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私、スライム娘になります!  作者: 日高 うみどり
第4章 半透明な瞳に映るこの世界は

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4-33話 研究ノート

 その日は午後から、しとしとと小雨が降っていた。

 キオクを無くした1匹のスライムの私は、岩陰に隠れてその雨をやり過ごす。


 雨はちょっと苦手だ。

 私はスライムなのでもちろん液体なんだけど、雨がふると、地面を移動したときに泥が混じりやすくなる。

 泥が混じると、ちょっと体が動かしにくくなる。

 だから、できるだけ大人しくしている。


 でも、雨水自体は好きだ。

 雨は液体。液体を飲むとおいしい。

 だから、空を見上げる。

 雲に覆われた上空から、小さな雨粒が落ちてくる。


 ついつい、ぼーっと見てしまうよね。


 小さい頃は、よくこうやって雨を見ていたっけ。



 

『あら、また雨を見ていたの?』

 お母さんが私に話しかける。私は返事もせず、ずっと雨を見続けている。


『じゃあお店に行ってくるわね。叔母さんのいう事をよく聞いて、いい子にしているのよ』

 そう言って、お母さんはお店に出かけていく。

 

 

「おかあ、さん……」

 ……やっぱり、不思議な『キオク』がある。

 どこか懐かしい、そんなキオクが……。



 その日はそのまま夜になって、私は岩陰で眠った。




 次の日は綺麗に晴れた。

 雨の後の快晴の日は、温度がぐっと下がった。

 朝の草花に、白いものが付いている。霜が降りているんだ。




 この日は何故か、森の中が騒がしかった。


「おーい!」


「メルティちゃーん! いるなら出てきてー!」


 昨日感じた足音と同じような気配だ。人間だ。

 何故か今日は森の中に人間がいっぱいいる。


 人間は怖い。

 私は見つからないように、こっそり木陰に隠れる。



 メルティ……?



 メルティという『名前』、キオクを失う前、よく聞いていた気がする。

 あれ、そういえばそもそも、なんで『メルティ』が『名前』だって分かるんだろう。



 気になる。

 けど、やっぱり怖い。

 あの時感じた恐怖が、まだ消えない。


 出ていけば、大事な事を思い出せる気がする。

 でも、勇気が出ない……。



「ドロドロ女、近くにいるはずなんだが……」

「なんで出てきてくれへんのやろ……」


 遠くで話す声が聞こえる。

 その、どこかで聞いたことがある音が気になり、私はちらっとそちらを見てみる。

 

 2人の人間の姿が目に移った。


 ……知ってる。

 私、あの人たちの事を知っている。


 

 2人が後ろを向いて、去って行く姿が視界に入る。


 行かなきゃ……。

 あの人たちに、会いに行かなきゃ……。


 

 勇気を出して、私は草陰から飛び出した!



「…………へっ?」


 突然、私の周りが陰で暗くなる。

 上のほうから、何かが降ってきた。

 そして……


 ばくっ!


 そんな感じの音が聞こえたような気がして、私の周りは突然真っ暗になった……。




 **********************************




 日暮れのため、一度ギルドに集まった捜索メンバーの代表者は、私、ロア君と共に、会議室のテーブルの前に集まっている。



 その日の早朝、冒険者ギルドに貼られていた失踪者捜索クエストの文字の色が、赤から黒に替わった。


 文字の色が書き替わったにも関わらず、メルティを捜索するメンバーの顔には、希望に満ち溢れていた。

 昨日ターシャが、メルティの戦闘の跡を発見したためだ。

 少なくとも、川の増水が収まった後、ターシャ達が洞窟に入る前までは生存していた事になる。

 濁流の川に落ちたにも関わらず、その後魔物を倒す事が出来た。

 その事実は、捜索メンバーに、そして彼女の帰りを待つ人々に希望を与えた。



 がしかし、その日の調査も、次の日の調査も手掛かり無しだった。

 洞窟付近の森を重点的に調査してみたが、発見することは出来なかった。




「匂いは、この森で確認できたんですよね?」

 私はコルネットに確認する。


「うん。昨日の雨で断片的だったけど、スライムの匂いは間違いなく確認できたんだよ」

 コルネットは断言する。


「じゃあどうして、今日の探索で発見できなかったんだ……?」

 そう聞いたのはロランだった。

 今朝こそ希望を取り戻して捜索に出発した彼だったが、今日の結果にまた意気消沈している。と言っても、失踪当日ほどでは無いが。


「出てきたくても、出てこれなかったとか……?」

 イルハスが呟く。


「出てこれなかったって、それ、どういう理由で?」


「さあ……それは分かりませんけど……」

 ファルマの質問に、イルハスは首を振る。


 皆、少し考えこむ。


「……もしかしたら、もうこの森から出て、どこかへ移動しているのかもしれませんね」

 ロア君がそう言い、その視線を、地図上の森からその周辺に移動させる。


「確かに、その可能性は無くは無いわね……」

 私も、ロア君の発言に同意した。


「でもそれだって、どこに、どういう理由で移動したんだ? 何のメリットがあって?」

 ファルマが皆に問う。



「……そういえば、ちょっとだけど、森の中で魔物の匂いを感じたよ」


「コルネットさん、詳しく聞かせて」


「あ、うん。多分鳥型のモンスターだと思うんだ。大ガラスか、デスフラッターか……

 ほんのちょっとだったから、フラッターのほうだと思うよ。

 高い所を飛んでる途中、森に一瞬だけ降りてきたんだと思うよ」



「じゃあ……メルティちゃんはひょっとして……その魔物気配に気づいて逃げちゃったとか?」

 

「だとしたら、ドロドロ女は周りの俺達の誰かに助けを求めるんじゃないのか?

 なんで誰にも助けを告げず、一人で逃げ出したんだ?」


 ロランとイルハスが議論を重ねる。


「助けたくとも、助けを呼べなかったとか……?」

 ファルマがその議論に加わる。が、当然ながら自分が先程した質問がそのまま帰ってくる。

 なぜ、助けを呼べなかったのか……。



「もしかして……記憶障害?」

 ロランが呟く。


 ロランはここ最近起こった、メルティの記憶障害の話を皆に話した。



「んだよそれ……じゃあ、じゃあドロドロ女は……自分の記憶を無くしちまっている可能性があるって事か?」


「あ、ああ……」



「だとしたら……マズイかもしれないわね……」


「ソレーヌさん、どういう事ですか?」


「記憶障害の程度がどれほどなのかは分からないけど、もし全て忘れてしまっているとしたら……

 メルティさん、ひょっとして、自分の事を『ただのスライム』だと思い込んでいる可能性はないかしら?」


「あ……」

 皆も気づいた。


 今まで私達は、『スライム娘』の彼女を探していた。

 だが、もし彼女が『普通のスライム』になってしまっているとしたら……。


 ごくごく普通のスライムと同じになってしまった彼女を、しかも森の外の広範囲を探し回らなければならない。

 見た目も思考も普通のスライムになってしまっているとしたら……探し出すのは、かなり困難を極めてしまう……。



「わ、私なら匂いで探せるからね!」


「……コルネットさん、頼りにしています」




 調査報告が終わり、外で待たせていたハルタチーム捜索メンバーと入れ替わる形で、ロラン達は会議室を出る。



「どうも、こんばんはー」


 隣の酒場のほうから声が聞こえる。酒場のシェリーが応対のためにその男へ近づく。

 最近酒場に出入りするようになった、近所のパン屋のウッズという男だ。パンを卸しに来たようだ。

 この男、なんでも、ジェイクとは友人らしい。



「……やっぱり、似てんなあ……」

 その男の様子を離れた距離で見かけたロランが、そう呟いた……。





 **********************************




「…………………………」


 マリナは、自室のベッドに横たわっていた。


 メルティ生存の可能性は、昨日伝わっている。

 だが、それでも尚、マリナはベッドから立ち上がれずにいた。



 崖から落ち、濁流の中に消えてしまったというメルティ。

 その映像を思い浮かべると……どうしても、思い出したくないことまで思い出してしまう。



「ミト……アル……シャロ……」


 3人の名を、マリナは呟く。




 その日、マリナは同パーティーの4人でクエストに参加していた。


 山道を歩いていた4人は、突然の天気の急転により、大雨にも関わらず、大急ぎで走る。


「もっと早く逃げろ! 追いつかれるぞ!」


 突然遭遇した大きな魔物から逃げるために、必死で山道を走る。

 4本足で走る3つ首の大型の獣から、命からがら逃げる。



 道は川の上の桟橋に差し掛かる。

 下は増水で溢れた川。渡るのは本来得策ではない。

 がしかし、それ以外に逃げる道はない。

 

 危険を顧みず、その橋を渡るしか無かった。


 不安定な橋の上を走る4人。しかし魔物が迫る。

 最後尾にいたマリナは、魔物を牽制しようと魔法の準備をする。

 自分が使える魔法の中では最も速射性に優れ、そして自信のあった、雷魔法を。

 呪文を詠唱し、振り返り、魔法を放とうとする。

 しかしそこで気付く。魔物もまた、雷魔法を放とうとしていた事を。

 


 桟橋の真ん中で、突然鳴り響く轟音。

 悪天候による雷なのか、魔物が呼び起こした魔法の雷だったのか、それとも、自分の魔法が外れたのかは分からない。

 橋の周りを、轟音と雷の衝撃が襲った。

 

 どんっ、という衝撃と共に、幼く軽いマリナの身体は弾かれるように宙に浮く。

 ミトの体当たりだろう。

 マリナは橋の対岸の地面に着地する。


 後ろを見る。

 

 崖が崩れる。

 3つ首の魔物はそれに巻き込まれ落ちていく。

 橋が崩れる。

 まだ橋の上にいた3人もまた、そのまま、下の濁流にのみ込まれる……。




「この大雨の中で、橋を渡って逃げただと? 自業自得じゃないか」


「雷魔法を誤射しただって? 天才少女と言われてもその程度か」


「調査費用はギルドで出さねばならないんですよ。全くあなた達ときたら……」


「他に『赤の依頼』が出ているときに、どうして二重失踪なんて出しちゃうかなあ……」


 仲間を助けてくれと窓口に懇願したマリナに、ギルド職員達は冷たい言葉を投げかけた。

 ただ1人、当時第2支部の若手受付嬢だったソレーヌだけが彼女を弁護してくれたが、それはただでさえ疎まれ気味だったソレーヌの立場をより孤立させるだけの結果に終わった……。




 あの時と酷似した、今回の失踪。

 しかも、それに巻き込まれたのは、マリナが一番可愛がっていた後輩のメルティ。



 あの時、粉々に砕けたマリナの心。その後やっとその傷が癒えたマリナの心が、再び粉々に打ち砕かれた。





 コン、コン。

 部屋の入口をノックする音が聞こえる。


「マリナ、お客さんが来ているけど……」

 姉、アルマの声が聞こえる。

 でも、その声に答える気力が沸かない。


 そのまま続けてノックとアルマの声。

 

「マリナ……ミゲルさんが来てくれているんだけど……」


 ミゲル……。

 

 ミゲル・グラスロード。

 マリナの現役時代の先輩……。




「やあ、マリナ君」


「いえ……」

 寝巻着、ボサボサ頭、メイクも無しのまま、虚ろな目でマリナはミゲルと対面した。

 冒険者時代はシャワーにも入れない事は多くなかったが、さすがにこんなにひどい格好で先輩と会う事はこれまで無かった。


「領主さんに呼ばれてこの街に来て、ついでにマリナ君の顔を見ようと思ってギルドに寄ってみて……今回の話を聞いてしまってね。

 その、マリナ君……大変だったね……」


「いえ、そんな……」


 見舞いに来てくれた、先輩のミゲル。

 マリナも川に落ちた3人も、ミゲルが良く可愛がってくれていた。

 ゴブリン集落の一件以来のマリナとミゲルは、今のメルティとルーナの関係に近かった。


 ミゲルは、気遣う様にマリナにいろいろ話しかける。

 領主に、建設予定の学校の校長になってくれないかと打診された。受けるかどうか迷っている……と。

 マリナは、その言葉に上の空で相槌だけを打っていたが……。



「……私の、ミスなんです……」

 

 ぽつりと、一言そう言葉を漏らした。



「川は危険だから、絶対に近づかないで……警告はしたんです。でも……」

 

 でも、マリナは失念してしまっていた。


「あの時も、私達は川に近づこうとしていたのではなく、やむを得ず川に誘導させられてしまっていたんです。

 川に近寄るつもりは無くても、そういう状況があり得るのが冒険者の仕事なんです。

 私はそれを失念していて……私は、わ、私は……」

 

「マリナ君……」

 

「止めるべきだったんです……

 なんとしても、絶対に、止めるべきだったんです……。

 冒険者が行きたいと言ったクエストを止める権利は、受付嬢には無い。それが規則。それは分かっています。

 でも、規則に逆らってでも、私は止めなければいけなかったんです。

 私は……

 私のせいで、メルティちゃんは、メルティちゃんは……」


 自分の時の悲劇を繰り返さない、そう心に誓って受付嬢になったはずだった。

 なのに、このザマだ。

 

「私には、受付のカウンターに立つ資格なんて、私にはもう……」


「…………」


 ミゲルは言葉に詰まっていた。

 ミゲルは会話の上手いほうではない。言葉で慰める事は出来なかった。

 そして例え出来たとしても、マリナの心まで響かせることは出来ないかもしれない……。

 ミゲルはそれまでのマリナとの付き合いから、それを理解していた。


 だからミゲルは、慰めの言葉ではなく、別のものをマリナに与えることにした……。


「そうそう、最近私は、ゴブリンだけではなく別のモンスターも研究していてね。

 この間の件以来、スライムにも興味を持ってね。

 実は今日持ってきているんだ」


 場違いのような声のトーンで、鞄から書類を取り出し、テーブルに並べる。


「ついでにスライム以外の魔物もいろいろ調べているんだ。ほら、これとかこれとか……

 …………ま、まあ、ええと……気分転換に読んでみたらどうだい?」


「…………はい。ありがとうございます……」

 

「それじゃあ、今日は失礼するよ……」



 そう言って、ミゲルは席を立つ。



 ミゲルが去った後も、マリナは椅子に座ったままだった。


 ミゲル先輩、相変わらずだな。そして不器用だ。こんな慰め方をしてくれるだなんて……。

 そう思いながら、虚ろな目で、ぼんやりとミゲルの残した紙を眺める。


 内容はろくに頭に入ってこない。

 がしかし、その書類に膨大な文字が描かれている事だけは分かった。


 相変わらず、たくさん研究しているな……。

 でも普通のスライムの事ばっかりだ。

 スライム娘だったら、先輩よりも私のほうが…………



 そこまで考えたマリナは突然、ガタッと椅子から勢いよく立ち上がる。

 そして、ミゲルの残した紙をまとめ、胸に抱えて走り出す。




「ま、マリナ!?」

 驚いたアルマの声。それすら聞かず、マリナは家を飛び出した。


「もう……全く……」

「相変わらずじゃな、マリナ君は」


 帰ったと思わせて、隠れて見ていたミゲルは、アルマと共に飛び出していったマリナを見送った。



 マリナは走る。

 寝巻着のまま、髪もメイクも整えないまま、街を走る。


 

 

 そうだ。

 メルティちゃんの事を、スライム娘の事を、一番よく知っているのは私なんだ。


 最近ではターシャさんのほうが、一緒に過ごした時間は長いかもしれない。

 ソレーヌ先輩のほうが、私に負けじと親身になって考えてくれていたかもしれない。


 でも、メルティちゃんが来た当時からずっと見ているのは私なんだ。

 

 私が、私がこんなのでどうするんだ。

 私がかんばらなきゃ。



 仮に、もう、受付カウンターに立つ資格はないとしても。

 でも、だとしてもまだやれることはある。私がやらなきゃいけないことがある。

 

 私がメルティちゃんを見つけなきゃ。


 私が、私が……!



「ゴメンね、メルティちゃん、きっと見つけてあげるからね……!」



 マリナは走る。

 夕方の寒い空の下を。








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