3終ー7話 地上への道
地下選鉱場跡地のベルトコンベアに乗って、シャンティさんとゴーレム達から逃げる、私と眠ったままのザジちゃん。
その行く先に、何か大きな装置が目に入った。
私とザジちゃんは、コンベアに乗ったまま、その装置の中に入る。
その中は装置というより、ひとつの大きな工場のようだった。
炎の色とはちょっと違う青白い色のライトが、内部全体をうすぼんやりと照らす。
「ひっ……」
私がふと下を見ると、ベルトコンベアはこの先で途切れていて、その先にV字型の穴がある。
穴は下に進むにつれどんどん狭くなっている。両側の鉄板が、細かく激しく振動している。
破砕機だ。大きい鉱石をここで細かく砕くための装置。
第23番旧坑道ではスタンプタイプの破砕機だったけど、ここは違うタイプみたい。
危なかった。もう少しで落ちちゃうところだった。
大きな石を砕くための装置に入るわけにはいかない。
幸い、今いるコンベアのすぐ脇に人間が歩けるほどの通路があった。私はベルトコンベアを途中で降りて、徒歩で逃げる。
近くに人間用の階段があったので、そこから下に降りる。そして通路を進み、その先の別のコンベアに乗り直す。
「待ちな!」
シャンティさんとゴーレムが近づいてくる。
一番前にいたゴーレムが、V字型の溝に落ちた。
ガリガリガリと音を立てて、ゴーレムが粉々に砕かれているようだ。
最終的に小さな土の粒になったゴーレムが、サラサラと破砕機から流れ落ちる。
「お、おい、ゴーレム、降りろ!」
シャンティさんも、私と同じようにコンベアから降りたが、ゴーレムは降りない。
1体目のゴーレムと同じく、破砕機に飲み込まれてしまった。
「くっ……単純指示しか聞かない馬鹿ゴーレムめ……。
おい! もっとゴーレムを寄越せ!
あと私の言う事も聞くようにしろ!!」
シャンティさんが大声で叫ぶ。
青い男に伝えているようだ。
その後も私はベルトコンベアに乗って、選鉱場内を逃げ回る。
途中、他にもいろいろな機械があった。
斜め上に鉱石を運ぶ、スパイラルタイプのスクリューのようなものがついた、くるくる回る長い棒。
横倒しの細長い筒状の破砕機。たぶんボールミルっていうタイプ。
上部は円形、下が細くなっている、漏斗状の水槽。壊れていて水は入っていないが、砂状に砕いた鉱石を分別するための場所。
いろいろ危なそうな機械に落ちないよう、入り込まないように気を付けながら、私は選鉱場の出口を目指す。
人間の大人なら通れないルートも、スライムの身体とザジちゃんの小さな体ならなんとかなる。がんばって工場の隙間を縫い、私の身体を使ってザジちゃんを保護しながら、逃げ道を探して進む。
いくら逃げるためとはいえ、こんな危険な場所にザジちゃんを連れて来てしまった事を後悔してしまう。
増援のゴーレムは何体かずつ、機械に巻き込まれて砕けていく。追手の数は減っていくが、それでもどこからか新しいゴーレムが現れてくる。
そして、耐水性のコンベアの上をだいぶ進み、選鉱場の端のあたりに来た頃。
「なに、これ……」
私の視線の先に、とても高くそびえ立つ、巨大な柱があった。
その柱の真ん中にベルトのようなものが付いていて、上方向に動いている。そのベルトに大きな四角い、バケツのような、箱のようなものが幾つも付いていて、それがベルトの動きと同期して上に動いていく。
「そっか、上に運ぶための装置なんだ……」
私はどうも勘違いしていたらしい。
この地下選鉱場で分けられた鉱石は、何も地下運河を使って外に運ばれるだけじゃない。
上に運んで、上の工場で精錬する場合もあるんだ。
「これに乗れば、地上まで行ける……?」
そう思ったものの、本当に地上まで行けるかどうかは分からない。
そもそも100年くらい前の工場なんだ。何所か壊れてるかもしれない。
そうなったらはるか高い高所で私は逃げ場を失う。
そんな危険な場所に、ザジちゃんを連れて行っても良いものかどうか……。
でも、行くしかないのかな……。
もうこの先に逃走に使えそうなコンベアは無い。川の小舟は多分もうゴーレム達に抑えられている。
このままじゃ、いずれはシャンティさん達に捕まってしまうだけだ。
ザジちゃんだって、本当に無事に返してくれるかどうかは分からない。渡すわけにはいかない。
迷っている時間は無くなってしまった。
コンベアは私たちを、どんどん垂直コンベアのほうに運んでいく。
コンベアが終点に差し掛かる。
終点の先で、四角い箱が下からせり上がってくる。
もうこうなったら行くしかない。
「えいっ!」
私は飛び降りるように、四角い箱の中に入る。
バケツは私とザジちゃんの体を受け止め、2人を上に運び始めた。
四角い箱は、大人1人と子供1人を入れるにはちょっと狭い。
四方80センチくらい、深さ50センチくらいだろうか。
元々、人が地上へ出る事は想定していないんだろう。
とはいえ、私とザジちゃんが入ってもびくともしていない。
箱は鉄製……いや、違うかな。他の機会と比べても錆びていない。鉄とは違う、頑丈な素材のようだ。
「な、何だこれは……。
動く床と言いこの変な機械と言い、何なんだここは……」
シャンティさんの声が聞こえた。
鉱山の街出身の私にはこれがどういう装置か分かるけど、外から来たシャンティさんは分からないみたい。
「おい、ゴーレム、乗れ!」
シャンティさんがゴーレムに指示を出す。
私は箱から体を乗り出し、真下を見下ろす。
複数のゴーレムが箱に乗り込もうとする。私の角度からは見えないけど、確かに乗り込んでいるような気配がある。
すると、バキッと言う大きな音がした。
「チッ、重量オーバーかい。おい、1体ずつ乗りな!」
上昇する箱のおかげで段々と小さく見えにくくなっていくが、順々にゴーレムが1匹ずつ、そしてシャンティさんも、鉄製の箱に乗り込むのが見えた。
スライム娘と人間の子供を、ゴブリンを、そしてゴーレム達を乗せた垂直コンベアは、それらを上へ上へと運んでいく。
はたから見たら、ちょっと面白い光景かもしれない。
垂直コンベアは、約10メートルくらい登ったあたりで終点を迎える。
そして、隣り合う次の垂直コンベアに乗せられる。
垂直コンベアを何個も何個も経由して、どんどん地上へ近づき、そして地下選鉱場の地面が遠くなる。
4個目の垂直コンベアへ乗り込もうとした頃。
「壊れてる……」
今まであった、四角い箱が無い。
壊れてとれてしまったらしい。
どうしよう……。
私は両側の柱を見た。
柱にくっついている、垂直向きのベルトは動いているようだ。
そのベルトに体をくっつけてみる。
すると、体をくっつけたまま、私の身体を上に運んでいく。
どうやら登れるみたい……でも。
「あっ……」
下半身にくっつけたザジちゃんが落ちそうになる。
体をゼリー化させたり必死で粘液で掬い上げたりして、ザジちゃんが落ちないように必死で頑張る。
幸いなんとか、次のコンベアまで頑張って落とさないようにすることが出来た。
次の垂直コンテナに乗り、ほっと一息つく。
私の身体、柔らかくなければ良かったのに。
せめてもうすこし固ければ……。
下を見る。
箱が壊れているので追ってはこれないだろうとは思っていたけど、シャンティさんは付いてきていた。
縦方向コンベアの継ぎ目の隙間に器用に爪を引っかけて登ってきていた。
ゴーレムはなすすべが無いようだった。
体をつっくけられず、引っかける爪も持たないゴーレムは立ち止まっている。
そして後続の別のゴーレムに押される形で、どんどん下に落ちておく。
どしゃっという、土が落ちて崩れる音が聞こえてくる。
ちょっとかわいそう、と思ってしまった。
うーん、でも、ゴーレムだから元々命は無い……はずだよね。
次の垂直コンベアに乗り、蛍石のライトで、上を照らす。
すると天井が見えて来た。
どうやら、もうすぐ地上のようだ。
最後の垂直コンベアの先の、長い横移動のコンベアの上に降り立つ。
今度はコンベアは斜面になっていて、私達を坂の上に運ぶ。
そこを出ると、景色が一気に変わった。
今までのごつごつした岩肌の崖じゃない、人工物の壁。
天井の高さが10メートルほどもある、大きな工場だった。
今は廃墟となり、窓にはガラスが無い。
窓の外からは2つの月が見える。赤い月と緑の月がそれぞれ色を放ち、黄色い暖かな光となって廃墟の工場を明るく照らす。
ここは……廃墟の工場かな。
アム・マインツの南東部には廃墟の工場が立ち並ぶ廃墟地区があるそうだ。多分、そこだ。
廃墟の工場の中は、壊れた装置がたくさんある。
そのほとんどが錆び付いて動いていない。
月明かり以外に明かりも無く、大型機械が動く音もしない工場の中、ベルトコンベアの動く音だけがする。
コンベアは、廃工場の地面付近を滑るように流れる。
私はコンベアを降りる。
そして、動かなくなった装置の陰に身を隠す。
コンベアの上に、遅れて運ばれてきたシャンティさんが見えた。
私達を探している。
後続のゴーレムは来る気配が無い。どうやらシャンティさん1人のようだ。
「メルティ、どこだい!?」
コンベアの先に私がいない事を確認したシャンティさんが、地面に降りて私達を探し出す。
私は周囲を見渡し、建物からの脱出経路を探す。
廃工場の出入り口は、重たい扉で閉ざされている。私1人の力で開ける事は無理そうだ。
窓には全て、鉄格子が取り付けられている。私1人だけならすり抜けられるが、ザジちゃんを連れて通る事は無理だ。
上のほうを見る。
すると、壁にくっついた通路のようなものがある。いくつか階段が付いていて、上に登れるようになっていた。
ずっと上のほうに、小さなドアがある。あれは屋上へ通じているのかも。半開きになっている。
あそこからなら、逃げられる……?
「よし……」
私は小さくそうつぶやき、上を目指すことにした。
とりあえず、この廃工場から外に出よう。
大きないくつもの機械に身を隠しながら、シャンティさんに見つからないように、そこを目指す。
時間はかかるが、慎重に、ゆっくりと。
建物の外周側へやっとたどり着き、そこから上に登る階段を見つけ、私はそこを登り始める。
「見つけたよ!!」
階段を上に上に登ると、流石に身を隠せる障害物が無くなってしまい、シャンティさんに見つかってしまった。
ぴょんぴょんぴょんと、ゴブリンの脚で器用に飛び跳ねながら、シャンティさんが迫ってくる。
私は大急ぎで……と言っても、ザジちゃんを抱えたままではそれほど速度は出なかったけど、急いで屋上の扉を目指す。
「逃がさないよ!」
シャンティさんが、通路を、階段を走って、どんどん近づいてくる。
途中、足止めのために、何カ所かに粘着液をまいていたが、無駄だった。
そこを器用に飛び越え、手すりの上を走り、どんどん迫ってくる。
シャンティさんに捕まるのが先か。
ドアに手が届くのが先か。
シャンティさんが目前に迫るころ、私はドアに手が届いた。
大急ぎで半開きのドアを開ける。
ドアの外は鉄製の外階段になっており、さらに屋根へと続いていた。
私は、そこを登る。
「さあ、もう逃げられないよ」
私はとうとう追い詰められてしまった。
廃工場の、切妻屋根の三角形の屋根の上で。
地上までは10メートルくらいの高さがある。
飛び降りることは出来ない。
地上へ続く道がある事を期待して屋根の上に登ってしまったが、どうやら失敗だったようだ。
私一人なら外壁にくっついて降りられるけど、ザジちゃんを連れてじゃあ落としてしまう。
これ以上は逃げられない。
私はザジちゃんを、屋根の上に降ろした。
一応ずり落ちないように、粘着剤でちょっと固定して。
幸い、シャンティさん以外に追手はいない。
「なんだ、やろうってのかい?」
「……はい」
もう、戦うしかない。
シャンティさんは格上。敵う相手じゃないかもしれない。
でも、だからと言って大人しく捕まるわけにもいかない。
私はマジックパックからナイフを取り出し、身構える。
東の空が、ほんの少しだけ明るくなってきていた。
夜明けはもうすぐのようだ。




