3終ー9話 バイオレット・スカイ
シャンティさんと私は、同じモンスター職同士。
でも、これまで生きてきた道は違うはずだ。
私は幸い、クルスさんやオパールさん、マリナさん達と出会えた。
でも、シャンティさんはそうじゃなかったんだろう……。
シャンティさんは、壊れた。
あるいは、元々壊れていたのかもしれない。壊れたまま、必死で理性を保っていたのかもしれない。
過去に何があったのかは分からない。
でも、私の何かの言葉がきっかけで、理性を失ってしまった……。
「クク……ハハッ!
死ね……死ねぇメルティ!!」
狂気に満ちた顔で、私に吠えるシャンティさん。
前に突き出した両手に、何か魔力のような気配が現れる。
さっきは一瞬でよく分からなかったが、今度は何が起こっているのかちゃんと分かる。目でちゃんと追えている。
両手の前に、黒い球体が現れ、それが少し小さく、しかし濃密に固められる。
そして、その黒い球体が私に飛んでくる!
かろうじて回避。しかし肩を掠める。
肩に当たった部分がえぐり取られるように消える。
いつもは地面に落ちる体の破片も見当たらない。まるでその場から無くなってしまったかのように消えていた。
黒い球体は私の後ろに飛んでいき、5メートルほど先で空中に分散する。
まずい。あの黒い球体はまずい。
多分、暗黒魔法というものだ。黒い球に触れた部分が消し飛ぶ。
私が人間だったら、最初の一撃で死んでいた。
「あっはっはっは……アーッハハハハハは!!」
さらにシャンティさんは笑いながら、呪文の詠唱も無いまま魔力を練る。
黒い球がまたこちらに飛んでくる。
今度はしゃがんで……いや、体を潰して回避。
するともう1発、足元を狙った黒い球が。今度はジャンプで回避する。
黒い球は私の足元に落ち、そして落ちた場所の屋根瓦と下地の木材がぽっかり抉れる。
「そうだ……ザジちゃん!?」
後ろにいるはずのザジちゃんを確認。
幸い、球体はぶつかっていない。
駄目だ。ここで戦っちゃだめだ。
さっきの接近戦の時は、シャンティさんがザジちゃんのほうに向かわないようにするため、ここで立ち止まって戦ったほうがいいと思っていた。
でも状況が変わった。今のままだと、私が避けた黒い球にザジちゃんがぶつかる危険がある。
「シャンティさん、止めてください! ザジちゃんに当たっちゃいます!」
しかし、私の声はシャンティさんに届いていない。
仕方なく、私は立ち位置を変える。
右に動き、シャンティさんの側面に回り込む。
「逃げるのかいメルティ……メェルティ!!」
側面に来た私のほうに体を向け直し、さらに黒い球を放つシャンティさん。
屋根の頂点をえぐりながら私に迫る。何とか頑張って回避する。
それにしても、どうして急にシャンティさんはこうなったの?
クルスさんとオパールさんの名前を出した途端、こうなった気がする。
「シャンティさん、クルスさん達と何かあったんですか!?」
とにかく、話しかけてみよう。
「うるさい……殺す、お前を殺すよぉ、メルティ!!」
駄目だ、見境が無くなっている……。
どんどん黒い魔法の球がこちらに飛んでくる。
幸い目が慣れたせいか、集中すればちゃんと回避できる。
でも、近づけない。距離を縮めるとさすがに無理かもしれない。
それなら、このまま回避を続ければいいかもしれない。
この魔法がどれくらいの消費MPがあるかどうかは分からないけど、使い続ければいずれきっとMP切れになる。
それまで、こうやって回避する!
「ころ……す……コロス……ッ!」
しばらく後、黒い球の軌道がずれ始める。見当違いの場所に飛んでいく事が多くなる。
MPが少なくなって、ふらつき始めているんだ。
「クルス……殺してやるよ……死ね……シネェ!」
もう、認識力も曖昧になってきているのだろう。私をクルスさんと呼ぶようになった。
「シャンティさん、もうやめてください!」
このままだと危険かもしれない。
「うるさいね……メルティ、クルスはどこだ! クルスを出せ!」
「ここにはクルスさんはいませんよ! いるのは私です!」
「そうかい……じゃあアンタを殺す! アンタを……アンタを殺す……?
アンタを殺せば、あの子が……生き返る……んだっけ?」
シャンティさんの狂気の瞳が、突然、迷いと疑問を含んだものになった。
「あの子を……そうだ、メロディを……生き返らせるんだ……
メルティを殺して……いや違う、クルスを殺すのか?
クルスはいない?
ここにいるのはメルティと……ザジと……そうだ、ザジだ。
そうだ、ザジを誘拐して、それでメルティを殺して……いや違う……」
「しゃ、シャンティさん……?」
「……そうだ。ザジだ。
まずザジをコロして、そのあとメルティをコロス。そうすればメロディはイキカエルンダ……」
シャンティさんが、剣を持って、ふらふらとザジちゃんのほうに歩きだした。
「しゃ、シャンティさん、違います!シャンティさん!」
私は慌ててシャンティさんのほうに近づく。
駄目だ、ザジちゃんのほうにシャンティさんを近づかせちゃ駄目だ。
シャンティさんはザジちゃんを、私を捕まえるために誘拐したはずだ。
今まで私がザジちゃんを守りながら戦ってきたのは、ザジちゃんを再び人質に取らせないため。ザジちゃんを殺すと脅されたら、私は従うしかない。そのためのはずだった。
でも、今のシャンティさんは、それすら分からなくなってしまっているのだろうか。
今のシャンティさんは、ただ純粋にザジちゃんを殺すために近づこうとしている。
「シャンティさん、止めてください、シャンティさん!」
ザジちゃんを殺されるわけにはいかない。
シャンティさんに、ザジちゃんを殺させちゃいけない。
私は急いでシャンティさんに近寄る。
「う……る……サイ!」
シャンティさんは私のほうに片手を向け、魔法を放ってきた!
片手だし、魔力を練る時間も無い。威力も大きさもさっきまでの半分以下だった。
しかし不意の攻撃は、私の身体を貫いた。
「う……あっ……!」
身もだえて倒れる私。コアの外周部を大きく抉られてしまった。
べしゃっと、その場で身体が潰れる。
死ぬほどの攻撃では無い。でも、痛みが引くまで、ドロドロになりかけたコアが復元するまで、身動きが出来ない。
体の形が維持できない。屋根の斜面に沿って、私の身体の液体が流れ落ち始める。
「ザジぃ……今行くよぉ……」
両腕をだらんと垂らしながら、シャンティさんは再びふらふらと歩き始める。
「ダ……メっ……!!」
なけなしの力で、私はシャンティさんの足元に向けて粘着ボールを放つ。
シャンティさんはそれを踏んずけて転ぶが、すぐに起き上がる。
下が剥がれやすい瓦のせいで、あまり有効な足止めにはならなかったらしい。
足にくっついたままの瓦の欠片も気にも留めずに再び歩き始める。
「シャンティさん、止めて……やめてえっ!」
私は叫ぶしかできなかった。
流れ落ちるドロドロの体は、屋根の下側の雨どいに入り始める。一部は雨どいに収まり切れず、そのままぽたぽたと屋根の下に落ちる。
私は体全体の復活を諦め、少しでも動く部分だけを集め、小さな体のままでシャンティさんを追う。
しかし、這いずる速度が出ない。ふらふらと歩くシャンティさんにすら届かない。
ついにシャンティさんは、ザジちゃんのすぐ傍まで来てしまった。
「ザジぃ……おまたせぇ……。
良い子だねぇ……死のうねぇ……」
シャンティさんが剣を振りかぶる。
頭の上で両手で持ち、杭のようにザジちゃんに付き刺そうかと言う構えで。
「ダメえええっ!!!!」
私の叫び虚しく、シャンティさんは剣を振り下ろし始めた。
その時。
「ん…………」
ザジちゃんの、小さな声だった。寝言を言っているのだろうか。
「ママぁ……」
ザジちゃんは寝言でそう言った。
その瞬間、シャンティさんの動きが止まる。
ザジちゃんの喉元のほんの僅か手前で、剣が止まった。
シャンティさんの目が見開かれている。
そのままシャンティさんは、動く気配が無い。
「わ、わた、しは……何を……?」
刹那のような、無限のような時間が流れた後、シャンティさんはそうつぶやいた。
「あ、あ、ああ……ああああああああっ!」
剣を傍に落とし、シャンティさんは慟哭する。
「わた……しは……私は……メロディ……メロディ……ああ……あああああ…………」
シャンティさんの瞳からは、たくさんの涙が溢れる。
「ん……」
私がやっとザジちゃんの所にたどり着き、ザジちゃんに触れると、ザジちゃんはちょうど目を覚ました。
「あれ……メルティおねえちゃん……?」
「おはよう、ザジちゃん」
私はザジちゃんに、おはようの挨拶をする。
「んーとね、こわいゆめをみてたの。
シャンティおねーさんが、こわいかいぶつになっちゃったの」
まだ寝ぼけた様子で、私にそう言った。
「シャンティおねーさんは?」
私は答えに困った。
でもザジちゃんは横を向いて、シャンティさんを見つけた。
ゴブリンになったシャンティさんを、ザジちゃんは黙って見続けている。
「あれ……シャンティおねーさん?」
「……そう、だよ……」
「そっか……」
「ザジちゃん……怖くないの?」
「ううん。いつもと違うけど、いつものシャンティおねーさんだよ」
ザジちゃん驚きも怖がりもせず、シャンティさんを見続けている。そして……
「よかった。やっぱりシャンティおねーさん、こわいかいぶつじゃなかったんだね」
ザジちゃんは、そうつぶやいた。
シャンティさんは、ずっと泣いていた。
その瞳は、無機質なものでも、狂気に満たされたものでも無い。
シャンティさんは、戻ってきたのだ。人間に……。
東の空が、またほんの少し明るくなる。
紫色の空が、シャンティさんの横顔を照らす。
シャンティさんの涙を、ほんの少しだけ輝かせていた……。
「全く、なんですかこのザマは……」
突然、不躾な男の声が聞こえた。
私はそちらを振り返る。
あの男だ。
地下選鉱場で会った、あの青い肌の男。
屋根の上に、数体のゴーレムを引き連れて、その男が立っていた……。




