3終ー18話 ソレーヌ・ショルムの屈辱(後編)
とある日の深夜。
先日、激しい戦いを繰り広げた、アム・マインツの街の廃工場の屋根の上。
その場所を、1台の小型ドローンが飛び回っていた。
4つのプロペラを付けてあたりを飛び回っていたドローンは、やがて、ひとつの宝石の欠片を発見する。
『報告。N-3号のコアの破片を回収しました』
「ご苦労。直ちに回収したまえ」
通信機から聞こえたきた機械音声に、男は指示を出した。
「コア自体は破壊されてしまったようだが……復元可能な欠片はやはり残っていたか。
ククク、これで私の研究は一歩先に羽ばたく事が出来る……」
その男は、つい先日、メルティ達が倒した『青い男』と、よく似ていた。
しかし色は青くなく、肌の質感もゴーレムのものでは無い。
男は人間だった。自身を模して作り上げた指揮官ゴーレムN-3号の製作者であり、言わば、今回のすべての事件の『本当の黒幕』その人だった。
ここは人里離れた、彼の隠し研究所。
男はここに長年潜み続け、独自の研究を続けていた。
つかつかと歩き、培養液の入った円柱状のガラス容器の前に立つ。
「もうすぐ……もうすぐだ……
君を完成させることが出来るよ……」
培養液の中には、自身が作り上げた人形の少女が、眠ったように動かないまま浮かんでいた。
男は、王都で研究する錬金術師だった。
しかし彼の研究を理解しようとする者は、誰もいなかった。
彼は世間を見下し、この世界に絶望しながらも、己の研究を続けていた。
男は、ゴーレム研究の第一人者だった。
彼が土から作りあげた作業用ゴーレムは、その完成度の高さから、一時大きな話題となる。
彼のゴーレムは王都中に広がり、彼に富をもたらした。
しかし、彼のゴーレムの危険性を指摘する者がいた。
『錬金技師』を名乗る、オパールという人物だった。
突然どこからともなく王都に現れた彼?は、男の作ったゴーレムの危険性を指摘した。直ちに修正しなけば暴走事故を引き起こすことになると。
しかし男はその忠告を無視した。自分以外は皆劣ると考えていた男は、オパールの忠告に耳を貸さなかった。
3か月後、オパールの忠告は現実のものとなる。
たくさんの暴走事故を引き起こし、所有者及び周辺の人間に多大な損害を引き起こすこととなる。
王都錬金術師協会は、その全ての原因をこの男に押し付けた。
こうして男は王都を追われ、以後誰も知らない秘密のアジトで、己の研究を進めていく事となる。
男は孤独だった。
元々他人を見下していたので理解者は必要ないと思っていたが、地下アジトに隠れながらの研究は、それなりに彼の精神を蝕んでいった。
男は理解者を求めた。自分の理想の女性を求めた。
この世にそんな女性がいないのなら、作ってしまおうと思った。
理想の女性の『器』は完成した。
がしかし、その器に入れる『精神』は未だ完成していない。
土を用いたゴーレムの製作に行き詰まりを感じていた男は、代替素材として、スライムに目を付けた。
どこにでもいるため、いくらでも入手できる汎用素材。
スライムの素体がケイ素から出来ていることも、その発展性も、独自の研究により突き止めていた。
シリコン素材を用いた、限りなく人間の皮膚を持つ理想の人間。
土とケイ素の複合体の究極のゴーレム。
ひとまず器の完成の目途は立った。
ただ、研究は完成しなかった。
どうやら完成まであとひとつ、最後のピースが必要だった。
その器に入れるべき精神を、彼は作り上げることが出来なかった。
最後のピースを作り上げるための研究は、それはそれは長い年月を要した。
しかしそれは、いまだに完成していない。
男は、素材のスライムを集める作業に奔走した。
既にアジトの付近のスライムは研究用に使い果たしていたが、シャンティという協力者を得る事により研究は進んでいた。
しかしそれでも、最後のピースは埋まらない。
理論上は存在するはずの『レア物』を、彼は手に入れることが出来なかった。
つい先日。
ついにシャンティから、新種のスライムを発見したとの連絡が入った。
男はN-3号経由で、シャンティに最優先捕獲の指示を出した。
後は捕獲するだけという段階になった。
しかし、作戦決行後も、N-3号からの連絡は無かった。
男はドローンを飛ばし、N-3号の捜索を行う。
そして無事、戦闘で破壊されたN-3号のコアを回収する事が出来た。
後は、このアジトにコアが届くのを待つだけ……。
「後はN-3号のデータを解析し、最後のピースを埋めるだけ。そうすれば……」
男は恍惚の表情で呟く。
「そうすれば、アンタの研究は完成するんだな」
「そうだ。それでこの少女は動き出す。
私の理想の伴侶が、ついに完成するのだ……」
「へー、そうなんだ」
そこまで言って、男はやっと気づく。
自分の隣で、独り言に会話を合わせる女性の声に。
「……なんだ貴様は」
「あ、どうも」
女性は軽い返事をする。
「どうしてここにいる。見張りはどうした?」
「あ、見張りのゴーレムなら、なんか襲い掛かってきたので倒しちゃいました。すいません」
「そ、そもそもどうやってここに入った。ここの入口は隠してある。誰にも見つけられないはず……」
「あ、たまたま見つけちゃいました」
「き、貴様は何者だ……。
い、いや、聞いたことがある……聞いたことがあるぞ……
Aクラス冒険者バッジに、その服装……
そ、そうか……貴様、勇者。貴様は勇者だな!」
「あ、勇者じゃなくて『女勇者』な? そこんとこ間違えないでくれよ」
そう言うと、その女勇者は、にんまりと笑顔を作った……。
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私は愕然としていた。
王都冒険者ギルドのバルダーからの報告に。
『王都郊外に潜伏していた錬金術師ノード・ラドクリフ、女勇者クルスによって捕縛される。ノードは第7地区のゴブリン騒動への関与を自供』
「……大丈夫かい、ソレーヌ君」
ソファーに座ったままがっくりうなだれる私に、ジェイクが声をかける。
「……大丈夫なモンですか……」
「……ソレーヌ君?」
「あいつは……あいつは……あいつは!!」
がばっと顔を上げる私を見て、ジェイクが驚く。
「あいつは、あの馬鹿女勇者は、いつもいつもこうなんですよ!
私が必死に調べて、悩んで、死ぬほど頑張っているときに限って!
いつもあいつがひょっこり現れて!
のほほんとした顔で、あっという間に全部解決しちゃうんです!
私の苦労を全部!
あいつがかっさらっていちゃうんですよ!!」
「そ、ソレーヌ君、落ち着いて……」
「はあ、はあ、はあ………………すみません、取り乱しました」
「い、いや……」
再び私はボフッと、倒れ込むようにソファーに座る。
どっと気が抜ける。立ち上がる気になれない。
ソファーの背もたれにもたれかかり、だらしなく天井を仰いでしまう。
「はっはっは。なかなかユニークな男だね、君の元婚約者は」
「……どうも」
何も返答する気になれない。
貰ったメールの詳細に目を通す。
クルスは、前回の邪教集団の掃討作戦の際、消化不良のまま終わってしまった。
なので、他に何か仕事は無いかと、受付のバルダーにせっついた。
仕方なくバルダーは、長年クエスト受注者のいなかった、ドラゴン討伐のクエストをクルスに依頼する。
単独では危険な任務だったが、クルスはそのクエストを達成した。
その帰り道、とある森の中を歩いていた時に、たまたま怪しげな入口を発見する。
で、そこに入ると、中には例の男がいた……。
なんだこの、全部運だけで解決しましたみたいな頭の悪い報告書は。
「まあ良かったじゃないか。これでこの事件は全て解決だろ?
君への疑いは完全に晴れたわけだ」
「同時に、貴方を疑っていた、私の見当違いの頑張りも全部無駄になりましたよ」
「そうかい。そいつは良かった」
黒幕の男、ノード・ラドクリフは、素直に応じているらしい。
クルスに抵抗し戦闘用ゴーレムを呼び出した結果、クルスはその戦いで勢い余って研究所内を滅茶苦茶に荒らしてしまい、研究はほぼ継続不可能となったらしい。
その後、ぼろぼろとなり横たわる少女型のゴーレムの傍で、せめてドローンの報告だけは聞かせてくれとクルスに泣きつく。
しかし、意味が分からなかったクルスはガン無視でノードを引っ張り回す。
途中、接近してきたドローンという小型の飛行物体を、何かの魔物と勘違いし、とりあえずブッ壊してしまった。塵すら残らぬ粉々に。
ノードは発狂した。
まるで廃人のような見た目となったノードは、クルス、そしてオパールの名をうわごとのようにつぶやきながら、憲兵隊に引き渡される事となった。
流石に同情する。
「……ジェイクさん」
「なんだい?」
私は天井を眺めながら、ジェイクに聞く。
「ジェイクさんは、この後どうするんですか?」
「どうするも何も……任務を続けるだけさ。
『謀略を暴け』の任務はまだまだ継続しなきゃならないからね。
僕はこれからも、居もしない謀略者の、ありもしない企みを調査するため、ここでギルマスをし続けなきゃいけないのさ」
ジェイクは、両手を上に上げながらだらだらとした態度で語る。
まあ要するに……適度にサボれるこの仕事を手放すつもりは無いぞ……と、そう言いたいのだろう。
「ジェイクさんは、どこから来たんですか?」
「前にも言った通り、第9地区からさ」
「いえ、そうではなく」
……どの組織から来たか。
「……それを聞いちゃうと、さすがに君もただでは済まないよ」
「じゃあいいです」
もう、その脅しが答えだろう。
「いいんだ……。ま、まあ、賢明だね」
一応は私も、それなりの覚悟でこの部屋に入ってきたはずだが。
なんかもう、その事を追及する気分ではなくなってしまった。
ジェイクの殺気も、最早感じられない。
……この男も、どこぞの馬鹿女勇者には苦労しているんだろうな、と、なんとなくそう思った。
「ジェイクさん」
「なんだい?」
「シィナさんとは、どういう関係なんですか?」
「まあ、君が思っている通りだと思うよ」
「そうですか」
「どうしてそんな事を聞くんだい?」
「いえ、彼女、実力は確かですけど、『本職』の評価はイマイチですよね」
「……まあ、実を言うとそうだね」
獄中自殺に見せかけなければならないターゲットに、毒を使ってしまうくらいだから。
「ジェイクさん、ウチのギルド、人手が足りないんですよ」
「そうみたいだね」
「どうでしょう。一般常識を鍛えるために、ウチで働いてもらうというのは」
「どういう事だい?」
「例の『謀略者』の調査を続けるなら、人手は多いほうがいいですよね」
「……面白い考えだね。でも、君はそれでいいのかい?」
「『毒を食らわば皿まで』が、我がショルム家の家訓なんです」
「なるほど、面白い家訓だね」
「まあ嘘なんですけど」
「……君も冗談とか言うんだね」
「今回の件で、痛感したんです。私は」
「何をだい?」
「私は今まで、ギルドの中で立ち回っていました。それなりに自信はあったんです。
でも今回、事件の犯人はシャンティさんだった。
私の知らない、ギルド移転登録をしていない、外部の人でした。
痛感しました。私には、外への見聞が足りないって」
「…………」
「貴方の件だってそうです。
そんなに疑われていたのに、私はまるで気づかなかった」
「気づかない方が良かったと思うけどね、僕は」
「それでも、です。
怪しい、胡散臭いと思っていた人に、私は助けられ続けていた。
これ以上の屈辱は無いです」
「ハハッ」
「張り付いた鉄の笑顔。そんな評価でもいいと、私は思っていました。
でも、それじゃあ、それだけじゃダメなんだなって。
もっとこう、なんと言うか、もう少し変わらないとな、そう思って」
「そうかい?
今の君は十分ユニークだと思うけど。
君はもうちょっと素を出してもいいと思うよ」
「そうですか……? そうなんですかね……」
私はそう言って、天を仰ぎ続けていた。
また明日も仕事があるなと、そう思いながら。
次回、3章最終話・エピローグです。よろしくお願いします。




