙な話だが、これ以上この話をここで続けるより、救助をしたほうがいいだろうという事になり、この話は棚上げとなった。
「コルネットさん、そっちはどうですか?」
イルハス以外のメンバーは、馬車の車輪と格闘していた。
「ダメぽいね。完全に雪で埋まってるよ。後でリーダー達の力を借りないと動かせないよ」
コルネットが答えた。
「とりあえず、自分達が拠点に使っている廃村の教会が近くにあります。今日はそちらに避難してください」
その回答を聞いたイルハスは、馬車の中の遭難者4人を教会に誘導する事となった。
「……? 羊の匂いがする……」
馬車の中を覗いたコルネットが、そうつぶやいた……。
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「じゃあ、羊の魔物さんは、旅をしているんですか?」
「そうよ、喋るスライムさん」
私は、雪の森の中で出会った羊の魔物さんと、喋りながら移動する。
羊の魔物さんは、2本足で人間みたいにして歩いている。
私は、その魔物さんの肩の上に乗せてもらって移動する。
フラちゃんは、ぴょこぴょこ小さく飛び跳ねながらついてくる。
私は、肩の上から、羊の魔物さんの事をよく観察してみる。
背丈は、人間と同じくらいある。
身体からは羊の白い毛が生えている。人間で言う髪の毛と、首の回りから肩にかけての部分、それと手首の辺り、そして腰から下のほとんどは、その白い毛で覆われている。
毛の色と対照的に、肌の色は黒い。顔は真っ黒。胴体も同じく黒い。
頭には角が生えている。羊の角だ。そのくるりと巻き上がった角の間から、横に細長い耳が垂れている。
目は人間に近いが、よくよく見ると瞳孔が四角で、野生の羊と同じだ。鼻も口も羊っぽくて、獣人のような顔立ちをしている。
後ろを見てみる。
お尻はぷっくりと膨らんでいて、人間の女性みたい。もこもこの毛で覆われている。羊の細長い尻尾が生えている。
足は羊の蹄の形だ。両手は人間そっくりだが、よくよく見ると爪の部分は蹄に近い質感をしている。
上半身は、人間の服、カーディガンのようなものを着ている。胸部の合わせの隙間から、赤い色の丸い膨らみが見える。まるで人間の胸のような形をしている。ここだけちょっと他の皮膚とは違う質感だ。まるで野菜……例えるならトマトのようだ。
「スライムさん、私の身体が気になるの?」
「あ……すみません……」
「別にいいのよ。珍しい種族だからね、私は」
「羊の魔物さんは、なんていうモンスターなんですか?」
「私? 私はバロメッツよ」
バロメッツ……う~ん、どこかで名前を聞いたことがあるモンスターだ。どこだったっけ……。
「バロメッツさんは……」
「あ、バロメッツは種族名だから、名前で呼んでほしいな。
私の名前、リリーボレアよ」
「リリーボレア、さん……」
「スライムさん、あなたのお名前は?」
そう聞かれて、私は迷った。
私の名前……。
「私は……メルティ、だと思います」
つい、そう答えていた。
「……思う、って?」
「私、キオクがはっきりしないんです……」
私は、これまでの事を、リリーボレアさんにお話しした。
川に落ちて、体がバラバラになった際、一緒にキオクもバラバラになってしまった事を。
「残された『キオク』によると、どうやら私は『メルティ』と呼ばれていたみたいなんです。
でも……なんだかしっくりこないんです。
本当に私がメルティなのかどうかさえも……はっきりしないんです」
「そうだったのね……」
リリーボレアさんは、優しそうな目で私の話を聞いてくれた。
なんだか不思議な気分だった。
リリーボレアさんとは初めて会ったはずなのに、昔からの友人のように話をしてしまう。
こんな不思議な話を、否定せずに聞いてくれる……。
「……私の事より、リリーボレアさんの話も聞かせてください。
リリーボレアさんは、どうして旅をしているんですか?」
「うん、私ね、この先にある人間の街に行こうと思ってるの」
「人間の、まち?」
「そうよ。アム・マインツっていう街よ。
そこに行って、教師になろうと思っているの」
「きょうし?」
「そうよ。学校っていう場所でね、子供たちにいろんな事を教えるお仕事よ。
……と言っても、まだなれるかどうかは分からないんだけどね」
「がっこう……」
なんとなく、思い出すキオクがある。
村の教会で、神父さんにいろんな授業を教えてもらった、そんなキオクが……。
「あれ、でも……どうしてこの森の中に入って来たんですか?」
「私、占いが出来るの。これから起こる未来に何が起こるのかを予測できるのよ。
まあ、当たったり当たらなかったりだけどね。
その占いをしてみたら……この森の中で、『境遇の近い仲間』と出会える、と出たの。
そして、その仲間が、私の助けを必要としているともね」
「境遇の近い、仲間……」
「多分、あなたの事よ」
「……私?」
私とリリーボレアさんが、境遇の近い仲間?
……言われてみれば、そんな気がする。
どちらも、人間の言葉を話せる魔物。
リリーボレアさんは人間の街で住もうとしている。
私も……何故か、人間の街で過ごしていたキオクがある。
「私は……あなたの事を助けるために、ここに来たんだと思うの」
リリーボレアさんは、そう言った。
私とフラちゃんは、リリーボレアさんと一緒に、ほら穴まで戻ってきた。
「メルティさん、フラちゃん。これどうぞ」
リリーボレアさんは、赤い大きな果実を私達に渡してくれた。
「これは……?」
「食べ物よ。私ね、自分の能力で、自分の身体から植物を生やすことが出来るの」
「…………」
「大丈夫よ。毒とか、変な魔法の効果とかは入っていないから。あ、でも見た目とは違う味かも」
大丈夫だと判断したのか、フラちゃんが赤い果実を突っつき始めた。
私はおそるおそる眺めていると、リリーボレアさんは何かに気が付いたのか、果実を持ち直し、ナイフで細かく切ってくれた。
私はそれを体内に取り込み、溶かして食べ始める。
「……おいしい」
つるつるしてやや硬い皮に反して、中は熟れていて美味しい。やっぱりトマトだ。トマトの味がする。
でも、ほんのりカニのような風味も感じる。不思議だ。でも美味しい。
「良かった!」
私が味の感想を述べると、リリーボレアさんは嬉しそうにそう言った。
「これ……リリーボレアさんが生やした、って言ってましたけど……」
「そうよ。バロメッツは、半分羊、半分植物の魔物なの。不思議でしょ?」
そう語るリリーボレアさんの、カーディガンの隙間から見える赤色の膨らみがなくなっていた。
「……これって、リリーボレアさんの、おっ……」
なんとなく照れくさくて続きが言えなかった。
「ああ、違う違う。ここから生やして、人間の胸に見せかけているだけよ。
体のどこからでも生やせるの。
またすぐに生やせるから、気にしないで」
「はぁ……」
「ほら……私って羊の魔物だから……。
羊って、雌雄問わずお尻が大きいの。だから、人間に化けるときは人間の女の人の格好をするしか無くて……
だから、果物を生やして、胸に見せかけているの」
「な、なるほど……?」
よく分かったような分からないような話だけど、まあ、魔物が人間に変装するんだもん、いろんな苦労はあるよね。
そう言われてみれは、私も大変だったなあ。
オパールさんといろいろ練習して……足に見せかけるために、太ももを太くして、そのせいでお尻が大きくなっちゃって……。
「……………………」
「どうしたの?」
「い、いえ……また変なキオクが蘇ってきて……」
急に雰囲気が暗くなった私を心配して、リリーボレアさんが私のほうを覗き込んでいる。
「私……どうしたらいいんでしょうか」
私はリリーボレアさんに話しかける。
「私、キオクを失ってからは、自分の事をスライムだと思っていました。
少し不思議な特技があるけど、それ以外はなんてことない普通のスライムだと……。
でも、時間が経つにつれて、普通のスライムではありえない『キオク』がどんどん蘇ってくるんです」
「そうなのね……」
「………………。
リリーボレアさん、私、人間なんでしょうか……」
「……あなたは、どう思ってるの?」
「よく……分かりません。
私の中に、『人間に化ける練習』をしているキオクがあるんです。
2人の人間に見守られながら、頑張って人間の姿を作って、人間に化ける練習をしている自分のキオクが。
でも、それとは別に、人間だった記憶もあるんです。それによると、私はスライムじゃなくて、普通の『人間』なんです……」
「……そう。私と同じね……」
「えっ?」
「あなたのキオク、全て正しいはずよ。
あなたは『スライム』でもあり、『人間』でもあり、『人間に化けたスライム』でもある。
そういう事なんでしょ?」
「……………………」
リリーボレアさんの言葉を聞き、改めて考えてみる。
スライムであり、人間であり、人間に化けたスライムでもある。
「…………あ」
そうだ。思い出した。
「スライム娘だ……」
そう、そうだ。『スライム娘』だ。
昨日不意になってしまった、あの姿。
私は元々は人間で、ある日突然スライムになって、人間の形をしたスライムになった。
それで、オパールさんとクルスさんがスライム娘って言ったんだ……。
「…………………………」
思い出した。でも……。
「……まだ何か、心配事があるの?」
「…………いえ」
「言ってみて」
「その……しっくりこないんです。まだ……」
確かに、キオクはどんどん戻りつつある。
でもそれは、あくまで『メルティ』のキオクだ。
私にはまだ、実感がない。
自分がメルティなのかどうなのか。
スライムは、基本、同種族と接触する事で記憶を共有していく生物だ。
そのせいなのだろうか。私の中には、『メルティ』の他にも、別の記憶がある。
南南西の森で私と同化した3匹。
誘拐事件の時に接触した多数のスライム。
魔水晶の洞窟内のマーくんやおおスライムさま。たくさんの『個体』のキオクだ。
一応、数の多い『メルティ』のキオクが、私の記憶だとは思う。
でも、そうだと思うだけで……実感がない。
このメルティのキオクが、私の記憶だという証拠が、まだ無い。
私は、メルティ……かもしれない。
きっとそうなんだろう。
でも……違うかもしれない。
私はメルティじゃないのかもしれない。
自分が『メルティ』だと名乗ってはいけない、名乗ることは許されない……そんな気もする。
昨日、イルハスさんのスープの事を思い出して、思わず涙を流した。
でも、怖い。
あれが私の記憶じゃなく、別の個体のキオクなんじゃないかという不安がぬぐい切れない。
だって、私はスライムとして生きていたんだ。
キオクを失ってから今まで、スライムとして普通に生活していたんだ。
だから、キオクを失う前も、そうだったと考えるのが普通のはずだ。
実は人間だったなんて突拍子もないキオク、そんなの信じられない……。
「……もう、ヤダ…………」
思わず、そう口に出してしまっていた。
「不思議なキオクばっかり出てきて、受け入れたいのに受け入れたくなくて……
思い出すたびに苦しくなってきて……
もう、もうヤダよぉ……」
「どうしたの……?」
リリーボレアさんが不安そうにこちらを見ている。
フラちゃんも、どうしたのかと聞きたそうにこちらを見ている。
「だって、私、スライムだもん。
ごくごく普通の、平凡に生きる生き物のはずだもん。
人間ってなに? スライム娘ってなに?
なんでそんな変なキオクがあるの?
もうヤダよぉ……忘れたい……全部忘れて平凡なスライムになりたい……」
多分、これが私の本音だ。
『メルティ』とのリンクが切れた私の、偽らざる本音だ。
リリーボレアさんと会って、久しぶりに『言葉』で自分の感情を出す機会がやってきたせいで……。
「そっか、ゴメンね……」
泣いている私を、リリーボレアさんが優しく抱きしめる。
「私、勘違いしてたかも。あなたの記憶を思い出させることが、あなたのためになるんだって……
ダメね、私。占いの腕はまだまだみたい」
「リリーボレアさん……?」
「ねえ、もしあなたがそう望むのなら……。
私、あなたの助けになれるはずよ」
「えっ?」
「『バロメッツ』にはね、『記憶』を操る力があるの。
私の力なら、メルティさんの記憶……忘れさせてあげることが出来るわ」
「…………本当、に……?」
「うん。
奇妙なキオクを全部忘れちゃって、普通のスライムとして生きていく事が出来るようになるわ」
「ホントに、本当に!?」
その言葉に、私は嬉ぶ。
変なキオクを全部無くして、平凡なスライムに戻れる……そんな事が出来るだなんて。
リリーボレアさんは本当に、私の事を助けるために、こんな森の中までわざわざ来てくれたんだ……。
フラちゃんが、ほら穴の外を見る。
ごくごくわずかな音を感じ取ったらしい。
「……でもね、メルティちゃん」
リリーボレアさんが静かに話し始める。私を、あえてメルティと呼んで。
「いい、メルティちゃん。もう少しだけ考えてみたらどうかな。
本当に、記憶を全部無くして、野生のスライムに戻ったほうがいいのかを」
「えっ……?」
外から聞こえる音が、だんだん大きくなってくる。
声だ。
メルちー、どこー?
……そんな風に聞こえる。
「多分、あなたの事を呼んでいる。
記憶を消すかどうかは、あの人に会ってから判断するべきだと、私は思うな」
「………………」
リリーボレアさんは、私を床に置きながら、そう言った。
「誰か来るみたいだから、私は隠れるわね。
あなたが私の姿を捉えたという『記憶』を、少しだけ消させてもらうね」
そして、すうっと、その姿が薄くなり始めた。
「少しだけ、時間をあげるね。また後で会いに来るわ。
その時にも今と同じ結論だったら……その時には、嫌な記憶をぜんぶ消してあげるから……」
そう言い終わる事には、リリーボレアさんの姿は完全に見えなくなっていた。
そこにいなくなったわけでは無いが……私がリリーボレアさんを『認識した』という事を消されたかのような、そんな感じだった……。
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雪の森の中に、1匹の魔物がいた。
その魔物は、木の枝の上に止まり、そこから地面を歩く人間達を見ていた。
「フラッターの子供?」
「なんで子供の魔物が単独でこんな所にいるの?」
探索中だったカルディとターシャは、その魔物を見つめてそう言った。
「あの鳥の匂い、覚えがあるわ。昨日ほら穴にいた魔物かしら……?」
犬耳族のシェットがそう呟いた。
カラスの魔物は、カァと鳴いた後、飛び立ち、別の木の枝に止まる。
「付いて来いって事か?」
ファルマがそう話す。
フラッターの子供に導かれるようにたどり着いたその洞穴の中に、1匹のスライムがいた。
何も無い場所を、ぼんやり眺め続けているかのようだった。
「……メルちー?」
ターシャは、そのスライムに話しかける。
「……ターシャ、さん……?」
そのスライムは、そうつぶやいた……。




