3-エピローグ
これは、《今》より少し先のお話。
「メルティおねーちゃーん! はやくはやくー!」
「もー、待ってよーザジちゃーん……」
最近、キャロスラックの村と、湖の対岸のゴブリン集落の間に、小さな小屋が建てられた。
その日私達は、その小屋へと向かっていた。
メンバーは、まず私、ザジちゃん、そしてネリーちゃん。
それに加え、護衛としてルーナチームのみなさん。
そしてさらにミリィさんも加わる。
「それにしても……ゴブリンのいる場所に小さい子供を向かわせるだなんて、オウル家は度胸あるわね」
ルーナさんがつぶやく。
実際、その通りだと思う。ゴブリンが出る場所なんて、大人でも敬遠したがる場所だ。
そこに私達は行こうというのだ。
「ザジちゃんもネリーちゃんも、シャンティさんに会えるのが嬉しいんですよ」
私は答える。
「私も、楽しみ」
その会話に、ミリィさんも加わった。
私達が小屋の前に到着すると、そこには既に、5~6匹の盾持ちのゴブリン達がいた。
「シャンティおねーさーん! きたよー!!」
ザジちゃんが大きな声を上げる。
すると小屋の扉が扉が、ゆっくりと開かれる。
「みんな、よく来たね!」
シャンティさんが、笑顔で迎えてくれた。
この小屋は、例の事件以降に建てられたものだ。
街を追放されてしまった犯罪者は、定期的に憲兵隊やお役人さんたちと面会することが義務付けられる。
まあ、ほとんどの犯罪者は無視するんだけど、真面目に罪を償おうとする犯罪者は定期面会にちゃんと来てくれる。
ただ、シャンティさんの場合は、居住場所がゴブリンの集落なので、面会のたびに集落を訪れるわけにはいかない。
人間にとっても危険だし、ゴブリン側にとっても余計なストレスを与えてしまう。
なので、人間の村とゴブリン集落の中間地点に、互いに面会する用の小屋が建てられた。
人間の村の監視塔、ゴブリン集落の監視場所から、お互い良く見える場所だ。
というわけで、定期的に人間と面会する事となったシャンティさん。
基本的には通訳が必要になるので、その度に私が呼ばれる。
ただ、まだまだ弱い私の護衛として、他の冒険者が加わることになっている。
ゴブリン側も、今や集落のトップとなったシャンティさんの護衛として、多少のゴブリンが加わる。
最初の頃は週2回程度だったシャンティさんの面会。
最近は面会頻度も、週2階から週1回に減り、そして今は月1~2回程度となっている。
お役人や憲兵隊の数もその都度減っていき、今回なんか、すっかり顔なじみになったコーディさんすら同行していない。
そんな感じでシャンティさんと定期的に会うことになった私だったが、そのお話をザジちゃんとネリーちゃんが聞き……。
「えっと、こうですか?」
「うん、正解だ。けっこう計算できるようになったじゃないか」
「エヘヘ……」
そして、色々あってこういう事になった。
ネリーちゃんとザジちゃんがシャンティさんの面会に同行するようになった理由ひとつ。それは、ネリーちゃんのお勉強だ。
あの事件のせいで、シャンティさんが教えるネリーちゃんの授業は中途半端で終わってしまった。
その続きをするために、まだ小さい子供を連れてここに来たのだ。
当然のことながら、シャンティさんは街で勉強を教える事はできない。
なので、定期面会のついでとして、ここで勉強を教えてもらっている。
街ではちょっとした教育改革があって、学校とまではまだいかないけれど、それに近い学習形態は少し整い始めた。
でも、それでもネリーちゃんは、できればシャンティさんに続きを教えてもらいたいと直訴を続けた。
大人たちは結局根負けし、『Cクラス以上の冒険者の立会いのもとでなら』という条件で許可したのだった。
両親もすごいけど、許可したお役人たちもすごい。
「お、ザジ。ちょっと文字を書けるようになったじゃないか」
「ね、じょうず? じょうず?」
「ああ、上手だよ。すごいね」
なんだかんだで、シャンティさんは教え方が上手い。
シャンティさんが褒めると、ザジちゃんは喜んでどんどん勉強を続ける。
シャンティさんはあの日以来、ゴブリンのままだ。
街には戻れないので、必然的に人間にも戻れない。
ゴブリンの姿であるにもかかわらず、ネリーちゃんやザジちゃんと直接お話しできているのは理由がある。
とある日。私のもとに宅配便が届いた。オパールさんからだった。
異世界からでも宅配便を送れるシステムが、なんかこう、あるらしい。
宅配便には手紙が同封されていて、こう書いてあった。
『やあメルっちょ、元気でやっているかい? こっちも忙しいけどまあまあ充実しているよ』
その後しばらく近況を報告する内容が続き……
『そうそう、最近新発明を作ったんだ。メルっちょの魔物言語スキルを参考にして、魔物言語の翻訳装置を作ってみたんだ。
でも、もうしばらくはそっちに行けないからテストできていないんだ。
もしメルっちょの手が空いていたら、このテストをお願いしたいんだ』
……というわけだ。
そんなわけで、シャンティさんに協力してもらって、翻訳機のテストを兼ねて使っている。
試作機との事だけど、今のところ、翻訳機から出る音声と、私の耳を通した言葉とで、違いは全くない。
シャンティさんとみんなとの会話に、支障は全く無い。
通訳として呼ばれている私、もう必要ないんじゃないかなと思うんだけど……まあ私もいろいろ理由を付けてシャンティさんに会いに来ている身なので、その事はナイショだ。
「シャンティ、そろそろ、いいか?」
「ああ、いいぞ」
そして、ミリィさんも同行した理由。
それは、ミリィさんとシャンティさんとの実戦訓練のためだった。
最初の南南西の森では、ミリィさんの惨敗だった。
次の廃工場の屋根の上での戦いは、シャンティさんは操られていたこともあって、ミリィさんの勝利。しかし、ミリィさんには物足りない勝利だった。
というわけでミリィさんは、完全な状態でのシャンティさんとの再戦を望んだ。
結果、ミリィさんも同行しては、そのたびにシャンティさんと模擬戦を行っている。
実際、この模擬戦は、ミリィさんのためになっている。
剣と魔法の両方を駆使するゴブリンなんて、この世でシャンティさんしかいない。
シャンティさんにとっても、集落の防衛のために自分の身を鍛えられるし、後輩のゴブリン達にいい刺激を与えられている。
「しかしまあ……みんなよくこんな所に来られるわね……」
ルーナさんだけは、この集落に来ることに文句を言う。
実際、普段はゴブリンの管理下にもあるこの小屋は、あまり衛生状態がよろしくない。
これでも、シャンティさんが事細かく掃除を指示するおかげで、かなり改善したみたいなんだけど。
「ルーナの家って洗浄屋さんだもんね。こういう場所は苦手か」
「そういうんじゃないけど……」
スカイさんに家の事をからかわれて、ルーナさんはちょっと不満そうだ。
「ネリーちゃんとザジちゃんは、平気なのかな」
タイムさんの質問に、2人の代わりに私が答えた。
「えっと、宿屋さんだから、そういうのに慣れているって言ってました。
宿だと、3~4日お風呂に入れなかった冒険者の人を接客するのは普通だからって」
「なるほどね……」
「そういうメルティちゃんはぁ、平気なのぉ?」
今度はドーラさんが質問する。
「あ、私は嗅覚を感じないようにできるので……」
「はぁぁ……羨ましいなぁ……」
それを聞いてたルーナさんがため息を漏らす。
小屋の護衛に加わる冒険者は、基本的には、私の『スライム娘』の事情を知っている人、かつCクラス以上という条件が付くので、今回の場合……というか、ほとんどの場合はルーナチームの皆さんが参加してくれる。
あれ以来、私は皆さんとよくお話しするようになった。
まあ、飲めないお酒の席に呼ばれていろいろ絡まれるのはちょっと辛いけど……。
「シャンティおねーさんもミリィおねーちゃんもがんばれー!」
ザジちゃんが模擬戦を応援している。ネリーちゃんもハラハラしながら見ている。
2人の周りには、盾持ちのゴブリンも一緒だ。
何度か通ううち、ゴブリンのみんなともすっかり仲良くなっていたようだ。
「ほんと、不思議な絵面だよね……」
「まあいいんじゃない。こういう平和があってもさ……」
そうつぶやいたのは、ルーナチームの……誰だろう。
模擬戦が終わる。まだまだ実力差は大きく、ミリィさんはシャンティさんにはかなわない。ミリィさんだってあれからかなり強くなっているはずなのに。
ミリィさんとシャンティさんがいつものように握手を交わしている。
その周りで、みんな大盛り上がりだ。
まあ確かに、人間とゴブリンが仲良くする光景って、ここでしか見られないものかもしれない。
本当、こういう平和もあるんだな……。
「おーい」
遠くから、男の人の声が聞こえた。
「あれ、カルディさん?」
「お、なんだ。メルティちゃん達も来てたのか」
声のしたほうを見ると、そこに立っていたのはカルディさんとシフさんだった。
その2人に加え、ファルマさんも一緒だった。
「や、やあシャンティ……元気だった?」
「あ、ああ……」
シャンティさんとファルマさんは元は同じパーティ同士。
ただ、今はなんだかちょっとぎこちない。
ファルマさんは今は、カルディさん、シフさんと共にパーティーを組むことが多いようだ。
シフさんの奥さん、アマンダさんが正式に産休に入ったので、しばらくはその代理だそうだ。
でも、風水師1人に僧侶2人って、だいぶバランスの悪いパーティな気がしないでもないけど……。
「それで、カルディさんはどうしてここに?」
「ああ。護衛で来たんだ。この子の護衛でね」
そう言ってカルディさんは、後ろの荷馬車を指さした。
馬車の幌の中から、1匹の魔物が降りてくる。
シャンティさんが、その魔物に気づき、驚いた声を上げた。
「メ、メロディ……なのかい?」
声を掛けられた小さな魔物は、同じく驚いた声を出す。
「ひょっとして……おかあさん……なの?」
シャンティさんと小さな魔物は、お互い駆け寄る。そして、抱きしめ合った。
「おかあさん……おかあさん!」
「メロディ……ああ、メロディ……! 本当に生きていたんだね……!」
「おかあさん、わたし、おかあさんとおはなしができてる!」
「そうだよ、お母さん、ゴブリンになったんだ。お前と同じゴブリンだよ!」
「わたし、ずっとおかあさんとおはなししたかったんだ!」
「私もだよ、メロディ……」
「わたし、さみしかった……おかあさんがいなくてさみしかった……」
「もう……もう、寂しい思いなんてさせないよ、メロディ……」
シャンティさんは、メロディちゃんを強く強く抱きしめる。
ミリィさんも、ルーナさん達も、カルディさん達まで、目をうるうるさせていた。
ザジちゃんとネリーちゃんはよく分かってないようだったけど、私が説明したら、良かったねと二人に声を掛けていた。
私もなんだか、涙が止まらなかった。
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「……カルディさんからの報告は以上です」
私は、ジェイクに報告を上げた。
「そうか。ご苦労様、ソレーヌ君。
これで約束の『プラチナゴブリンの返還』は無事に終わったね」
ジェイクは、私にねぎらいの言葉をかける。
シャンティの犯した罪に関しては、表向きは『第7地区市街及び周辺町村からの無期限追放』という事で収まった。
彼女はジェイクの司法取引を受け入れ、ゴブリンとして集落をまとめる事となった。
4つあったゴブリン集落は、その人数不足から1つに統合された。
統合された場所は、村からの監視も行き届きやすい、例のキャロスラックの集落。
そこでシャンティは生活している。
街には入れないので、ジョブチェンジの祭壇を利用することは出来ない。
ゴブリンだけの足で、他の地域へ移動する事も出来ない。
それはつまり、シャンティは今後一生、人間に戻ることは出来ないことを意味する……。
憲兵隊に黒札が出た犯罪を犯している以上、この量刑は軽すぎるのではないかという批判も、裏事情を知る一部の筋からは無くは無かった。
しかし、「では貴方は、今後一生ゴブリンとして生きろと言われたら、それを受け入れられるのか?」と問われると、皆一様に口を閉ざすのだった……。
私は、あの日の事を思い出していた。
事件の黒幕、錬金術師ノード・ラドクリフがあの馬鹿女勇者に取っ捕まった1週間後。
シャンティから司法取引の返事が来た時の事だ。
「……シャンティさん達は、この後どうなるんですか?」
「うん、どういう事だい?」
「何か目的があって、2人を引き合わせたんですよね。まさか、再会した親子を……」
「そんな無粋な事はしないさ。あの親子は今後も幸せに生活してもらうよ。あの親子はね」
「……含みのある言い方ですわね。どういう事ですか」
「さてね……どういう事だと思う?」
彼の怪しげな企みを問い詰め、逆に私が質問される。
考えを聞かせてみろとでも言いたげな、にやけた挑戦的な顔で。
「そもそも、プラチナゴブリンの買い手だったドライセン氏を、どうやって説得したかですよね……。
プラチナゴブリンを手放してでも、それに見合う利益を提供したから……ですか?」
「それは何だと思うんだい?」
「……『ゴブリンのジョブ』から得られる利益、との引き換えですか?」
ジェイクがにんまりと笑う。
私のとりあえず、推理が当たっているという前提で話を続ける。
「貴方は、『キャロスラックのゴブリン集落』の平和は、保証すると言いましたよね」
「そうだね。この近辺は、結局はそれが一番安定するからね。
キャロスラック集落の平和は保障するよ。キャロスラック集落はね」
「という事は、他の集落はそうでは無いという事になる」
「……フム」
「ゴブリンのジョブマニュアルは、今現在2冊確認されている。
1冊はシャンティさんの本。もう1冊は、貴方が駄目にしたその机の中の本。
とはいえ、貴方はゴブリンのマニュアルが2冊だけだとは言っていない」
「ウンウン」
「つまり、ゴブリンのジョブマニュアルは、他にもある。
そのジョブマニュアルを使えば、『他の集落のゴブリン』を、自在に操れるようになる」
「フムフム」
「例えば、第9地区の隣国との摩擦がある地帯。
この地域のゴブリンを自在に操れば、人間の代わりに隣国にけしかけることが出来る。
例えば、第3地区の民族紛争地帯。
ここの周辺でゴブリンを暴れ回らせれば、その対応を迫られて、仲の悪い民族間を団結させられるかもしれない」
「ほう、面白い考えだね」
「……とまあ、『ゴブリンのジョブマニュアル』には、いろんな可能性があるわけです。
この利益を、あなたはドライセン氏にプレゼンテーションをしたんです。
こんな感じでどうですか?」
ジェイクはにんまりと笑った。
これはどうやら『正解』の笑顔である。
まあ肝心のドライセン氏とやらが架空の人物である事を除けば、私の推理に間違いは無さそうだ。
ジェイクは話し出す。
「……まあ、問題は、本がいくらあっても、そのジョブの適合者が現れない事なんだけどね。
それでも、『モンスター職』のジョブマニュアルは、おかげで市場価値が上がり始めた。
今まで蒐集家どもの物置で埃を被っているだけだったジョブマニュアルが、金銭的価値のある物に変化したのさ」
「……あなたは、ジョブマニュアルで紛争を起こすつもりなんですか?」
「おいおい、さっきの例は君が考えた『たとえ』だろう?
実際にそうなるかはまだ分からないさ」
「……それは、そうですけど……」
「それに、金銭的価値なんてものは、それを欲しがる人間が勝手に決めるものさ」
「うまい事言って逃げますね……」
「そうかい?」
まあ、この男の言う事は尤もである。
メルティがクルスから購入したジョブマニュアルは、『新人クエスト報酬の半分』という底値だった。
そのジョブマニュアルの価値が、今後大きく変わろうとしている……。
「ソレーヌ君、今後忙しくなるよ。
『ゴブリン』のジョブマニュアルを手にした者が、ゴブリンを操って罪を犯した。
『スライム』のジョブマニュアルを手にした者が、その企みを阻止した。
これだけでも充分、蒐集家どもにはインパクトがあった。
彼らの倉庫で埃を被っていた謎の本が、徐々に表舞台に出始めてくるだろう。
さて、何が起こるんだろうね?」
私には、その質問の答えが言えなかった。
「ま、楽しもうじゃないか。ソレーヌ君」
そう言ってジェイクは、こちらを見て怪しい笑みを見せた。
「勘弁してほしいです。また忙しくなるのは御免ですよ……」
私は、深い深いため息を付く事しかできなかった……。
その会話の数日後、遠方の冒険者ギルド支部で、新たなジョブの登録があった。
『****』という、またしても名前の分からないジョブだった。
新たなジョブは、日を追うごとに増えていった。
登録された場所は国の内外あらゆる場所から。
詳細不明のまま、ジョブに就ける者が登録されないまま、種類だけが増えていく。
新たに増えたその数は既に4件。
あと6件は間違いなく増えるだろう。
私は、シャンティが取り調べの際に話していた事を思い出していた。
シャンティがジョブマニュアルを入手した神殿に描かれていた壁画。
今では知る者も少ない、遥か昔のおとぎ話。
天に舞う十二の星座を、魔王より下賜されたという魔物達の物語の一節。
頸木座、またの名を天秤座を与えられた小鬼族のお話。
頸木座と水瓶座は世に放たれた。
残る星座の数は十。
それらの新たなるジョブに就ける適格者は、現在のところ、まだ、いない……。
第3章はこれで終了です。
続きの第4章も引き続き執筆していきたいと思いますが、完成までしばらくお時間を頂ければと思います。
再開の際には、引き続き読んでいただけると嬉しいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!




