4-29話 赤の依頼
クエストを終え、私達は報告するために冒険者ギルドに戻る。
「なんか、いつもより静かだね……」
ターシャさんがつぶやく。
今日は、安息日を明日に控えた土曜日。
いつもなら賑わっているはずの酒場内が、心なしか静かだ。どうしてだろう。
ロランさんがクエスト成果を報告し、報酬の清算を待っている間、私はいつもの癖で、依頼ボードに目を通す。
「あっ…………」
「ん、どしたのメルちー……あっ……」
私達は、いつもなら見かけない内容のクエストを見つけて……私は、酒場が静かだった理由を察してしまった。
そのクエストは、いつもの黒いインクではなく、赤い文字で描かれていた。
通称で『赤の依頼』と呼ばれるクエストだった。
クエスト内容は『失踪者の捜索』。
依頼主は冒険者ギルド。
要件は『緊急』。
そしてその捜索対象となる失踪者は……冒険者。
そう。
クエストのために出発した冒険者が、まだ、帰ってこない……。
冒険者とは、危険職。
魔物と戦う、危険なお仕事。
魔物と戦い、死んでしまう冒険者、そして戻ってこなかった冒険者は、少なくない。
赤色で描かれた文字のクエストは、私が『ジョブ無し』だった頃、2度ほど見た。
1度目は失踪した冒険者パーティーは発見され戻ってきたが、皆重傷を負い、うち2人は引退に追い込まれたらしい。
2度目の失踪者のパーティーは、そのまま戻ってこなかった。
そして、3度目に見る事となった、赤の依頼。
それを見た私の動揺は大きかった。多分、隣のターシャさんも。
私の知る人の名前がそこに書かれたのは、これが初めてだったから。
捜索対象者の欄に書かれていた名前は『ハルタチーム』の4人。
つい先日、私達と一緒にレイリー農園で一緒にクエストを受けた人たちだった。
「………………」
空気の重い酒場を避け、私達のその日の夕食はオウル亭の食堂で取る事となった。
がしかし、やっぱり空気は重く、皆何も話さない。
「ハルタさんたち、大丈夫かな……」
ターシャさんがぽつりと呟く。
でも、皆何も喋れない。
ハルタさん達は、私と同じEクラスの冒険者。
私達とは1期上の冒険者。次の昇格試験では昇格間違いなしと噂されていた4人だ。
そんな4人の捜索に、私達は参加できない。
Eクラスの失踪なので、捜索クエストを受けるためにはそれ以上のクラスでなければならない。
私達が出来ることは何もない。
幸い、午前中は見かけなかった緊急クエストには、既に受注のハンコが複数個、押されていた。
失踪したハルタさんをすでに探してくれている人達がいる。
でも、ハルタさん達が無事に戻ってきてくれるかどうかは、誰にも分からない。
次の日、安息日は大雨だった。
私達は少し元気を取り戻し、朝食は元気にお話ししながら食べられたが、やっぱりどこか憂鬱だった。
安息日なので魔術師ギルドもお休み。私は宿の自分の部屋でその日を過ごす。
ハルタさん達が見つかったという報告はない。
もちろん心配だが、この重たい雨のせいか、考えたくないことまでいろいろ考えてしまう。
一般論では、Dクラスに上がれる冒険者は、Eクラスの半分程度だと言われている。
残り半分は、何らかの事情で冒険者を辞めてしまうか、あるいは、死んでしまうか。
私たち同期8人は、2か月半たった今でも皆無事に冒険者稼業を続けられている。
でもこれは珍しい事らしい。
1か月が経過し1人の脱落者も無いこと自体、ここ数年で初めての事らしく、『奇跡の世代』だなんて大袈裟に人からは言われたりもする。
でも、だからと言って、この後もこのまま誰も脱落せずにいられるかどうかなんて、誰にも分からない……。
私達はいつまで、8人みんな揃ったままで冒険に出られるのだろうか……。
雨はまだ強く降り続いている。
捜索には、第7地区には数少ない犬耳族のパーティーも参加していると聞いた。
でもこの大雨は、彼らが辿れる匂いすらも消してしまうだろう……。
翌月曜日。
赤の依頼は、まだ掲示板に貼られ続けたままだ。
明日にもその依頼は、『緊急』から『一般』の要件に、文字の色も黒に書き直されるとの事だ。
それは、『生存者の捜索』から、『遺体の捜索』へと切り替えられることを意味する……。
「まあ……いつまで鬱々とした気分でいても仕方ない。
俺達は、俺達がやるべきことをしよう」
「そう、ですね……」
私達は、今日自分達が受けるべきクエストを探す。
その日のルテ川は、昨日の大雨の影響もあって、水量が増していた。
濁った水がごうごうと音を立てて流れている。
流石に河川敷を歩くのは無理なので、高所にある別の入口から私達はルテ川の森の中に入る。
「本当にこのクエストでいいの? 危険じゃない?」
出発前にマリナさんに念を押された。
「確かに、急ぎの依頼ではありますが……今日はお勧めしませんよ」
ソレーヌさんも横から加わって、さらに念を押される。
それでも私達は、迷った末にそのクエストを受けた。
この依頼が少なくなる時期にもかかわらず、Eクラス対象のこのクエストが掲示板に残されていた理由。
それは、受ける人がいなかったからだ。
本来なら受けるはずの人達が、まだ帰ってきていない……。
私達に出来ることは何か。
それは、ハルタさん達の代わりにこのクエストを受ける事。
そんな気がしたから……。
「危険度はいつもより高い。みんな気を付けて」
「はい」
ロランさんが皆に注意を促す。
川は増水しているので、いつも現れるマッドクラブは川底で大人しくしているらしく、地上へは出てこない。
がしかし、それ以外の魔物はもちろん出る。しかも雨の後なので、いつもならロランさんが見つけられる魔物の痕跡は消えている。
いつもより注意深く、魔物に警戒しながら森の奥を目指す。
ルテ川には、大きく分けて4つのエリアがある。
マッドクラブの出る『河川敷エリア』、その河川敷から少し入った『森エリア』、大オオカミが出る危険な『深部エリア』、そして今回私達が向かう『高地エリア』だ。
この高地エリアで、『リエナの花』という花を採取するのが、今回の私達のクエストだ。
高地エリアは、基本的には他と同じく森の中。
しかし一部に崖があり、その下を川が流れている。
リエナの花は、崖付近に多くが咲いている。
がしかし、今回の川の危険度から考えて、崖の傍には近寄れない。なので川沿いの崖以外の場所でリエナの花を探す。
ソレーヌさんが、今回の危険性を考慮し、必要納品数を減らしてくれた。
いつもなら万が一のストック分も考慮して多めに納品数を設定するのだが、今回は発注者に渡す最低限の数だけ採取して来れば良いという事になった。
「今日はあんまり敵に遭わないね……」
「雨の後だからね。痕跡が消えた分警戒するのは、動物も魔物も一緒さ」
探索は順調。
川は危険だが、川に近づかなければ危険度は下がる。
敵もいつもより少ない。
「なんとか、必要数は溜まったね」
ターシャさんが安堵の声を出す。
森の中のリエナの花は数こそ少なかったが、森のスライム達の案内も借りて、なんとか必要数を確保することが出来た。
「じゃあ早めに切り上げようか……」
ロランさんがみんなにそう言う言おうとした瞬間。
ドンッ。
少し離れた場所で、爆発音が聞こえた。
「え、なに!?」
ターシャさんが声を上げる。
爆発音に驚いたのか、周辺の鳥たちが一斉に飛んで逃げていく。
そして、地上に住む生き物たちも逃げ出す。
森の動物、そして魔物も……。
私達のすぐ横を通るが、それどころではない様子で、一目散に逃げていく。
逃げる生き物たちと一緒に、スライムが数匹こちらに向かってきていた。
「何があったの?」
私は、スライム達に話を聞く。
「……え、人間がいるの!?」
私達は、その爆発の現場を見に行くことにした。
スライム達の話によると、森の中の人物は3人。
そのうちの1人が、『爆発魔法』のスクロールを使ったらしい。
「こんな森の中であんな規模の爆発魔法とか……素人かよ……」
ロランさんが愚痴をこぼしながら走る。
「もしかして、ハルタさん達じゃあ……」
ターシャさんがロラン君に話しかける。
「いや、ハルタチームが失踪したのはこことは違う森だ。そのはずはない」
「だったら、また一般人なのかな……」
「こんな氾濫している日にか?」
「……でも、じゃあ誰が……」
誰かは分からない。でも、もしまた要救護者だったらほおっておくわけにはいかない。
森の中にいる人達を発見した。
スライム達が伝えてくれた通り、3人いた。
がしかし、1人は黒焦げになっていて動かない。身体も……損傷が、激しい。
残りの2人は、お互いにナイフを向け合っている。
「クソッ、盗賊共か……」
ロランさんが苦々しく呟き、私達は物陰に隠れる。
向こうの人達にはまだ気づかれてはいない。
「ロランさん、倒れている人、助けるべきでしょうか……」
「……いや、必要は無い。どうやら指名手配犯のようだ」
「どうする、ロラン君」
「撤退しよう。戦う必要は無い」
ロランさんはシーフギルドにも所属しているので、そちら経由で情報を得ているらしい。
むしろ捕まえるか、倒す必要のある人達みたいだ。
しかし危険度も高いので、私達に捕縛・討伐の義務はない。捕まえると懸賞金は貰えるが、私達Eクラスが無理して捕まえるべき人達ではない。
今回はこのまま撤退し、後でギルドと憲兵隊に報告する。それが正しい対応だ。
逃げる隙を探るため、盗賊たちの様子を伺う。
漏れ聞こえる会話を聞いていると、どうやら仲間割れのようだ。
スクロールの使用に失敗したらしく、大爆発を起こしてしまった。
そのせいでこれまでの稼ぎが全部駄目になったとかなんとか。
片方が興奮して何かをまくし立て、もう1人がそれをなだめようとしている。がしかし、興奮は収まらない。
興奮する男は、ついにはもう1人の男に向かって襲い掛かる。
距離を詰める興奮した男に向かって、もう1人は投げナイフを投げる。
しかしそれは弾かれ、ナイフを捌いた男はさらに興奮し、1人の腹部にナイフを付き刺してしまった。
「な……」
刺された男は目を見開き、口をぱくぱくと動かす。
その視線は、自分の腹を刺した男ではなく、自分が投げたナイフの行く先を見ていた。
弾かれたナイフは木の幹に突き刺さり、そして男は死の直前に気付く。
ナイフが刺さった木のすぐ近くに隠れる私達の人影に。
「フゥ……フゥ……だ、誰だ!?」
1人生き残った男は、こと切れた男の視線の意味を察し、音すら立てていなかった私達の存在に気付いた。
スクロールの扱い方は素人でも、索敵能力のほうは高い盗賊らしかった。
「逃げるぞ!」
ロランさんの声で、私達は急いで引き返す。
「待ちやがれ、テメェ等!」
さらい興奮の高まった男が近寄ってくる。
「テメェ等何してんだ……な、なんだこの魔物!?」
どうやら、一番足の遅い私の姿に気が付いたらしい。
「え、えいっ!」
気づかれてしまったなら仕方が無い。
私は盗賊の動きを止めるため、粘着弾を放つ。
「何だこりゃ……クソッ!」
予備動作無しで私の背中から放たれた粘着弾には、流石の盗賊も対処できなかったんだろう。
地面に落ちた粘着弾を靴で踏み、足を進めることが出来なくなってしまう。
「メルちー何してるの! 逃げて!」
「でも、でも……」
見られた。
スライム娘の姿を見られてしまった。
このままだと街の噂になってしまうかもしれない。
そんな不安が私の脳裏を一瞬よぎる。
この男は盗賊。街の人へ噂は流れないかもしれない。
でも念のため、この男の口を封じるべきだろうか。
……封じる?
どうやって?
この男を倒して……殺して?
私に、人殺しなんて…………。
「メルちー!!」
迷いが、隙を産んでしまった。
逃げる脚が止まっていた。
「クソッ……クソッ!」
男が懐から何かを取り出す。
あれは……スクロール?
しまった、1つだけじゃ……
ドンッ!!
大きな衝撃音が聞こえる。
目の前から爆発の炎が広がる。
しまった……硬化を……ッ!!
高温を伴った強い衝撃で、私の身体が吹き飛ぶ。
ふきとばされながら、私の粘着質の身体はばらばらになる。
「メルちー、大丈夫、メルちー!」
ターシャさんの声が聞こえる。
「……あ、はい、何とか……」
私は自分の体を確認しながら、ターシャさんに返事する。
「メルちー、良かった……」
どうやら距離があったせいか、森の草木がクッションになったおかげか……私の身体はそこまで体積は減っていないらしい。
およそ3分の1くらいになってはいたが、何とか無事だ。
コアもそこまで傷ついていない。危うくバラバラになりかけたが、思っていたほどHPは減っていないようだ。
「あの男は……」
低木に絡み付いてしまった自分の身体をゆっくり引き剥がしながら、私はターシャさんに尋ねる。
「ああ、うん。自分のスクロールの爆発に巻き込まれたみたい……」
最初の男と同じく、使い方を誤ったのだろうか。
離れていた私とは違い、爆心地にいた男は吹き飛んでしまったらしい。
「メルちー大丈夫? 体、元に戻せる?」
ダメージ量はともかく、熱のせいか、体の形をキープできていないらしい。
私の身体はぐずぐずに崩れている。
かろうじて顔と手の形を少しだけ作れているような状態だ。
ターシャさんが、吹き飛んでしまった私の身体の残りのパーツを探してくれている。
私は、低木から体を剥がし続ける。
危なかった……今までのどんな時よりも危なかった。
でも、なんとか助かった。
体も木からやっと外れて……。
そう思ったのも束の間。
「え……っ」
重い地響きと共に、地面が崩れる。
どうやら爆発の衝撃で、私は川のある崖のすぐ近くまで吹き飛ばされていたらしい。
そして、さっきの爆発の衝撃のせいで、崖にヒビが入って……。
「あ……」
崖が崩れ、私の身体が下方向に落ち始める。
まずい。
私は手を伸ばす。右手を思いっきり伸ばして、崖を掴むために。
でも……あと一歩のところで届かない。
ぐずぐずの身体では伸ばしきるだけの粘度が足りない。
「メルティちゃん!」
私の手は掴まれる。
ロランさんだった。
伸びた私の手を掴み、引き上げようと。
がしかし。
ロランさんの手には、私の手だけが残されていた。
私の身体は手首で千切れ、右手だけをロランさんの手の中に残し、自由落下を続ける。
その崖下にある、濁流の川を目指して。
昨日、思っていた。
いつまで誰一人欠ける事なく冒険者を続けられるのかと。
でも、さすがにここまでは思っていなかった。
いや、可能性はあったが、考えないようにしていた。
まさか、『赤の依頼』の要捜索者の欄に、私の名前が載る事になるだなんて……。




